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岡倉天心「茶の本」に見る思想 「第五章」より

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第五章「芸術鑑賞」

第四章「茶室」では、西洋から見た場合、価値観の根本的相違により日本文化を理解することが難しいのではないか、という提起が折々に為されており、その上で「芸術の観賞」ということについて言及していく。

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諸君は「琴ならし」という道教徒の物語を聞いたことがありますか。
(以下適当に省略します)
大昔、竜門峡に真の王者たる桐の古木があった。ある偉大な妖術者がこれを切って不思議な琴を作り上げ、皇帝に献上された。しかしその弦は、名手が代わる代わる努力しても、ただ軽侮の音、歌と不調和な琴の音が鳴るばかりであった。
やがて伯牙という名手が現れた。御し難い馬を鎮めようとする人の如く、優しく琴を撫で、静かに弦を弾くと、四季・高山、流水など、古木の追憶が呼び起こされ、調べを変えれば琴中に雷光起り、轟々と鳴り渡った。
皇帝は演奏の秘訣を尋ねた。伯牙、答えて「陛下、他の人々は自己のために歌ったから失敗したのです。私はただ琴に任せただけ。琴が伯牙か、伯牙が琴か、本当に自分にもわかりませんでした。」(以上、物語の大筋。)
この物語は芸術鑑賞の極意をよく説明している。真の芸術は伯牙であり、我々は竜門の琴である。
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人の情感を動かすもの。例えば禅語は伯牙である。その伯牙によって我々の心は様々に鳴り響くことになる。その音色は琴によって様々であろう。如何に伯牙といっても、凡庸な琴を相手には凡庸な音しか出ないものであるし、名琴と出会ってこそ、素晴らしい音色を奏でるのである。逆に云えば、名品の感動というものは、己自身の観賞能力に比例するのである。観賞能力の無いことを置き去りにしてしまった時には、名手の音色を「凡庸」と評してしまう結果となる。美しき音色が響いてこない時には、素直に自己を反省する事も大切であるが、琴が凡庸である時も同じ。まずは伯牙の音色を、自らの琴の中に奏でる体験を知ることであろう。奏者の妙手を知るにも、様々な知識や経験があると尚一層に味わいも深い。そうして、その相克を見極めていくことで芸術鑑賞力、「琴の音色」を磨いていくものであろうか。

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宋の有名な批評家が非常におもしろい自白をしている。「若い頃には、己が好む絵を描く名人を称揚したが、鑑識力の熟するに従って、己の好みに適するように、名人たちが選んだ絵を好むおのれを称した。」現今、名人の気分を骨を折って研究する者が実に少ないのは、誠に嘆かわしいことである。われわれは、手のつけようのない無知のために、この造作の無い礼儀を尽くすことを厭う。こうして、眼前に広げられた饗応にもあずからないことがしばしばある。名人にはいつでも御馳走の用意があるが、われわれは只だ、自ら味わう力が無いために飢えている。
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少し判り難いので再訳すると「若い頃は自分の好きな絵をヨイモノだと公言していたものだが、鑑識力が熟達してくると、妙なことに、過去の名人が選びあげた名品が次第に素晴らしいものに見えて来て、”名人の目に近づいている自分の熟達”がとても嬉しかった。」という意味である。例えばロクロの名人になりたかったら、現在の名人の技を見に行くだろう。同じく、観賞の名人になりたければ、過去、例えば利休の目に学んでしかるべき基礎を積むべきであろう。それが好いと見えてこそ、観賞力の基礎が積まれて行く。よくよく、この世界には食わず嫌いも多いし、苦いものは食べない。ビール宜しく、最初こそ苦いというものもある。しかし少し我慢もしなければ、その良さも判らないというものがある。それは何事にもついて廻る。観賞力の鍛錬だけは例外だと考えるのは、まったく不可思議な思考である。「自ら味わう力が無いために飢えている。」という言葉は、心して聞かなければならない。ファーストフードを常食にしている様では、一生を費やしても懐石の味は分からない。

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慣例、因襲の力は美術観賞力の範囲を制限するものである。われらの個性さえも、ある意味において理解力に制限を設けるものである。そして、審美的個性は、過去の作品の中に自己の類縁を求める。もっとも、修養によって美術観賞力は増大するものであって、これまで認められなかった多くの美の表現を味わうことができるようになるものである。が、畢竟、われわれは万有の中に自分の姿を見るに過ぎないのである。すなわち、自分特有の性質が理解方式を定めるのである。茶人たちは全く各人個々の観賞力の及ぶ範囲内の物のみを収集した。
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本棚を見れば、また友人を見れば、などなど、その人柄を反映するものは多い。文章1つでも同じこと。即ち、自らの収集品というものは、自己の価値観の反映物である。見栄高き者の収集品にはブランドのものが多く、内実高き者の収集品には本質が反映される。無教養な者の集めるものは嗜好的なものが多く、芸術に価値を認めない者の収集品には安価なものが多い。逆に教養の高い者は歴史由緒の深いものなどを集め、芸術に詳しい者は価額に関わらず求めている。それは万有の中から、その人物が「自己の類縁」として選び出したモノ。結局、人は、その器の持つ力量の範囲でしか収集を行う事が出来ないのであるからして、自己の観賞力や教養を深くしなければ、その収集品、また創作する品々は高まることが無いのである。

