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今週の

気付くと週刊ペースになっていますね。時々に更新しようと思うことはあるのですが、アレコレと思っている間に時間が過ぎてしまっている感じでしょうか。家事の分量も増えてきているので・・というのは言い訳です。

月曜日に総会が2つ。青年部の総会と、自治会の総会。ありがたい事に、どちらも欠かせぬ役割を割り振って頂いていたので、欠席という事は難しく。常であれば自治会の総会は欠席させて頂くのですけれど、会計決算報告をせねばならないので、夜に資料を印刷してホッチキスでパチパチと地味な作業をしている日もあり。まぁ自治会の総会は先週の決算会で監事承認済みなので、出席して説明さえすれば、という辺りでした。

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青年部では滋賀青年部の総会。講演会に交流会がありまして、講演会の講師は宗道先生の予定であったものの、御多忙にて急遽、京都美術倶楽部の社長である三嶋様による講演と相成りまして、アテンドを勤めさせていただきました。このアテンドという言い方に全く慣れないのですが、迎え入れから呈茶、御見送りまで専任でお手伝いさせて頂くのが役割です。なので・・・総会のことは知らず、楽屋にて様々な陶芸談義に弾む時間でありましたが・・・そうそうお題目は「茶碗の見所と取り扱い」にて。

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実演も併せての講演会。高価な道具もありますので、実演までの時間は鍵を閉めて管理をしたり、ちょっとしたコトではありますが、世の中ちょっと、分からない時代ですからね。道具屋さんならではの裏話はもちろん、名物に関しても色々な知恵や留意点など。またやはり、贋物に関する事も。昭和期の道具屋根性というようなものとの決別をやっていかねば、道具屋業界も先が無い、というような展望も話をされておられましたか。

ともあれ。同日にて午後から自治会の総会であったので、新入会員さんを交えての懇親会は欠席をさせて頂いて。高速道路を飛ばして、なんとかハシゴという次第でありました。

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あとはね・・・。薪も増えてきました。冬の伐採によるものが山積みに。

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あと倉庫整理。土蔵の前のものを全て移動させて、しっかりと上まで利用した棚を設置予定。設置というか、日曜大工です。基本的には廃材利用で基本的にはなんとか。不要なものも整理しておきたいものですし、来客時には蔵に置いてあるものを案内することも多いので、整理が出来ていないと非常に手間が掛かったりします。

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あとは素焼きも。伴ってロクロも挽いていますし、土も作っています。こちらは追々とまた記事を書くことになろうかと思っております。という、とりあえずの今週報告。

あ。そうだ。

水野先生の天目の個展。来年度2月にて名古屋三越。見事隔年開催にて話が進んでいるそうで、内密ながらに記載させて頂きます。また呈茶のお手伝いをさせて頂くことになろうかと。楽しみですね。

ようやく

ようやく決算の書類審査が終わりました。終わると同時に酒宴という流れで日本酒を随分と飲まされて。いやはや慣れないコトは勉強になるし面白い反面、大層に苦労を致しました。ともあれあとは次年度への引継ぎ作業をやれば会計の任務も終了です。いやもう、ここ数日は本当に大変でした。

で、その昨日ですが。

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少し暖かくなって、梅の綺麗に咲く頃合い。その内に桜も咲きそうな時期ではあります。


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忙しい中ではありつつも、守山市民茶会へ。毎年2回開催にて71回と記載されていましたか。35年程の歴史ということになりますが、元々は宗道師が始められたと聞いた覚えがあります。今は新しく建築された茶室ではありますが、元々は室町時代から由緒ある寺院の敷地で在ったもの。蓮の花といえば、今よりも昔の方が信仰されていたかと思うのですが、そういった時代に特別な蓮の花を咲かせる寺院として有名であったもの。蓮の頃にも茶会が開催されますので、何度か記事を書いたかと思います。

この度は拙作の花入を御使用頂いて。誠に有難い限り。

久しぶりに見たとはいえ。やはり手元に在った頃よりも随分と風情が良くなっていて、大切に使っていただいていることにも改めて感謝する次第。窯から出した状態のままでは、使っていない荒々しい感触が残っているのですが、使ううちに角が取れるといいますか、次第に落ち着いた風情になるものでしょうか。その際の姿というのは、使って下さっている方の方がよく御存知。自分の手元を離れてからの姿。

