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気が付いてみれば

すっかりと7月も終わりのようで。先週は色々とインターネットが不調になっていた事もありまして、更新も間が空いてしまいましたか。気が付いてみれば、インターネットが必需品のような、便利な位置を占めるようになりました。Windows95の頃にホームページを作っていた覚えがありますので、かれこれ20年になりますね。現在進行形の、歴史的な社会変化というものでしょうか。

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ええっと・・・。そうですね。台風が来ていた辺りからでしょうか。工房の被害はトタンが1枚飛んだくらいで済みまして、畑の猿対策防備が傾いてしまいました。なかなかちょっと、素人工事で「修理」まで考えながら建てなかったものですから、強固にするために結んでおいた紐が、風雨で弱くなってしまっていて、猿にも簡単に千切られて被害を受けましたし、強度的にも随分と低下していたようです。特に雨の多い時期には、麻紐などは厳しいようで。

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台風一過の暑い中、手が真っ赤になるくらい日焼けをしながらの作業でしたか。
私はまぁ職業柄といいますか。腕や手を怪我してしまうのが一番怖いので。少々暑くなっても、ギリギリまで長袖を着ています。農作業でも、草刈や野菜の収穫などは、長袖じゃないとカブレてしまいますし、ちょっとしたことで切り傷が出来てしまったりします。なので・・・いざ半袖になる頃には日差しも強く、一挙に焼けてしまって日焼けがヒドいことになります。はい。

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それにしても暑い夏で・・・。お盆も随分と近くなってきましたが、今年は祖母が亡くなったことで七日参りが毎週。すっかりとお盆の気分でおります。そうそう。中陰和讃というものも初めて知りましたか。四十九日の追善法要。「追善供養」という意味や価値。毎年、4月に支部の追善茶会に参加をさせて頂いているものですが、「追善って何だろう?」と思いながら過ごして来たもの。同じく「南無阿弥陀仏」の文言にしても、頭では知っているし、法事ともなれば言葉も唱えることはあるものの。心からこの言葉を唱えたことはなかったんだな、と。今は「仏教も葬式のときだけ」などと言われるもので、私にとっては実際それに近いところもあるわけですが、それでも感じ入るものはあって。御高齢の和尚さんから「法要で唱える南無阿弥陀仏は、”亡くなられた方へのありがとうの言葉”」。そんな法話を聞かせて頂きました。写真は保育園のヒマワリですが。子供の頃に見たものとは、感じるものが全く違うなぁ、と思いつつ。

あとは・・・茶道の稽古。それに    活力を頂く会食などもありつつ・・・

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他には遠路の来客も。以前東京へ行った際にお世話になった方にて、その際には手作りの茶杓を頂いたもの。色々な肩書も持っておられるのですが、ともあれ茶道の友人という辺りにて。お忙しい中を御来訪頂きまして、改めて交流を深めさせて頂きました。最近は茶事の経験を積むべく頑張っておられるという御話にて。また今度、東京へ行く機会を楽しみにしつつ。私も師匠に教わりながら、茶事へ触れていく機会が近づいているのを楽しみにしています。

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あとは・・・地元の祇園祭りもありましたか。
とはいえ。例年忙しくお手伝いする所を、今年は喪中にて。
神事には触れずにという辺りでした。

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あと・・・この週末は滋賀支部の朝粥茶会。毎年最も人気のある支部行事にて。
御濃茶に薄茶に朝粥に。今年は午後からの用事があったので遅くに参席させて頂きました。
御軸は「流水無間断」。悲しい時も、楽しい時も。そんなことを感じつつ。 

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晴れ渡る午後からは同じ会場にて青年部活動は”三者合同茶会”。親支部が茶席という出会いの場所を御用意して下さって、青年部がそれを受けて亭主として茶席実践の場を懸命に果たし、県下学校の茶道部の皆さんが、その出会いを思い出に、楽しみにされて一服を頂戴されるというもの。総勢300名近い学生さんが御来訪ということで、さてさて非常に忙しく実践をさせて頂くと同時に。皆さん茶道を初められたばかりの方。「泡が細かい!」 そんな所から感動されてという辺り。夏休みに遥々と電車に乗って。綺麗な琵琶湖の景色を眺めながら一服をされて。丁度29日には滋賀県で全国高等学校総合文化祭があるとか。「この琵琶湖の景色での一服が、滋賀県の良さですよね」と、そんな話をされる方も。学生の皆さんも、先生について熱心に。中には緊張の余り・・・という方までおられましたか。それくらいに楽しみに、また期待を込めてみて頂いているのだな、と感じ入りつつ。

