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陶芸論

前記事に引き続き。

今の時代に於いては陶芸に関わらず骨董美術に関わる業界自体、その売価を代表に随分と懐疑的に見られている。教育自体にしても、人間国宝など誰も知らないし、西洋の作曲家は知っていても日本の作曲家なぞ誰一人の名前さえ知らない。増して陶芸の大家などというものは知るはずもない。美術と工芸。簡単に云えば「絵画こそ芸術」という観念で以て明治時代に出発した美術という業界、および教育は、現在も踏襲されているのである。工芸=職人、美術=芸術家(?)という謎の感覚。そしてその「芸術至高主義」というものが現代にもマスコミ及び一般の人々に共有されている。

例えば長次郎にしてもそうだ。職人として定義して、何らの不都合も無いものを、わざわざに芸術家として認定しようとするのだ。光悦なぞは完全にそのイメージによって定義されている。芸術家だからスゴイなどと。しかしその焼成は道入なのである。本来陶芸というものは土の仕事に炎の仕事が第一。色々と違和感があるというか、無理に枠に放り込もうとする感覚は大きい。茶道雑誌などにしても特徴を上げたり、「〇〇という個性的な」という書き方を好む。それらが「スゴイ事」であるという認識から来ているものが多い。とにかく芸術家認定が大好きなのである。その背景には芸術至上主義がある。すべからく「スゴイ人」は「芸術家」でなければならないのだ。

とはいえ。「陶芸」という言葉は加藤唐九郎による造語という話もあるが、昭和の時代というのは、多くの大家が桃山復興を目指して名品を作り上げると同時に。「工芸分類」の陶芸を、「芸術品」にすべく努力した時代でもある。走泥社などを始めとして前衛的(?)な、有態に云えば非実用品を製作する人々も登場して、それこそ「芸術至高主義」そのままに「陶器を芸術に」しようとしたのである。芸大出身者を始めとして、「非実用品」こそが芸術品という系統の人々は現代にも多く存在している。とはいえ実売品は個性を含ませた日曜食器であることは言うまでもない。現代も悪く言えば中途半端、作り手である陶芸家自身、混在する価値観の中で、工芸と芸術の狭間に居るのが実相であろうか。

正直このようなものは全て「言葉遊び」であるが、日本ではそれが芸術品なのか、工芸品なのか。有態に云えば「芸術家による芸術品」なのか、「職人による工芸品」なのかという点を「重要視する」のだから全く「クダラナイ話」である。そもそも桃山時代を始めとして過去の名品などというものは全てが職人の手になるものである。だから芸術至高主義からすれば、現代に「芸術家」によって生み出されたものの方が価値が高いらしい。こういった不可思議な発送を基礎にして、今度は桃山陶器を芸術認定するのである。

「いや、確かに昔の名品は職人のものだが、その作品は芸術品ですよ?」という主張。情けない話であるが、まぁこれが日本の陶芸界である。未だに陶芸を芸術認定させようと頑張っているようだ。未だに自己の歴史や伝統に立脚せず、相手の土俵で勝負しているのである。「職人の美」などと言いながら、掲載されているものは前衛的なものであったりすることは多い。伝統とは革新などと言いながら、古典的なものを軽視しているだけの作品を、「職人の美+芸術性」というイメージで宣伝・販売する戦略である。「芸術なだけじゃないのよ?」みたいな。最近では「アート」という言葉を多用するものが多いだろうか。とにかく実用品と、芸術品の間で揺れ続けているのである。

そういった、「自分のコト」ばかりを考えた結果、桃山陶を中心とした人間国宝派閥であった工芸会というものも、実際的には「茶道具は著名大家の作品以外は無審査で却下される」という話になる。旧来的な茶道具を作る大家が不在となり、前衛芸術的なものを多分に含む妙な団体になりつつある。それもこれも派閥争いの結果だろうか。そんなことに夢中になって、美術教育などに於いて工芸というものの価値を全く教育して来なかったため、はてさて、一般の人々は陶器のことなぞホトンド知らぬ時代を招いてしまっている。

ちなみに。派閥の浄化でよくある話だが、部外者、つまり「何も知らないエライ人」を審査員に混ぜるようになると、実は大衆嗜好を気にして「分かり易いもの」を投入するようになったりする。美術館館長を投入するのは良いが、日本の多くの美術館というものは芸術至高主義で成立しているわけで、特に茶陶に到っては「ワビサビ」が分からないと話にならない。我々職人の世界に身を置けばすぐに分かるのだが、如何に勉強を重ねたところで、残念ながら全てに精通するのは不可能である。芸術に造詣が深い人が、同時に侘び寂びに造詣を持っているということは、「残念ながら滅多にない」のである。そも1つの分野でさえ奥が深い。つまり館長だろうが何だろうが、「西洋絵画専門の評論家」は「陶器には素人」でしかない。陶芸でさえ、「京焼の職人」は「焼き締めには素人」なのである。増して陶器全般に精通するなど在るわけがない。結局、御勉強による知識と、判断になる。そんな付け焼刃で専門家を相手にして自己の主張を通せるわけもないし、通したところで知れたものでしかない。


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とりあえず頭の中で感じていることを書き流しています。
色々な問題点があり過ぎて、何から手を付けなければならないのかも分からない。
それが陶芸の現在であろうかと思います。

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論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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