軸は「淸座一味友」。意味が凛としているだけに背筋が伸びるような言葉。簡素にまとめられた道具。茶杓は淡淡斎による桜の古木の茶杓「春雨」。「雨の降るごとに春の近づく風情が」と、御亭主の言葉でしたか。なるほど、今の時期の雨にはそういった風情もあるのだなぁ、と。例年窯の準備にせよ忙しい頃合いで、そこまで感じたことは無かったように思います。


仕事も。色々と既に動きつつ。ロクロも挽いているのですが、在庫の作品が整理中なのでゴチャゴチャとしております。大きな棚を日曜大工で作っているので、早急に整理を進める予定。暖かくなって色々な作業がやりやすくなってきましたか。ありがたいものですね。

春の気配の前に

さて。年度末も近くなってきて。自治会体協の会計の御仕事が立て込んで、資料なり何なりの作成が面倒なものだから、ついついとパソコンの前に居るのが億劫だったりします。レシートの山も、慣れていればどうという事もないのでしょうけれど、細かい調整やら何やら、予算の余り資金を使っての年度末駆け込み需要といいますか、

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会議机の購入で走り回ってみたり、色々と他にも都合するものが多く。予算自体は少ないので、近隣全部、色々と店を廻ったりと、結構な手間を掛けてます。会計資料1つにしても、パソコンのデータですから、相当に未整備の部分があったりして、1から作り直したようなデータばかり。基本的に会計は買い出しにしても動くことが多いので若者がやるのですが、パソコンって出来る人と出来ない人が完全に分かれてしまうことが多く、意外に「全く出来ない」という人が居るものです。ちょっとした資金計算的なものに拒否感があるような人も。人数に対しての酒代にしろ、つまみに何を選ぶかにしろ、ちょっと面倒ですからね。この会議机も、全く一任された状態からの購入。

まぁそんなこんなで。来週に決算。村の重役さんに説明もあるので今週は頭が痛い。

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そうそう。子供の方は5ヵ月ということで、神社に御礼?祈願?という辺り。著名な神社でも良かったのですが、嫁さんが「縁の無い神社に行ってもなぁ」という話になって。どうやら男の子らしいという医者の話。アッサリと判明するものなんですね。そろそろと外出も難しくなっていくので

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まぁ色々と出費も多くなるので近場なんですが、たまには娯楽も。映画などというものは、出費も大したものであろうし、多くの苦労があろうと思うのですが、どうも映画館は閑散としていますね。平日にしか来ないせいもあるのかもしれないのですが、あれだけの設備にも関わらず貸切に近い形での上映というのは、ちょっと申し訳ないです。しかしこれも時代の流れなのでしょうね。映画も一世を風靡した娯楽であった時代があったわけですからね。


最後に茶道。残念ながら宗道師が多忙につき、朝の講和は無し。八炉での稽古。今年は特別な献茶式も増えており、4月に入れば茶会も非常に繁忙に行われていくことになるだけに。ともあれ稽古に励むことですね。あとは自宅の庭に茶花をいくつか頂いたので、それが植わりました。うまく生え付いてくれると良いのですが。


おっと。仕事。寒気が来るということで、土練りだけを進行中。明後日からは温かくなるらしいので、いい加減色々と製作もしたい辺りです。

春の陽気に

昨日は朝から御茶会へと出掛けて、その記事を書こうと思ったのですが、御軸の字句がちょっと思い出せず・・と思っている間に1日が経ってしまいました。おかしいなぁ。

日頃から稽古も御一緒にて、よくよく御存知の方の、初めての茶会ということで。一門の稽古場を借りての気軽な茶会ではありますが、ともあれ知らぬ方々の茶会ではなく、同じ社中の方々の茶会という場が年に4回行われています。ちょっと去年は、何故か別の用事や青年部行事と重なるなど残念ながら欠席が多かったのですが、久しぶりに参会ということで、朝一番の席へと行ってきました。

