しきたり

さて。ここ数日では昨日が朝から地元新年会。おそらくは元々、各戸の家主が紋付袴で会食をした風習の名残であろうかと思います。それこそ紋付袴というもの自体、現代では一種のコスプレと云いますか、若い世代の感覚から云わせて頂くと、一種「結婚式で着てみたい」というような、元来そうであっただろう、「家紋を背負って振る舞う」というような性質からは無縁のものになりつつあろうかと思います。時節柄ですが、成人式で「紋付」を背負って暴れるというのは、それこそ端的に現代の「家紋」の扱いを示しているのかもしれません。

茶会が紋付礼装を旨とする際も、やはり「家紋の有無」というものが区分となっているわけですが、実際には家紋というもの自体、特に知ることもなく。私自身も茶道を始めて、着物を始めて仕立てるに当たって、改めて確認して知ったような次第です。他の場所ですと・・・千両箱に付いていたり、嫁入り?道具の長持ちなどに金箔で押してあるのを見た覚えがありましょうか。年末の赤穂浪士では、何故なのか知らないのですが、大々的に家紋が刺繍されていますね。あそこまで行かなくても良いとは思うのですが。


余談はさておき。

地元新年会。在所13件の戸主が集まってのもの。私が入らせて頂いた4~5年程前は礼服での新年会でしたが、年々と服装についても緩くするようになってきて、今年は特に礼服で無くともOKというものに。特に葬式関係などもそうですし、家々持ち回りで行っていたようなものも全て公民館などを利用するようになって。これを「生活改善」と呼ぶそうで、つまりは「古くから行われてきた慣習を破棄する」ということを、一種美化といいますか、「世のため人のため」ということで、次々と推し進められています。ホンの数年前までは自宅での葬儀しか無かったものを、今は大半が葬祭場を使うようになって。何かの堰を切ったかのように、「しきたり」というものは一瞬で失われるのを不思議に思いながら見ています。自宅葬儀1つにしても、では葬儀の準備にせよ灯篭の配置から借りだし先から、分かっている人が居た様ですが、そういった世代が次々と亡くなっていくにつれ、「生活改善」という指標と、そもそも「しきたり」に意味を見出せない世代感覚とが相俟って、全く誰一人として、自宅葬儀というものが不可能になりつつある。

田舎では、そういった「生活改善」が次々と進められています。近い辺りでは正月の「おせち料理」を想像して頂くと近いかな。調べれば調理方法などは分かるのですが、その意味にせよ、有難味?にせよ、「一体なぜそれを食べるのか」と問われれば、正直私も知らないです。どこもかしこも、「雑煮」だけは皆さん美味しく召し上がっておられるかと思うのですが、ウチも全く変わりません。年賀状も年々と少なく、形式のものになりつつありますね。色々な「しきたり」が無くなっていく。中元とか歳暮を無くす。迷信などを排除する。

例えば。葬式の際に、粗供養として、田舎では抱えきれない程の品々を頂戴することになります。一日葬儀の手伝いをして、夕刻前からの会食に酔った足取りで持って帰るのは、正直危ないくらいの量です。これが何故に必要なのか?と思う人は多いでしょうし、同時に無くしてしまえば良いものを、と考える人も多いのでしょうか。意外にネットで調べても、大量の供養物を配布する理由は判然としないそうで、葬儀会社の人でさえ知らないという結果でしたが、以前、地元の和尚さんに聞いたものでは、文字通りの供養。「亡くなった方への供え物。あの世に居られる方々への供え物であり、来訪者への御礼などでは決して無い」という話を聞いて、「あぁ、なるほど」と感じ入ったものです。駄菓子のようなものが混じるのも、あの世への供養。「施餓鬼」という風習に似たあたりでしょうか。


「しきたり」。その意味を知らなければ、本当に何のためにやっているのか、誰のためのものなのか、サッパリ分かりませんね。いわゆる「知識」が無ければ分からないもの。感覚的に美味しい「雑煮」は残すけれども、感覚的に美味しいとは言い難い「それ以外のおせち料理」は「改善」してしまうというのは、うぅむ。一体全体、好き勝手にやっているだけの話ですね。仏教1つにしても、随分と信仰心の低い国ではありますが。供養1つにしても、その仏教的な意味を聞けば、自身の関わる葬儀で大量の供養を積む人が居ても、何ら不思議では無いような気がします。

