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予定変更かな?

さて、一応順調に製作も進んで。

作っているものは同じもの。とはいえ、前回作ったものを見て作るということはなく、毎回に図録や写真などを見て、改めて感じ取るべきものを感じながらに作っています。自分の作品を基礎にしてしまうと、どこかで誤った処へ進んでしまうことがあるので、必ず原典とも云うべきものへ毎回帰りながら作っています。

作風としては。前回よりも、・・・一般的な視点、画廊的な視点からすれば色気の無いものになっているような感触です。やってみて初めて気付いたのですが、古伊賀の素朴さ、装飾の少なさという方向に合致していて、当時の陶工も、決して最初からあの造形に辿り着いたのではなく、見栄や誇示という意識を次第にそぎ落として到着したのものではないか、という事を感じています。その辺りで云えば、御家元から頂いた言葉の通りというものでもあります。

その意味で、最近になってようやく「無作為」という言葉の意味が分かってきたように思います。おそらくまだ十分には分かっていないのですが、陶芸書籍などで著名評論家が語っているような、また一般の陶芸家が語る様な「無作為と作為」という話とは、随分と、というか、「全く違う」世界であることを感じています。誤った知識。おそらくは禅語の世界なのだろうと思います。よく「作為が無い」ということを「作為をしない」という意味にとっている事が多く、単なる「没個性」と「無作為」を混同してしまう風潮というか、一般的には混同して理解されているのですが、全く別のもの。外見的には紙一重かもしれないのですが、古い名品の多くは一見して没個性の素朴な品と見せかけて、技術も高い。無作為の境地も深いものである可能性を感じています。

陶芸の話ついでに書いてしまうと、高名な陶磁評論家、特に基礎知識となるような「名著」を書いている大正期の研究家を初めとして、よく誤った知識を載せていたりします。それが基礎になっているので、現代の評論にしても色々と誤った基礎知識のままに語られているものも多く存在して、ただ実地で、本当に昔ながらの手法でやっている者だけが真実を知っているようなものもあります。「井戸茶碗の飯碗説」などはここ10年くらいで随分と訂正も流布されてきたようですが、この手の「評論家のくせに適当に書きやがって!」という誤知識というか、思い込みというのは沢山にあります。伊賀・信楽で云えば「伊賀は手を掛けて水簸しているから土が細かい」とか「(藩窯であるから)伊賀に耳あり」とか、まぁ適当な「それらしい風説」があるわけです。事実は違うというか、根本的な部分が違う。

まぁ、そんな話は置いといて。

実はちょっと親父殿の体調が悪いので窯焚きを延期方向にて思案中。私もそうなのですが、自分の体調や予定をそっちのけで色々引き受けてくるので、忙しいとなればホントに過密になってしまったり。で、ウチの親父も随分と走り回っていて、友達と旅行へ行ったかと思えば翌日から母親と旅行へ行って、帰ってきては畑仕事をして・・・まぁ、ちょっと疲労骨折らしいです。はい。

余り伸ばし過ぎるのも何ですが・・・

とはいえ年明け早々くらい?と思いつつ、いましばらくは思案中という辺りです。

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論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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