• 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30

hudannnonitijyou.jpg
さて、日常に復帰して。風邪もすっかりと快復。

hiirenokeikennwo.jpg hareyakadeite.jpg
昨日は御水屋にて勉強をさせて頂いて。北野社中の大ベテランの御先輩。
多くの若い社中が、初めての経験など様々に。
私も、未熟ながらに灰形・火入を任せて頂いて、文字通りの「有難い」経験を。

気付いてみれば1年と数か月。灰形も変わらず基本の二文字を。
実際に経験をしてみて初めて分かる事も多々。
「火入も出来ずに水屋は勤まらない」とは師匠の言葉ですが。
「灰」というものが、とても重要であることを実地に感じられた水屋でした。

もちろん、茶会もまた大勢の方がお見えになって。
誠に、おめでとうございました。


おっと。そうそう。窯出しですが・・・。
今回の窯は失敗です。「今回は色々と試行錯誤」と書きましたが。焼成方法もまた然り。
1つ、「随分と長い間の宿題としていた手法」を試した結果、これが完全に裏目でした。
いくつかの要因が重なって・・・という辺り。
焼成中に「どうも・・・オカシイ・・・」という感触はあったのですけれど。

まぁそれはそれで。これは大いに今後役に立つ実験結果です。
また、他の試行錯誤部分は、悪くない感触を得ています。
このところ、作品先行で焼成面での改革が行えていなかったので。

問題は・・・そうですね。

そのまま「もう1回焼き直し」

というのを、やるか、やらないか。

そんな思案をしています。

第二十七回 臥翠窯穴窯焼成記録

さて、無事に窯焚きも終わりましたので御報告記事まで。

27kamatakikaisi.jpg
今回は梅雨の時節の窯焚き。久しぶりに暑い季節の窯焚きと相成りました。

tiisanahonookara.jpg marutawoyaku.jpg
最初はとても小さな炎。大きな炎も、全てはここからです。
炎は木々を食べ尽しながら、どんどんと大きくなります。

 yoruhahukete.jpg yoakenoasa27.jpg
そうして、夜も昼も。休みなく薪をくべていく。
炎が欲しがっている適量を、時には少し強引にも食べさせていきます。

makiwowarinagara.jpg 
今回は薪が湿っていて。窯焚き中に薪割り機も稼働。
湿った薪で焚くのも久しぶり。温度は上がり辛いもの。
でも、それはそれ。自然に合わせて動くだけの話。

「最良環境に最高の赤松」。理想的な環境で焼いていると、
さまざまな臨機応変の焼成が身につかなくなります。
それは、現代人の応用力の低さに共通するものでしょうか。
常に理想環境に身を置くことの危険性です。

薪も、土も、窯も、いつも変化を求めて。

 arerekoreha.jpg
そうすると驚きが!(ホントにビックリしました)
 

sukkaritoasobibani.jpg
子供もすっかりと窯場を遊び場に。

suibunnhokyuu.jpg kiitigotabete.jpg
頃合いに木イチゴが食べ放題です。

mirukusan.jpg kamabamohuruku.jpg
古株の窯場猫も帰ってきて。窯のある旧牛舎も、随分な老朽化。
叔父が亡くなって、建物所有権しかないことが判明したり。
在所の山林を、1から叔父が開拓して作られた牧場の軌跡。

matunowariki.jpg  
今回は叔父が健在だった頃に割ってくれた赤松も。
なかなか、私には斧1本で薪を割る技量はありません。
割りやすい丸太ならいざしらずですが、その程度。
この辺りの御高齢の世代は皆、これを普通にされます。

tukaretekimasitane.jpg
窯焚きは6日に渡って。雨もホドホドに、夜は涼しく。
思ったよりも環境は良かったように思います。
とはいえ、少し風邪をひいてしまいました。

 kamanohonoo.jpg kamataki27syuuryou.jpg
さてさて、作品の仕上がりはまた別の話。
少しは不安要因もあり。ちょっと怖いです。
今回は色々と手を入れた部分も多かったので。

sarusyuurai.jpg 
夜中に疲れ切って帰宅。朝駆けの猿襲来で叩き起こされて。


とまぁ、自然はなかなか、人間の都合などお構いなしに。


第27回 臥翠窯穴窯焼成
2016/6/10~6/15(6日間)

入梅の頃 近江神宮献茶式と窯焚き初日。

hatakenomizuyari.jpg 
さて、6月は入梅の頃。ニュースでも「梅雨入り」との話題が出ているようで。
草木の勢いは留まるところを知らず、草刈りに辟易する時節でもあります。

sinnryokunokisetu.jpg oumijinnguukenntya0.jpg
先日は近江神宮の献茶式。今回は青年部として水屋入りをさせて頂いて勉強を。
日吉大社では御家元を、近江神宮では大宗匠を。誠に素晴らしきこと。

oumijinnguukentya_20160611034633229.jpg moriaogaeru.jpg
御高齢にも変わらぬ大宗匠の御姿。出迎えの社務所前にはモリアオガエルの卵も。
いつもは献茶の御姿を拝見するばかりですが、今年は大宗匠の茶席中の声を水屋で。