「茶道」というものも、同じく一種の「しきたり」が多く存在します。一見して何の意味があるのか分からない所作の数々。意味が分からない初心の頃は必ず、「小面倒な所作は省略して、美味しい御茶だけ飲めば良いのでは?」と思ったりしてしまうものでしょうか。意味を聞いて初めて、「決して省略してはならないもの」である事を感じられる。楽茶碗1つにしてもそうですし、茶杓にしても、軸にしても、もちろん茶道具にしても。

良いと思うものは、良い。悪いと思うものは、悪い。

けれど、往々にして「無知に依る主観的な誤判断」に気付かないという落し穴があります。合成の誤謬なんていう言葉もありましたか。一人一人は決して間違えては居ないのだけれど、その積み重ねが大局を大きく間違わせる結果になる事がある。一人一人が利益を追求して、決して悪いことでは無いのだけれど、気が付くとそれが様々な伝統的なものを押し潰していく。本来、それを制御するのが政治。人々を経世済民する人。世を治め、民を整える人。別に政治家国会議員でなくとも、かつては高僧もまたそれを勤めていたし、また、それぞれの分野で上に立つ者が居る。そういった人々が、誤らない様に先導していく。それこそ10年や20年、100年の展望と共に。

残念ながら多くの工芸では、地位にある筈の人々は権力争いに明け暮れて。
また、地位を使って身内を優遇するだけの世界になっていて。


なかなか難しい世の中です。

暇人は

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雪がチラホラと積もっては溶けて・・・という日々を過ごしております。特段にするべき事が無いと小人閑居して不善を為すと云いますか、テレビなどを見て過ごしてしまったり。「大手5デパート 偽ブランド品販売か」なんていうニュースも見ましたが、コレも今更と申しますか、そんなニュースですね。

コレはまぁ、私も一頃は催事場を廻って百貨店で売り歩いていましたので、実体験から来るものですが。百貨店の催事場というのは、真っ当な職人が大半ですが、じゃぁスーパーなどの催事場では随分と怪しいというか、明確に怪しい商売が多いわけです。往々にして偽ブランド品というのは安い。結局今の百貨店は安売りバーゲンで、催事場も売上重視ですから、偽ブランド品の業者が入ると、まぁ荒稼ぎしてくれます。利益の半分は百貨店が持っていくわけで、だからと言って厳密な調査なんてコトはやっていないんですよね。

まぁ北海道フェアってのが普通に「地元の催事オジサンが送られてくるダンボールを開封して売ってる」のはよく知られてる話かもしれませんが、「偽物の疑いがある商品が販売されていたことが明らかになるのは、極めて異例」であるとか。コレはね、「明らかになるのは極めて異例」なのであって、「販売されていたこと自体は普通にある」でしょう。食品なんかは当然でしょう。そういえば以前、催事場で「伝統の信楽焼の酒杯を器にチョコレートを詰めて販売してます」なんていう催事をやっていて、チラシにも載っているし、丁寧にテレビでも放映されたんですが、信楽焼でも何でも無い、ガス窯のショボイ器。そらまぁ、焼き締めの酒杯なんていうのは、作家のB品投げ売りでも1000円くらいする。それを含めて800円という商品なんてあるわけがないんですが、誰も気付かないんですよね。

だって誰も、何も知らないんだから。

別の経験談をすると。ホントの駆け出しの頃、今と変わらず本式の伊賀を目指してやっていた頃に、頼まれてスーパーの催事に出店したことがあったんですが。しっかり薪で焼き上げた本式の花入を、1本1万の利益も無い値段で売るにも苦労する。その横でね・・・。偽ブランド商品の業者さんと御一緒。中国から取り寄せたものをダンボールから出してジャラジャラと並べて、音楽掛けて威勢よく売るとね・・・。ハイ。10分で5~6万は売れてたかなぁ。決して「本物」と云わない。それだけは守っているそうです。売上だって2桁違います。敗北感も相まって、さすがに翌日以降の出店は断りました。値札2~8万くらいのものを「10分限定1000円」で売るアレです。知ってる人は偽物だと知っているわけで、同じ偽物業者と見られては堪ったものじゃぁない。あれは辛かったなぁ・・・。さすがに百貨店には居ないけど、ショッピングモールには居ますよね。あれくらいじゃないと、普通の人は気付かない。というか、何人かは正札の数万円で、百円均一と変わらない原価のアクセサリーを買っていったわけですから・・・。

