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陶芸論2

書き流しの続き。

茶道にて。いわゆる師弟関係というものについても学ぶことは多く、「修業」というものがどういうものであるか、という訓えを色々と受けてきた。実は陶芸に於いても、昭和期の大家こそ徒弟制度の残る中、いわゆる「菊練り3年」という修業時代に身を置いている者が多いせいだろうか。その言葉にも生半可な努力ではないものを感じることが多く、著作などを見る限り哲学も明確で意志が強く、性格の硬軟はともかくとして、生半可な仕事をしている大家というものは少ない。私が回った頃の著名作家にもそれは感じられて、「弟子を育てる」という点に於いては明確な方針を持っておられる方が多い様に感じたものだった。

とはいえ。今の陶芸には「道」というべきものが不在であるが故に。もちろん茶道にも同じ事が言えるかと思うのであるが、明確に「弟子を育てる」という事をしている作家は、まず稀少な存在であろうか。私が弟子入りを考えた大家は共通して「自ら技術を学び取り、自ら道を切り開く様になれば弟子は卒業」という明確な指針を持っておられた。茶道で云うところの利休道歌の始め。「その道に入らんと思ふ心こそ 我身ながらの師匠なりけれ」。その実践が本当にできたならば、まず弟子として合格であり、その後独立しても貪欲に自らの道を切り開く事が出来ると断じているのである。

しかしながら。同輩にしても色々と知り合う陶芸家にしても。特に同世代など若い世代も。知識欲1つにしても乏しい限りで、技術的にも身に着けた範囲で処理している人が多い。人間国宝の名前1つでも、「全く知らない」という陶芸家なんていうのが若手にはゴロゴロしている。喜左衛門井戸の魅力。これ1つにしても、「よく分からなかった」で済ませて放置している作家が多い。共通して今風のよく売れる器を作っている人に多いだろうか。要は「あらゆる前提として喜左衛門は必ず理解しなければならない感性」という知識が無いので、「分かるまで勉強しよう」という貪欲さも無いし、その興味も無いのである。

私が本来専門外である釉薬1つでもそうだ。常からガス窯釉薬モノしか作っていないのに、知識にしても成分推定の感性にしても、全く話にならない程度の人は多い。購入した釉薬に、基礎的な書籍を参考にちょっと何か入れるとか、そういったクラスである。そういった場合、桃山陶器の話なぞ全く通じるわけもない。そもそも陶芸というものに深い興味が無い。どちらかと云えば、「商品企画と営業廻り」という、「商売の面白さと難しさ」に取り組んでいる作家が少なくない。売れることが第一。売れるものが良いもの。そも良い作品とは「高額で売れる作品」に他ならない。それで、色気を出して茶道具を作ってみたりするのである。しっかりと製作をしている人ほどに、自分の作品が確固としてあり、知識などについても非常に貪欲な傾向がある。食器ならしっかりと食器に向かって研鑽するべきなのである。

結局。現在は収入の関係で弟子を取らない作家が大半で、職人を抱えた工房性の作家も職人を減らして何とか凌いでいる。元よりしっかりとした弟子を育てるだけの「師匠」たるべき存在が稀少であるのに、加えての現況である。徒弟制度は完全に崩壊しつつあると言っても過言ではないだろう。弟子入りとは名ばかりに、技術だけを伝える。茶道で云えば点前順序しか教えてくれない教場である。安価品の製造職人として働くだけの事。「道」というものを叩きこまれる場所では無くなっているのである。

徒弟制度の功罪や、「道」の必要性というものは、およそ大衆理解からは遠い。そも喜左衛門井戸などというものは国宝ではあるが、大衆の理解が及ぶものではない。それ故に、その再現に挑むという行為自体、大衆からは理解されるものではないし、違いの機微など分かろうはずもない。さらに云えば、売上にも繋がらないし、意気込んで展示したとしても、ハテサテ「分かる人」というのが何人居るかといえば、「同業の陶芸家」くらいなものである。しかしながら、残念ながら?、日本の工芸の「極み」というものはソレなのである。職人の極致とはソレなのである。

よく勘違いされるのだが、職人の最高技術を「究極技巧」だと思っている事例は多い。これは明治時代の産物であろうか。西洋向けに精緻な紋様などを誇示するもので、見るからに豪華。そして気の遠くなるような手間が掛かるであろうことが、正に「素人にも分かる」のである。豪華絢爛なる世界。薄く薄く作られた陶器などもその価値観。軽く軽く作られたもの。公募展などの「大皿や大壺などの大作主義」も同じくこの価値観に基づいている。

しかしながら。日本の究極の美というのは、例えば漆器で云えば「真塗り」の世界。漆一色。蒔絵も何も無い世界。陶器で云えば喜左衛門井戸にしても色柄というものではなく、「自然なる美しい形」こそが真の生命であろうか。長次郎の楽茶碗も同じくである。分かる人にしか分からない。そして利休時代に西洋宣教師が瞠目した日本人の感性こそコレだろうか。

大衆に理解されないものを目指すことが出来るかどうか。しかしコレが出来なければ、日本の工芸というものは終焉する他無いのである。単に過去のものを手工業で再生産しているだけで、何の進歩もなく、定まった手法を繰り返すだけのものに成り下がる。これこそがいわゆる「伝統の停滞」なのである。大衆理解を越えた世界に踏み込んで、先人の踏み込んだ先へと突き進むこと。より深い世界へと到達することこそが「伝統の生命そのもの」であろうかと思う。

