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御仕事

長らく御無沙汰を。ここ最近、日記を書くだけの気力に欠けておりました。

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ええっと。一週間程でしょうか。ガス窯を連日に焚き上げて、茶道の稽古も。納品の配達で京都へも行って、あとは窯焚きへ作品製作。暖房を併用しつつ、それほど余裕の無いお仕事になりつつあります。納品の前後で、無茶な変更が色々とありまして・・・。好意を示したことを逆手に取られてしまいまして・・・。はい。窯焚き優先で仕事を進めるべく日程も全て組んでいたので、その阻害による辺りでしょうか。私も交渉力というか、精神修養が如何とも未熟です。ちょっと唖然としつつ、日記を敬遠しておりました。

あ。写真は嫁さんの要望で焼き上げた御本手。思いのほか巧く色が出てくれました。


日記も。最近は少し、何を書こうかと悩んでしまう事が多くなっているような。以前はいくらでも書くことがあったのですが、最近の作品製作は随分と複雑といいますか、言葉にするのが難しいというか。段階としては「耳無しの伊賀」とでも言いましょうか。初心の頃は、とりあえず「歪みを採り入れて、耳を付ける。」というものから始まるわけで、紋切的に大正茶人的な言い方をすれば「伊賀に耳あり」というわけで、「耳さえあれば伊賀に見える」というような段階。おそらく大半の人は耳の有無で判断をする。その程度の基礎知識でも、まずまず御茶をされている方としては勉強されている人だと思います。陶器好きな方でも、ほとんどはこの段階。大正茶人という陶器好き・茶好きという方でもこの辺りなので、およそ限界かと。

私個人の最近の嗜好ですが、今は「耳無しの伊賀」に惹かれています。元々、実は耳の無い伊賀というのは普通に存在するもので、そもそも伊賀焼の総数自体が少数であることを考えれば、名品こそ耳付を多く見るものの、代表的なものでは「生爪」花入でしょうか。耳の無いことから「利休好み」とされますが、そちらの系統です。コテコテの意匠を持たない、素朴なもの。技術的には最も簡単で居て、造形的には最も難しいもの。

見る人は・・・それほど多くない。

色々なものを見てきて、その先にある楽しみと云いますか。そういった類なのかもしれません。僅かな比率や自然な歪みを楽しみつつ。そもそも伊賀というものは景色が自然そのもの。文字通り自然な釉(自然の景色)ですから、それを主役にした場合、人工的な装飾は必ずしも必要ではないのでは? と考えています。形として必要と感じる時にだけ、耳を付けるようにしています。貞光氏などは同じことを考えて居られるのか、耳の無いものもあり、嗜好や思考が似ているなぁ、と感じます。他の作家はすべてに於いて作為・作為の伊賀で、とても煩い。

あまり、道具にまで煩く言ってしまうのもどうかと思うのですが。


少なくとも自分の作る範囲の仕事には、それを徹底したいものです。

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論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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