あぁ、笑い話ですが、昔は百円均一で買ってきた陶器を1000円均一で売っていた人も居たそうです。仕入れ先は行先の百円均一。売れ残りは捨てて帰っていたそうです。以前の百円均一はB品だったので、元値はそこそこのもの。何がB品か分からなければ、そりゃまぁ、通用するわけです。というか、皆さん見分けられますか? 世間の8~9割の人は、それが百円均一なのかどうか、正直分からないと思います。それを指摘するような、「陶器に詳しいオジサン」も、随分と減っていることでしょう。


と、小人閑居して不善な記事を書いてみました。はい。


初稽古などなど

近畿一帯では雪予報の日も多く、苦労されている地域もあろうかと思います。甲賀では僅かに積もることもありますが、無事に道路は問題なく。

さて、初稽古も無事に終わり、今日は茶道青年部の会議などもあり、御茶の関係の行事が一通り開始した感があります。今年は例年に増して行事が多くなる様で、何とも窯焚きの日程などにも苦心が必要な予感あり。例年3ヶ所の献茶式に加えて、本年度は竹生島に三井寺にての献茶式が行われるとか。青年部も昨年に増して行事回数の増加方向に在るので、さてさて出費の方も心配です。

仕事はまだ。窯出しした作品も置いてあります。写真を撮るのは少し空気に触れさせてからですが、やはり冬は変動が遅いので。少しく仕事の予定は考えているのですが、どうしても凍結のコトがありますので、追々に。冬は農閑期ならぬ陶閑期に近い辺りでしょうか。色々と手間の掛かるものも増えているので、頃合いに忙しく、頃合いにゆっくりとした生活です。昨年に来た猫もすっかりと大きくなってしまって、はてさてコレも手間の掛かるようになってきています。

今年の抱負・・・は。うぅむ。嫁さんが妊娠中なので。
とりあえず今年はそれで一杯一杯でしょうか。

ちょっと最近過激気味の記事を書いていたので、とりあえずこれくらいにて。

陶芸論2

書き流しの続き。

茶道にて。いわゆる師弟関係というものについても学ぶことは多く、「修業」というものがどういうものであるか、という訓えを色々と受けてきた。実は陶芸に於いても、昭和期の大家こそ徒弟制度の残る中、いわゆる「菊練り3年」という修業時代に身を置いている者が多いせいだろうか。その言葉にも生半可な努力ではないものを感じることが多く、著作などを見る限り哲学も明確で意志が強く、性格の硬軟はともかくとして、生半可な仕事をしている大家というものは少ない。私が回った頃の著名作家にもそれは感じられて、「弟子を育てる」という点に於いては明確な方針を持っておられる方が多い様に感じたものだった。

とはいえ。今の陶芸には「道」というべきものが不在であるが故に。もちろん茶道にも同じ事が言えるかと思うのであるが、明確に「弟子を育てる」という事をしている作家は、まず稀少な存在であろうか。私が弟子入りを考えた大家は共通して「自ら技術を学び取り、自ら道を切り開く様になれば弟子は卒業」という明確な指針を持っておられた。茶道で云うところの利休道歌の始め。「その道に入らんと思ふ心こそ 我身ながらの師匠なりけれ」。その実践が本当にできたならば、まず弟子として合格であり、その後独立しても貪欲に自らの道を切り開く事が出来ると断じているのである。

しかしながら。同輩にしても色々と知り合う陶芸家にしても。特に同世代など若い世代も。知識欲1つにしても乏しい限りで、技術的にも身に着けた範囲で処理している人が多い。人間国宝の名前1つでも、「全く知らない」という陶芸家なんていうのが若手にはゴロゴロしている。喜左衛門井戸の魅力。これ1つにしても、「よく分からなかった」で済ませて放置している作家が多い。共通して今風のよく売れる器を作っている人に多いだろうか。要は「あらゆる前提として喜左衛門は必ず理解しなければならない感性」という知識が無いので、「分かるまで勉強しよう」という貪欲さも無いし、その興味も無いのである。

