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冬近し

turusigaki.jpg 

すっかりと冬が近くなりました。親が吊るし柿を作っておりましたので見学しつつ。風物詩?の1つかもしれませんが、実際に田舎では各所で吊るされています。しかし街中で見ることは滅多にありませんね。柿の木自体はまだ見る事があるかもしれませんが、相応に豊作?でなければ難しいものでしょうか。正月の縁起物?でもあるようです。新しく植える場合も富有柿が多いですので、あまり渋柿の形は少ないのかもしれません。

製作はボチボチ。古作から色々と学ぶ写しの仕事は、手慣れた側面があるので進み易いのです。もちろん難しさに関しては別問題。それはよいとして、そこから得た伊賀の特徴を活かして自分なりに・・・となれば、これがなかなか、伊賀の風格に近づくものは作れないというのは悩みであります。どうしても装飾を入れると花入が強く出てしまう。装飾がありつつも、花を阻害しない。非常に精妙なものが古作の名品。もちろん、古作にも装飾過多と思われるもの、また明らかに物足りないものというものがあるわけですが、そういった辺りと肩を並べてみても、「昔のものにもあるよ」などと言い訳にこそなれ、自慢にはなりません。

と、色々と古作を写してみようとすれば、なるほど古伊賀の名品を作った陶工さんにも手癖・常套手段というものが見えてきます。古い名品はほとんど同じ系譜の手法による製作が多い。実際的にそれほどの人数が形を任されていたとは考えにくいので、精々5人くらいではないかと思われます。名品を作っていたのは1~2人くらいというのが実感されるところです。

いやしかし。桃山時代の花入などを並べてみても、伊賀の腕前は卓越しています。織部系の備前、志野、唐津などの古作花入と較べれば一目瞭然です。なかなかそこに迫るのが難しいのは当然なのですが、さてさて。ともあれ頑張っております。

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論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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