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最近の考え事。桃山時代。希代の名品が次々と生まれ出た時代。自由な陶器。自由な気風、自然溢れる中での作陶から、自在な陶器が生まれ出でたとする話。
小生もかつて歴史学の端くれを学んだ者。表層的な歴史を見る時、それは得てして誤解を生み易い。前後の流れ、端々の諸事から、一々検討を加えるのはとても面倒な作業。それも、桃山時代や戦国時代となると、歴史好きの側面から小説の脚光を浴びている。桃山の時代が自由で、農民がその中で陶器を作ったという話。
戦国時代と云えば、やはり新書太閤記など、秀吉の出世話や、大河ドラマなどを通して、実際の農耕生活は貧しいながら、さぞかし風靡なものの様に描かれている。でも、やはりそれは小説の世界。つまり、歴史学とは相反する世界。とある教授に云わせれば、”小説などというものは、歴史学にとって百害あって一利なし”。つまりは不要な先入観を排除して、ただ歴史を観る事。始めに結論在りき、方針ありきの、都合の良い美化された世界など、歴史を正面から認識する上では邪魔以外の何物でもない。
だから、”桃山の自由な空気が・・・、奔放な文化が・・・”、などという言葉が茶の湯なり、陶器なりで出てくる時、それがあくまで文化史だけしか見ていないのではないかと疑問を感じる。実際の当時の生活まで踏み込んでいない、表層的な、空想的なものではないかと感じる。陶芸家が桃山時代を語るときなど、その大半を陶芸の書籍に頼り、農村風景などマスコミ・テレビ・小説の世界を土台・根拠としている事が多いのか、空想に近いような話が簡単に出てくる事さえある。まぁ、得てして小説は大河ドラマの原作でもあり、小説とテレビは同義にも近い。時代考証は誰それ云々と付いていたりするものだから尚更。時代小説の作り方には詳しくないけれど、基本的には話の流れに沿って、必要・面白い史実や創作を抜き取り、紡いでいくものかと思う。内容に嘘は無くとも、何かを意図的に表現しているので、読者には”何か”というものから外の世界が見え無い。歴史全体からすれば、井の中の蛙の見る景色。
で、まぁ冷静になってみれば判る。桃山陶。その作り手は、桃山時代だけを生きている訳ではない。茶の湯が上流社会かも知らんが、作り手は下級の社会に身を置いた人。如何に文化が自由であろうと、茶会が盛況であろうと、その陶器を作り出した人間は下流社会で生きていた陶工兼農民であり、茶人が自ら手を下したものでは無い。その環境。農民たる彼らが戦国時代を経ているのは当然の事。戦争で闘うのは誰なのか、襲われるのは誰なのか。多くは法律も無ければ警察も居ない自治に於いて、その領主が次々と変わる。当然、団結が求められ、束縛は強いだろう。清廉潔白などと嘯いていても現実の武力や権力に勝てる訳も無い。戦争には兵糧が必要で、その兵糧は誰が作るのか。兵糧攻めという戦略がある様に、その殲滅・破壊というのはごくあたり前の世界では無いのか。農耕の担い手は戦争に狩り出され、当然死ぬ事とてあれば、怪我をして耕作が出来ない事もあろうし、年貢という形の兵糧米の要求も強かっただろうし、理不尽であるからと云って、さりとて誰が取り締まり、助けてくれるものでも無い孤立無援の服従。殺人なども普通に遭ったろう。鈴鹿峠の盗賊・追い剥ぎとて、詰るところ無防備で居て襲われたら終わりなのである。そんな中で薪の材木とて縄張り争いから何から、色々と闘争もあっただろう。これ、自由か?。自由の定義もあるけれど、戦時下と平穏謳歌の環境差からして、この当時が現代に比して極度に自由な精神状態なのか?と問えば、どうだろうか。むしろ逆ではないのか。
別に調べたわけでも何でも無いので根拠は同じく空想だ。本当の所はどうなのか、という所はこれからの勉強。さりとて、自由、自由と文言を並べ立てる事は不自然ではないのかという疑問が至極普通なのはお判りかと。桃山時代、つまりは秀吉の治世である訳だが、その時代は短く、日本史としては織豊時代。統一されたとは云え、たかだか数年である。そう簡単に治安が安定する訳も無ければ、飢饉とてあるし、戦争の再発の疑念とて根深く残っていただろう。文化の根幹舞台となった京都とて、一度変事があれば将軍が殺され、後には本能寺の舞台となり、更に関ヶ原前哨戦の舞台となっている。空恐ろしい程の緊張感では無いのか?と思う。到底、自由とは程遠い。自分で考えてみれば到達は容易。詳しい所はこれから簡単に勉強する。
目の前にあるもの。伊賀の名品とて、青銅器宜しく、出来上がったばかりの時は全く雰囲気が違ったであろう。所詮、我々が今、図録なり実物なりを見ていても、それは利休なり織部なりが取り上げた姿とは相当に異なった姿。迫るには、当時の姿を逆算する。自然釉とて、窯から出たばかりの時から、一ヶ月も磨れば随分と姿が変わるもの。不用意に表層を見ていては惑う。由来を探る。元を見極める。骨董という、風化による雰囲気調和の特質。こんなものは窯出し当時から在るものではない。破袋とて、最初はその見事な自然釉の色彩が、当時の茶人の目を捉えただけかもしれない。自然釉が美しく出た時の色彩は釉薬を軽く凌駕するもの。色々と、割り引いて見る事も必要。目の前に在るものだけで表層的な空想をしていては、浅い所に留まる事になる。
加藤唐九郎氏は随分と歴史には詳しかったとか。『黄瀬戸』の書籍などが学者的見地の好例か。魯山人が美食の為に器に手を出したように、唐九郎氏も陶芸の為に歴史に手を出した。在る意味、当然の帰結。そして、表層で終わる事無く、専門家に挑むくらいの意気込みで深く掘り下げた。好例を挙げるまでも無く、見るべきは自ら見据えて、掘下げるべきは掘下げる。ただそれだけの、単純な話。陶芸というものに、どれだけの志を以って真剣に挑んでいるかという事。浅薄な虚構に惑わされない様、まずは歴史学系の客観的(正確には主観)な学究書籍を10冊も読めば、大半が事足りる様な話なのだから。 テーマ:陶芸 - ジャンル:学問・文化・芸術
- 2008/06/27(金) 10:15:12|
- 修行録・思想(基本)
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