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油日岳

昨日は油日岳に登っておりました。

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ちょっと前の写真で申し訳ないのですが、油日神社(油火神社)。初詣などで登場するので覚えて居られる方も居られましょうか。戦国中世には甲賀忍者の総社と云われ、”火”を祀る神社。臥翠窯ではこちらの神様を御祀りさせて頂いており、御世話になっております。で、実は油日神社というのは油日岳の麓に位置するもので、やはり忍者というものが修験道と縁が深い事からも推察される様、山岳信仰として油日岳自体が信仰の対象というもの。先に登った比叡山や金勝山はもとより、三上山など近江にはこういった場所が数多く存在しています。油日神社自体も、油日岳の山頂に油日大神が降臨しての聖徳太子創始と伝承されており、油日岳自体が神体山です。

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で、ここからは昨日の写真。神社の裏手にある登山道入口より、綺麗に整備された山林が続きます。途中までは車で登れる様になっているのですが、通り過ぎるには勿体ない程に綺麗な山林道。小川沿いに登って行って、やがて油日岳登山口に到着します。

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山は荒れ気味。登山口すぐの場所で大きな土砂崩れが起きていました。土質が砂地なので地盤が緩く、崩れ易い山の様です。山脈としては鈴鹿山脈の最南端に位置するとか。荒れる中の整備としては行き届いているのではないでしょうか。登山口で土砂崩れを見ると、なかなかに緊張感が高まります。

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油日岳の山中。昔は石切り場としても使われていたのでしょうか。多くの場所で土砂崩れの跡があり、数年に一度くらいは崩れているのではないかと感じます。山の谷合いを真っ直ぐに上がっていくので傾斜の強い登り道。

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根の張りにくい山であろうかと思うのですが、”火の木”である檜も多く、山頂付近まで山林の中を進みます。と、山頂付近には雰囲気の強い巨石。おそらくはこれが実質的な神体降臨の場とされているのではないかと感じるようなもの。今でこそ登山と云えば標高の高さで在ったり、眺望の良い場所が人気の様ですが、かつてはこういった山岳信仰が主体であったのかもしれないなぁ、と感じます。

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山頂までは途中多くの太い根に掴まりながら登ります。多くの人が掴む場所は磨り減ってツルツルになっています。”触ると同じ場所が癒される”というような仏様がありますが、同様にこの根も多くの人が、助けが欲しい場所に在って、その助けとなってきたものでしょうか。もちろん最初はザラザラなのです。一種信楽伊賀の爆ぜ石が摩耗していく姿に通じるものがあるのではないかなぁ、という事を感じます。摩耗の跡に感じる自然の大徳という辺りでしょうか。

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山頂の社。元より山自体が信仰のものですから、これで良いのです。

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付近には休憩所が設けられています。おそらくは油日祭りなどで使用されるのでしょうか。ちょっとした宴会出来るような規模があり、囲炉裏も切られていました。甲賀一体を眺望することが出来ます。またここから北上して鈴鹿方面へ尾根伝いに進む事も可能なのでしょうか。京都から東の名古屋方向へ抜けるには、中山道の関ヶ原、東海道の鈴鹿峠があり、南は油日の前を通る道になります。

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登山の話はさておいて。最近色々と登ってみましたが、実は”春の山に咲く花”というのは椿一色です。山野草だけを見ていると山には様々な花が咲いている様に思われがちですが、多くは椿と躑躅くらいなもの。足元に小さな花の咲いていることはありますが、本当に少ないものです。椿という花は不思議です。多くの樹木が天を覆う中でもしっかりと根を張って花を咲かせるのですね。そういった花は本当に少ない。そしてもう五月も後半となるにも関わらず、山中では未だ蕾が存在しているのです。

道々、春になって山へ入ると、足元には椿の花が落花しています。その落花を不吉という人も居る様ですが、寂しい山道を歩いていると、これはとても嬉しいもの。暖かいものです。山を歩いてみると、椿の神々しさと云いますか、その不思議さには驚きます。その花は麓から、山頂まで、場所を問わずに根を張って花を咲かせているのです。なるほど、茶の湯に欠かせない花であることを、改めて感じます。決して、何か”他に花が無い”というような理由ではなく、もっと積極的な理由が在ったのではないかと思います。それこそ利休時代にせよ山岳信仰の在る中世の世界。どこへ行くにも山中の道を通ります。茶道のみならず、多くの人々に馴染みの深い花であったのではないでしょうか。多くの人が、その暖かい色に感謝したのではないかと感じるものでありました。

と、そんな登山ハイキングの日記です。

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論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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