茶会の次第にては、待合は瓢箪の画に盃の飾り付け。御席は入るなり目に入るのが、徒然棚に赤絵の水指。少し経年透過した漆の赤味、それに赤絵。どちらも落ち着いた赤の組み合わせ。派手ではないが、春を感じさせる組み合わせが綺麗で、「おお!」と思いながらに。水指は後の亭主の御説明によれば犬山赤絵。犬山城下で焼かれたものにて、古い犬山赤絵には素晴らしいものがありますね。棗は古い西洋カルタを蒔絵というか・・・截金?でしょうか。こちらも絵柄の多さの割に全体落ち着いた雰囲気に仕上げられたもので、大宗匠の花押も。

御軸は「和気似春風」。表装は壺々でしたか。右の細瓢箪形の花入には桃花。「桃花似春風」という言葉もありましたか。香合は貝合わせ。丁度1週間に渡って春を感じる陽気。その日も朝から暖かく、晴れ間の見えてくる天気の中でしたか。ともすれば華やかが過ぎてしまいそうな雛祭りの茶会かと思うのですが、どれも色彩が派手すぎず。何というか、宗道先生の取り合わせの気風を感じるような道具ばかりでした。

茶碗は黒楽。少し飴釉に近い辺りの焼き上がり。次碗が安南だったかな。茶杓は銘「雛鶴」にて、白黒の浸み竹を細く小振りな削り上げて、折溜めが鋭角に曲がったもの。他の道具は・・・火入が中村道年さんでしたか。名古屋の御出身の方。どの道具も丁寧に集められたものというか、ブランド名や定型的な著名作家に頼らない選び方がされていて、それ1つだけでも非常に楽しい茶会でありました。

そうそう。もう1つ思い出せないのが・・・御菓子。外観は覚えているんですが何という形だったのかが思い出せません。菓子蜂が御本に色絵を施したもの、次鉢が青磁の写しだったのは覚えているのですが・・・。まぁ記憶力が悪いのでこれくらいです。

日頃のコトもあり、御亭主の御人柄が分かっている。そういった場合、どんなお道具が出てくるのか。そんな点も非常に楽しみになりますね。また薄茶一服のところを二服頂戴して。厳しい冬も終わりかな、と思いながら、天気予報を見るとまたぞろ雪が降るとか。先日の茶会の軸「梅雪袖春」ですか。もうちょっとで気候的にも春になりますね。


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徒然棚
(ウッカリとしたことにカメラを懐に入れ忘れていたのでGoogleからの引用)


さて、雪融けです。

さてさて。日付が変わって3月。今週末からは寒くなるそうですが、今日はまだ温かい。朝には鳥の声がして、家には小さな虫が歩くようになっていて。一週間程も暖かな日が続くだけではありますが、色々なものが雪融けを迎えるようで、山間部に残っていた雪もその大半は融けてしまいました。

同じく。1月、2月と休暇の様な日々を過ごしていた私も、今日から本格的に作陶に入る予定です。と思っていたら薪の話が来ているので薪仕事になるかもしれませんが、ともあれ凍結の恐れも無くなる時期。冷たい粘土に冷たい水、乾燥遅くして凍結は一発という時節も終わりとなりますので、モソモソと春につられての始動です。まぁ毎年のことではありますが、春の陽気は気分よく。貯まった不足感も相まって良い仕事の出来る時期です。

とりあえずネタを。

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今日は常会(地元の月例会議)でした。小さな村ですけれど、来月には総会もあります。そんな小さな村ではありますが、昭和の始めの頃には、ちょっと全国に知られる村であったそうです。同じく県境を越えた伊賀の玉瀧村も知られたもので、何で知られたかと云えば、「手本とすべき農村」として認められて、全国から視察の相次ぐ村だったそうです。それこそ当時の植民地からも。

西暦で云えば1930年代。今の古い方々には御存命の方も居られますね。一応は電車も出来ていて、電気も通っていた時代。視察が多いと言っても、現代なら年間100人も視察に来れば大したものと思うかもしれないところを、年間に1000人から1200人という視察団が大挙して学びに来ていたそうです。それで、見学者のために村の教育などを記した本書が執筆されたというもの。昭和7年の刊行。自費出版などではなく、東京の出版社が出版しています。

