謝。

大晦日。1年間、誠に有難う御座いました。

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今回の窯の作品を1つ。まだ窯出しをするには100℃以上あるのですが、年賀状用に窯の手前から1つ取り出して参りました。ビードロと焦げの両立。いつもなら狙いに狙って成立させるものですが、今回の焼成では欲張らず、淡々と焼いた結果で得ることが出来ました。誠にありがたい限り。

形は利休所持の信楽水指です。図録などでも信楽水指の代表格なのですが、形が素朴であるだけに、信楽の作家は見向きもしない様な側面があるわけですが、非常に好ましいもの。難点を云えば蓋が合いにくいという辺りでしょうか。ロクロで挽いてしまうと全く味の無いものとなり、さりとて適当に手捻りで作っても風合いが難しい辺りの形です。


あ。そうそう。昨日に出してきたので、年賀状は「今から」です。済みません。昼には出掛けてしまうので、賀状自体が手紙による省略ではあるものの、到着は随分と遅れることになろうかと。と言っても、昨今友人なども年賀状を出す人は少なくなりました。メールで賀状を頂くことも普通に御座います。本来的には「年始挨拶」をして廻るお相手に、簡略な礼儀として出すものでしょうか。とにかく出しておけば欠礼には当たらないという感覚も少し違うのかな、と思いながら、では手書きでという暇もなく。ウチの嫁さんなどもそうですが、世間では30日まで仕事という会社も珍しくありませんので、何分と、それぞれに無理のない形が自然であろうかと思います。


ええっと。今年。

連年とはいえ、献茶式にもありがたく。また何より桐蔭席。大きくはこの2点。特に桐蔭席というのは御家元の管轄される道具最高位の茶会を執り行う厳正な茶席ですから、名実とも非常に大きなもの。陶工としてはこれ以上のものを望むべくもない辺りでしょうか。それくらいのものです。師匠を始め、皆さんのお引き立てに深謝するばかり。今年は謝茶という言葉をしみじみと感じる1年でした。

窯の仕事は2回の焼成。春、そして今回の冬。共に想定通りの結果を得る事が出来ており、窯焚きの技術の安定もかなり進展をしてきている様です。毎回色々な工夫を加えて、焚き方にせよ、炎の微調整にせよ、毎度新しい発案を導入しながら、1つ1つ安定すべき辺りに落ち着いてきたものでしょうか。形からも随分と見栄が少なくなりました。色々とお引き立てを頂いていることで、無理に主張する必要もなく。

「気負い」の様なものが一時期あり、今年はそれに苦労した覚えがあるのですが、それも少し落ち着いてきたように思います。宗道師は驚くような茶歴を数多く有して居られながら、一切それを自慢したり、御自身から話をされることがなく、折に触れて1つ、また1つと知るわけですが、その姿勢から学ばせて頂くことも多く。過去の実績や肩書で自分を語らない。自慢している暇があれば、先へ先へと進むことでしょうか。私もそれを実践したいと思っています。


そうそう。仕事自体としては全く営業活動を停止中です。とはいえ御仕事を頂くこともあり、誠に感謝しております。また御来訪頂いての作品御求めという方も。修業中の少ない収入なれば、今の時節の御支援というのは真に有難いもので、お陰様で安定して茶道を進めながら、その精神修養で以て茶陶の錬磨をすることが出来ております。また少し環境が変われば、営業活動も必要になろうかと思いつつ。そうそう春には水野先生の名古屋三越での個展がありましたね。


他・・・。今年やり残したこと、かな。井戸茶碗。喜左衛門井戸を見に行く予定をすっかり忘れてしまっておりました。12月頭から窯を焚いて、会期ギリギリで東京まで見に行く積もりをしていたのですが、諸事情で予定がずれこんだ際、忘失していたようです。同じくMIHOMUSEUMの根来展も見に行けず。今年は天目を見に行ったくらいでしょうか。外出が少ないですね。紅葉なども見に行かぬままに。色々他にも忘れたままになっているような気が致します。

根来といえば漆も。教室は1年以上休止のままになっています。水指の蓋について、もっと勉強をしたいものですが。茶道具の塗師をされている先生の担当曜日が変わってしまって、なかなか再開出来ずにいます。金銭も高額なので、億劫なままですね。青年部の茶会やら会議も増えて、何くれと細かい外出が多いので、更に毎週1日の消化を追加するのが難しい辺り。とはいえ、やらねばならぬもの。


