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7月の②

すっかりと蝉の声が日常になりつつありますね。7月の週刊日記その2。

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台風一過しての祇園の頃は例年の夏合宿・練成会。47回目だったかな。当初の頃は三井寺に間借りをしての1週間稽古であったと聞くもの。色々な茶会に触れていくと、何より西洋風の建築物、特に新しいものというのは、綺麗は綺麗かもしれないのですが、やはりシックリと来るものがありませんね。それは畳1つとってみてもそうですが、昔の建築というのは欄間1つにしても人間の手間があり、生活空間を彩るための意識の高さを感じます。文化的な水準、進化や退化の基準というものを日常生活の文化水準に鑑みて算出するとなれば、どうしても現代というものは文化が低い。ひょっとすれば、ここ1000年の歴史で最も古いかもしれませんね。

とはいえ。環境はさておき、練成会の主目的は「稽古は回数こそものを言う」との訓話から来るもの。とにかく回数優先。実際の話、回数というのは大きなものです。前も書いたかもしれませんが、「陶芸教室10年選手の腕前」というのは、「駆け出し1年目の新米陶芸家」と同じくらいか、それ以下。つまり毎週末に終日の稽古をしたとしても、実はそれほど深いものにはならない。稽古稽古、ロクロロクロで2~3年もやって、ようやく「繰り返しだけでは進歩することが出来なくなる」という様な段階が見えてくる。陶芸教室や、週に1度の稽古で云えば20~30年の歳月という計算になりますが、現代には職業的な茶人という方が少ないのも道理です。「教室ゴト」というものの限界ですね。

そういった意味で台子の稽古というのは、特に稽古不足が深刻であるのだとか。今年は行之行、真之行、大円草の点前を2日間掛けて教えて頂きました。まだまだ手順を覚えるだけで精一杯というものですが、宗道師曰く「手順を完璧に覚えて、綺麗な所作を身に着けて、ようやくスタート位置に立てるのが台子点前の根本」という訓話にて。とにかく手順でオタオタするような段階をクリアするのに何年も掛かっている様では話にならぬというもの。仰る通りと思えばこそ、実践しないといけませんね。日頃から自宅で復習をしていれば、手順などは1週間掛からずに覚えられるはずのもの。

あ。そうそう。真の点前では天目に仕覆が付きます。その所作を身に着けておきたかったのも1つ嬉しいこと。師匠の天目茶碗、まぁ現代では使われることの難しい理由なども、台子の精神を聞けば納得できるものでしょうか。天目台の種別についても、さてさて陶芸だけの知識では全くに想像することが難しい側面もありまして・・・と、そろそろこれくらいで。

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で、合宿で留守にしている間にウチの猫が大怪我をして。ヘビに噛まれたとか。いやはや全く。東陽坊の翌日から旅行予定だったのを台風で取りやめて、1週間後に延期していたものも、この怪我で世話をしてやらねばならず、中止。痒いのでザラザラの舌でなめて傷を悪化させるんですよ。本能だけで放っておくと治るものも治らない。他人事ではない教訓でしょうか。

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で、合間合間で仕事もしつつ、嫁さんが出産のために里帰り。予定日は来月の盆頃。 色々と考えることも多くて大変です。

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などと悩んでいる暇もなく、ここの連休回りは夏祭り。祇園祭りなので喧嘩系ですが、高齢化の進んだ村ですので、それほど激しいものではなくなって。甲賀一帯で行われてきた花奪いによる祇園の厄除け神事。今は基礎部分を使いまわしで使っているのですが、昔は祭りの当日に切り出した竹と藁を使っていたそうです。台子稽古での話、その日の朝に切り出した清冽な青竹を、1日限りで使う。そういったものが神仏に捧げるものの道理であるとか。朝から作って、夕刻から荒っぽい祭りをして壊してしまう。そういった祭り。装飾に赤を多用するのは古代の色彩なのか、炎の色彩なのか。

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ともあれ。昨年は3役で運営の中心に居たため、今年は補助的な役割でお手伝いをさせて頂いて。若い者が中心になって出店の運営などをするのですが、人数的な限界も見えて来て、またボランティアの労働ですからね。とはいえ村全体が集まって1つ心を寄せ合うような側面があるとすれば、薄れても祭りなのだなぁ、ということを感じます。

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そうそう。私は知らないのですが、今年のゲストは「忍たま?らんたろー」という子供に人気の長寿アニメ。作者さんは甲賀出身というか、御近所に住まわれていたりします。子供を大事にする側面も大きいのですが、しかしなかなか。小学校は全校で50人も居ないというのが実態。多くの人が田舎の風景を褒め称え、古民家を羨ましいと言いながら、実際には多数のものがすり切れて、失われているのが実際。これからどうなって行くのでしょうね。