しかし。安っぽい価値観で全てを見切ったマスコミは云う。分かり易い表現にしたり、別のものに仕立て上げたり、何か別の手法を取り入れてみたり、価値観に反することをしてみたり。そんなものを「伝統の革新」と評価して喧伝するのである。本当に最低だ。同じく画廊にせよ美術館にせよ、そして陶芸家も同じくこれに便乗する。いや本当に分かり易いけれども、だからなんだというのか。いや失礼。そういうコトにすると「名声は高まり、人気が出て、売れる」のである。故に、現代に著名な陶芸家というものは「分かり易い作品」を作る者ばかりである。俗に云う「個性」だ。

大衆には理解されないが、数寄者多くして支援者の存在したのが昭和の時代が最後だろう。分からずとも職人を支援する人々。そういったものが、骨董云々による信頼低下、百貨店画廊による売値詐欺というようなもので食い潰されて、誰も見向きしないような世界に貶められつつある。元より利休を始め、その当時の理解者が支援してこそ、日本工芸の極みが生まれてきたわけである。元来大衆の理解の及ばぬもの。長次郎風の黒茶碗の人気が利休と共に葬られたとも聞くが、そもそも生粋の工芸こそ、その生命線は細い。伊賀や美濃も、本来日本陶芸の代表格でありながら、その生命は僅か数十年も続いていない。黒一色の極みの世界も、歪みの美の世界も、大衆の理解からは遠い。遠州の様に端正な分かり易い美こそ受け入れられ易い。しかし、どこまで行っても利休の美こそ最高であり、日本工芸の極みである。


伝統の深い世界へと進む者。それ自体が現代に於いては途絶寸前であろう。各産地、さぁ10人も若手が居る産地がどれほどあるか。じゃぁその中から、過去を踏み抜いて先に進める者がどれほど出るか。製作環境も厳しい。費用も厳しい。薪から何から手配しなければならない仕事を、どれだけの者が続けられるのか。「伝える」という点において、糸一本あるかどうかも怪しいのが現代の「伝統」であろう。いつ切れてもおかしくない。というか、既に切れた伝統の多さは云うに及ばないだろう。「二代目だから出来る」という様な生半可な世界ではない。そも「〇代目」という陶芸家の大半は随分と怪しいのだから、そんな肩書で安心するのは結構だが、人々が安心した処で「途絶するものは途絶してしまう」のである。過去名品の再生産と、現代風の「革新」という名のものと、大衆向けのものと。先へと進まぬ停滞した工芸の誕生である。


とはいえ。実際には何をやれば進めるのか、暗中模索。「何をやれば過去の名品の進んだ境地まで進めるのか」という、まず道を改めて探し出す段階なのが現代の伝統。マスコミは「再現者」などと簡単に云うが、我々の視点からすれば、名品への道の半分も未だ明らかにされていないものばかり。過去の名品の先へ進むどころの話ではなく、伝統というものは全く、「名品の誕生以後ずっと後退」しているのである。長次郎からの歴代を見れば一目瞭然だろう。工芸一般、時代を遡るほどに作品は研ぎ澄まされていく。現代ほどに魅力が無い。ただ奇抜新奇なだけで、奥深い魅力がどこにも無い。完全に「伝統から逃げている」のである。

昭和の復興期があるだけに、平成の程度というものは目立つ。せっかくの復興気運を活かせずに、派閥争いの間に量産機械開発の波に呑まれ、人々の信頼をも失って。せっかくのチャンスを完全に潰してしまった結果が現代なのではないだろうか。たかが肩書のために。失ったものは大きく、現代の若手作家は負担を抱えた状態で、徒弟制度もなく、徒手空拳で不況の中に泳ぎださなければならないのである。

コメント

読んでて切なくなるような内容で…

去年ある指物師の方と話していて感じたのですが、
現代の住空間(主に都市)では伝統に根ざした工芸品を
生かすしつらえが徐々に消滅しつつあるようです。
桃山の陶器または桃山の風情を漲らせた
品格のある現代陶器を生かす空間が用意出来る、
またはそういう場(パーティや茶会など)を持つ人が
平成のいま少なくなってきているのでしょうね。
時代はだいぶ進みました。
かつての魯山人のように
見るやつはおらん、判るやつはおらん、
買うヤツはおらん。と嘆いたところで
前に進めないので、こうなったら角度を変えて
今と徹底的に向き合うことしか突破口はないかと。
コメントありがとうございます

住環境との関わりという面も確かにそうなのですが。とはいえ、かつての人間国宝の品々が床の間に置かれたかといえば、実はそうでもなく。また人間国宝の茶碗も、茶会で頻繁に使われるという性質の購入では無かった様で。

需要からも、製作水準も低下しつつあるのが実際の現実でしょうか。不思議なのは、桃山陶器への評価は変わっていないという点ですね。魯氏の意見でも在ったと思うのですが、普遍的な美を目指すことの大切さを思いながら。前に進むという際に金銭的な成功に囚われてしまうと、正に現代の価値観にガンジガラメにされた作品になってしまう不自由さを感じています。
まさにおっしゃられるとおり、ある種の成功を治めようとすれば、現代の価値観から逃れることはできませんよね。ただ、価値観も時とともに揺らぐもので、そこを超えていった新しい何かを生み出すのが、苦しみと同時に喜びでもあります。しかしながら、それはただ一人の作家では、到底無理なのかもしれません。どんなに正しいと信じきって行動していても、支持する仲間が増えない限りは、いずれ疲弊し、擦り減り、やがて敗北していくのが運命のような気もします。こういう現状に危機感を持った、現存するぬるま湯のようなどこかの協会や団体とは全く異なる、一切の利害から独立したプラネット型の集団。イタリアで云えばカロッツェリア集団のようなものになっていかないとダメなのかも知れません。
私はデザインをしておりますが、まさにこういう事態は工芸界だけにとどまらず、どの業界でも多少なりとも直面している問題です。
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論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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