と、この辺りでしょうか。ともあれ本業は伊賀焼成。茶陶。”「精進致します」と言いながら、本当に精進しているのかね?”とは稽古納めにての宗道師の叱咤でありましたか。振り返ってみるにまだまだ「精進」は足らぬもの。至らぬものばかりです。

長くなりましたのでこれくらいにて。


今年1年、誠に有難うございました。来年もどうぞ、宜しくお願い申し上げます。
好い御年をお迎えください。


2014窯焚焼成記録 仕事納め

さて、今年も残すところあと僅か。12月21日より窯焚きにて、26日まで6日間の焼成でありました。季節柄、いつもより気温も低く、窯のコトも少し案配を変えての仕事となります。焚き手の環境としても防寒の用意が色々と必要で、前準備なども色々と。

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たまには。というより、窯内の写真を出すのは初めてかと。窯詰めの風景です。1つ1つを配置して、炎の流れであるとか、作品の密度であるとか、この配置自体が焼成結果にも深く関わる重要なもの。段取り八分とも云いますが、窯焚きというものも例外ではなく、非常に重要。八分までは行かぬまでも、3~5分くらいは窯詰め次第です。まぁ、普通一般のガスや電気の窯などは便利なもので、適当に詰め込んでもOKだったりします。何くれと現代のものは全てが簡便に用意されているものですから、人間自体の人間力というか、そういった面の能力や技術は随分と退化していますね。現代の陶芸家などはガス窯もライター1つで点火するだけですから、薪や炎の扱いなど全く知らないのが一般的な姿です。

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炙り。炎の扱い。適当に燃やしていればOKというものではなく。どの薪がどれくらいの炎で、どれくらいの時間で燃え尽きるのか。木の種類は勿論、湿り具合、生木、密度などなどを含めてのもの。薪から生じる炎の温度は高い。それ故に、早いうちに作品に直火が当たると破裂してしまいます。破裂したら・・・ね。窯をやり直すことにもなりかねない大被害です。茶碗や水指、あらゆる作品に破裂破片が入ってしまうので、窯詰めからやり直すことになります。だから薪の種類による炎の長さと火持ちの時間を把握して。もちろん温度が低すぎては時間が掛かり過ぎるし、急冷というように風が流れ込んだら、今度は「冷め切れ」という亀裂が発生します。何事も序盤は大事。写真のコトを松丸太で真似しようものなら一撃必殺で爆発が起こるので、素人さんは真似をしないように。現代は松一辺倒の窯が多いので、他の木材に対する感覚が無かったりします。

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ある程度温度が上がってしまえば、あとは安定して焼き続けていきます。時折に澱が貯まるように不具合が起こるので、適宜解消するなどの作業を挟みながら。今回は特に強風も無く。初日にミゾレが降り、最終日に雨が降ったくらいでしょうか。淡々と薪を燃やして炎を与え続けます。まぁちょっと、今回は花入が倒れてしまうという事態が3度起こりまして、その処置が随分と大変でした。薪を入れるにしても、ちょっとしたことに気を付けながらの作業です。

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薪を投入したら、数分程の時間があるので、薪を運んだり、ちょっと本を読んだり。淡交の新年号。今年は師匠の記事が連載されるのですが、また新年号には先の桐蔭席の会期もあり、広間にて「伊賀破れ壺」と、会記にも記載を頂きました。ありがたい限り。ちょっと「?」という記事も載っていましたが、まぁ美術館関係の話はそんな辺りでしょうか。

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こんな感じで5昼夜。冬の青空は綺麗です。昼の時間が短いだけに、より一層に温かく感じますね。

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あ。そうそう余談。窯詰めの際、気付いたら携帯電話がパネル割れにて破損。公式店に聞いても一切知識もなく、結局自力でデータを取り出して移植。あと牛小屋にイノシシが御来場。牛のエサを食い荒らす。人が来てもお構いなし。夜には鹿がチラホラと。

