「禅のすすめ 道元のことば」読書感想文の12。

少し間が空きました。しばらく体調不良も数日ありましたが、割合にすぐ復帰して。
土日は運動会続き。幼稚園、自治会、区の3つの運動会があり、役員なので準備も。
とりあえず2つが終わって、あと1つは今週末。台風でさてさて、どうなることやら。
どちらにせよ土日祝は子供と遊ぶか来客など仕事で休めないわけですが。
そういや旧友なども遊びに来てくれて。スカーレットの放映も始まったとか何とか。

p67『永平広録』道元
悪事を行うことをやめて善事を行うことを説いてきただけ。
~~

道元は鎌倉での説法のために永平寺から数カ月の旅をして行ったけれど、
大勢を前に仏教の基礎の話をすることしかできなかったそうです。
悪いことはダメ、良いことをするべき。

簡単なことですけどね。そういえば子供のテレビ番組で、アンパンマン。
解決策が暴力という点で批判があるという話が、まぁあるそうですが。
少し大きくなると仮面ライダーとかプリキュアかな。ウチの子供も見ます。
というか、大体のアニメは勧善懲悪で出来てますよね。

実際問題として、アンパンマンや仮面ライダーが好きな男の子は、
パンチを振り回してくるし、ライダーキックをやってきますよ。はい。
当たり前です。きわめて普通のことなんです。それを、暴力的になった、
という様に評価すること自体は、実際にその通りだと思います。

でもね。道徳の基礎で「我々は善人であって、悪人にはならない。」
という観点を、十二分に学んでくれるわけです。バイキンマンや怪人を
目指す子供っていうのは、居ませんからね。

「自分は正義の味方なんだ!」

こういう価値観は、幼少期に刷り込むべきものだと思うので。

「なぜ正義の側に立たねばならないの?」
「正義って何?」「悪いことしてる人は沢山いるよ?」

こういうことを、子供に納得するまで教え込めます?
難しい言葉なんて、理解できるだけの経験材料がないんですよ。
モノゴコロがついてしまえば、他者の言葉は簡単に入らないです。
こういうものこそ刷り込みをしていくものかなぁ、と思います。

もちろん、暴力解決アニメじゃなくてもいいけど。
子供の視点で惹き付けられるものって、そんなに多くないから。
親の御仕着せで上手くできる自信がなければ、「アリ」ですよ。

飢餓や戦乱で荒れ果てた時代には、「善人であるべき」という価値観さえ、
なかなか簡単には共有されるものではなかったということで。
孔子が戦乱の世に儒教を説いて、受け入れられなかった事に近いですね。

~~
p71『御遺言記録』道元
何か秘密にする教えとか、特定の者にしか教えないような特別な教えは、
仏法においては、ない。~略~ただ、秘密のことや特別に伝えることが
あるとすれば、寺の住持としての心得であるとか、住職としてすべき行持の
作法であるとか、寺院の運営の仕方であるとか・・・
~~

茶道も、「秘伝とされている点前」とは、「特別な場合における作法」です。
だから、知っているかどうかや、技術の巧拙を誇るのは、ちょっと違う。
茶が仏道修行なのだとすれば、作法の知識や巧拙の差が大きな意味を
持たないということが理解されるかと思うのですが。

逆説的にいえば、禅僧よりも点茶の技術が高いとして、それが仏道修養
において禅僧よりも高位であることを示すかと言えば、全くそれは関係が
ないわけですよ。

そういった意味で気になるのは、堂々たる、現代の禅僧の筆によるものを、
「これは稽古道具」とか、「これは安物ですよ」という様子でやってしまうのは。

それが現代の慣例とはいっても・・・
およそ「ほぼ全ての茶人は、仏道修行的に、塔頭を預かる禅僧の下位」ですよ。
これって、まぁもちろん、こういう価値観を広める道具屋さんも悪いでしょうけどね。
惑わされる程度しか考えていない茶人にも責任があるんじゃないかなぁ。
良い茶席には、良い着物を着て、素晴らしい道具を揃えてこそ。という。

そこらの陶器の茶道具などは。まぁそうでしょう。
安いものは、質も確かによくないものが多いです。
御茶に良い器、花を生かす花入でありたいもの。

禅僧の書いたものはね。やっぱり別じゃないかなぁ。
安くても、やっぱりありがたいものじゃないのかなぁ
だって仏道修行なんでしょ?って思ってしまう。

まぁ書家や芸術絵を飾る、なんちゃって茶会はもちろん論外なんですが。
禅僧の序列を、出家もしていない在家の者が言うのは、下世話ですよね。
今の道具展観的な茶会において、私は疑問に思ってしまいます。

いつだったかな。松坂の茶会に呼んでいただいた時。
お軸は、いわゆる「稽古道具ですよ」って言われてる禅僧のものでしたけれど、
席主に聞くと「直接に禅僧と親交をもって、書いて頂いたもの」という話でした。
いやぁ、素晴らしいと思いましたよ。

茶道具屋で大枚出して買った軸と比べて、どうです。
ちゃんと禅僧と付き合いをして、話をして、その上で書いてもらったもの。
その禅僧のものが「稽古道具」と言われ、安い対価で買えるにしても。
席主は真摯に、立派な修行をされているのだと、私は心が改まりました。

田舎の法事に行くと、真摯に念仏を唱えている高齢の方の姿は珍しくありません。
そういった方が行う茶会となれば、こういった次第になったりするわけで。

何が良く、何が悪いなどと。価格で一律に評価するのは簡単ですけど。
茶席の場で、金銭の話をしないってのは、そういうことかなぁ、と。

身分相応の道具を使うという意味でも。
軸は席主・主客より高位の方であれば十分に足りるのではないかなぁ。
論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

記事内容の分類
過去の記事(月別)
09 | 2019/10 | 11
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
来訪者数(2006.5~)
LINK
リンク
メール送信はこちら
・来窯時などに御使用下さりませ

御芳名:
貴アドレス:
本文の件名:
本文:

不在時・繁忙期などは返信が遅くなる事もあります。悪しからずご了承下さい。もちろん、迷惑メールは駄目ですよ。