私が本来専門外である釉薬1つでもそうだ。常からガス窯釉薬モノしか作っていないのに、知識にしても成分推定の感性にしても、全く話にならない程度の人は多い。購入した釉薬に、基礎的な書籍を参考にちょっと何か入れるとか、そういったクラスである。そういった場合、桃山陶器の話なぞ全く通じるわけもない。そもそも陶芸というものに深い興味が無い。どちらかと云えば、「商品企画と営業廻り」という、「商売の面白さと難しさ」に取り組んでいる作家が少なくない。売れることが第一。売れるものが良いもの。そも良い作品とは「高額で売れる作品」に他ならない。それで、色気を出して茶道具を作ってみたりするのである。しっかりと製作をしている人ほどに、自分の作品が確固としてあり、知識などについても非常に貪欲な傾向がある。食器ならしっかりと食器に向かって研鑽するべきなのである。

結局。現在は収入の関係で弟子を取らない作家が大半で、職人を抱えた工房性の作家も職人を減らして何とか凌いでいる。元よりしっかりとした弟子を育てるだけの「師匠」たるべき存在が稀少であるのに、加えての現況である。徒弟制度は完全に崩壊しつつあると言っても過言ではないだろう。弟子入りとは名ばかりに、技術だけを伝える。茶道で云えば点前順序しか教えてくれない教場である。安価品の製造職人として働くだけの事。「道」というものを叩きこまれる場所では無くなっているのである。

徒弟制度の功罪や、「道」の必要性というものは、およそ大衆理解からは遠い。そも喜左衛門井戸などというものは国宝ではあるが、大衆の理解が及ぶものではない。それ故に、その再現に挑むという行為自体、大衆からは理解されるものではないし、違いの機微など分かろうはずもない。さらに云えば、売上にも繋がらないし、意気込んで展示したとしても、ハテサテ「分かる人」というのが何人居るかといえば、「同業の陶芸家」くらいなものである。しかしながら、残念ながら?、日本の工芸の「極み」というものはソレなのである。職人の極致とはソレなのである。

よく勘違いされるのだが、職人の最高技術を「究極技巧」だと思っている事例は多い。これは明治時代の産物であろうか。西洋向けに精緻な紋様などを誇示するもので、見るからに豪華。そして気の遠くなるような手間が掛かるであろうことが、正に「素人にも分かる」のである。豪華絢爛なる世界。薄く薄く作られた陶器などもその価値観。軽く軽く作られたもの。公募展などの「大皿や大壺などの大作主義」も同じくこの価値観に基づいている。

しかしながら。日本の究極の美というのは、例えば漆器で云えば「真塗り」の世界。漆一色。蒔絵も何も無い世界。陶器で云えば喜左衛門井戸にしても色柄というものではなく、「自然なる美しい形」こそが真の生命であろうか。長次郎の楽茶碗も同じくである。分かる人にしか分からない。そして利休時代に西洋宣教師が瞠目した日本人の感性こそコレだろうか。

大衆に理解されないものを目指すことが出来るかどうか。しかしコレが出来なければ、日本の工芸というものは終焉する他無いのである。単に過去のものを手工業で再生産しているだけで、何の進歩もなく、定まった手法を繰り返すだけのものに成り下がる。これこそがいわゆる「伝統の停滞」なのである。大衆理解を越えた世界に踏み込んで、先人の踏み込んだ先へと突き進むこと。より深い世界へと到達することこそが「伝統の生命そのもの」であろうかと思う。

しかし。安っぽい価値観で全てを見切ったマスコミは云う。分かり易い表現にしたり、別のものに仕立て上げたり、何か別の手法を取り入れてみたり、価値観に反することをしてみたり。そんなものを「伝統の革新」と評価して喧伝するのである。本当に最低だ。同じく画廊にせよ美術館にせよ、そして陶芸家も同じくこれに便乗する。いや本当に分かり易いけれども、だからなんだというのか。いや失礼。そういうコトにすると「名声は高まり、人気が出て、売れる」のである。故に、現代に著名な陶芸家というものは「分かり易い作品」を作る者ばかりである。俗に云う「個性」だ。

