秋も終わりに

PCを更新して以来、Win8.1という世間的にも絶不評なアップデートによって、色々とデジカメの画像をブログで使うための手間が増えてしまって、ブログもなかなか気軽に書けずに居ります。何事も新しくなれば良いというものでもなく、良くしたつもりが、却って・・・という事はあります。

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11月の秋も末日が近く、紅葉というのもまた短い季節の風物であることを感じつつ。今年は例年よりも綺麗に紅葉している様に感じるのですが、それぞれお住いの辺りでは如何なものでしょうか。今日は信楽など氷点下まで気温の下がった処もあるとか。すっかりと寒くなりました。

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秋らしいもの。シイタケは短い期間でした。毎年秋はちょっとしか獲れないんです。すぐに寒くなってしまって、空気が乾燥してしまうからでしょうか。同時に大根など冬野菜の収穫が始まって、鍋料理も多くなってきました。冬は鍋といいますが、旬で獲れる材料が鍋向きなのですよ。 

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最近は家に居る時間も長く。ついつい寒いと引きこもり勝ちです。仕事は・・・茶碗を沢山に作ったものの、依頼元から数量減など色々と変更があって、余分に作っておいただけに相当量が余りそうな感じです。はい。よくある?コトですが、依頼元が陶芸という仕事を理解していないというか、店で注文するような・・・一般の常識的?な感覚で変更などを云われてしまうと、手工業的な側からすると相当な無茶難題だったりします。はい。経費的にも小規模資本なので、紙箱1つにしても、発注数が大きいわけですから、いずれ消費する可能性があるにせよ、結構な負担だったり。

逆に分かって下さっている茶人さんなどは、時間的にも一応の余裕を見て下さるし、余裕を以て製作する事が出来まして、そういう場合には余分に作って品質を上げたり、しっかりとした検品が可能になったり、同じ製品を納めるにしても手堅い仕事が可能になります。ちょっとしたことですが、同じ金額でも、良い品を手にすることが出来るというもの。最近は手工業の製品自体、あまり普通の方が手にすることも少ないのかもしれません。


窯焚きも。年内にひょっとしたら決行出来るかな?という辺り。あまり無理はせずに、とはいえ寒くなり過ぎても何ですから、年内に焚くか、年内に防寒のための大工作業をやるか、という2択で思案中です。


予定変更かな?

さて、一応順調に製作も進んで。

作っているものは同じもの。とはいえ、前回作ったものを見て作るということはなく、毎回に図録や写真などを見て、改めて感じ取るべきものを感じながらに作っています。自分の作品を基礎にしてしまうと、どこかで誤った処へ進んでしまうことがあるので、必ず原典とも云うべきものへ毎回帰りながら作っています。

作風としては。前回よりも、・・・一般的な視点、画廊的な視点からすれば色気の無いものになっているような感触です。やってみて初めて気付いたのですが、古伊賀の素朴さ、装飾の少なさという方向に合致していて、当時の陶工も、決して最初からあの造形に辿り着いたのではなく、見栄や誇示という意識を次第にそぎ落として到着したのものではないか、という事を感じています。その辺りで云えば、御家元から頂いた言葉の通りというものでもあります。

その意味で、最近になってようやく「無作為」という言葉の意味が分かってきたように思います。おそらくまだ十分には分かっていないのですが、陶芸書籍などで著名評論家が語っているような、また一般の陶芸家が語る様な「無作為と作為」という話とは、随分と、というか、「全く違う」世界であることを感じています。誤った知識。おそらくは禅語の世界なのだろうと思います。よく「作為が無い」ということを「作為をしない」という意味にとっている事が多く、単なる「没個性」と「無作為」を混同してしまう風潮というか、一般的には混同して理解されているのですが、全く別のもの。外見的には紙一重かもしれないのですが、古い名品の多くは一見して没個性の素朴な品と見せかけて、技術も高い。無作為の境地も深いものである可能性を感じています。

