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柳宗悦『茶と美』読解。23

『茶と美』読解。23
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⇒初版本第十二章『蒐集について』抜粋と雑感 その6。
(柳が出版した初版本は、現在の『茶と美』と章建てが異なります。
ここでは、1941年初版に準拠して読解を進めています。)

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さらに一個の病気を数え挙げておこう。多くの蒐集家は「完全品」への執着が強い。それが一冊の書物にしろ一個の陶器にしろ、罅や傷や汚れを極度に嫌う。そうして完全でないと手を出さない人がある。かかる性質の人が多いのと、無傷なものが比較的少ないのとで、商人は完全な物に高値をつける。購う方では傷物だと難癖をつける。(中略)あのミロのヴィナスに両腕があったら、よもやルーブルの特別室に入りはしなかったであろう。一個の陶器を選んだとしても、多少のゆがみや貫入が、一層風情を添える場合があるではないか。(中略)完全なものの方が常にいいという法則は無い。まして完全なものでなくば駄目だという断定は成立しない。完全さと質とは必ずしも同一物ではない。
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御存知の様に、これは蒐集家に限った話というよりは、むしろ一般の感覚だろう。何に起因する発想であるのか不勉強にして知らぬのであるが、例えば萩焼の浸みであったり、伊賀の焦げであったり。面白いことであるが、伊賀花入などを人の手に飾らせると、裏向きに置いて焦げを隠そうとする場合が散見される。特に緋色が綺麗というわけでもない。積極的選択ではなく、消去法による選択。粉引の貫入などもこの手の誤解を受け易い。目跡にしても同じ。高麗茶碗の魅力を象徴する口辺のゆらぎでさえ、これも同罪とされてしまう事がある。とかく完全をモノに、また同時に人へも向ける。割れ易い楽茶碗の存在が在り、キズを抱えた伊賀の存在があり、乾風一つで割れる竹花入が在り、色の抜けた茶杓が在る。時に「茶道具だけは特別」というような説明が下される場合もあるが、元より自然界は歪みがあってこそ「真の姿」である。いやまぁ、私もそうだが、人間だってそんなものだ。垂直な赤松なんて要らんだろう。桜が杉やヒノキの様に真っ直ぐで在るべきか。いや、その杉やヒノキでさえ、日光の偏りによって揺らいでいるもの。万事、自然の訓えに従ったものである。貫入に色が入ってこそ。歳を経て変わらぬ人間など居ないわけで、「松樹千年翠」の言葉通り、表向きは常に緑色。しかし中には千年の栄枯があってこその魅力。不完全なものを積極的に認めて行く姿に茶の道、人の道が在るのだろう。道具に託された言葉の千金を知るべきである。

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銘を尊ぶようになったのは、近代の個人主義の影響に過ぎない。個性の出たもののみが高い美を約束すると考えるに至ったからである。しかし私達は無数の卓越した無銘品の存在をこの概念で説くことはできない。銘への執着は吾々の鑑賞をいたく鈍らせてきたのである。人ばかり見て物が見えなくなってきたのである。そのため物をじかに見届ける力が衰えてしまったのである。幸い物の価値と銘とが一致すればよいが、必ずしも一致するとは限らない。(中略)吾々は銘で集めるより、物で集めねばならぬ。
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国宝だから見に行くというような、そういう話。相変わらず日本人のブランド信仰は強い。その方向性は好奇心に従って、新しきから古きまで、奇手から王道まで様々にクルクルと変化していく。例えば昭和期の茶道具高騰についても、文化教養の向上や眼の向上に拠るものではなく、今となっては一過性の流行の様な扱いで在ったことは明白だろう。民藝も一時期の隆盛を誇ったらしいが、これも肩書で民藝を見たのであり、何とも皮肉なものである。

さておいて、茶道具ではちょっと特殊な事情がある。歴代家元を軸とした書付。ここに独特の法則が成立する。なぜなら歴代の家元は、全ての流派子弟にとっての師匠である。無論、道具に関しても一流の目利きとしてこれを信頼し、その目線を追う事で勉学を深めるべくして、弟子の立場が在るものだ。こういった序列は無批判で構わない。よって、花押の在るものは問答無用で信頼されて何らの問題が無い。御家元は金銭に左右される御用学者とは全く違うものである。ただ問題は、書付の在るものを選ぶだけで満足してしまって、その目線を追わない処に在る。よく外部から批判される書付制度だが、書付の受け取り方に関する理解が浅いことが問題の根本に在るように感じる。