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そんな感じの窯焚きにて。窯出しは・・・年内?はムリかもしれないのですが、正月にすると遅くなってしまうので思案中。一応、6日間120時間というものにて、過去最長であろうかと思います。結果の程は窯を開けてのお楽しみ。正月元旦に窯出しという話もありますが・・・はてさて。 とりあえず年賀状もやらねばなりませんし、まだ疲れも残っていて、昨日は起き上がるにも苦労する有様でした。うん。そして年賀状を印刷するにもプリンターが壊れているという体たらく。

ともあれ。

無事に焚き終えました。ありがとうございます。

明日から窯焚きへ

ようやく。結局諸々の準備もギリギリまで。時間がある分だけ花入や水指などを作り直したりしている内に、いつも通りのギリギリの支度になってしまって。乾燥に時間を要するだけに世話の掛かる製作でした。明日に窯詰めを終えて、そのまま窯焚きへと入る予定。正月に窯出しをする窯元さんを何件か聞いたことがありますが、おそらくそういった日程になるかと思います。

今日は茶道の稽古仕舞。といっても稽古に終わりは無いわけですが。健康を回復されて、今日は久しぶりに朝の講話も。「修業という難しさ」という辺り。自己管理で勉学をしたり、稽古をしたり、独り自発的に向上を目指して努力するという事の難しさについての話。難しいだけに師匠を持つことの大切さは勿論ですが、私自身としても、色々な陶芸の名手に聞いて回った話も思い出しましたか。陶芸家というものも、結局は自己独りで進まなければならない仕事。誰かが指導してくれるわけでもなく。そういった環境の中で、自分なりに工夫して、目的を見出して、自らにそれを課していく。

多くの陶芸大家から同じ内容の話を聞いた。それは全くに「自分で進めるようにならなければならない」という点で全く共通していて。当時私は弟子入り先を探して聞きまわっていた頃ですが、「技術なんてどうでもいい。何より自発的に土に取り組むようになれば卒業。逆に云えば師匠の仕事はそれを与えることに尽きる」という話を聞いたものである。世に芸術家などと云われる職業の厳しさは、詰まる所はここにある。

その意味では「好きこそものの」と云いますか、文字通り利休道歌の第一首である「その道に入らんと思ふ心こそ 我が身ながらの師匠なりけれ」そのもの。で、あるからこそ、私は茶道具を志して、それを作り続けています。おそらく食器をつくり続けるという事になれば、今ほどに熱心でもなく、品質も相応のもので満足してしまっていることでしょうか。

と、偉そうなコトを言ってみても。無為に過ごしてしまう日もあれば、怠け心の出る時もあり。何とも知れたものであります。壁に当たった時などは特にそういったものでしょうか。何をすれば進めるのか分からない。そういった頃合いは避けることが出来ないものでしょうか。進むというのは、言うは容易いもの。稽古場の軸は「金鳥急にして玉兎速やかナリ」でしたか。日月の進みは早く、焦るばかりにも進まずというのは苦しいもの。茶道1つにしても、師匠あってこその進度です。


ともあれ。明日から窯焚きへ。気候的には温度の上昇も早く、木枯らしも収まって焚き易い気候であろうかと思います。少しく焚き手には寒くなりますが、何とか焚き上げられることを祈りつつ。


あ。そうです。スイマセン。年賀状は遅くなります。何卒御容赦を・・・。





クリスマス

金曜は稽古、土曜日はガス窯を焚いて、昨日日曜日は青年部のクリスマス茶会。少し体調を悪くされていた宗道先生が恢復されて何よりという師走の中旬でしょうか。寒い気候であるだけに、温かい一服が嬉しい季節かもしれません。

クリスマス茶会も。まぁ日本のクリスマスも西洋崇拝からの商戦導入による1900年来、100年以上の歴史を誇っているんですね。稽古の銘でも聖夜と付ける方もチラホラとしていたので、やはり浸透具合というのは大したものであろうかと。街もなんだかんだ、クリスマス商戦で染まりますから、一種現代の風物詩といいますか、もはや季節を象徴するような感があるのかもしれません。基本的にそういったものと縁の薄い田舎でも、スーパーに買い物へ出掛けた際にはそれを感じるものです。街中とは異なり、田舎では全くクリスマスという風情は無く、落葉と共に枯れ行く山々の寂しげな気配が冬の情景です。

そういった意味では、やはり住環境から来る感覚の違いというものは大きいのかもしれません。大半の方にとって、今の時節はクリスマス一色なのでしょう。私は・・・まぁ、畳に座ってストーブで暖を取りつつの製作という時間を過ごしております。

