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大雪らしい。

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今日は雪の日。風が強く吹きつけて気温を奪っていく感がありましたか。甲賀はそれほどの積雪にもならず。滋賀県には警報も出ている様ですが、割合に気楽なものでしょうか。明日の朝が少し心配ではありますが。

ただまぁ、世間的には色々と大雪で苦労されている話も。経験の無いモノは想像も難しいもので、なかなか苦労を想像することさえ出来ないものですか。昨今はツィッターなども情報共有のモノと言われましたが、次第に自己顕示の強いものばかりというか、広告・喧伝的なものが増えてしまって、少しく停滞感を観じています。

個人的にはダライラマのツイッター。書店で本など購入したりしましたか。なかなか、手放しで本当に称賛出来る人というものは少ないモノですが、禅というものの理解にしても仏教、つまり仏陀が基礎ですから、在るべき姿勢として非常に示唆に富んでいます。芸術とは何か、というような内容もあります。

宗教に抵抗感の強い方など、あまり誤解されても何ですから少し引用しておきますと

>
心の修練は芸術です。もしこれを芸術と考えてもいいのなら、人生そのものが芸術です。形に現れた芸術には興味がありません。ただ瞑想して、心を修練するだけです。形に現れたという点からいえば、自然本来の姿も芸術です。
>

という辺りです。(書籍からの引用)

自然物を最高の美とする原点にしても、心の修練を基礎とする道の思想としても。元より日本という民族に於ける宗教はその大半に於いて神仏、自然信仰と仏教ですから、伝統芸の思想に於いて仏教的なものが混在するのは、むしろ当然の帰結と考える方が自然でしょうか。特に民間に於いてこそ信仰も深いものがあり、如何なる田舎の小さな集落も、寺社仏閣を中心に据えている場合が大半です。むしろ何らかの寺社仏閣があるからこそ、奥深い山中にも集落が存在してきたのではないか、とさえ感じる程の場所が少なくありません。

非常に達観した視点を様々に、解りやすく学ぶことが出来ます。

雪の日は読書など、如何なものでしょうか。

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論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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