大衆には理解されないが、数寄者多くして支援者の存在したのが昭和の時代が最後だろう。分からずとも職人を支援する人々。そういったものが、骨董云々による信頼低下、百貨店画廊による売値詐欺というようなもので食い潰されて、誰も見向きしないような世界に貶められつつある。元より利休を始め、その当時の理解者が支援してこそ、日本工芸の極みが生まれてきたわけである。元来大衆の理解の及ばぬもの。長次郎風の黒茶碗の人気が利休と共に葬られたとも聞くが、そもそも生粋の工芸こそ、その生命線は細い。伊賀や美濃も、本来日本陶芸の代表格でありながら、その生命は僅か数十年も続いていない。黒一色の極みの世界も、歪みの美の世界も、大衆の理解からは遠い。遠州の様に端正な分かり易い美こそ受け入れられ易い。しかし、どこまで行っても利休の美こそ最高であり、日本工芸の極みである。


伝統の深い世界へと進む者。それ自体が現代に於いては途絶寸前であろう。各産地、さぁ10人も若手が居る産地がどれほどあるか。じゃぁその中から、過去を踏み抜いて先に進める者がどれほど出るか。製作環境も厳しい。費用も厳しい。薪から何から手配しなければならない仕事を、どれだけの者が続けられるのか。「伝える」という点において、糸一本あるかどうかも怪しいのが現代の「伝統」であろう。いつ切れてもおかしくない。というか、既に切れた伝統の多さは云うに及ばないだろう。「二代目だから出来る」という様な生半可な世界ではない。そも「〇代目」という陶芸家の大半は随分と怪しいのだから、そんな肩書で安心するのは結構だが、人々が安心した処で「途絶するものは途絶してしまう」のである。過去名品の再生産と、現代風の「革新」という名のものと、大衆向けのものと。先へと進まぬ停滞した工芸の誕生である。


とはいえ。実際には何をやれば進めるのか、暗中模索。「何をやれば過去の名品の進んだ境地まで進めるのか」という、まず道を改めて探し出す段階なのが現代の伝統。マスコミは「再現者」などと簡単に云うが、我々の視点からすれば、名品への道の半分も未だ明らかにされていないものばかり。過去の名品の先へ進むどころの話ではなく、伝統というものは全く、「名品の誕生以後ずっと後退」しているのである。長次郎からの歴代を見れば一目瞭然だろう。工芸一般、時代を遡るほどに作品は研ぎ澄まされていく。現代ほどに魅力が無い。ただ奇抜新奇なだけで、奥深い魅力がどこにも無い。完全に「伝統から逃げている」のである。

昭和の復興期があるだけに、平成の程度というものは目立つ。せっかくの復興気運を活かせずに、派閥争いの間に量産機械開発の波に呑まれ、人々の信頼をも失って。せっかくのチャンスを完全に潰してしまった結果が現代なのではないだろうか。たかが肩書のために。失ったものは大きく、現代の若手作家は負担を抱えた状態で、徒弟制度もなく、徒手空拳で不況の中に泳ぎださなければならないのである。

一門新年会

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雪が降ったと思えば綺麗な快晴の日。そして雪が降っては快晴。雪の景色と、晴れた日の冷たい風と。冬らしい日が続いていると云えば、そうかもしれません。

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昨日は一門初茶会にて。今年からは前日準備にも参加をさせて頂いて。益々に勉強の機会を頂戴している辺り。茶会1つにしても、前日などの準備段取りというのは文字通り段取り八分でしょうか。抜け落ちやすいもの、ちょっとしたもの。毎回に準備も異なり、設営も変化したり。また、同じであったとしても学ぶこともあり。道具の運搬1つにしてもそうですが、気に掛けるものは多く。数百万から一千万を越える道具もありますからね。

ともあれ、本年も有難く師匠からの濃茶にて新年初めての茶会と相成りました。

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参加された方だけで240?程と聞きましたでしょうか。例年通り国会議員の方を始め来賓もあり、盛大なもの。一門の全員ではないのですよ。同門でありながらに普段お会いできない方々とも。また、新しく一門に参加された方とも知己を得て。そして宗道先生にも益々御健勝での御活躍。淡交の連載も読まれましたでしょうか。まだまだ取材などで忙しい日々が続くとか。

