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2月後半

 さて、ブログのデザインを更新致しました。といっても借り物でありまして、私がデザインしたわけではありませんので悪しからず。ブログの設計は色々と勉強しないと出来ない部分がありまして、ちょいと素人の手には負いかねる次第。

Webサイトの更新も、結局にまだ出来ておらずですが。こちらは何といいますか、以前に記事にも書いたように、新しい流行的な部分も勉強したり、書籍を購入したりしたのですが、さてさて、思案を重ねてみると「う~む 流行を採り入れる必要があるのかな?」という根本的な疑問に行き当たりまして。ブログにせよWebサイトにせよ、「流行のスタイル(新しく使えるようになった新方式)を採り入れてデザインする」というのが、不文律と言いますか、「基本的なやり方」「常套手段」になっておりまして、私もついつい、その発想が残っているわけです。金銭を払って、いわゆるプロにWebサイトを作ってもらったりする場合には、こういった辺りの専門知識に金銭を払うような要素があるわけで、「デザイン」などと言いますが、別に創造的なお仕事ではなくって、「しっかりと流行を踏まえて、その技術を習得する」という話と理解して差し支えないかと。多く服飾など、また陶芸にしても、「デザイン」というものは創造というよりは知識の組み合わせです。「斬新なデザイン」っていうのは、つまり「斬新な組み合わせ」てな話がほとんどです。

まぁ実際、よく考えてみれば、「新しい方式って必要なのか?」って思いませんか。

昨今流行のFacebookだのTwitterだのも、まぁ私はすっかりと手を引いてしまっているのですが、実際問題として「ブログ」でも十分に事足りてしまうわけです。流行的な部分が必要かと思えば、う~ん、別に必要ないな、と。決して新技術や流行の勉強が面倒になったとか手におえなくなったわけではありませんよ。

そんな事を考えてみると、流行的な要素、あと商売的な要素など、いろんなものが排除されてくることになって、Webサイトの更新もちょっと、完成系は随分と簡素になりそうな気配。

まぁそれはさておき
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このところは家周りの冬仕事。昨年は足首を痛めていたため、さて山の手入れが何一つとして出来ないままでした。結果、2年分の仕事が積もっておりまして。1つには裏庭のヒノキ。すっかりと大きく育ってきていて隣家の畑の日照も悪くなっておりまして。また、同時に裏庭が暗く、随分と陰気な裏庭になっておりましたので、そちらをバッサリと伐りました。椿の木なども、屋根を越えて大きくなっていたので、これも刈り込んで小さくまとめ直し。木ばかり大きくて、花も遅く、実も小さく、さりとて背が高いので手入れもあまり出来ずというような、ちょっと困った状態になっておりましたか。

山の様な伐採の枝なども順次に燃やして。出来た木灰は、実のなる樹木などに良い肥料になるそうで。

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あとは。屋根の塗り替え。かれこれ古民家生活も6年だか7年程になりますが、「古民家リフォーム」の際の塗り方が素人塗りといいますか、「初めて塗りました」というようなものでして、不具合も色々。先だっての雨漏れなどもその1つ。排水の傾斜が採れていなかったり、まぁ順次に色々と発覚してくれたわけですが、屋根の塗装もその1つ。一週間程かけて、塗り直しをして頂いております。写真は、「サビ止め塗料」で赤く塗られた状態。下地ですね。この上に暗褐色の塗装をして頂きます。


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他は・・・田村神社の厄除け祭り。年々と来訪客も少なくなって、かつての賑わいも失われて・・・。という記事を去年にも書きましたが、実際に今年も同じく。とはいえ、地元の信仰は篤く、盛り上げようと助力されている気配も感じられます。

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参拝の方々に無料にての振る舞いを頂きました。
毎年、雪が降ったり雨が降ったり。一番寒い時期に厄除けの祭りがありますので。
本当に心があたたまる思いがします。

茶道をやっていなくても、もてなしを考えた時に当たり前に出てくる心配り。
寒い時期の一服というのは、こういったもてなしの心が、原点なのでしょうね。
「当たり前だけれども」 何気なく見過ごしてきた当たり前を、改めて感じつつ。