陶芸の話ついでに書いてしまうと、高名な陶磁評論家、特に基礎知識となるような「名著」を書いている大正期の研究家を初めとして、よく誤った知識を載せていたりします。それが基礎になっているので、現代の評論にしても色々と誤った基礎知識のままに語られているものも多く存在して、ただ実地で、本当に昔ながらの手法でやっている者だけが真実を知っているようなものもあります。「井戸茶碗の飯碗説」などはここ10年くらいで随分と訂正も流布されてきたようですが、この手の「評論家のくせに適当に書きやがって!」という誤知識というか、思い込みというのは沢山にあります。伊賀・信楽で云えば「伊賀は手を掛けて水簸しているから土が細かい」とか「(藩窯であるから)伊賀に耳あり」とか、まぁ適当な「それらしい風説」があるわけです。事実は違うというか、根本的な部分が違う。

まぁ、そんな話は置いといて。

実はちょっと親父殿の体調が悪いので窯焚きを延期方向にて思案中。私もそうなのですが、自分の体調や予定をそっちのけで色々引き受けてくるので、忙しいとなればホントに過密になってしまったり。で、ウチの親父も随分と走り回っていて、友達と旅行へ行ったかと思えば翌日から母親と旅行へ行って、帰ってきては畑仕事をして・・・まぁ、ちょっと疲労骨折らしいです。はい。

余り伸ばし過ぎるのも何ですが・・・

とはいえ年明け早々くらい?と思いつつ、いましばらくは思案中という辺りです。

日時が

土曜日は夕刻まで来客、夕刻から青年部の会議。日曜日は朝から神社清掃作業、続いて午後からは地元の草刈り日にて池に倒れた桜の木を裁断して綱引きをして水揚げ&解体。金土日と何くれと用事が入って作品も進まず。今日は土堀りの予定が、スコップを探すのに手間取ってしまって、結局ロクロを挽いたり。

何を書こうかと思いつつ。

そうそう。青年部の次の行事は「クリスマス茶会」というコトになったようで。サンタの棗や雪だるまの茶碗という、仮の茶事形式のものではありつつ、如何にもな趣旨。ここ何度かの会議に欠席が続いていた間に決まった話にて、「一般の人にも分かり易く・・・」という趣旨で決まったようですが・・・ちょっとガックリ。それらしい道具の他はいつもと同じもので、特別に蒲生氏郷なりキリシタン大名の云々が出ることも無く、知識的にも十文字割高台が出てくるというコトさえなく。一応・・・青年部といっても学生主体じゃなくって、平均すると30~40代の茶会なんですが、およそ一般的にはこういった茶会が多いのかな。

キリスト教というコトでは。戦国時代、利休時代は「多神教」即ち「多信教」の時代でしたか。神様は沢山いるという思想が前提ですから、仏も信仰するし、神も信仰する。地元の神様を信仰し、スサノオの祇園講があり、浄土宗も信仰すれば、禅門の大徳寺にもつながりを持つ。武門には毘沙門天が居ると聞けばそれも信仰する。更にはキリストという神様も居ると聞けば、それをも追加して信仰する。よって、多くの著名な戦国大名は、地元の仏寺と京都の大徳寺の両方で祀られているわけだが、地元の菩提寺の方は必ずしも禅寺ではない。

そういった歴史知識を前提としなければ、例えばキリシタン大名を、現代式の「一神教」ならぬ「一信教」の、特定1つの宗教に帰依する西洋的な発想で見てしまう。これによって無用な誤解を獲得してしまう場合が多い。例えば蒲生氏郷はキリスト一辺倒の人物ではない。キリスト教の洗礼名を持っているかもしれないが、もちろん大徳寺に菩提寺もあるし、それぞれの城下町にも関わりを残している。