いやいや。それにしても毎年、この日に頂戴する濃茶は格別に美味しいですね。


本年も。陶芸だけに留まらず、茶道でも鋭意修練を積みたいものであります。

陶芸論

前記事に引き続き。

今の時代に於いては陶芸に関わらず骨董美術に関わる業界自体、その売価を代表に随分と懐疑的に見られている。教育自体にしても、人間国宝など誰も知らないし、西洋の作曲家は知っていても日本の作曲家なぞ誰一人の名前さえ知らない。増して陶芸の大家などというものは知るはずもない。美術と工芸。簡単に云えば「絵画こそ芸術」という観念で以て明治時代に出発した美術という業界、および教育は、現在も踏襲されているのである。工芸=職人、美術=芸術家(?)という謎の感覚。そしてその「芸術至高主義」というものが現代にもマスコミ及び一般の人々に共有されている。

例えば長次郎にしてもそうだ。職人として定義して、何らの不都合も無いものを、わざわざに芸術家として認定しようとするのだ。光悦なぞは完全にそのイメージによって定義されている。芸術家だからスゴイなどと。しかしその焼成は道入なのである。本来陶芸というものは土の仕事に炎の仕事が第一。色々と違和感があるというか、無理に枠に放り込もうとする感覚は大きい。茶道雑誌などにしても特徴を上げたり、「〇〇という個性的な」という書き方を好む。それらが「スゴイ事」であるという認識から来ているものが多い。とにかく芸術家認定が大好きなのである。その背景には芸術至上主義がある。すべからく「スゴイ人」は「芸術家」でなければならないのだ。

とはいえ。「陶芸」という言葉は加藤唐九郎による造語という話もあるが、昭和の時代というのは、多くの大家が桃山復興を目指して名品を作り上げると同時に。「工芸分類」の陶芸を、「芸術品」にすべく努力した時代でもある。走泥社などを始めとして前衛的(?)な、有態に云えば非実用品を製作する人々も登場して、それこそ「芸術至高主義」そのままに「陶器を芸術に」しようとしたのである。芸大出身者を始めとして、「非実用品」こそが芸術品という系統の人々は現代にも多く存在している。とはいえ実売品は個性を含ませた日曜食器であることは言うまでもない。現代も悪く言えば中途半端、作り手である陶芸家自身、混在する価値観の中で、工芸と芸術の狭間に居るのが実相であろうか。

正直このようなものは全て「言葉遊び」であるが、日本ではそれが芸術品なのか、工芸品なのか。有態に云えば「芸術家による芸術品」なのか、「職人による工芸品」なのかという点を「重要視する」のだから全く「クダラナイ話」である。そもそも桃山時代を始めとして過去の名品などというものは全てが職人の手になるものである。だから芸術至高主義からすれば、現代に「芸術家」によって生み出されたものの方が価値が高いらしい。こういった不可思議な発送を基礎にして、今度は桃山陶器を芸術認定するのである。

「いや、確かに昔の名品は職人のものだが、その作品は芸術品ですよ?」という主張。情けない話であるが、まぁこれが日本の陶芸界である。未だに陶芸を芸術認定させようと頑張っているようだ。未だに自己の歴史や伝統に立脚せず、相手の土俵で勝負しているのである。「職人の美」などと言いながら、掲載されているものは前衛的なものであったりすることは多い。伝統とは革新などと言いながら、古典的なものを軽視しているだけの作品を、「職人の美+芸術性」というイメージで宣伝・販売する戦略である。「芸術なだけじゃないのよ?」みたいな。最近では「アート」という言葉を多用するものが多いだろうか。とにかく実用品と、芸術品の間で揺れ続けているのである。

そういった、「自分のコト」ばかりを考えた結果、桃山陶を中心とした人間国宝派閥であった工芸会というものも、実際的には「茶道具は著名大家の作品以外は無審査で却下される」という話になる。旧来的な茶道具を作る大家が不在となり、前衛芸術的なものを多分に含む妙な団体になりつつある。それもこれも派閥争いの結果だろうか。そんなことに夢中になって、美術教育などに於いて工芸というものの価値を全く教育して来なかったため、はてさて、一般の人々は陶器のことなぞホトンド知らぬ時代を招いてしまっている。

