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製陶余録より思想を探る 其の一

窯辺雑記に引き続き、製陶余録の読解。その1。

時代としては、富本氏が本格的に製陶を開始した大正時代、30代の著書が『窯辺雑記』である。以降、昭和期となって16年の歳月。様々な書籍に投稿した彼の文章を纏めて出版したのが『製陶余録』である。同時代には、当時の技術競争の時代における究極的技巧として独自世界を開拓した色絵磁器の板谷波山、その反動として、桃山陶磁を始めとする古陶磁を基礎に「反小手先」とも言うべき思想で自在なる製陶を行った魯山人が頭角を現しており、この2者だけが、ただ独り個人作家として道を切り拓いていた。富本が憧れたのは宋磁再現だが、既に小森忍が実物を手にしながら圧倒的な力量を以て仕事を行っており、彼の出番は無かった。その時、「民藝」なる語と共に新しき作家「集団」が形成されようとしていた。そこに富本憲吉の姿は投じられ、その工芸思想は民芸との矛盾を抱えながらに完成されていく。やがてその地位によって、現代の工芸思想に大きな影響を与える事になる。 

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製陶余録、第1章「形と色」より抜粋。

 ・私は陶器家としての最初の工程であるロクロの作業、即ち成形を、今毎日やっている。

→まぁ、「今は毎日」という事です。実際には毎日ロクロをする事は無いので、職人さんに短期特別指導をして貰っていたのか。元々、彼は色絵磁器が中心なのだから、絵付けの仕事が大半となる。ロクロは乾燥工程もあるし、色絵の工程までには多く仕事がある。「今」という文字を目立たない様に入れたあたり、窯辺雑記の虚偽を指摘されたのが効いているのでしょうか。しかしこれも、ちょっとした印象操作ですね。章の冒頭で小風呂敷を広げるトコがある様な感じがあるという事は、彼がまだ、人気作家になっていないという証左です。

・よき腕前の料理人は、計器など使わずに自分の舌を用いる。理屈ではない。直感がそこにある。私が陶器を造る場合難しい理論的な解釈はあろうが、作業には理屈はなく、大方自然に近く生まれてきた直感そのものの力だと考える。

→情感という不安定要素を安定させた時、五感こそが最も優れたる計器となる。我々の指先は0.01㎜の厚みを見分ける繊細な能力を持って居る。理論で行った処で、結局は五感こそが至便。そこに辿りつくのだと思います。茶道などでも、畳何目で云々という規則がありますが、「心の曲尺(モノサシ)」、つまり「直感」で置ける様になる事が肝要であると教えられます。すべからく真理というものは共通しているものだと感心します。やはり私も、直感で作り上げる型の作家です。

・(日本の風土が)この美しい列島に住む人々に、血の様に切り離す事の出来ぬ直感に対し、決定的な力を与えた事は見逃せないと思う。

→どれだけ自然美を感得する事が出来るか。それが自然美を反映する器の極意であると魯山人は説いた。この手の理論は同じく民藝派にもあり、「風土に従って様々な特質ある工芸がある」という理論が提唱された。美というものの性質が初めて日本で議論された時、相対する思想の凡てが、自然なるものの美を認め、真理であると論じたのは見逃すことが出来ない。現代の機械的様式美には、多くこれが失われている様に感じるが、それは都会に、田舎に、自然が大きく失われ、人が自然美を感得する機会が少なくなったからではなかろうか。造り手のみならず、観賞者である大衆も自然美に対して疎くなっている事。自然美を用いる事の少なき現代工芸に、その様相が反映されていると論じるのは、些か過剰な議論であろうか。

・帝国博物館で、眼前に並ぶ刀剣を見て、先づその曲線の美しさに驚いた。何と云う美しさだろうと思った。専門家が、「これは日本中でも数少ない有名な古刀ばかりだから、美しいのは尤もな事だ」と教えてくれた。清楚と云う事はかかるものを指すのではなからうか。我々日本人が神として之を祭る理由が判る気がした。

→刀剣の美には、私も感じ入るものが多い。一本の線でしかないものの中で、清楚、豪壮、剛毅、清冽。様々な美を表現していく世界は、同じ工芸に身を置くものとして戦慄である。やはり刀剣工芸の粋というのは、一段高くして神性なる領分を持っているかに感じる事がある。それでいて実用面も限りなく素晴らしいものであると聞く。ただし、同時に使い手が悪ければいとも容易く破損し、錆びついてしまうという事も聞く。つまりは使い手を選ぶ。地下侍には地下侍のザックリした刀があるわけで、なかなか面白いものである。分相応という言葉が本当に生きていた時代の産物であろうか。己の分際(人間の水準)を修練しなければ、清冽なる作品を産み出す事は出来ないのだ。

・日本の国に現存する寺社建築について考えてみると、その簡単で清潔感の強い事、塗料を用いない檜、杉材の如き清らかな感じのする柱、板など、特に我々日本人が最も多く感心を持つ青畳も亦、水浴によって心の穢れまで流し去ろうとした古代日本人の清潔感を窺い知る事が出来る。

→白木の美。神社の格で最も高いものである伊勢神宮や出雲大社の世界。朱塗の柱もなく、ただ木を、木のままに活かしたもの。それは同時に、古来の日本家屋の世界。それは年月を経ても、嫌な感じもなく、清潔感も失わない。一枚の表皮を剥ぐと、そこに再び白き木地が現れる。単一材料にて、他に何も要らぬもの。日本では、木地を活かしたものが多かった。朱塗りや黒漆は、同じく木樹脂を塗ったもの。陶器に掛けられし釉薬も、木灰であった。凡て自然なるものが材料だった。それが日本の美の核心であった。現代人にとって、自然は家族ではなく、他人である。


以上、第1章より抜粋。『製陶余録』より富本憲吉の陶芸思想。

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論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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