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思案色々

今日は午前中は仕事、昼過ぎから街中へ出て、青年部の会議まで。

9月開催の50周年茶会の会議。道具をアレコレと考える会議でありましたが、なかなかに所持する道具も少なく四苦八苦という辺りでありました。余所の青年部茶会などの会期を見ると、何とも人間国宝クラスから古陶磁の御道具が勢揃いしていたりするわけですが、おそらくは借り物の道具なのでしょう。今でこそ安くなりましたが、それでも1つ数十万円しますし、昔に買っていたとすれば茶碗1つで数百万円という時代です。バブル期の人々は青年部(50歳以下)を卒業している筈ですから、さような道具が勢揃いというコトは、まずまず難しい話です。まぁそれ以前に、人間国宝の作品って、あまり茶会では見ないというか、バブル期に桃山の巨匠作品群を買っていたのは茶人よりも「投機目的の金持ち」が多かったそうで、そりゃ同じ金額なら古陶磁などに手を伸ばすというものです。

特に昨今は道具にしてもやはり、基本的に青年部なれば稽古人ばかり。ほとんど茶会を主催しないのですから、道具も集まっている道理がありません。もちろん、それはそれ。何ぞの本では「茶会をするために道具を買い揃えるために数百万円掛ける。」みたいな話を読んだことがありますが、無理をして高価な道具を買い込むのが「茶の道」だとすれば、それはやはり、ちょっと問題があります。見栄と虚飾。茶道ならずとも、忌み嫌われて然るべきものでしょうか。金持ちなら買い込めばいいわけですが、無いものは無い。まずは自己の未熟を認めるのが青年部らしさかと思いつつ。背伸びをせず、青年部は青年らしく。茶人というにも若すぎる、全くの茶人見習いの集団なればこそ。

という辺りの思案でしたか。何か、ともすれば見栄や虚飾に陥り易い性根を感じながらに。

「う~ん、でもなぁ・・・、これでは格好がつかないか・・・?」
「いや、しかしそれは見栄・・・?いや、これは礼儀か・・・?」

などなど葛藤しつつ。
何かとても、人間性を試されている様な・・・。

個人的に、若い茶人があまり古陶磁を並べ立てるというのは、古い大切な道具を扱う程の茶人でもない見習い人にも関わらず、形ばかり先行して茶人ぶっている感じがすると云いますか。利休時代の話にも「若い茶人が備前信楽を扱って”侘び”、”侘び”と唱えている」などという批判が在ったかに思うのですが、「形骸化」という話でしょうか。茶人が在って、茶が在って、道具が在る。「道具を揃えただけで茶人振る」のは、「作務衣を着ただけで陶芸家を名乗る」という類の話でしょうか。いやもちろん、道具は揃えるだけで苦労があろうかと思いますが、そういった順序という辺りを、常々に自分に言い聞かせながら。陶器も、まずは陶器を作る素材であり道具である「人間」作りが大事だと考えております。

もちろん見習い集団なればこそ、助力を仰ぎ、指導を頂くものですが。


さてさて、悩み事も色々で御座います。
しかし、だからこその青年部かもしれません。

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論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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