窯焚き前の忙しい最中ではありましたが、 改めて気合を感じつつ・・・


tiisanahonookara.jpg 
昨夕より、窯焚きへと突入しております。

月曜日には梅雨入りにて雨天候とのこと。「狙い通り」というのは言い過ぎでしょうか。
梅雨の雨と、炎とを競合させた作品を、今回は目指しています。

更には色々と。窯の内部構造を大幅に変更し、今回には古作写しではない新作も投入。
加えての時節変更。4月の窯焚きを後ろ倒しにしての6月。

4月は風に悩まされることも多く。6月ともなれば雨と暑さ。
5月の頃合い、後半までにと思っておりましたが、都合により入梅の頃に。
とはいえ、作品制作の頃には分かっておりましたので、それはそれ。

意欲的な変更。日吉大社で御家元からお言葉を頂いた作品。その焚き方を踏襲するという
発想もあるのでしょうけれど。それは誤り。多くの高名作家が嵌まり込んだ泥沼。
名声に甘んじる弱い心。高い技術を持った多くの高名作家を潰してきたもの。

まだまだ、奥深く踏み込んで行かねばなりません。

宗道先生の姿もそうであるし、大宗匠も。登り詰めて、なお登る。変えていく。
1月の宗義和尚の茶事にて、その茶杓に籠められた言葉からも。
御家元の御好評も、更なる精進を含めての評価を頂いたもの。

「まず思い切りよく踏み込んで、そこから無駄を省いていく」
これは青年部50周年の時に御家元から私へと頂いた「作品作りの姿勢」の言葉。

気付いてみれば、そう。尊敬する人々は皆、同じ姿勢を持っておられる。
そして私もまた、その境地を目指したいと思う。

とはいえ。踏み込むだけに、結果は未知数。そんな窯焚きの始まりです。


※窯焚き中は見学謝絶にて、失礼を致します。

窯焚き間近。前回焼成作品など

sinnjyaganokisetu.jpg 
さて、そろそろと夏野菜も収穫。食卓の彩りが嬉しい季節。
最近は茶会の記事が多かったので、そろそろと作品の話。

makikannsounaka.jpg 
窯焚き間近。切ったばかりなので薪を積み上げて乾燥中。
ちょっと季節が悪かったので調達に御無理を聞いて頂いたもの。

作品の制作は終了。あとは窯回りの作業。来週末に窯焚き開始。
そんな状況であります。


ええっと・・そうそう。

次の作品を焼く前に。前回焼成分の作品の写真を。
最近になってようやく倉庫を整理しました。
igamizu6.jpg
水指。古伊賀「芋頭」の写し。前回は少し焼き込みが過ぎてしまって、
中心となる色彩が黄色系の自然釉。更にはメインの作品に亀裂。
まぁ原因は明確につかんでいるので、今回は失敗しない・・・ハズ。

ともあれ、ガッカリとしてしまって、窯出ししてからそのまま。
soukoniarumono.jpg 
こんな感じで放ってありました。これは亀裂にて大補修が必要。
この手の補修は手間もかなり大変なので、いまだに手付かず。
そのうちに、庭に転がしているかもしれません・・・

2016sakuhin.jpg
まぁ、狙い通りでは無かったけれど。
逆に面白く出る部分もあります。手桶水指。

 igahana4.jpg
「生爪」写し花入。焦げの色彩が秋の風情と感じることも。
「どんな道具も使い方を考えて生かす」という見方も大事に。

「こんなん使ったら面白いじゃない!」というのが「見立て」
という考え方もありましょうけれど・・・

「”これしかない”から生まれる工夫」こそが、本来の茶人の力量と聞きます。
近くにある材料で。そんな感覚でしょうか。

sigamizu1.jpg 
そういった意味では、信楽らしい色彩のものも。
たっぷりと掛かった自然釉。

青系の伊賀が採れる時は、割合に信楽系が採れなかったりします。
「伊賀信楽」と肩書しているものの、存外に信楽の佳作は取り辛い。

そんな感じです。

そういえば。
igahana3.jpg 
倉庫からこんな花入も。
「あれ・・・こんなのあったっけ?」という掘り出しモノでした。
窯出しした時に、フト 空いている棚に置いてしまったようで。

とまぁ、これくらいにて。
論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

記事内容の分類
過去の記事(月別)
05 | 2016/06 | 07
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
来訪者数(2006.5~)
LINK
リンク
メール送信はこちら
・来窯時などに御使用下さりませ

御芳名:
貴アドレス:
本文の件名:
本文:

不在時・繁忙期などは返信が遅くなる事もあります。悪しからずご了承下さい。もちろん、迷惑メールは駄目ですよ。