芭蕉曰く「古人の跡を求めず、古人の求むる所を求めよ」

というわけで、「御家元が書付したもの」こそが「足跡」。これを求めずに「御家元ならこの茶道具を認めるだろうか?」という視点でモノを見るのが正しい態度。御家元が書付によって子弟に教示するものを受け取るべきであって、お墨付きなどと考えていては意味が無い。書付の在るものを見ては、どこを以て書付をしたのか、という事を探求し、自己の眼を深めなければ意味が無い。茶は蒐集や目利きのために在るのではなく、精神修養を目指しているのだから、書付品を求めて得々としては何らの意味も無い。書付の多い歴代家元も居られるが、例えば「どんな道具でもいいから、茶を点ててごらんなさい」という意を汲みとれば、ここに意味が存在する事になる。その他様々な受け取り方があるだろうし、ともかくその目指している所を見落としては、何らの意味も持たないことを、改めて思うばかりである。高額な値段を載せる商人にせよ、踊る購買者、自慢する購買者も悪いのである。関わる人々が真摯な性情で居れば、誠に正しく運用されるに決まりきった制度。御当代が自ら書付を制限されたが、誠に哀しきは流派子弟ということになる。厳しい叱責に他ならない。

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蒐集家は骨董商の言葉を頼る様な不見識ではいけない。骨董商は時折不正な儲けをしておかないと、商売が成り立ってゆかない。それで彼らの忠言には不純な動機が大に多い。しかも眼がきく骨董商は一割もいないものである。眼がきけば商売がしにくいかも知れぬ。否、商売はできないであろう。悪いものを巧みに売らずば利得は薄いであろう。まして人格の在る商人は一分あるかないかである。人格なんかよくては商売はできぬかも知れぬ。彼らの言葉は品物への保証としては極めて不純である。品物は当然買手の方で選択せなばならぬ。買う買わないは自由であるから、誰もこのことをしていると思うかも知れぬが、自らの力で品物を引き出す人は実に少ないのである。
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時折に「信頼出来る骨董商を探す」という話も在る。茶会の用は足りるかも知れぬが、自己の修養が無くては意味がない。もし仮に「恥を欠かない為」だとすれば、何のための茶道であるか。自己の茶会に於ける名誉に汲々とするのが茶人の責務なのだということになれば、茶道の創始者たる利休は怒髪天を衝いて怒るだろう。許容されるのは「客が銘品で無ければ承知しないような程度の低い人ばかりなので、もてなす為に世話になった」という場合に限られるもので、全くの応急処置というか、例外処置というか、「非常時の処置」であろう。勉学として話を聞くのもよいが、巧者が用いるものではないだろうし、堂々と書き記したりする内容では無いだろう。柳が別箇所で「骨董商に操られている姿が多いのは茶人だ」と指摘しているくらいなのであるからして、危険は様々に潜んでいると見た方がよい。得てして、操られている本人は気付かないもの。

ただ実際には、戦後から現在に至るまでの問題がある。バブル期の「茶会で用いる道具水準のインフレ」だ。数百万の茶道具を使うことが「一般的な道具水準」となってしまって、これが解消されていない。だから自然、銘品を要求する客ばかりになっている。道具屋は儲かるかもしれないが、「茶は金が掛かる」と云われる通りの結果。例えば若い30代なりの「見習い茶人」が、いざ茶会をする際に尻込みしてしまうことになっている。とかく、様々な不都合が生じて来るもので、在るべき状況ではないだろう。利休が「竹」を積極的に用いた意味を、改めて考えてみたいものである。数多くある竹から、その日の朝に、清浄で美しいものを選んで切り出していく。朝から骨董商に電話するようなものは、およそ茶の道からは遠いものだと考えるべきであろう。名品を持てない様な人間は茶会が出来ないというような時代は、道具に振り回されてしまう哀しい感がある。「金襴の袈裟が無ければ経が読めない」などという道理は無い。むしろ「名品が無くとも茶会が出来る」ということを積極的に推し進め、低次元な茶会に納まらぬものとするための指導まで含めて成立させてこそ、広く茶を普及させる茶の師匠の仕事だろうかと思う。

話を骨董商に戻すが、私の経験からしても骨董商には心のドス黒い人間が多く含まれている。人におぞましさを感じる様な経験は滅多に無いものだと思うが、過去に私がそれを感じた手合いは、全て骨董商だったといっても問題が無いくらいのものだ。全てのものが換金物として見えてしまうほど哀しいことは無い。もちろん、そうでない人も居るわけだが、骨董は同業者の繋がりで流通が行われているのだから、悪鬼の中で善良な人間が生存出来る道理が無いのであろう。とかく生き残るのが酷薄な人という結果が見えている。永続的な良好関係は、「永続的に高価品を買う者のみに用いられる所作」と考えた方が実際に近いだろう。「良い骨董商」を「紹介」してもらっても、おそらく意味は薄い。利に従う者は、利の流れに拠って見れば見やすいもの。茶道具を茶の流れに沿って観るが如く、文脈に沿ってものを見ていれば、誤まる事は少なくなる。

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論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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