宗道師の講和でも覚えがあるのですが、キリスト教も多くは道徳を説いている。「儒教」に通じるものがある。つまり茶道に合致する部分がある。何も茶碗を拭く動作がキリスト教の云々という話だけではなく、そもそもの素地からして、宗教というのは道徳を説いているから、人としての理想の在り方というのが、徳を大切にするという基本理念は同じ。それは現代の新興宗教でもそうであるし、過激派などのイメージで彩られるイスラーム教も同じく「徳」を大切にする宗教。何かの書籍で日本人の「無宗教」というのは「徳に拠り所を持たない」という意味において非常に「不気味」であると海外に受け取られることがあるらしい。実際、ほとんどすべての宗教が道徳を説いているわけですから、「どれも気に入らない」というのは不思議なこと。茶道に仏教的な要素や、陰陽五行という要素があることを、ともすれば積極的にその色や匂いを排除して、これを「現代的」とするものもあるように聞くのであるが、私が訓えられてきた茶道観からすれば、むしろ真逆なのではないかと感じることもある。

うんっと。何の話を書いているんだろうか。

とりあえず、「キリスト教にだって儒教に通じる点があるから、聖書を一通り読むくらいの勉強をしておくように!」と云われながら、「全く読んでいない」ことだけは思い出した。はい。

少なくともクリスマス茶会となれば。そういった要素があらんことを祈りたいものですね。私個人の感想としては、宗道師に入門させて頂いた年のコトですが、「利休時代・天目茶碗の茶事12月25日」と張り紙がされていて、「さてこそ、ここは世俗とは全く違う!」と感心した覚えがあるだけに、微妙な感慨を抱いております。

日本らしい器。

さて、今日は茶道の稽古でありました。

すっかりと寒くなりつつありますが、同時に紅葉もこれからが本番という辺りでしょうか。例年なのですが、ドイツから長期滞在で稽古に来られている方が居られまして、今年もそういった季節。

陶芸などに於いて最も日本らしいとされるのは、色絵よりも信楽に代表される焼き締め。色々と海外から見た日本と、日本人が考える日本には乖離があるというのは昔からというものでしょうか。残念ながら日本人に「最も日本らしい陶器は?}と聞いても、まず返答が返ってくることは無いように思います。更に理由まで延べることが出来るとなれば、全く希少なものかと。

まぁ、一応参考までにですが。青磁など端正な美、深淵な色という点では、圧倒的にやはり中国です。中国の古陶磁。それこそ文字通り唐物の時代の産物は圧倒的で、まぁ日本の公立の美術館の収集品などを見ても、分かり易い中国陶磁というのが根本になっていることが多いように思います。元々が宮廷用であると同時に、異民族に対する文化畏怖も兼ねているわけですから、誰しもがその凄まじさを理解出来て、尚且つ卓抜した技術を魅せつける作品が主体というわけです。

日本人の返答が多いであろう色絵。京焼を想起する方も多いかと。しかし色絵というのは、全く絵柄が日本文様というだけで、これも中国の五彩や染付などが代表的。加えて西洋が手にしたものも染付の文様磁器。イスラーム世界においても文様は多い。金襴なども、それこそ中国や西洋の方が金を多く用いたりしているわけでして、根本的な点に於いて日本的かと云われれば、やはりちょっと違う。「あぁ、絵柄が日本だね」という代物。そういった意味では漆工芸なら素地も日本的ですね。

文字通り、存在そのものが日本独自というものが焼締。伊賀信楽の自然釉などは完全に独自のものです。土をそのままに焼いてしまう。装飾を一切施さない。そういった製作方法に、海外で通じている「禅」の思想さえ感じているかもしれません。水と緑の豊かな日本。陶芸は製作上多量の水を以て作り、多量の薪を以て製作されていたもの。今更、世界どこでも、それこそ西洋磁器なども同じくですが、ガス窯の量産工場製品などというものは珍しくも何とも無いでしょう。

と、まぁ世界を巡ったわけでもありませんが、およそ日本という陶芸最先端の国家に来る海外の陶芸家が学ぶのは薪窯です。決して色絵じゃないんです。利休時代にして、茶席に唐物と同席するほどの焼物として認められ、また特別に茶陶さえ作らせたほどの魅力が認められていたもの。

