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独学「禅のすすめ 道元のことば」より その1

さて、久しぶりに勉強でもしようと思い立ってみました。

茶道の大成者である利休が「豪商」であり「臨済宗大徳寺の高僧」とは知られた話。
この当時の禅僧は、著名な僧ともなれば戦国大名の師匠となり、
政治はもちろん、時に兵法などの軍事さえ指導する最上位の地位。

茶道を深めようとすると、「秘伝の点前」や「許状」、「地位」などなど。
ついつい、最初は、そういった「分かりやすいもの」を目標に頑張ってしまいます。

でも、次第に色々と知ろうとして禅の入門書をパラパラと読んでみると、

「う~ん?」「あれ?」

と、思う事が沢山出てきます。そんな話を整理してみる、適当な独り言。

パラッと開いたのは、「禅のすすめ 道元のことば」角田泰隆氏。

なんのことはない、子供を連れて涼みに入った図書館で借りた本です。
筆者は道元の研究者にして現役の住職兼、大学教授とありますので、
そこらの歴史学者や歴史文筆家が書いたものよりも信頼が置けますね。

陶芸でもそうですが、実地経験のない、美術史家とか芸術論者の書籍って、
残念ながら上っ面を滑ってる感じで、知識面の学習にはよいけれど、
器に関する分析や所見に関していえば、正直言って微妙なものばかり。
受け売りで語ってる感じと言いますか、「名品だから名品」みたいな。
腰回りの曲線が素晴らしいとか、「実地の感性」で語れてるものは皆無に近い。

そういった意味で、茶道をやってない茶道研究家、禅をされていない禅研究家
の言葉というのは、どうしても空虚さがつきまとってしまって、よくない。
「日々是好日」の言葉1つ、受け売り解説されても感動が無いようなもの。

読み解いてみようとしている私がスッカスカなので。
身近な中から、なるべく実のある、分かりやすい書籍を選んでみた次第。

道元禅師は、もちろん利休の臨済宗ではなく曹洞宗です。
その始祖である栄西に学んだ上で、更に本場中国で禅修行をした方。
両者の違いは「公案」と「座禅」などと言われるようですが、
それは今現在21世紀などの話であって、道元の言葉が書かれた当時は、
「栄西に学んだ上で、中国で禅修行を重ねた人の言葉」です。

なので、「道元禅師は曹洞宗だから」という論法は、ちょっと本質に遠いかと。
「臨済宗の始祖たる栄西に学び、それを中国本場の禅に照らした高僧の言葉」
と見れば、日本における禅の生成期の思想、言葉と見ることが可能です。

およそ仏教全体、始祖を重んじて、それを大切にする風習がありますので。
茶道が利休に常に回帰していくように、更に利休の禅思想の本流を知ることは、
茶道の観点を知る上で、なかなかに勉強になるのではないか、と思います。

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論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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