ちなみに。派閥の浄化でよくある話だが、部外者、つまり「何も知らないエライ人」を審査員に混ぜるようになると、実は大衆嗜好を気にして「分かり易いもの」を投入するようになったりする。美術館館長を投入するのは良いが、日本の多くの美術館というものは芸術至高主義で成立しているわけで、特に茶陶に到っては「ワビサビ」が分からないと話にならない。我々職人の世界に身を置けばすぐに分かるのだが、如何に勉強を重ねたところで、残念ながら全てに精通するのは不可能である。芸術に造詣が深い人が、同時に侘び寂びに造詣を持っているということは、「残念ながら滅多にない」のである。そも1つの分野でさえ奥が深い。つまり館長だろうが何だろうが、「西洋絵画専門の評論家」は「陶器には素人」でしかない。陶芸でさえ、「京焼の職人」は「焼き締めには素人」なのである。増して陶器全般に精通するなど在るわけがない。結局、御勉強による知識と、判断になる。そんな付け焼刃で専門家を相手にして自己の主張を通せるわけもないし、通したところで知れたものでしかない。


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とりあえず頭の中で感じていることを書き流しています。
色々な問題点があり過ぎて、何から手を付けなければならないのかも分からない。
それが陶芸の現在であろうかと思います。

現代工芸の置かれている環境について

さて、昨年は何やら日展の書道部門にて、審査の不正というか、有態に云えば談合が行われていたことが明るみに出たとやら。どうにもニュースを見ていないものだから知らなかったものではあり、また、そういった公募展ありきの現代の病巣を今更に覗く趣味もなく気にもしていなかったのではありますが。昨年の10月末の頃に新聞の一面見出し記事を飾ったようです。

そして同じく。少し検索するだけで、「あぁ、今更か」、「知ってた」「話は聞いたことがある」「他の公募展も似たようなもの」・・・・などなど。知っている人は多く、その腐敗の程度というものは、それこそ実は人間国宝の選定時代から、いや日本の「美術界」などという団体を作った明治の原点からして怪しい匂いがしている。私は陶芸しか知らぬので何とも云わぬが、そも特に明治大正の時代というものは交友関係を基軸に、それこそ同郷人の引き立てに始まって、それが極めて一般的な常識であり、マナーであり、利権であったわけですから、むしろ「現代的な価値観から断罪すれば、すべてが腐敗している」という有様です。

最近でも、淡交など雑誌にしても、美術館館長という方々は変わらぬ記事を書き続ける。ヨイショするほどの作品でも無いものを、しっかりと持ち上げる。それは美術館で展覧会を行うためでもある。誰かがしっかりとした視点から評価しているというよりは、マスコミやCMよろしく、何をか誘導し、意識を植え付けるための記事でしかない。もはやどの評論を見てもそればかり。昭和の頃でこそ、魯山人を始めとして当時の人々は歯に衣着せぬ議論を戦わせているし、作品集にしても気骨ある評論がされている過去を見ることが出来るわけだが、最近そのようなものを見ることは一切無い。それこそ堂々と魯山人を馬鹿にしたようなCMこそ流れていたわけだ。

立花大亀老師は、その頃から美術界公募展の腐敗を見抜いて、これに近づかないことを勧め、同調する百貨店の美術画廊をも否定されていたわけであるが、事情を見ればこそ、それは全くに当然のもの。「エライ先生」が、ものの5秒も見て審査するだけのもので高額な出品料を得る。派閥は決まっているし、入選しない派閥は入選しない。書に関わらず陶芸だってそんなものばかり。

しかしながら。「成功」するためには、その「腐敗した道を踏むしか無い」のである。なにせ百貨店はこれに同調しているわけだし、美術画廊にしてもこれに同調している。美術館もまた然り。陶芸雑誌というものは美術館にベッタリ。広告を出す画廊の「御囲い作家」を持ち上げる記事ばかり。全てのものがセットになっている。だから、結局のところ、陶芸家はこぞって「入選するための対策」を勉強することになる。嫌だろうが何だろうが、それしか基本的には用意されていないのである。茶道具なんてものは現代の公募展では否定されている。まぁ、某派閥が現代茶陶というものを提唱して、自分で公募展を作って自分で審査して賞を与えている。その目的はむしろ「従来価値観による茶道具の否定」であって、茶陶と云いながら、伝統と云いながら、「全く伝統的な茶道具を否定するために在る様な派閥」としか思えない。