でもね、多分日本人は伊賀信楽がそういったものだとは微塵も思っていない。
現地の信楽もどうでしょうね。外国人が滞在する陶芸の森も芸術指向と分かり易い。


とまぁ、大いに脱線した辺りで終わっておきます。でわ、御休みなさい。

更新忘れ

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随分と寒くなりました。自宅はもちろん、工房でも暖房無しでは仕事にならずという辺り。灯油の価格も高いままではありますが、山の冬は仕方がありませんね。大根も少しづつ太くなってきて間引きのものを。味覚としても冬が近いことを感じます。

先日分を書いたつもりが記事になっていなかったので、ちょっとそちらを。

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日曜日ですが、天満宮は明月舎にて区役所主催の文化行事。市民の方々も多く参列する気軽な席とはいえ、そこは京都東支部の茶席なれば、来客の方々も洋装なればこそ、心得のある方ばかりという風情でした。

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しっかりと会場前20分に到着したのですが、71番。3席目という状態にて。やはり本場と申しますか、大勢の方がお茶を楽しみにされているのでしょう。隣に座られた方に聞いたのですが、毎年行われているとのこと。席はもちろん由緒あるものですし、席も支部の担当なれば、点前される方も御亭主も、支部の先生方というわけで、なかなか、これは勉強にもなろうものでしょうか。

ちょっとした席でしたが、宗香先生にもお気遣いを頂いて。誠に勉強になりました。

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で。この日は比叡山を越えて。紅葉がもう少し深いかと思いましたが、今少し。京都の寺社などでも、最近は紅葉がなかなか深まらない年が多いそうですが、さて今年はどんなものでしょうか。そろそろと11月も中旬であります。街路樹などは早いのですが、山の方が遅いのでしょうか。

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比叡山を越えて坂本へ。舟板古材を扱っている方の処へ御邪魔をしてまいりました。またぞろ年賀状に使おうかな、と思いつつ。そのつもりで仕事を頼んでいるわけでは無いのですが、10月の信楽祭りで話をすることが多いので、偶々のタイミングです。

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今日は茶碗。50碗程でしょうか。ちょっと合間の仕事にて必要になろうかという辺り。丁度土が頃合いに練れていたので挽いてしまいました。同じものを作る。「粗雑にならぬように」と思いながらの量産です。仕事は基本的に受け身。まだまだ自分から堂々と売りに出すよりも、良いものを作りたい。なかなか、より良くする仕事というのは難しい。点前稽古と同じく、同じ茶碗を作りながらも、日々の進歩を得たいものであります。

歩々

昨日は茶道の稽古。朝の講和にては日々の日進月歩を大切に、という御話でありましたか。炉であろうが、風炉であろうが、淡々と稽古を積んでいくことを忘れない様に、という御話でした。

そうそう。先日の関根副理事長の講演会についての捕捉もお聞かせを頂いて。講演の中、副理事長が茶を始める切っ掛けとなったのが宗道師の講演会であったという話があったのですが、時間の都合で詳細を割愛されてしまっていたので、その辺りを伺ったり。宗道師が33歳の時、裏千家青年部を代表して行われた講演が切っ掛けという話にて、その日の事を語っていただいたり。

うぅむ。33歳・・・。ちなみに私、本年33歳です。

とはいえ。桐蔭席に使って頂いて、茶陶に於ける最高栄誉の一種でしょうか。桐蔭席という意味や歴史を教わるに、誠に畏れ多いものです。各種献茶式なども同じく。とてもとても、通常ならば33歳などという若輩で頂けるものではありません。そういった意味でも、大いに薫陶を頂いているもの。

まぁ。これを云うと笑われるのですが、師匠を越えるべく努力するのが弟子の本分であろうかと考えています。「それは絶対無理」と云われながらも、それを志望する心意気が無ければ追いつくことすら絶望的だと思うのです。それに、伝統というものを考える時、弟子が師匠に並ぶだけの努力を怠れば、代を重ねる程に脆弱を重ねて、やがて小さな小さな、決まりきった事を、前例踏襲しか出来ない、凝り固まった伝統に成り下がってしまうのです。そうしてその脆弱さが、伝統の喪失そのもに繋がる。多くの工芸がこの転落の道を歩んでいます。