寒い冬も終わりが近いようで。
そろそろ工房も本格的に始動する予定です。

春の気配

昨日今日と、随分と暖かな。外へ出てみると春の空気がしておりました。
ええっと。ここ2週間の辺りですが。

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どなどな。牛さんが2月3日、節分の日に引き取られて。
日の昇る前からの早朝エサやりもお役御免と相成りました。

しばらくは電気柵の撤去などもあり、整地作業も。まぁ牛小屋などはそのままですが、薪置場などを拡張したりする方向で、また仕事をしようかと思っております。粘土も、これまでは牛が草を食べていてくれたので、粘土を掘っている場所まで「比較的には」容易に行くことが出来たのですが、これからは草も生え放題になりますので、ちょっと思案。少し粘土も堀って積んで置く方向を考えてもいいのかもと思いつつ。水道も、基本的に牧場が使っていた汲み上げポンプからの配管だったり、また電気のこともあるので、細かなことはしばらくに。

まぁ、あまり性急に進めるのも情緒のない話ですからね。
叔父さんが亡くなって、まだ2ヶ月と経っていないのです。

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あとは・・・細々した辺りでは表彰式の代理のお出かけなど。親父の趣味ですが、写真の公募展で、主には市展や県展が多いのですが、色々と受賞も続いていて。役所の程度の低さ、また実際の公募展の裏側というか、まぁその辺りは昔から変わらないようで、特段に陶芸だけではなく、他分野も、まぁ一括して芸術行政自体が、まぁそういうものです。そういえば文化庁の京都移転だか、そんな話が出ていましたか。文化勲章というのが文化庁による表彰。伝統系会派というのは、まぁ人間国宝(宮内庁表彰)と、文化勲章(文化庁表彰)という双璧で出来ているようなところがあるわけですが、京都というのは人間国宝さんの巣窟で・・・うん、やめましょう。こういう話はクダラナイ。

クダラナイことを考えている暇があれば、裏庭の木を伐採したり。色々やることがあります。
 
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茶道。冬期練成会がありました。前回記事にて書きましたが、橘宗義和尚の御茶事を経て。やはり「自分の身の丈よりも遥かに高度な体験の消化」には時間がかかります。陶芸でも、師匠に教えて頂いて、さて2年や3年して初めて了解が出来ることなども多くあります。茶道などは随分と奥が深いので、宗道師から教えて頂いた話には、そういった事が数多く。また、そういった師匠の導きは、多く、「壁」にぶつかった時にこそ大いなる助力となって、前へ前へと進む力になります。さてそこから、更に一足飛びに最高峰の世界の相伴をさせて頂いて・・・。

色々に思案を重ねる時間は多く。何が違うのか。今、自分に何が決定的に足りないのか。あの世界へと到達するに必要なものは何か。こういった思索を重ねながら時間を過ごすことも多く。そういった中で特に痛感したのは、「神や仏というものに対する真剣さ」という性質のものが、「自分には絶対的に欠けている」という点。

今はすぐに。さて今に映っていたテレビ番組にしても、土偶を「祈りの感情を”表現”」などと、まぁ芸術のような扱いをするわけですが、明確に「信仰心」といいますか、そういった動機のもの。利休の事跡にしても、あの当時の一般大衆は、僧侶のみならず人々は皆、祈祷というものを真剣に信じていた時代。もちろん例外などはあるにせよ、時代としても叡山焼き討ちをした信長が本能寺で討たれたり。また武田信玄や上杉謙信でも「飢饉」という天災に直面して「出家して懺悔」しているような時代。

本当に利休の境地、それはさておいて「桃山の陶工」を考えたとしても、
絶対的に「自然神仏への信仰心」は欠くべからざる必須条件として汲み取る必要がある。
個人の感性や個性の発露、工夫の精妙さなど、はてさてなにするものでありましょうか。