ともあれ前日準備から、当日は夜中まで、翌日昨日も片付け作業。酒も残っていたり、油っぽいものと酒で過ごして胃も荒れてという数日でありました。今日はちょっと体調も持ち直して。嫁さんが里帰りしているので、どうしても食事がね・・・。まぁちょっと体重増加傾向にあったので、頃合いです。


暑い日が続きますが、がんばりましょう。

七月の①

さて、随分と時間が空いてしまいました。気になりつつも更新の時間が取れず。日記的なものですが、貯めてしまうとよくないと言いますか、ちょっと意味が薄れるてしまいますよね・・・。ようやくに多忙な日々が終わりつつあるので、ちょっとの寸暇を使っての更新。

七月当初。建仁寺東陽坊での茶会。今月は何よりこの茶会でしたか。

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街路の先に在る建仁寺。東陽坊は利休高弟の東陽坊長盛という方。北野大茶湯で使われた茶室が移築されているとか。黒楽の銘でも知られていますが、彼に贈られた黒楽の銘です。所持者の銘という分類ですね。その命日は4月5日なのですが、毎月5日に掛け釜が行われており、京都の数ある掛け釜の中でも格式の高いものであると聞き及びます。

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さすが。青竹1つの鮮やかさ1つでも感動を覚えるほどですね。開山は栄西禅師による建仁寺。臨済宗の禅寺というのは云う間でもなく、修行されている方々を時折に御見受けすることも。観光客として来られる方々は風神雷神図への拝観が多いかと思います。実際に多くの観光客が訪れて、楽しまれておられました。

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さておき。ちょっと茶室の様子の写真が撮れていなかったのです前日準備の様子から。御軸は淡々斎の染筆による「心楽五声和」。鶴雲棚の木地も清冽にして、扇型の水指は万歴の赤絵。また7月に入ればこそ、京都の時節は祇園祭り。待合には長刀鉾の絵がかけられていたと云う話にて、茶杓は「宵山」。

私は水屋にて菓子の係りをさせて頂いたのですが、切れ目なく多くの方々が御来訪。亭主と勤められた宗香先生も、本当に一息を入れるだけで次々と茶席を進められて。後から話を聞きますに、非常に楽しまれての御席であったとか。また菓子器はギヤマンのもの。特にモザイク繋ぎのベネツィアングラスが目を惹かれた様で、拝見に廻る御席も多くありました。菓子は鶴屋吉信さんの青楓の屑菓子でした。

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また、こちらの御席では点心として蕎麦が振る舞われるということで、これも1つ著名であるとか。私もありがたく頂戴させて頂いたのですが、何とも美味しい。加えて景色からして格別ですからね。暑い京都の夏ですが、清涼そのものが楽しい一碗でしょうか。また、点心席にては短冊飾りとしての笹、梶の葉に願いを託してのもの。これも1つ、御家元でも評判になったと漏れ聞きました。それほどの御席。その点心席の掛花入にては拙作を用いて頂きまして、光栄な1日でありました。緑の鮮やかさをうまく引き立ててくれたでしょうか。



丁度台風も心配されたかの様な日程ではありましたが、頃よく台風は翌日へ。涼しくなる程度の小雨が少し振りましたが、楽しき雨という風情でしょうか。そんな1日でありました。

で、残りは2つ目の記事へ。ちょっと後で書きますね。

梅雨の最中なのかな?

どうもです。ええっと・・・

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最後に左の写真を載せているので、陶芸教室の話からですね。先週の月曜日。料理人の御一行様が陶芸教室にて。依頼があれば引き受けているものにて、今回は世間に名を知られている料亭の料理人の方々を始め、という辺り。私の兄が料理をしているものでして、午後からはバーベキューを楽しまれてという1日。

1日という長さもあり、色々な料理談義なども行われていて。私自身も色々と話を聞いたり、質問もしたり。一流の方々ですから、非常に勉強になる点も。また、店として、従業員には月1回の茶道稽古もされているという話にて、これ1つで素養といいますか、求めているものの深みを感じることが出来ますね。梅雨時ではありますが、当日は好天。楽しまれての御帰宅にて、ありがたいことでした。

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作られた器。名前が見えない様に画質落としてます。日頃器に触れている方というか、意識のある作りが多く、技術としては陶芸教室のものですが、寸法感覚などが出来ている方が多く、長の方は器の勉強もされている感を受けました。魯山人談義などもさせていただいて、随分と参考になりました。