内容は、当時の農村の姿というものを有態に示したもの。今という時代からすれば、およそ想像すら出来ない話が多く記載されていて、私のような世代の人々には異次元というか何と云うか。昭和といえど人間は同じであるからして、全く地続きだと思っていましたが、完全に別世界の観があります。80年という歳月だけでこれほどに違うわけですから、全く江戸時代や桃山時代というのは、想像すら不可能なのだなぁ、と思いつつ。

まぁしかし。二次大戦を目前としての一致団結の時代。「陽気の発する処、金石も亦た透る。精神一到、何事か成らざらん」とは朱熹の言葉であるが、そういった時代。そういった時代の模範村の生活は、それこそ50代になるまで精神修養を積むべく組織が組まれていて、事業が行われていた様で、その模範としてこの村が指定されたわけである。例えば収入1つにしても村全体が関わっていく。台所の清掃1つにも村全体が関わってくる。毎日台所の清掃具合を見廻りするという徹底である。そして台所の設備改修もまた村全体が会費で費用を負担するというもの。台所1つとってみてもこれであるからして、子供の教育も村ぐるみ。児童の育成も村ぐるみ。作物の売り方1つにしても、作り方1つにしても。

明治以降、新しき流行に左右され、享楽に甘んじる都会の人々。それこそ陶芸とてヤレ人間国宝だのと権益を競っていた頃であり、骨董趣味に成金数寄者の時代。それと一線を引いて。早くから改革として「花嫁の御色直しをしてはならぬ」というようなことを自発的に発案して、これに同意せぬ相手とは婚姻を認めないとさえ掲げていたそうで、無駄なものは徹底して省くと同時に、本義に基づいて「婚姻をしっかりと神仏に誓うべし」という点を徹底する。他人に見せびらかすため、財産を披露することに意味を認めず、第一に神社にて誓いを行い、寺院へと参詣することを主たる行事としていたもので、とかく精神修養が励行されている村だった様で、それが節制へ移行する時代に於いて模範とされたもの。都会では映画が上映される時代に、皆で餅を付いて寿司を作り楽しむことを娯楽としていたのが農村の生活。

今も僅かに。例えば数万円という非常に高額な町内会の費用。それこそ村が一体で、御互いに信頼していてこその時代の産物なのだろうと思う。模範村であった誇りが残っていたからこそ、今でも半ば続いているのであろう。実際、すこし以前のことではあるが、信楽の年配の方から「甲南町の出身の人はとにかく人柄がいいし、信頼出来る。出身地を聞いただけで安心出来る場所なんだよ。比べて信楽は・・・(以下略)」という話を聞いたことを思い出すもの。おそらくそれは、模範村などの話もあってこそなのであろう。実際に同じ田舎でも、この一帯は非常に手入れもよく、整備が行き届いている。それはその名残りなのかもしれない。

と、そんな話をツトに読む機会を得て。

なるほど、御年配の方々の精神力たるや、元々の教育から環境から、全く土台が違うのだということを痛感します。戦前からの方々は、心身とも頑強なのも当然というか、何と云うか。戦後はこれが完全に崩壊したわけですから、それこそ別世界。自由といえば自由なんですけどね・・・。

その修養の根本は、重粘土質という農村に不向きな厳しい生活だという話。
流行に迎合せず、否定されつつあった宗教に関しても積極的にその価値を説いたもの。

今はあらゆる場所で。それこそ学校でさえ精神修養などという言葉は無い。社会へ出ても同じく。一体どこへ行けば聞けるかと云えば、精々が寺院の話などであるが、それも現代は葬儀やお盆くらいなもの。一種の葬儀業者扱いをする向きさえある。テレビにもどこにも、そんな言葉はなく。聞くならく利休茶道は精神修養を目的としたものであると教わるのであるが、抹茶一服も現代人からすればフランス料理よろしく、「高級飲料の作法」という扱いになってしまう。

厳しい風土、重粘土質に育てられた精神を大事にする心。
同じくその重粘土質の土地に於いて。


ともあれ今日から本格的に。


論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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