気付けば7月も終わり。
お盆の過ぎる頃までは、今しばらく忙しいのかな、と思いつつ。

祇園の頃

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夏野菜もメッキリと大きくなって。なかなか畑を見る暇もない内に。
草木生い茂る季節。一年で最も大変な一斉草刈りへと出て行って帰ってくると

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「祖母が危篤」との報が入って。僅か10分程の距離でしたが、間に合わず。
今年の春頃から自宅介護にて過ごしておられました。96歳。

幼少の頃、特に小学生の頃は毎週のように遊びに行って、山で遊んで。
祖母は「よぅ来たな、よぅ来たな」と言って、野菜を取りに行く。
それが、幼少の頃の私から見た祖母の日常だったでしょうか。
田舎らしい、とても甘いコーヒーを淹れてくれて。それが美味しかった。
特に会話らしい会話という覚えもありません。でも、いつも、とても嬉しそうで。
いつも、黙々と草を刈って。そんな祖母でした。

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今になって分かると言いますか。そうして育てた野菜と米で、文字通り私の血肉は育てられていたのですね。現代でこそ野菜も米も買い求めるのが普通ではありますが。100年程も前までは、代々に野菜も米も、肉となる家畜も、全てが祖父や祖母、父母の作ったもので作られていて、「血縁」の意味も、単なるDNA云々ではなく、骨肉を形成する食物も含めての血縁。戦前の生まれ。戦争で沢山の身内を失ってから、ずっと。何も名声や金銭や装飾品や、そういったものを全く欲しがるでもなく。古いプラスチックのコップを、「まだ使える」と何十年も使い続けるような。そうして、ただ黙々と家を守って、それで嬉しそうに孫を眺めておられたのだなぁ、と。

通夜、葬式を終えて。葬儀場に泊まり込んで。


翌日には熱を出して寝込む愚息。
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沈みがちな葬儀を和らげてくれていたのですが、急激な高熱にて。
深夜に救急へと駆け込むことになりましたか。今は無事に熱も下がって。
ウィルス性の高熱にて、薬もなく、熱と痛みに耐えるだけのものでした。


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土日は練成会。泊まり込みでの茶道稽古へ。
色々と抱え込みながらの台子稽古には、一味違うものを感じつつ。



本当に。「命」というものを改めて考えさせられました。



ありがとう、おばあちゃん。

七夕ですね

さて、更新も少し遅くなりまして。

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少し梅雨らしい天候も続いていますが、合間には綺麗な青空も。

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明日は陶芸教室、という話で終わっていたようで。

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昨年に引き続いての御来訪だったのですが、天候もよく。
バーベキューも単なるバーベキューにはならず。

その週末も青年部でバーベキューという話になっていたりして、夏らしく。
細かな辺りでは色々な話もあるのですが、ともかくもさておいて。

茶道の稽古にては宗道師の擁翠亭における茶室披きの御席へお手伝いへ。
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先月末辺りにニュースでも流れていた御茶室。小堀遠州が建てた茶室にて、140年前に解体されて以降、倉庫に眠ったままになっていたもの。明治初期くらいの建物までなら、基本的に移築出来るように、解体・再建が出来るようになっていますね。3畳台目の茶室にて、この度は古田織部美術館の敷地内にて再建が成ったというもの。

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席に入られた皆さんは、どんな思いで躙り口を通られたのでしょうか。
私は露地にて案内をさせて頂いておりました。

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茶席から出てこられる皆様の草履を取らせて頂いたのですが、
本当に皆さん晴れやかな表情で、また名残惜しそうにされていました。

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お客様は、全国より遠路。
茶室を楽しみにされてきた方、宗道師に会えることを楽しみにして来られた方。
茶席が終わって、点心を頂かれて。
もう1度、「待合の菓子席だけでも」と見に戻って来られて。

待合には箱書が展示されていたので、そちらを拝見されながら、
濃茶席の情景を改めて思い返されておられました。

きっと皆さん、忘れられぬ一服を感じられたことでしょうか。

本当に、「有難いもの」。

そういったことを目の当たりにさせて頂いております。
論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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