で、連日で翌日は友人来訪にて、肉が食べたいというので伊賀牛を食べに行って終日ノンビリと。その翌日もバーベキューという辺りでしたが、その最中に猿の大群が襲来。およそ30匹以上からなる大群。ジャガイモの収穫期。またトウモロコシが頃合いにヤングコーンの時期ですね。去年も全く同じ頃に襲撃を受けて、トウモロコシが半分以上壊滅したような覚えがあります。朝から近隣集落を巡回しつつ、という模様にて。もはやロケット花火如きでは脅しにもならない状況でした。

えっと。。。ちなみに唯一ウチの畑だけが、頑丈な檻というか、柵を施していたので無事。他の方々は壊滅に近い甚大な被害を受けたそうです。私も追い払いに廻っていたのですが、最後には逆に猿に威嚇されて、コワゴワと逃げ出す始末。日が暮れる頃まで集落に滞在した猿の大群は、夜になってようやく次の処へと移っていきました。いつもながらではありますが、もはや手の付けられない状況にまで、彼らの学習は進んでいるようです。何をやったところで、音が鳴る程度のもの。何年もの間、猿は1匹の被害もケガも出さずに作物を食べ歩いているわけです。そりゃそうなります。こちらは柵を手厚くすることしか出来ません。

あとは・・・
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日曜日に志季釜。北野社中の年間行事。社中にて、いつもお世話になっている方の茶会にて。日の昇った頃合いに寄せて頂いたのですが、打ち水が涼やかで。そうしての席入り。「龍吟碧海」との壮大な軸に、長板にては鯉の描かれた染付平水指。花が涼やかに、また非常に見事なものにて、もうそれだけで引き締まる清涼感に溢れた茶会。小曾部の珍しい茶碗にて一服を頂戴して、平常心の茶杓に、折溜め一閑桐蒔絵の棗。器についても勉強になりました。

で、その午後からは青年部の茶道サロン。北野宗道師による茶花講習会。名誉師範として全国を巡回して茶道の講演をされておられる師匠ですが、今年は例年に増して青年部にお力添えを頂いてのもの。

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花入れは青年部持ち寄り。瀬田の夕照庵にての講演会。非常に貴重なもの。うらやむ方々も多いのではないでしょうか。皆さん熱心に聞き入ると同時に、感じる方々も多くおられたように思います。茶花の技術ではなく、花を入れる際の「心の姿勢」というものを、非常に明快に分かり易く講演頂いて。

えっと・・・。内容を書くと長くなってしまいますので、省略をさせて頂いて。小さく茶花についてだけの話ではなく、茶道自体の捉え方から、それを踏まえた上での、茶花の心得。心得というよりは、思想でしょうか。茶花の入れ方1つにしても、大宗匠の1碗からピースフルネスの理念が籠められているし、またそれを意識して茶花に取り組んでほしい、という辺りが主軸としての御講演であったように思います。

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御講演のあとは、実習。花入の真行草、および実際的に花を入れるという点において、七則「花は野に在るように」というものを実践すべきか。大きな思想部分から、実際に具体的な注意点・留意点も御講演頂いたので、早速に実践をという、なんとも贅沢なもの。焼き締めの花入れも、私から10本ほど用意させて頂いて、なんと1人につき花入1つというもの。いやはや、主宰された方のご苦労に感謝ですね。

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んで。宗道先生が1つ1つについて、修正点を指摘して、実際に手直しもされて。御講演の直後でもあり、お疲れのところのもの。時間の許す限り、1つでも多くを伝えたいという宗道師の思いもあったように感じました。私も花入を作る心得として、茶会水屋などでは必ず花に注目しつつ、勉強もさせて頂いているのですが、いやいや、これだけ入念に御教示頂けると収穫も大きなものですね。ちなみに右写真中央のものが、私の入れたもの。なかなかに花の名前が覚えられないのはどうすればいいんでしょうか・・・・ 茶花を育ててみたりもしているんですけどね・・・。

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と、長くなってきたのでこれくらい。昨日は近くの銀行で展示を頼まれたので、作品を搬入。想定していたよりも簡素な場所だったので、掛け布くらい用意していくべきでしたか。七月一杯は展示という辺りですので、ちょっと自宅に展示している作品が少な目になってます。


先週はこんな感じにて。今週はは建仁寺東陽坊にての茶会水屋。
日本でも指折りの格式を持つ掛け釜であります。

論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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