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歩々

昨日は茶道の稽古。朝の講和にては日々の日進月歩を大切に、という御話でありましたか。炉であろうが、風炉であろうが、淡々と稽古を積んでいくことを忘れない様に、という御話でした。

そうそう。先日の関根副理事長の講演会についての捕捉もお聞かせを頂いて。講演の中、副理事長が茶を始める切っ掛けとなったのが宗道師の講演会であったという話があったのですが、時間の都合で詳細を割愛されてしまっていたので、その辺りを伺ったり。宗道師が33歳の時、裏千家青年部を代表して行われた講演が切っ掛けという話にて、その日の事を語っていただいたり。

うぅむ。33歳・・・。ちなみに私、本年33歳です。

とはいえ。桐蔭席に使って頂いて、茶陶に於ける最高栄誉の一種でしょうか。桐蔭席という意味や歴史を教わるに、誠に畏れ多いものです。各種献茶式なども同じく。とてもとても、通常ならば33歳などという若輩で頂けるものではありません。そういった意味でも、大いに薫陶を頂いているもの。

まぁ。これを云うと笑われるのですが、師匠を越えるべく努力するのが弟子の本分であろうかと考えています。「それは絶対無理」と云われながらも、それを志望する心意気が無ければ追いつくことすら絶望的だと思うのです。それに、伝統というものを考える時、弟子が師匠に並ぶだけの努力を怠れば、代を重ねる程に脆弱を重ねて、やがて小さな小さな、決まりきった事を、前例踏襲しか出来ない、凝り固まった伝統に成り下がってしまうのです。そうしてその脆弱さが、伝統の喪失そのもに繋がる。多くの工芸がこの転落の道を歩んでいます。

しかし遠いなぁ・・・と思いながら。

工芸というものも。古伊賀に比肩するものを作ってこそ伝統を踏まえる事が出来るのであり、古信楽を越えてこそ現代の信楽の面目があります。残念ながら現代はそんな水準にはほど遠く、伝統とは違うものを作って逃げてしまっています。あまりこういった事を例にするのはどうかと思いますが、例えば長次郎1つでもそうです。歴代の楽家と云っても、長次郎に挑戦した方は少なかった様に感じられます。いや挑戦して挫折したのかもしれません。それ程に難しいのが伝統であって、それこそが伝統の重みの根幹であろうかと思います。茶道で云えば利休の境地でしょうか。比肩する事さえ難しい。時代を重ねる程に高所へと昇れれば良いのですが、なかなかそうは行かないのが伝統本来の奥深さ。小手先の技術とか材料、工程を一緒にすれば良いというものではないのです。宗道師が常々仰る通り、「"順序を覚えて終わり"というような底の浅いものでは決してない」のであるわけです。

とはいえ。裏技があるわけでもないので。

結局は日々なんですよね・・・。

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論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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