そういえば、昨日は傘を盗られてしまいました。どの相手も近所の人、どこかで繋がりのある人、という感覚がある田舎では傘泥棒など考え辛いのですが、人間関係の希薄な街中では、そういった感覚は薄いのかもしれません。私も一応、都会に住んでいた経験があるので、何となくその空気は分かるのですが、クリスマスという空気は何でしょうか、浮かれた感じ。文字通りクリスマス商戦の雰囲気ですね。財布にせよ、「規律の緩み」という空気を感じるのが日本式のクリスマス。といっても、古来年末商戦みたいなものがあったかもしれません。

ええっと。何を書こうと思ったんでしょうね。


そうそう。青年部のコトでも。県下合同の青年部に移行して、一応の年間行事を終えました。あとは会議で来年度の策定を進めていく辺りでしょうか。行事運営というのは諸々苦労も多く、人を集めるというコトも並大抵のコトでは埋まらない。そんな苦労を感じつつ役員の一人として手伝いをさせて頂いて。

難しいなぁ、と感じるのは道具のコト。想像の通りではありましたが、9割以上の人は茶道をやっていても陶器の基礎知識も持ち合わせて居られない。本当の基礎の基礎。それこそ陶器の美を云々する以前の基礎的な知識さえ、という方は、むしろ圧倒的な多数派。もちろん漆・木工他、多岐にわたる茶道具についても同様のこと。数十年の稽古を積んでおられても同様。茶道の先生の資格を有しておられても同様という辺り。

良い道具が出ても、それを感じ取ることが出来ないとなれば失礼なので。ともあれ「結構、結構」という、随分と昔から批判されてきた会話が、同じく青年部でも行われているのが実際。的を外した誉め方と、それに感心する応答と。御互いに地に足の付いていない感じのままに、言葉だけが空を飛んでいるような。そういったものが、どんな状況から生まれてくるものなのか。それを感じる事が出来たのは一つの収穫でしょうか。

物に対する知識や感性が無ければ、頼れるものはブランドと箱書きしか無いので。それが一種の絶対的な指標になって。同時に箱書きが「単なるお墨付き」として扱われてしまうと、もはや道具商の言いなりのまま。この構図が、このままでは繰り返されるばかりであることを感じています。茶道具は衰退するばかり。甘い視線で優秀な陶工も育たない。一部の陶芸家が全ての作業を職人に任せている現状を、だれも知らないし、だれも批判しない。昔の良品を知らなければ、今の粗悪品も批判が行われない。

文化の衰退。批判の無い世界。

科学の進歩の裏側でそれが進行しているのが現代の相なのですね。

御仕事

長らく御無沙汰を。ここ最近、日記を書くだけの気力に欠けておりました。

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ええっと。一週間程でしょうか。ガス窯を連日に焚き上げて、茶道の稽古も。納品の配達で京都へも行って、あとは窯焚きへ作品製作。暖房を併用しつつ、それほど余裕の無いお仕事になりつつあります。納品の前後で、無茶な変更が色々とありまして・・・。好意を示したことを逆手に取られてしまいまして・・・。はい。窯焚き優先で仕事を進めるべく日程も全て組んでいたので、その阻害による辺りでしょうか。私も交渉力というか、精神修養が如何とも未熟です。ちょっと唖然としつつ、日記を敬遠しておりました。

あ。写真は嫁さんの要望で焼き上げた御本手。思いのほか巧く色が出てくれました。


日記も。最近は少し、何を書こうかと悩んでしまう事が多くなっているような。以前はいくらでも書くことがあったのですが、最近の作品製作は随分と複雑といいますか、言葉にするのが難しいというか。段階としては「耳無しの伊賀」とでも言いましょうか。初心の頃は、とりあえず「歪みを採り入れて、耳を付ける。」というものから始まるわけで、紋切的に大正茶人的な言い方をすれば「伊賀に耳あり」というわけで、「耳さえあれば伊賀に見える」というような段階。おそらく大半の人は耳の有無で判断をする。その程度の基礎知識でも、まずまず御茶をされている方としては勉強されている人だと思います。陶器好きな方でも、ほとんどはこの段階。大正茶人という陶器好き・茶好きという方でもこの辺りなので、およそ限界かと。