しかし遠いなぁ・・・と思いながら。

工芸というものも。古伊賀に比肩するものを作ってこそ伝統を踏まえる事が出来るのであり、古信楽を越えてこそ現代の信楽の面目があります。残念ながら現代はそんな水準にはほど遠く、伝統とは違うものを作って逃げてしまっています。あまりこういった事を例にするのはどうかと思いますが、例えば長次郎1つでもそうです。歴代の楽家と云っても、長次郎に挑戦した方は少なかった様に感じられます。いや挑戦して挫折したのかもしれません。それ程に難しいのが伝統であって、それこそが伝統の重みの根幹であろうかと思います。茶道で云えば利休の境地でしょうか。比肩する事さえ難しい。時代を重ねる程に高所へと昇れれば良いのですが、なかなかそうは行かないのが伝統本来の奥深さ。小手先の技術とか材料、工程を一緒にすれば良いというものではないのです。宗道師が常々仰る通り、「"順序を覚えて終わり"というような底の浅いものでは決してない」のであるわけです。

とはいえ。裏技があるわけでもないので。

結局は日々なんですよね・・・。

偽物と本物

最近少しはニュースを見る余裕があるので見ていたのですが、食品の偽物が云々と、少し前から騒がれているというか、ある意味では今更という感もあるニュースでしょうか。報道しているマスコミも、随分と偽装に長けている側面がありますから、はてさて。

陶器も。随分前に書いたと思いますが、偽物というか、偽装というか、そういうものが多い。初耳の人はビックリすることが多いわけですが、根本的には販売している販売店から百貨店までが「あたかも伝統品の如く」に売ってきたわけですから、知らぬ人の多さと云えば、なんとも情けない限りというのが現実。工芸品を取材したようなテレビ番組も知れたものが多い。作っている作家も、頓着せずに「そんなものだ」と考えている節さえある。

昔はすべてが本物だった、というわけでもないですが。今の時代が、現実的には「偽装無しに商売が成立しない」と云う状態に転落しているのは確かであろうかと思います。若い作家も、その多くが「どうやって良いものを作るか」よりも「どうやって宣伝するか」が重要であることを認識して、実際に行動しています。マスコミとの繋がり、雑誌社への売り込み、イベント、フェイスブック。少し昔であれば「そんな時間があればロクロでも挽いてろ!」という様な時代があり、実際に良いものを作ることが売上に繋がる様な時代も、そう遠くない昔に在ったわけですが、現代はそれを許しません。

私はあくまで外野なのですが。信楽も随分と宣伝やイベントに力を入れている様で、その努力は大したものであろうかと想像されるもの。低迷する売上の底支えとして大いに役立っていることであろうかと思うのです。今は機械製の量産品しか売れません。ホテルや料亭の食器なども基本的には「上質な機械製品」であり、作家の品は無縁です。根本的に需要が無いというか、手工業の価格は完全に機械製品のコストに打ち負かされてしまっています。

そういった中で。宣伝やイベントというのは、言い方は悪いですが、印象操作によって売上を引き上げる手段。作品をアートだの芸術品だのと持ち上げるのも同じ。マスコミはすぐに「アート作品に出会う」とか「日常生活に芸術を」などと云うが、そういう類のもの。実際にマスコミに取り上げられると売上は相当に上がる。

しかし。ちょっと考えてほしい。「品物は同じであるにも関わらず価格を釣り上げる」というのは商業的には良いかもしれないが、職人的には否定されてきた行為。人間国宝になるだけで10倍の価格になるというのは、商業的、他人事的には理解出来るが、道義的には褒められたものではない。そういった感覚は若い作家程に多いと感じられたものであるが、同じ人々が「根底の同一である手法」に頼っていることには違和感がある。広告で売れる。それに惑わされて、作品で勝負するべきというような純粋な感覚はどこかへ行ってしまったのか。産地の改革に最も必要な純粋な感覚は、簡単に現実に打ち負かされてしまったのでしょうか。