練成会での講和。至るべき5段目は「祈りの境地」。
宗道師は毎日、御先祖への供茶をされていて。
もちろん、道具も最高のものを使われているそうで。

「真剣」。その実践の難しきこと。
「言葉」だけを発することの軽きこと、薄きこと。

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そうそう。昨日は親戚の結婚式に参列して。
人生には色々な節目があるように。 

節目。竹のように、節を経るほどに大きく伸びてこそ。
そんな事を感じつつ。近づいてくる春、芽生えの気配。

一月も終わって

さて、新年早々に様々なことがありましたが、一応に区切りもついて。
2月と相成りまして、ようやくに落ち着いてブログを書くことが出来ています。

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1つには雪が降りましたか。結局甲賀にてもそれほどに降らず。
そう。牧場では仔牛が産まれて。1月中には2頭。

牧場のその後ですが、3月一杯での売却目途を目標にしていた所を、急転直下で引き取り手が集まってくださったそうで、2月3日、つまり明後日には全ての牛が出荷され、各地で改めて繁殖牛、もしくは肉用の仔牛として育成されることになりました。叔父がなくなって、昨日が49日法要。2ヶ月にも満たない間でしたか。生涯をかけて築いてこられた牧場も、あっという間の閉幕ということに。「牧場の敷地内なので」と言っていた私の仕事場も、さて寂しいものになりそうです。

とはいえ。エサやり作業もなかなかに大変なものでしたから、安心という側面もあり。
牛も、十牛図などで知られるように、また神聖視する宗教があるような動物でもありますが。
とはいえ、お互いに群れの中で明確な順位付けがあって、絶対服従的な世界。
エサも奪い合うし、美味しそうな草と見れば脱走もします。気性の荒い牛から、大人しい牛まで。

まぁ牛の話はいいですね。

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そして茶事。私の生涯に於いても、大きな節目となるような。

場所は嵐山吉兆。御亭主は大徳寺の最高峰たる徳禅寺の橘宗義和尚。
かねてより宗道師が御親交を結ばれていて、私も個展の際に初めて頂いた御軸が和尚の「山家富貴銀千樹」にて。和尚様のことは、さて宗道師もそうですが、何分にも肩書を書いてそのすごさを説明するというのは、ちょっと違うと思いますので、これは置いておきます。肩書でお人柄を判断というのは、上辺で判断するような、箱書で評価するようなもので、本当にはやはり失礼なものでありましょうかと、これは大人物というような方に出会うほどに、よくよく感じ入ることが多く。

同じく。その茶事の内容も、さて道具を列挙しても伝わるものではなく。
結局は血肉となるのは実感でしかないのだと、改めて思います。
そんな感慨も、御相伴させて頂いての御席の話。
もちろんに御正客は宗道師。そのお伴をさせて頂いて。

数々の道具は勿論としても・・・
しかしとりわけて随一に心に残ったのは「花」でありました。
その実感は大きく。今後の伊賀制作も大きく変わってくるかと。

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後礼の手紙。初めてのことなれば、形式も整っていなかったと思うのですが。
宗道師も「心を籠めていることが大切だから」、と。
形ばかりを必死になって整える。体裁というもの。

そうそう。昨日は淡交会滋賀支部の初茶会にて。水屋にて勉強をさせて頂いたのですが、
朝の講和にて「茶はさびて心はあつく」これを「真剣に」考えていくことが大切であると。

まぁ、茶事の方はつらつら書いても致し方ないので。
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初茶会。こちらは昨日。薄茶席の御水屋にて勉強をさせて頂いて。
茶入、茶杓、茶碗。道具を見る視点も1つ、「改まるもの」を感じました。
何が「良いもの」で、何が「悪いもの」なのか。

茶道的な見地からの視点も、より一層に深めて頂いて・・・
そうするとまた、名品の見え方も深くなり、それが制作にもつながって。

まぁ、他にも初稽古、また水屋塾など茶道の話ばかりはあるのですが。

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陶芸の話も少しは。うん。お仕事も少しですがしております。

嫁さんも仕事を辞して。2月は少し、色々と出来るかと思います。
またの更新をお楽しみに・・・
論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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