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柳宗悦『茶と美』読解。25

『茶と美』読解。25
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⇒初版本第十三章(最終章)『陶磁器の美』抜粋と雑感 その1。
(柳が出版した初版本は、現在の『茶と美』と章建てが異なります。
ここでは、1941年初版に準拠して読解を進めています。)

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読者は特に東洋での日々の生活の友であった陶磁器について、かつて何事かを考えたことがあるだろうか。それらのものが吾々の周囲にあまりに多いために、却って多くの者はそれを顧みる心を忘れているようである。しかも近代においてその技巧や美が著しく沈んだために、人は深い感興をそこに起こす機を失っているかもしれぬ。これに反してある人はかかるものを愛するのを、弄ぶ遊戯に過ぎないといって、その心を卑しむようにさえ見える。
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最終章の冒頭文。書籍を通じて、柳は誰か、いや世間的常識か、またそれを構築していた芸術評論を敵として、これに反発し、否定を重ねる論調を多く展開していく。最終章の冒頭文においてさえ、蛇足的反論を重ねて問うている。民藝の隆盛が在ったと言われる一方で、しかし当時の美的評論に於いては相手にされていなかったという事であろうか。読者に問い、感覚を喚起せずに居られない程、彼の危機感が差し迫っていたのか、それとも民藝への愛情が深かったのか。日々の生活用具への視点隆起という卓見と共に、彼の苦心を感じる冒頭文で最終章は始まる。

西洋の食器は金属器。銀器といえばペルシア銀器であろうか。西方では陶器の発見・発達こそ早かったものの、主に金属器やガラスの発達へと進む。今でこそ高価な印がある金属器だが、銀貨や銅貨を打ち延ばせば金属の皿になるのであって、本来それほど人々の感覚から遠い物では無い。金属器に木の器が主体であろう。

東洋では古くは木椀、これに高級品としての陶磁器の食器が発達する。その中心はやはり中華王朝である。釉薬に関しても、磁器技術に関しても、精密な細工から何から圧倒的に中国が主体。漆器とて中国が発祥のもの。遥か3000年以上も前の時代に、青銅器から漆器、陶器などの技術を持っているものだが、食器としての主体は陶器と木器に落ち着く歴史を経ている。

基礎的な歴史講釈は今更な話であるが、長大な歴史を見るに於いて、今や陶器が使い捨てに近い様な、割れても全く捨てられる安価品として流布している時代というものは、極めて異常な、近々10年来の話である。3000年に渡って珍重され、大切に扱われてきた陶器を、たかだか機械発達による量産などによって軽侮する存在に貶めているというものが現代の実態であろう。柳の時代は、その量産手法の発達期であり、現代は円熟期であろうか。機械文明発達による過去の文明破壊というものは、現代でも見る事が出来る。

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彼らを愛する者は必ずや二つの手の間にそれを抱き上げる。私達がかくしてそれに眼を注ぐ時、温かい吾々の手をそれらのものも慕っている様に見える。人の手は器にとっては、きっと母の懐の温か味があるに違いない。愛しえない陶磁器がどこにあろう。愛しえないなら、それが冷ややかな手で造られたかまたは冷ややかな眼で見るが故であろう。私は彼らに愛の性質を感じるにつれて、いかに陶工が愛を以てそれらを産み造ったかを想わないわけにはゆかぬ。陶工が一つの壺を彼の前に置いて、余念なく彼の心をその内に注いでいる後継を私はよく想像する。
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器に対する愛情は、その手の動きでよく分る。一つの器に手を伸ばす動きだけで、その深浅が読み取れる。片手で持つとも、その動きは違う。台所の道具を扱う如く動きと、大切なものを扱う動きは違う。これを作り手の意識に戻した時、器を過剰に薄く、割れるを厭わぬ造形で以て製作する者は、愛情が足りぬと断言せざるを得ない。すぐに割れてしまう様な器を作る者は、一般に器に対する愛情よりも、己の腕自慢、自賛・自己顕示が強い。また器ではなく芸術が好きであったり、また金銭などへの愛情が強かったり、外的評価の高きを好む。とかく器だけを見ている者ではない。しかし例外がある。