実際。基本職人というのは稼業的に貧乏に属するものですから、売上に囚われて人格を損なう人は少なくありません。特に職人師弟関係の喪失してしまった現在では、それを是正したり、指針を示す人も不在であることが多いもの。道義を大事にした職人の心意気というものは、むしろ古臭いものとして敬遠される。しかし一方で職人魂などと広告する。芸術でもなんでもないものを、「芸術市」などと称する。アートとは何ぞという勉強もせずに「アート」「アート」と連呼する。内実と宣伝の乖離。

やり口が非常にマスコミ的。ネットになっただけで、それを次世代への改革と考える節さえあるわけですが、昭和の時代にマスコミ宣伝で大量販売をした古臭い手法に他ならないわけです。いわば現在ニュースになっている、偽装。中身に芸術などなく、アートなども無いのに、これを「芸術」だの「アート」だのと言い張る。心意気なども知らず、伝統も踏まえていないのに「伝統」を高らかに謳い上げる。

私はあまり信楽の街に近寄らない。

信楽の素晴らしさ。自然雄大なる、土そのものの魅力を最大限に引き出した焼物こそが信楽焼。釉薬という衣装を持たず、表も裏もなく、土のままの姿で、ありのままに、石をもそのままに、水の漏れるをも気にせずに、ドッシリと構えた姿こそが信楽の本領なのである。

一方で現実の街並みはどうか。

販売店の旗、旗、旗。イベントの旗、旗、旗。プレハブ倉庫が立ち並ぶ街。その中に並ぶ御土産用の偽信楽焼。窯元直営だろうが、陶器卸だろうが、販売店の品は、信楽焼でもなんでもない焼物が95%~100%。1つも信楽焼の無い店さえ見ることが可能な街並み。伝産マークに見せかけた「金色の信楽焼シール」が貼られた、単なる「信楽産」の品々。「信楽で作られているものが信楽焼」と云う。その内実は、他産地で売り上げのよいものをコピーして、コピーされて、受賞した作家作品の劣化量産品を作り、土も信楽産でも何でもないものを使っている。

いや、何も信楽だけがこういった状態というわけではないが、
他の焼物産地に伝統回帰が見られるのに比較して、信楽は堕落最先端を走る産地である。

作家市1つでもそうだ。100人の作家が集まっても、焼き締め茶陶は1店のみ。
他は茶味の無い、芸術的な方向性の水指が少しある程度。広く見て2~3店。
ウチもそうだが。基本的に原価無視で出店している。釉薬品の方が売れるからね。

一般客は増えるかもしれない。売上も増えるかもしれない。しかし、信楽焼のファンは街を訪れる度に失望するだろう。実際に作家市についても、年々と焼き締めを楽しみに来る人が減少している。以前は一日中焼き締めの陶芸談義をしたくらいに信楽焼のファンが来ていたものであるが、年を重ねるほどに少なくなっている。では、このまま信楽の宣伝を進めて、この街の未来はどうなっていくのか。

量産品では美濃に太刀打ちできない。小さな無個性な産地が個性・特産品を認識してもらうのに必死になっている一方、自らそれを放棄しつつ、しかし表向きには「信楽焼」を喧伝している一大産地がある。「信楽焼=粉引」というような、およそ信じられないような愚策の向きさえある。そうして、不幸なことにそれが功を奏して成功している様な節さえある。その成功が、更なる伝統放棄を加速させていく。

この街は、「信楽焼」から何1つとして学んでいない。

一体どこに温故知新があるのか。新時代の信楽焼があるのか。どこに素朴があり、伝統があり、山中の陶家があるのか。誇張と華美を追い求め、ピカピカに光らせたタヌキを設置する。そういった欲望でバブルの時代に出来上がった街。それが、欲望そのままに寂れてきた街並み。広告宣伝で新しい時代を築こうとする若者の動き。伝えられたものは「商魂」なのか。

