「禅のすすめ 道元のことば」読書感想文の13

随分と大きな台風だそうで。低気圧のお陰で体調不良です。
関西は明後日には晴模様らしく、地元では運動会が予定されています。
晴れ予報とはいえ、かなりの暴風が予想されているわけですから、
小学生も多数参加する運動会には安全第一とは思うのですが。
実行部隊の役員ながら決定権はありませんので、何とも従うばかり。

「禅のすすめ 道元のことば」角田泰隆著より
p78『永平元禅師語録』道元
「眼横鼻縦」眼は横に並んでいて、鼻は縦に付いている。
「空手還郷」何も持たずに日本に帰ってきた
~~

書籍の流れとしては、道元の歴史を大雑把に解説する部分が終わって、
禅僧の筆者によって、少し踏み込んだ解釈が示されていきます。
中国で修業して帰国した道元が、その成果を示す言葉として使ったもの。
禅語「本来無一物」「無一物中、無尽蔵」を例に、禅の思想が示されます。

陶芸、特に茶陶では、同じ種類の言葉として「無作為」があります。
その意図する所を読み取るには、結局は禅の思想を学ぶことになります。
だから、必然的に、正面から茶道具に取り組んでいる職人は、
必ず、この問題に挑戦をしているはずです。

そして同時に、これは禅の思想における問題ですから、
何かの書物に正解が載っているわけではありませんので。
昔の茶陶の名人がこぞって「終わりがない」と表現したのは、
正に、この「無作為」の難しさであり、奥深さに由来しています。
格好良い禅語だけを借りて「守破離」など命題したりしません。
名人の加藤唐九郎は「一ム才」などと称したりしていましたね。

当り前の事。健康、また命というものの「有難さ」というものを、
私はようやくに実感することができました。
自分の命も、健康も、使い捨ての様に磨り潰してきた結果が、
今の過労による体調不良です。過労なんて他人事と思ってたら、
いやぁ、まさか本当に潰れるものだったとは。
「命を大切に」という言葉さえ、私は理解出来ていませんでした。
子育てなども、同じようなものがありますね。

平凡な、「当たり前」に気付くこと。
そういったことが、「悟り」なのだそうです。
そういった「実感の伴う気付き」を、積み重ねていくこと。

「気付き」があると、人は、より一層、優しくなれると思います。
「気付き」があると、心の底から、「健康の大切さ」を言えます。

若い頃、僅かな間、東京でサラリーマンをしていた頃の話ですが。
私が結婚するに際し、上司が語ったことを思い出します。
「俺は嫁の看病のために、2年も仕事を休職した。
出世も何もかも捨てたけれど、本当に良かった。
会社はいくらでもあるが、家族を守れるのは主だけだぞ。」
と、そんな話をしてくれました。当時、出世頭の上司でした。
それはとても実感の籠った、熱い言葉だったので、よく覚えています。

禅は、「自分で悟ること」を大切にしています。
他人の言葉や、本の知識では、真の知識には程遠い。
いっそ邪魔になることさえ、ある。
だから、文字も言葉も、本当には何もいらないのだと。
「無一物中、無尽蔵」
「なにもないところに、全部ある」と言うのです。

それは、こういった事なのだと思っています。
論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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