長次郎は黒楽を創った。しかし彼が喜んで造ったかと云えばどうだろうか。楽茶碗ほど脆く造られたものは無い。それは特別な器である。心得の無い者には扱えぬ。茶碗への愛情が無い者を拒絶する器であると見ることさえ出来るだろう。器一つも大事に出来ない者に、これを所持し、用いる資格は無い。器の物性で見る限り、楽茶碗は最も低級である。しかし器に「道」というものがあるならば、最も至高と見る事も出来る器である。

楽茶碗は人間の精神を、自らの破損によって問い掛ける。頑丈で安価量産なる器は、何をも人間に教えぬ。禅の器として楽茶碗が孤高に特別なる所以を、千家流派を代表する茶碗である理由を、私はここに感じている。利休なくして、楽茶碗は生まれなかっただろう。無駄な装飾も何も要らぬというよりは、むしろ「在ってはならぬ」とさえ感じるのである。今、茶会では楽茶碗が当然のごとくに用いられ、楽焼も茶碗以外に様々造られているわけであるが、本来であれば巧者こそ用いることが許される茶碗だろう。未熟者が軽々しく用いるのは如何なものかと、個人的に思うのである。楽は特別であり、本来ならば楽家だけが造り、以外は造らずともよい性質があろうかと想う。茶人の十徳の様なものだろう。

健全たる器、必要な厚みを持つ堅牢な器でさえ割ってしまうような不手際は、モノへの敬意不足を咎められ、叱られるべきもの。茶道では更に進めて楽茶碗を用い、漆による補修さえ厭わない。人間には不注意が絶えず憑いている。それを忘れないための楽茶碗であり、金継ぎであろう。巧者が円熟してこそ、楽茶碗の先、井戸茶碗などの伝世の名碗を扱う資格があろうというもので、点前者と茶碗のつり合いが取れるというものだ。増して伝世の楽茶碗などとなれば、本当に心して掛からなければならない。元より点前稽古でも色絵などの茶碗から、点前と共に楽茶碗へ、更に楽茶碗から天目茶碗へと進んでいく。利休考案なる点前は一種、禅の公案というような複雑で深遠な意味が籠められている様に想うのである。「楽茶碗による平点前」とは、単に千家流を標榜するためのものではない。同じく楽茶碗は楽茶碗でなければ意味を為さないだろう。

名碗を大切にするのは、何も人間よりも茶碗が大事などという感覚ではない。過剰であるかもしれぬが、自らの破損で以て慢心や油断を訓える茶碗に、敬意を以て接するというものだ。過去に所持者として名を連ねた先人が、それぞれ慢心せず、敬意を以て守りぬいてきた道具。何も厳めしく構える必要はないが、それを受け継ぐに相応しい人物にこそ、名碗は所持され、日々用いられるべきものである。茶碗を道具として用いる。利休が既成の茶碗観に囚われず、清心な形で茶道専用の「道具」として昇華させたものが「楽茶碗の創意」であろう。道具を道具として活かす。何も新技法であるとか、色つやがどうとか、長次郎が芸術家としての嚆矢だとか、全くそんな事は二の次、三の次の話である。

自然美たる茶碗。柳は楽焼と云う例外を許していないので、以上に楽茶碗の説明を置く。堅牢なればよいというものでもなく、脆き器であればよいというものでもない。ともあれ自然である事だろうか。一本のモノサシで人を測るような者ほどに、一本のモノサシで道具を測ってしまう。「楽茶碗を抜きにして茶碗の美学は語れない」という言葉を聞くが、本義が在るとすればここに在ろう。

陶磁器の美。論じるには様々な角度から為されて然るべきであるし、当然に、個々別々に沿って最高位となるべきものは異なる。茶道においてもまた然り。客によって美しい茶碗の感覚も異なる。亭主によっても違うだろうし、茶席によっても違うだろう。「愛しえない陶磁器がどこにあろう。」との柳の言葉は、ここに極まる。如何なる器も活かし方次第である。同時に「愛しえないなら、それが冷ややかな手で造られたかまたは冷ややかな眼で見るが故であろう。」の如く、用いる事が難しく、単に人の煩悩を推し進め、娯楽享楽に堕落させる器も在る。少なくとも柳の云う「陶磁器の美」は、何か美術が云々、個性の芸術創造が云々、などという次元では無いことだけは、全く確かなものである。

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論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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