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「禅のすすめ 道元のことば」その9

「禅のすすめ 道元のことば」角田泰隆氏 より、適当な独り言。その9。

ようやく夏休みも終わって。子供2人は楽しんでくれたけど
さすがに大変でした。波からして今月は体調が落ちていくので。
今月後半までは低空飛行に勤めようと思います。

>p54 道元と弟子(懐奘)の対話より
弟子「古人の語録を読んだり、公案(古人の禅問答)を
工夫したりすることは無用なのでしょうか?」
道元「公案を学ぶことによって、少しばかり分かったような
気持ちになることもあるが、それはかえって仏の道から遠ざ
かることになる。所得を求めず、悟りを求めず、座禅をして
時を過ごすことが、そのまま仏の道である。」
~~~~

座禅を中心とする曹洞宗と、公案を大切にする臨済宗。
茶道は臨済宗に属しているような側面が色濃いこともあるのか、
お茶会では、「高僧が書いた禅語や仏語」を床の間に掛けます。
「抹茶を飲みながら、その言葉を学んでいこう」という集会です。

なかなか。沢山の禅語を覚えることも大事ですが、
覚えるだけではなかなか、それだけではどうしようもないです。

陶芸の上達でも、技術書は色々あるし、変わった技法もあります。
陶芸に限らずですが、そういった「技法をたくさん覚える」ことを、
「上達」と考える人も普通にいます。そういった技法を組み替えて、
なんか新しいっぽいものを作ったり、アイデア競争をやるのが現代式。

伝統技法の「手ひねり」なんてものは単純極まりないので、簡単ですが。
造形という面でみれば、その技法で国宝から縄文土器まで行きます。
熟達して、深めていくということも大切にしなければなりません。

禅語も、結局は深めていかないのであれば、知識なだけで。
季節に相応しい禅語を沢山知っているのは、単なる知識。
禅語は、「わかったつもり」が一番よろしくないとは聞き及びます。

道元さんは「座禅していれば全部足りてくる」との御言葉です。
熟達して深めていけば、そんなに沢山の禅語は、いらないのかも。


知識も熟達もないとね。浅い知識+道義感不足という人も出てくる。
陶芸家や美術家がやる茶会などで、「書家の掛軸」っていうのが出てくる。
茶会の形だけを借りて、作品の展覧会をしているわけですが。
「何が悪いねん!」という話の向きもあるでしょうけどね。
あれって、伝統が重ねてきた良いイメージを、横から便利に借りて消費っていう。
道義的にはちょっと、どうかと思うわけで、よい感じはしないのですが。
何もしらない人からすれば、面白いらしいです。

・・・知識もちょっとは必要かな。

論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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