おそらくは信楽に限った話ではない。他産地も、すでに潰れた産地も、また陶芸にかかわらず色々な産地でも、同じような動きを見るような気がする。小さな村の「村興し」にしても、広告やイベントを主体にしていることが多い。観光バスの誘致。村自体を活性化するのではなく、観光バスの停留所を作って観光地化するのが「村興し」なのでしょうか。若者の流出を止められなければ観光バスだけが来ても仕方がない。足元から考えられた企画と云うのは非常に難しいものであるが、難しいだけに、安易な発想だけを先行させてしまっているのではないか。


先日の運動会にて、米作りに参加しないか?という誘いを頂いた。
私の住む集落は、草刈り1つにしても綺麗なものだ。丁寧な仕事が村の景観を維持している。

古来、日本伝統の基礎は稲作農業であるだけに。基礎感覚の勉強をさせて頂くのも大きいのでは?と思いつつ。基礎の大切さ。とはいえ時間的なものもありますので思案すべきも多く。

昨日はそんな思案事の日を過ごしておりました。

さて、忙しい週末を終えて、今日はようやく一息。地区行事が一段落したので、今後は行事の複合的な重なりが解消されて、ようやく元通りの生活という辺りでしょうか。

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土曜日は運動会の前日準備。テント張りにライン引きなどはベテランの方々に手伝っていただいて。細々とした、担当しか分からないようなものを走り回って集めて回って、あとは前日準備を手伝っていただいた方々への酒盛りの準備という辺り。

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当日は雨模様が怪しかったものの。なんとかギリギリに開催。後片付けの辺りからポツポツと雨が降ったくらいでしょうか。小さな集落かもしれませんが、それなりに皆さん楽しみにもされていて。近隣のほとんどの集落では、運動会というもの自体が廃止されて、行われておらず。地区の人々が集まって、さて若い人がどうなのか、やれどんな人がよく動いてくれるのか、などなど、そういった辺りも含めての顔合わせの場。

色々な準備は、盛りだくさん?の景品などの買い出しも含めて。ともあれ「怪我の無いように」というもの。日程的に少し肌寒い季節でしたから、発電機を借りに行って、温熱ヒーターで缶コーヒーやお茶を温めたり。ちょっとしたことですが、一つ一つで手間の掛かるものが御仕事でしょうか。もちろん、この日は日中から酒宴。片づけが終わってからも酒宴という辺りですから、飲食の手配をしながらに、細々と競技の準備などに走り回ってという辺り。朝6時から動いて、終日走り回っておりました。

ちなみにこの日は、茶道青年部ブロック大会の前日準備。さすがに欠席という辺りでしたので・・・

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前振り無しで近畿ブロック大会。主幹は滋賀青年部ということで、幹事をさせて頂いている食事も私は別室にて。講演会主体の行事ですから、ともあれ講演をしっかりと拝聴させていただいてので十分です。別で記事も書きたいほどの、非常に内容の深い講演でした。五行というものと茶道の関わり。ちょっと難解で敬遠していた辺りがスッキリと解決されて。五行について、最初の障害を取り払っていただいた感じでしょうか。写真は昼食交流会の模様。

また、親支部と青年部は一体のものという辺りにて、
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親支部には協賛にて茶会を懸けて頂きました。
ちょっとしたことかもしれないですが。でも、印象としては大きなものでしょうか。それぞれの先生方が茶会をして下さっていて、会場に来られている。青年部だけに在りがちな、緩んだ空気もしっかりと引き締められていた様にも思います。

午後からは①茶筅作りの体験、②茶菓子作りの体験、③料理についての勉学という辺りにて、3科目からの選択講座。私は料理講座の運営担当にて。

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琵琶湖グランドホテル総料理長の山崎先生。受賞歴から何から、非常に高名な方。日本を代表する料理人の1人でしょうか。それでいて非常に温厚なお人柄で、話にも含蓄が深く、ちょっと教えて頂くにも、非常に専門的な話を様々に教えて下さりました。