ものは言い様であるからして、伝統の革新を分かり易く大衆に云えば、「斬新」という手法を使う。分かり易さ、訴えやすさ。公募展もそうだ。身内はそれでいいが、百貨店などでの展示にせよ、人々から「?」という反応を貰うことを恐れている。そう、百貨店でやる限り、売上が必要なのである。茶道具を置いても、だれもその価値が分からない。しかし技巧を凝らしたものや、如何にも新しい形のものを展示すれば、人々にも分かり易く、陶芸に素人である資産家はそれを購入することが出来る。現代は茶道具を見る数寄者の資産家など居ないわけであるから、結局はそういうことになる。

色々なものが繋がって、今の流れがある。不況の中であればこそ、公募展の受賞歴という肩書を弟子に与えて、百貨店で実績を付けさせる。しかしその百貨店も不況である。美術画廊なんてものは不要になりつつある。別の手としてマスコミを使えば簡単に絶頂人気の作家をも作ることが出来る。もはやそういう手も厭わないのが現代の陶芸界。全く、そういった世界になっているのが実情であろう。理想なんてものは元より無い。そも小山富士夫だって友人陶芸家を次々と人間国宝にしたのである。そして派閥派閥で繋がって現代に到っている。一体そも、理想が実現していた頃というのは、一度たりとも無かった可能性さえあると思う。

その意味で。日展での不正。それに伴って人々の「やっぱり」という反応。


そもそもこれほどに腐ってしまっている。腐敗臭がしないわけがない。人々は気付いているし、公募展の肩書なんていうものにも興味は無い。伝統工芸、特に百貨店での公募展や美術展も、随分と怪しいものであることに感づいている。余程のことが無ければ足を運ぶことが無い。美術界が腐っているせいで、そも美術自体を遠ざけている側面さえあるのではないだろうか。特にひどいのが骨董の世界だ。明らかに全うな商売が少なかったせいで、またそれが鑑定団という番組で毎日の様に暴露されていくことで。それは娯楽かもしれないが、陶器というもの自体に対して、自己を磨いて評価することへの恐怖を植え付けている側面がある。

目利きを誤る。そんなものは当然、誰もが日本の伝統を知るために踏まなければならない道であるのに、それを大笑いの笑い者にしてしまうのである。着物1つだって、化学繊維か天然繊維か。漆1つだって、ただの黒顔良なのか、プラスチックなのか本漆なのか偽漆なのか。そこからの勉強なのである。笑ってバカにする様な事じゃない。日本人の教養には工芸品というものへの感覚が決定的に欠けているし、教育も行われていない。そのくせクラシックや現代美術、それこそ西洋絵画なんてものを学ばせる。そんな環境で、日本の工芸なんてものが育っていくわけがないし、それを守る人も現れることが無いのである。


適当なこと。


まぁ現代の風情というものは「テキトー」で済まされている。大事なのは金銭や数字。
昭和の頃に心ある大家が鳴らした警鐘は、まさに放置されてしまった。

茶道で云えば、すっかりと利休茶道が忘れ去られようとしている時代。
陶芸に関わらず、多くの美術工芸が同じ環境に在る。歴史的にも最低の工芸時代であろうか。

正月にそのことを改めて感じながら。とはいえ、今の環境で出来ることも少なくなりつつあるようです。

新年早々より

さて、改めて本年も宜しくお願い申し上げます。

新年早々からデジカメを置き忘れてしまいまして、更新の間が空いてしまいました。失礼を。
無事に戻ってきたので更新まで。

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今年は早々より家の事にて騒がしく。何やら一頃誤解?を生じていたようでもありますが、「良い事」がありました。それに伴って新年より色々と。そろそろと、仕事も頑張って「稼ぐ」方面もやらなければならぬ辺りでしょうか。とはいえ、まだ確とは分からぬもの。その内に。

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仕事始めは窯出しから。昨年に水指の写真を載せておきましたが、今窯の最佳作でしょう。概ね予想通りの仕上がりという辺りにて、ビードロもあり、焦げもありという景色。少し形の素直なものが多かったので、目立って突出した出来上がりのものは少なかったものの、まずまず幸先の良いことでありました。

ええっと。

色々と書こうかと思っていたことがあるのですが、しばらく時間もありますので追々に。

謹賀新年

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謹んで新年のお祝いを申し上げます。

本年も初詣は油日神社へと参拝致しました。良い御加護を頂ける様、日々努力を重ねたいものです。
論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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