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「人は皆、嘆称せずには居られないもの。これによって、利休にもまさる趣味を御持ちになっていることが分かります。というのは、利休の集めた物は、ただ千人に一人しか真に判る者が居なかったのでありますから。」と、遠州は嘆じて「これはただ、如何にも自分が凡俗であることを証するのみである。偉い利休は自分だけにおもしろいと思われる物をのみ愛好する勇気があったのだ。しかるに私は、知らず知らず一般の人の趣味に媚びている。実際、利休は千人に一人の宗匠であった。」 
実に遺憾に堪えないことには、現今美術に対する表面的熱狂は、真の感じに根拠を置いていない。人は自己の感情には無頓着に世間一般から最も良いと考えられているものを得ようとかしましく騒ぐ。高雅なものではなくて、高価なものを欲し、美しいものではなくて、流行品を欲するのである。一般民衆にとっては、彼ら自らの工業主義の尊い産物である絵入りの定期刊行物を眺める方が、彼らが感心した振りをしている初期のイタリア作品や、足利時代の傑作よりも、美術鑑賞の糧としてもっと消化しやすいであろう。
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いやまぁ、実際問題、美術館にしても作家にしても、儲けるがためにやるものだから、万人に受けるものを狙う。そうして「売れるものが良い物で、売れないものはゴミである」などと嘯いている。例えば「国宝」と銘打てば来館者が殺到し、「世界遺産」となれば観光客が押し寄せるのである。押し寄せておきながら、その内実となれば、法隆寺で仏像を見るよりも漫画雑誌を読んでいた方が面白かろう。もちろん、マクドナルドとロッテリアの差異を論じるのも観賞ではある。そういった、大衆の分かる範疇だけでの議論というのは、マスコミを始めとして欺瞞的に「数字」や「利益」を得るために行われる。
長次郎の黒楽茶碗1つに、10分も20分も滞在して見る人がどれくらい居るだろうか。飽きずして眺めるだけの価値があると感受している人間が、どれほどに居るだろうか。現代とて、やはり千人に一人であろう。有名であるから観るだけのことで、特段に特別なものを感じてなどいないのである。そしてやはり、遠州系のものは多く技巧的で、人々の支持を得易いものである。それは見え易いという事でしかない。陶器で云えば「薄く・軽く・手間の掛かりそうなもの」である。作者に馬鹿にされている事に、そろそろと気付いた方がいい。

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今日の美術は真にわれわれに属するものであり、自らの反映である。これを罵倒するのは、ただ自己を罵倒するのである。今の世に美術無し、というが、これが責めを負うべき者はたれぞ。古人に対しては熱狂的に嘆賞するにもかかわらず、自己の可能性にはほとんど注意しないことは恥ずべきことである。(中略)過去がわれらの文化の貧弱を哀れむのも道理である。未来はわが美術の貧弱を笑うであろう。われわれは人生の美しい物を破壊することによって美術を破壊している。
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流行品が強い世の中を創り出すのは、他ならぬ流行品を求める大衆である。マスコミに流行品を決めさせて自らが踊るのも、現今の大衆の持つ踊り易い性格を反映しているのである。大衆が安いモノでOK、真の美術など不要と思うからこそ、真の美術が抑えつけられ、機械量産が大手を振るのである。自らに媚びる芸術をヨシとするからこそ、媚びた芸術が台頭するのである。全ては自己の投影物。

我々は桃山美術を称賛し、江戸時代を侮蔑し、明治の技巧主義を罵倒した。では現代の美術はどうだろうか。真の観賞者無くして、真の美術が掬われ、崇拝されることは無い。古物は良い。しかし、それを理由に現代に絶望するとなれば、その絶望が、彼の視界を更に絶望的に飾り立て、全く盲目にしてしまうのである。目に暗い、メクラの時代に名品は台頭しない。ゴッホを評価出来なかった美術界とは、そういう者の時代だったという事である。彼等は「メクラ」と呼ばれたいのだ。そんな芸術鑑賞は、下の下であることは云うまでもない。 本当に熱狂するならば、一人や二人、育ててみせよ。利休は、織部は、徒手空拳で指をくわえて眺めていたか。古陶磁に憧れた末に、自らの私財を擲って名品を作り上げた。そうせざるを得ないほどに愛好していたのだ。昭和の巨匠による陶芸作品も同じく、私財を擲った愛好者が居てこその具現化であった。現代陶に盲目な愛好家というのは、それら先人に何をも学んでいないことになる。愛好の程度も希薄。これではやはり、現代もまた「貧弱」と評価されることだろう。


以上、第五章「芸術鑑賞」より抜粋・雑感。

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論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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