私個人の最近の嗜好ですが、今は「耳無しの伊賀」に惹かれています。元々、実は耳の無い伊賀というのは普通に存在するもので、そもそも伊賀焼の総数自体が少数であることを考えれば、名品こそ耳付を多く見るものの、代表的なものでは「生爪」花入でしょうか。耳の無いことから「利休好み」とされますが、そちらの系統です。コテコテの意匠を持たない、素朴なもの。技術的には最も簡単で居て、造形的には最も難しいもの。

見る人は・・・それほど多くない。

色々なものを見てきて、その先にある楽しみと云いますか。そういった類なのかもしれません。僅かな比率や自然な歪みを楽しみつつ。そもそも伊賀というものは景色が自然そのもの。文字通り自然な釉(自然の景色)ですから、それを主役にした場合、人工的な装飾は必ずしも必要ではないのでは? と考えています。形として必要と感じる時にだけ、耳を付けるようにしています。貞光氏などは同じことを考えて居られるのか、耳の無いものもあり、嗜好や思考が似ているなぁ、と感じます。他の作家はすべてに於いて作為・作為の伊賀で、とても煩い。

あまり、道具にまで煩く言ってしまうのもどうかと思うのですが。


少なくとも自分の作る範囲の仕事には、それを徹底したいものです。

師走

12月。昨日は楽志庵の定例茶会にて水屋を勤めさせていただいて。
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濃茶席にては謝茶、薄茶席にては無事との軸の茶会で御座いましたか。例月であれば日曜日・月曜日と行われるところでありますが、今月は日曜日のみということで、朝から非常に大勢の御客様がお越しになり、廊下は元より、一時期は寒い中玄関の外にまでお待ちを頂くことも御座いました。

ベテランの方々が差配されて、出来得る限り待ち時間の少なくなるように、という手配の中ではありましたが、随分とお待ちを頂いた方も居られようかと思います。

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濃茶席はちょっと、覗き見る間も御座いませんでしたので、薄茶席の花入。貞光氏の作。いつもながらに、古作としても非常に好ましい古作を選んで写されています。私も古いものを図録にせよ実際にせよ見るようにするのですが、着眼する古作というものが非常に共通していることが多く、また焼き上がりも非常に優れたものが多いので、学ぶことの多い先達です。伊賀・信楽の茶陶としては、形にせよ景色にせよ、まず第一にして、唯一かと思います。

茶席は・・・。私は善哉の用意を仰せつかりましたので。毎年の事ではありますが、濃茶席のまず第一のおもてなしでありますから、時間はもちろん、量の配分から、数量、餅の具合まで、いろいろと気を使う事の多い仕事。それだけに他をあまり見る余裕が少なかったのは反省点ですが、一応滞りなく。常に降らずとも傘の用意ということで数量の揺れ幅を予測しつつ。その上で点前もさせて頂いて、誠にありがたい限り。

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夕暮れの景色。今年の紅葉を見て、恥ずかしながら初めて「秋は夕暮れ」という言葉に納得と云いますか、「その通りだ!」という経験をした様に思います。それも自宅からの景色。僅かに4時前後、日の暮れてしまうまでの半刻程の間の景色ですが、これほどのものであるか、と、今更に気付いて。
 
楽志案の茶会の後は師を囲んでの食事があるのですが、今年を振り返ってという事にて。私自身としては同じもの、同じ景色からの発見・感得という点で、軸の面白さ、奥深さを少し感じられる様になってきているという点を思い浮かべた次第。まぁ、諸先輩方の感じられていることからすれば、初歩も初歩ですが。

「秋は夕暮れ」。何の変哲もない、それほど名物とも云えぬちょっとした紅葉、黄色混じりの紅葉が、夕焼けによって真っ赤に統一されるのが夕暮れの景色。決して紅葉ばかりが盛大に咲く姿、主役ばかりが勢ぞろいしていなくとも、夕陽の元では綺麗な紅葉になる。僅かな時間、それも落葉前の僅かな期間の晴れの日。ちょっとした山の景色が見事なものになります。お互いに引き立て合う姿にせよ、最も好ましいものでしょうか。

それを含めての、秋の夕暮れ。今年は紅葉を見に行く機会も無さそうではありますが。

ともあれ身近にも楽しみのあることを発見しつつ。
論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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