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風炉の季節と陶器祭り御礼。

今日は茶道の稽古でした。風炉の季節になってみて。元々、茶道の点前は風炉が最初、つまり原点という話でありますが、云われてみればなるほど、正面を向いて、およそ全ての所作を行うわけですから、点前を見ていても、炉より風炉の方が格の高い感触を覚えたのですが、さてどんなものでしょうか。柄杓も随分と細く・小さくなるので繊細な動きが要求される様な。

今日は基本の点前を復習しつつ、甲赤、老松、大津袋など変わり扱いの点前でした。土風炉と敷瓦の関係も興味深いもの。気候も一挙に潮目となった感じにて、温かい日和。田園風景にも稲の姿が見受けられる様になりました。

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先日の藤。さて、どこへ植えるか思案中。新緑の嬉しい季節。
個人的に新緑の樹木が一番好きです。


で、後日談。昨日までの作家市、改めて沢山の御来場・御買上に感謝致します。

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今回は茶碗という事で。大壺などの技術誇示系をバッサリ。茶道具の展示。伊賀茶道具は単価的にも展示みたいなもの。いつもながら、多くの方に観覧頂いて、楽しんで頂きました。

どうも世の中では、何か人々が「伝統」に対して「否定的」「飽き飽き」「ツマラナイ」と思っているのではないか?などと考える向きもあります。しかし実際は、素直に伝統というものに敬意を払って下さる方々が多いのです。「半可通さん」ほどに「伝統軽視」を声高く叫ぶ人が多い。そういった新奇の嗜好は自己満足感が高いものですが、何を変えずとも、何が目新しくなくとも、とかく素晴らしい。そういったものが歴史的な名品です。松の美、月の美しさ、心の清らかさ、などなど、普遍的な美の例は非常に膨大です。

今回の展示では色々と試行錯誤も。

1つは接客。以前は技法、難しさ、歴史の事などを説明していたもの。去年の夏頃に「あんた口が巧いねぇ」と云われてからは、「聞かれない限り語らない」様にしてます。解説文なども撤収。何がどうとも書いていない。実物が先。そこに感動があってこそ、物語に意味があると思いつつ。・・・売上的には落ちる事もありますが。

もう1つには、「値段を下げたって売れないものは、売れない」という事に対して。「ホントに値段を下げたくってみたら、どうなのか。」という問い。今回はガス窯・薪窯焼成の茶碗を安価販売。高台は手削り、歪みありで真円では無いよいう様なもの。そういったものであるにも関わらず、およそ三分の二が売れて、それぞれにお買い求め頂きました。その際には多く、「本当にこの値段でいいんですか?」という問い合わせを多く頂いたものです。関西では基本的に値切る人が多いわけで、むしろ値切らない人は少ないくらいですが、そういった御客様も極めて少なかったもの。 

100人も居る作家作品の飯椀、中には三つで1,000円という価格競争の中で選んで頂いたわけですから、やはり伝統的なものの好さが人々に渡らない障害は、バブル的な「高価」というものなのかもしれないなぁ、と感じました。値段の敷居を下げるだけで、多くの人が求めてくれる。会期中の藤棚茶会もそうですが、「一服300円」という安価なる席であれば、およそ殆どの人が、一服の茶を求めて下さって、点前を見て楽しんで下さる。何も咲いていないに等しい藤棚の下で、ゆっくりとされる。作法も知らないけれど、いいですか?と仰られたり、叔父さんが片手で茶碗を酒の様に飲んでいたり。

激安単価は、沢山売れても実入りが僅少。ですが、数量が売れるというのは嬉しい。高額品を、少数の方々にお買い上げいただく仕事とは、全く別のものがあります。

あ・・・ただ・・・・

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予想通りというか、何と云うか・・・。柿の蔕系の評判が厳しかった。売れる程に黒・茶系で塗り残されて行く売場。向付的に使って、漬物とか冷奴なんかを載せると嬉しい感じになると思うのですが・・・。やはり現代式の、白を基調とした西洋式家屋。黒っぽい器は敬遠されるのかもしれません。男性向けという感じですね。個人的には最新作でもあり、形もまずまず。最もオススメだったのですよ。

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あと、十文字割高台。十文字を見て喜んだ?人は皆無だった様な気が。サービス的に入れたツモリだったのですが、まさかに売れ残る方に入るとは思いませんでした。木守ではないですが、私蔵に廻します。不思議なものですね。普通のものが好いという事で。これで私も晴れて「信楽・粉引焼祭り」に本格参戦という事に相成りました(笑)。


ともあれ・・・。まずは使って頂く。器の持つ「味の深さ」が段々と解っていただけるのではないかと。茶器的な好さというのは、自然調和感。野菜を始めとする食物を盛った時の景色が、やはり優しいものになります。そういった処からもう一度、茶碗というもの、伝統的なものを見直して頂くのも好い事かもしれません。「少し歪んでいた方が、なにか優しい感じがするのだなぁ・・・」という辺りを、少しでも多くの人に感じて頂ければと思います。「薄く・軽く・真円でこそ!」という肩肘張った先入観を、少しでも解いていく事が出来ればと思います。



以上。頂いた資金の何割かは、早速にチャリティ関係で使う予定です。

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論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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