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心を得る

さてさて、折角の晴天でしたが仕事ではなく茶道の稽古で御座いました。今日は色々と。茶碗を指導頂いて、花月を様々。包み帛紗を久しぶりにという辺り。花が様々に咲いておりましょうか。季節というものですね。

朝の講話では「弟子の心得」の御話。少し前から時折に何度か出ておりまして、七カ条在るそうです。(検索しても出てきませんよ~。)心得ってのは「心を得る」と書きますが、要は「精神を修養して成す」という辺りの意味に捉えるのが正確でしょうか。諳んじてみたトコロで意味は無く、その言葉通りの修養をしてこそ意味が在るといいますか、「心得た」というコトに相成るのでしょうか。「弟子の心得」とは、言い換えれば「学び方」という意味かと。

陶芸も、昨今は弟子入りなぞ激減しております。よく「黒と言われれば白も黒と思い、白と言われれば黒も白と思え」などという言葉がありますが、まぁ世間的に見たら世迷言に聞こえるのかもしれませんが、コト奥深いものを習得するに当たって、「師匠の言葉に素直になれないようでは駄目だ」という、1つの弟子の心得だというコトは常々に。陶芸でもそうですが、昔に反発したものの、実は過去に師匠やベテランの職人さんから親身に聞いた話というのは、多く真実が含まれているわけです。何でも批判したがる陶芸オヤジ?の話なんぞを聞いて批判人間になっていても、まぁ何の勉強にもならんわけで、1つ、特に現代はネットなど知識面に偏り勝ちな若者の落とし穴でしょうか。

今でも思うのですが、昔、訓練校に通いながらに陶芸家廻りをして。その頃に著名作家さんから聞いた話を色々とメモしていたわけですが、その大半は、その当時半分も理解出来てい無かったものの、後々に「あぁ。このコトを言っておられたのか!」と気付く話は多く、自己の成長に大事な原動力となっていたものです。いやまぁ、今でもそうですが。

要は「分らないものを否定しない」という話でしょうか。茶碗1つでも、この一ヶ月で見えるものが随分と変わりました。一ヶ月前に、「まぁこれでいいか」と思っていた自分は、既に否定されるわけです。絶対というものはなく。もちろん「誰の助言でも」とは参りませんが、先が見えている人の助言には従うものでしょうか。

そういった意味で。宗道師は全国で茶道に関する講演会を任されている方。点前方面では研究会など業躰の先生方を始めとして居られますが、宗道師は茶道の思想面を担われている事に相成ります。淡交社でも茶事など最も重要な講座を担当されていますから、名実共に。毎回の講話はとても大事なものなのですよ。


あれ。何の話になっているんだ。

ともあれ、今日も楽しく稽古をさせて頂いて。
さてさて、頑張りましょう!

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論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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