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歳の暮れからいろいろと

ええっと。久しぶりの記事更新なのか。いつも通り2週間空いたのか。

ともあれ色々に怒涛の展開が続いていたので、あれよという間に年末を迎えている様で。

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ノロウィルスから回復後、冬の野菜を獲りながら、全快へ養生などしていたのですが・・・

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叔父が交通事故にて。御存知の方も多いかと思いますが、私の工房は叔父の牧場内にあります。

丁度ガス窯を焚いていて、朝の5時に工房へ様子を見に行ったのですが、最寄の交差点がパトカーと救急車で埋め尽くされていて。12台くらいは来ていたでしょうか。真っ暗な道を照らすためか、ライトを全開にして、まるで昼間のような騒ぎになっていて。その照らす先には、転落した大型トラックの凄まじい事故現場。田舎の広域農道は100km近い速度のトラックが暴走を繰り返しています。急な登りと、急な下りが繰り返し続いていくので、交差点などお構いなしに、下りの加速を使って、登りを一挙に走り切ろうとするのです。そうした、下り切った、スピードの最大速度になる場所に交差点があるのです。

結局。すわ何事かと思いながらに救急車とすれ違って工房へ向かったのですが・・・。

大型トラックに曳き潰されていたのは牧場の、叔父の軽トラックでした。即死だったそうです。
動けない叔母を救急病院まで送り届けて・・・通夜、葬式。事故は少し、新聞にも載ったようで。
こんなに急な、ひどい事故でも・・・すぐに葬儀は滞りなく・・・。

稽古納め、青年部の茶会もそこそこに。何が起こるかなど、何もわからない。

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残されたのは20頭近い牛。朝昼晩。朝は5時からのエサやり。
叔父が1人でやっていたもの。エサの量からして、誰も何もわからず。

写っているのは仔牛。その親牛は角も巨大で、それに縄を掛けて。ちょっと突かれれば大怪我の相手です。手指を潰されては私も本業が。でも、結局は私が一時的に引き受けて。通夜の日、葬式の日は近くの牧場の方に指導を頂いて。毎日、欠かさずエサをやらねばなりません。そんなこんなの日々。早朝から牧場エサやり→息子を保育園へ→少し睡眠→牧場エサやり→少し睡眠→牧場エサやり→保育園お迎え→晩御飯・風呂、寝かしつけ。クリスマスの夜は納豆ごはんを食べておりましたか。少しチキンを買ってきたくらいなもの。そんな忙しい中、嫁さんの第2子妊娠が確認されて・・・

合間、一日だけ昼間に
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茶事。北野社中男性組による茶事。
ノンコウ、呉器、師匠手作りの茶碗。
水指には拙作の伊賀も使っていただいて。

軸には論語の一説。
「多く聞きて疑わしきを欠き、慎みてその余りを言えば、則ちとがめ寡なし」

複雑な思いをひと時だけでも離れ、ありがたい一服を頂戴して。


ともあれ、怒涛の展開でありました。牧場は・・・一時期は継ぐのも考えてみたのですが、導入部分的な畜産業界の勉強と簡単な試算をしてみた感触として、採算的な部分と、また陶芸の仕事との兼ね合いから、やはり難しいと判断。畜産業界も、やはり農業系。仔牛の育成では金賞を獲るような結果も出ているような牧場ではありますが、それでも、やはり農業。労は非常に多くして、儲けの非常に薄い業界です。叔父も引退を視野に、収支度外視的な育成をしていたような面があったようで、それだけで十分な収支がある状態でもなく。陶芸も同じく実入りの薄い業界。。ちょっと重ねるには難しい2つ。

とはいえ。当面妊娠で嫁さんも仕事を退くことに。
収支はもちろんのこと、同時に子育ても2人同時になってきて。

急な展開に、まだ諸々の結論が出ないまま、年末を迎えようとしております。

流行の

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気が早いけれど年末大掃除・・・ではなく。病み上がりの保育園にて、
早速に流行のノロウィルス「もどき」を拾ってきたボン(息子)のお蔭で・・・
実家を巻き込んでの総倒れ。

いやはや。ひどいものでした。家中を消毒して廻って、
さて今日も彼は嘔吐をしております・・・。

 
まぁね。仕方ないです。病気ってのは仕方がない。
とりあえず早く治ってもらわないと困るわけですが。

ええっと。その前には茶道の稽古と、青年部の陶芸教室がありました。
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写真を・・・撮るのをすっかりと忘れてしまっておりましたが。
美味しい豆乳鍋を囲みつつ、ゆっくりと陶芸教室に御参加を頂いて。
皆さんさすが。高台こそ私が削りましたが、良い仕上がりになりそうです。


という話では短いので・・・


最近書けていなかった、稽古での話でも。


炉に入って、ですが。変わらず基本となる薄茶点前について、課題を1つずつ頂きながら。


そんな中、先日は「心が入っていない」というお叱りを頂きました。
細かな点にばかり注意を寄せていると、ついつい疎かになりがちな点でもありますが、
そういった意識の面でも色々と不足があった点に改めて気付かせて頂きつつ。

私は結局のところ陶芸に引き付けて理解するのが早いので、そういった手順を踏んで理解することが多く。
一芸の応用というものですね。「心を入れる」って、なかなかに高度な話なんです。

たとえば。「茶碗1つを見る」のに、「心が伴っている人の見方」というのは、まぁ「如実に分かる」わけです。私から見れば、およそ何を思ってみているのかまで分かる。「とりあえず見る事にしている」とか、「真似をして茶碗をひっくり返しているだけ」とか、こういうのは瞬時に分かります。「形式として拝見を行っている」のは「心が入っていない」ということですね。やはり宗道師匠も常々に戒めて指摘されるところのものですが、とはいえ、では即時に「心の入った拝見」が出来るようになるかと言えば、相応に茶碗というものを愛好し、色々に勉学を深めて、慈しみといいますか、ともかくも、一朝一夕には無理であるのが実際であろうかと思います。

私の場合、拝見に際しては例え無名の作家品であろうと、まずは見る。無名でも一生懸命に作ったものなら嬉しい気分にもなりますし、逆によく知られた作家の作品でも、露骨に華美であったり、また決まりきった型通りの形で済まされているものなどは、貧しい気分になることさえあります。なので、茶会などにて「見るからに露骨な量産数茶碗」などを頂く場合は、抹茶を楽むことを主として、茶碗の賞玩は、そもそも相手にしないようにしています。京焼など、まぁ機械製の茶碗に、印刷で絵付をしているようなものに出会うこともあります。まぁ大人数の茶会のその他大勢の御相伴ですから、それも止む無き側面もあろうかと。拝見も、茶道を知るにつれて、更に更に、まだまだ深い楽しみが続いていることを感じています。

同じように。点前で用いる道具、棗や茶杓、茶碗や水指などは勿論ですが、袱紗や茶筅、茶巾などについても、同様に「心を入れて」という事が出来ていなかったことを、改めて考えつつ。私ももうちょっと、そういった道具の知識や、製法や、愛着を持てるような勉強や実践が足りていないのだなぁ、反省致しました。ついつい、主だった道具ばかりに目が行って、手が行ってしまう。利休の逸話に「道具として白布を買って返す」話がありましたが、そういった感覚を本気で身に着けることが大切なのでしょうか。


とまぁ、そんな日々で御座います。
論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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