• 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30

好天。

konsyouji5.jpg

好い天気の日が続いておりますね。気温も高い一方で風も心地良い季節でしょうか。
 
konsyouji1.jpg konsyouji3.jpg

先月も登ったのですが、金勝山へと再び行ってきました。ちなみに「コンゼ」と読みます。標高が高いわけでもないのですが、景色がよく、尾根伝いに移動するので眺望もよく。楽しむ分には随分と人気のある山という話で、実際に他府県から来られている方も何組かお会いしました。

 konsyouji2.jpg konsyouji7.jpg

山頂付近まで車で登れるので、そこから40分程度で景勝地へ到着します。中腹からの登山道でも同じ様な所要時間。元々が信楽の北に在る山にて、それらしい素材も無いわけではないのですが。なかなか山中から持ちかえるというのは大変ですね。もちろん、許可なく持ちかえることは許されませんよ。

konsyouji4.jpg 

有名な磨崖仏。いわゆる石窟寺院というもので、自然の岩壁に彫り込まれた仏様。平安初期に始まったとされており、白洲正子の小説でも知られる金勝山の磨崖仏は日本最古。明治に廃仏が行われるまでは寺院も存続して、非常に参拝も多かったという話であるが、今は本当に山中の片隅に眠っているだけのもの。頂上を龍王山として、東に金勝寺(女人禁制)、西に狛坂寺(女人参拝可)という形で栄えたそうであります。昔は麓の東海道こそ往来の中心。石部宿などを起点として参拝したのでしょうか。現在は山の中を新名新高速道路が貫通しています。

山の中を歩いていてフト思うのですが。昨今は何かと移動も早く、例えば金勝山も一日あれば満喫して帰ることが出来ます。しかし昔であれば、麓の宿で一泊。おそらく山中の寺院でも一泊したのでしょう。仏様への参拝に、それだけの時間を掛けていたわけです。

同じく。伊賀花入1つにしても、求めるには遠路の旅程が必要です。1kgの花入1つ持って歩くだけでも、山を越えて数日の旅程ともなれば、それがどれほどに重いものでしょうか。もちろん宿泊費用も必要です。物の価値という観点で見た時、僅か1つの特産品の持つ重みというか、ありがたみと云いますか、そういったものが現代とは隔絶しているのだなぁ、と気付かされます。例えば御守り1つ。古くは遠路伊勢神宮まで参拝するに、どれほどの往復日数が掛かったものでしょうか。御守りなんて小さなものですが、移動手段が徒歩しか無く、全て自力で歩行しなければならない時代に於いては、あの軽さ、あの小ささでなければならなかったのではないかと思うわけです。

今は何でもお手軽ですね。昔の人の苦労、そしてその苦労から来るありがたさというものは、実際に肌で感じる事が難しいのだなぁ、と痛感しました。低い山です。そして登山道も整備されている時代。

konsyouji6.jpg 

一方で。便利追及、安全追及のため、美しい自然の岩壁をコンクリートで覆ってしまうのが現代人です。数年前、最初に金勝山へ来た時は、こんな人里に近い場所に、このような岩壁の景色があったのか!とびっくりしたものでしたが・・・。今はその景色を見る事は出来ません。ゴツゴツした形こそ残していますが、それだけです。こうしてしまって、桜並木を植えるのです。もはや山全体を神の聖域と見ることも無ければ、自然物への畏敬もありません。もう、単なる観光地としての扱い。人間の支配下としての所有物。崩落して危ないから。古来この山に参拝した人々の信仰心は、そんな簡単な結論で片付けて良いものではなかった筈だと思うのです。車が登れないなら、麓の駐車場から徒歩に限ってしまえば良かったものを。これでは景色に驚くどころか、愚挙と山岳信仰の無理解に驚くばかりです。

とぉ。後味の悪い書き方になってしまいましたが。登山道はよく整備されていて。遭難者への対策看板も多いです。安心して登る事が出来るのも確か。階段なども相当な費用を掛けたのであろう苦心の跡が見てとれます。また一方で、それを嘲笑うかの様に自然の風雨で整備が崩されています。自然に対する現代人の無知を感じる事ができましょう。及ばぬ処に自然も豊かにあります。山はやはり雄大です。少々人間が荒らした程度では、自然の美は尽きません。

と、そんなハイキングの感想文まで。

コメント

コメントを投稿する

管理者にだけ表示を許可する

論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

記事内容の分類
過去の記事(月別)
10 | 2019/11 | 12
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
来訪者数(2006.5~)
LINK
リンク
メール送信はこちら
・来窯時などに御使用下さりませ

御芳名:
貴アドレス:
本文の件名:
本文:

不在時・繁忙期などは返信が遅くなる事もあります。悪しからずご了承下さい。もちろん、迷惑メールは駄目ですよ。