宗道師からも先生については時折に話があるのですが。腕はもちろんなのでしょうけれど、考え方にも非常に勉強させていただくコト多く。料理の素材一つにしても、やはり本来は天然のもの。人工物である程に、鮮度の劣化も早く、色も悪い、味も悪い、弾力も無し。同じ魚であったとしても、さてこそ全く別物になる。そういった中、今年のされている仕事の一つとして、天然に近い形での養殖方法の研究をされていて。

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その成果のものを、いろいろと解説頂きながらに。非常に贅沢な時間。
また、魚1つにしても、欲望のままに食べ過ぎて肥え太った養殖の見苦しさという点の指摘あり。逆に栄養がほとんど不足するほどに運動している過酷な環境の魚も宜しくないという辺りにて、魚1つにしても、しっかりと欲を制御した辺りに、最も色艶、味のよいものが生まれてくるそうです。丁度講演にてもそういった話がありまして、非常に共通する辺りも大きく。

同時に紅白のお祝いという辺りの配慮も頂いて。笹の葉も鮮やかですね。笹の葉は古来の、柿の葉寿司同様に、元来は消毒的なものであったそうですが、用と美の鮮やかさですね。綺麗な色にて保持するにも大変なことです。料理も1つ、丁寧に素材を育てて、吟味して、本番では一挙に無くなってしまうもの。その背景を学ぶことも、有難味を感じるための大事な知識でしょうか。

ともあれ。

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今日は一息。運動会の借用物の返却に、支払い、ネコの調子が悪いので病院に連れて行って(写真に写っているのは野良ですが)、窯の温度計を補修に出して・・・という辺り。久しぶりに上朝宮の天一にも寄って、う~ん。あまりノンビリではありませんが、気分的にはホッと一息という辺りでした。


1つ1つ

さて。週末は運動会にて、今週は諸々会計の計算をしたり、借り物の手配をしたり、保険云々など細かい仕事をしながらの日々でした。天気予報が芳しくないので、ちょっと困ったものでありますが。明けての月曜日には青年部近畿ブロック研修会にて滋賀主幹の行事。こちらはそれほど仕事も少ないのではありますが、いろいろな方にお世話になるもの。

ともあれ今日は茶道の稽古。炉開きにて、例年通りに善哉を頂戴致しました。炉から風炉へ移行する際は、何か新しい気分を感じたりもするのですが、風炉から炉への移行では、季節もあるのでしょうけれど、何か落ち着くような、穏やかに、静かになる様な感触を思ったのですが、さてどんなものでしょうか。

季節もすっかりと寒くなりまして。石油器具をそろそろと出して参りました。時間的にはゆっくりではありますが、細かいコトが積み重なっているので少々疲労気味。日々の生活においてもしっかりと十全を踏もうと努力しようとすれば、やはり大変なのですが、その辺りの匙加減がどうにも苦手という辺り。とはいえ。今週末でほぼ完了という辺りですので、以降は作品作りに取り組めることでしょう。

今年はようやく二度目の窯。古伊賀に挑むのも半年振り。茶道に関しての経験は多く、色々と考え方も変わりましたか。それだけに楽しみでもあります。僅かな差異。決して何かを表現したり、そういった西洋の芸術表現とは全く異次元の世界です。どれだけの無駄を感じ取り、それを抑え、自然へと転化させることが出来るか。


最近はまた少し、ネット上の友人と夜まで話込んだり。茶道も結局は人と人でしょうか。御軸一つにしても、書家の視点で芸術云々、筆致云々を競う世界ではなく。あくまで人が中心のもの。色々な人が居るという中で、何をどうするのか。子猫一匹の機嫌でもなかなかに難しい。

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ともあれ、忙しいものをキッチリと終わらせて。
茶道の稽古へ行って、その空気を感じる毎に思うのですが、少しく、落ち着いた空気に戻りたいものです。
論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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