若い方々

台風一過・・・というより、そもそも来ませんでした。

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こちらは薪が到着したりしつつ・・・

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試験に失敗したりしつつ・・・

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今日は来客。大学の茶道部御一行様。大学としては後輩ですが、私の学生時代は陶芸部にも茶道部にも入って居らず、随分と遊んでいたものではあります。先日の茶道サロンの際に声を掛けさせて頂いた処、夏休み中という事もあり、即座に御来訪。御蔭様で台風の影響もホトンド無く、ありがたい限りでした。

諸々、工房を御案内してから、自宅へ。拙宅へ来訪された事のある方は御存知の、いつものコースです。天気が良かったら成田牧場でアイスでも食べるのですが、さすがに台風の雲模様ですから割愛という辺り。なかなか、大学生の方は他府県からの方も多いので、滋賀県在住の方々でさえ信楽焼にせよホトンド知らないもの。増して他府県からの方々では、知らぬ事ばかりで、説明が先走ってしまったかもしれません。(御存知の様に、器の事となるとまぁよく喋るので・・・。)

大雨も来なかったので夕刻まで色々と話をさせて頂いて。聞くならくの料理人の心得ではありませんが、分った事や、感じられた事だけでも覚えておいて頂けると有難く。新鮮だったのかどうかは分りませんが、良い経験にしてくれれば有難いものです。先日は合宿に四国まで遠征しての茶会で在ったとか。土産も頂いてありがたい限り。

今後も茶道サロンなど、色々と御一緒する事もあろうかと。その節は宜しくお願い申し上げます。
お疲れ様でした~。

秋空?

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今日はすっかりと秋の空という風情でした。気温はまた少し夏に戻るという話ですが、季節の変わり目には違いありません。仕事も随分とやり易くなり、諸々忙しくなってきます。

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昨日は土造り。ちょっと大量です。忙しくなります。9月は前半がセトモノ祭り、後半は信楽祭りと薪窯の準備、あと地元運動会の企画会議など諸々あるので、数日の差で決まる。即座に製作準備に入っています。

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今日は試作作り。菓子鉢です。製作ペース配分の把握も兼ねて。茶碗に較べると大きなものですが、手間はそれほど変わりません。1個ずつ挽く必要があるので、準備の方が大変です。土もあまり寝かせていないので、順々に粘土の手入れをしながらの御仕事。土量が必要なので、ロクロを挽くよりも土を作る時間の方が長く掛かります。茶碗よりも慎重に乾燥させなければならないのが苦労な処。これくらいのサイズになると、ちょっとの管理ミスが数日分の仕事をダメにしますからね。

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鉢は手間を取るよりも、窯の場所を取ります。それがコスト要因。茶碗3つ分の場所が要り用。窯が小さいので一回で焼ける量は9が限界の様子。ともあれ試験焼成も。温度管理が微妙なので・・・。うまく想定通りに出来ていると良いのですが、おそらく濃度調整がもう一回か二回は必要。場合によっては温度調整もかな。土も二種類、今回は買い土も使うかもしれないので、その辺りの管理も気を使います。 一応焼成が終わったので日記書いてます。

ともあれ、薪窯準備を早めに・・・と思っていたのが一転という辺り。
セトモノ祭り用の食器類も焼くので、ガス窯の回転率が相当に上がる気配です。

8月も終わりに

昨日は楽志庵の定例茶会。毎年開催月が変わるのですが、今年は8月が含まれています。

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写真は薄茶席です。今回は濃茶席に入れずという事で。朝から滋賀県は随分と強い雨が降って、場所に依っては警報なども出ていたのでしょうか。同時に8月という事もあり、いつも程の来客に比べれば少人数の方々を御迎えさせて頂きました。8月は茶会が少ないわけですが、「暑いから」という人も居るものの、普通に考えれば御盆という事で、祖霊はもちろんの事ながらに、親族が集まったり、また子供も休みで在ったりというものが主体の理由であろうかと思います。「暑いから茶会に行かない」というのは、判るけれども、ちょっと変な話ですね。

濃茶席は道具だけ拝見させて頂いて、時折に障子の外から話を漏れ聞いていた辺りですが、慈円という方の歌二首。愚管抄の著者として教科書に出て来られますね。鎌倉時代、摂政藤原氏の子息と生まれながらに比叡山に入って千日入堂を果たすほどの僧という事ですから、さぞかしという御方なのでしょうか。茶杓は大宗匠の秋風。濃茶茶碗には還元焼成された刷毛目も見えましたので、道具を出す際に拝見をさせて頂きました。茶入の銘が「白珪」・・・。一応知っています。「白珪尚可磨」。いや、字面を知っているだけですが・・・。

余談ながら、還元刷毛目。意外と・・・今の路線で思ったよりも近づいているようです。

薄茶席は「心清茶味香」で大亀老師。分り易い言葉ほど難しい、という事を最近は特に思います。難しい言葉よりも、意味のはっきりと採れるもの程に厳しい感覚でしょうか。もちろん色々な捉え方というか、それぞれの修練によっての受け取りでしょう。薄茶席には客としても水屋から入らせて頂いて、また点前もさせて頂いて。他、火入も未熟ながらにさせて頂いて。一服を頂戴する側としても、また一盌の点前者としてこの言葉を読んでも、そして席の準備をする者の1人としても。それぞれに違う意味で浸みるものがあるのかなぁ、と思いながら。

強い雨。植物にとっては久しぶりの雨という事で、自然の恵みを受けながらに、更なる成長をするものでしょうか。程なく秋は実りの季節。朝晩には秋の気配を感じる事が多くなってきた様に思います。

日々の稽古

昨日は稽古。

講話は・・・日々の稽古。鍛錬。「毎日寝る前に帛紗捌きを10回」。う~ん、初心の頃に云われた様な。その頃はちょっと点前の復讐もしていた様な覚えがありますが、すっかりやっておりません。何か集中して始めても、薪窯の窯焚きの頃に途切れてしまう事がパターンになっている気がします。薪窯はどうしても、自然とそればかり考えている時期になってしまうので、朝起きては「何を作らないと・・・昨日のあれを見直して・・・、気分転換して何とかアレを・・・」、などなど考えてしまいます。

毎日というのは、もちろん鍛錬もですが、要は「常に思考の端に置いておく事」も大事なのかなぁ、と思いつつ。また「但し方向性の正しい鍛錬を積まなければ、意味が無い」とも訓示あり。間違った帛紗捌きでは、毎日100回練習するほどに愚かな事を積み揚げてしまう。この辺りは本当に難しいと思います。先日の講演を聞いて、「ちょっと(?)はやらねばならぬ」と、積んである淡交なり資料を勉強しなおすべく本の整理などをして蔵の二階(畳を入れてあります。)に放り込んだりはしていたのですが、聞くならく淡交も時々怪しい記述があるとか。ともあれ、帛紗10回は出来そうです。一枚古くなったものを置いておけば良いので、一応昨日からやってます。「君子豹変す」ですね。すぐに変わる。何事もそうしたいものですが、なかなか難しいです。

稽古は花月と火入灰。花月は先週に続いての香付花月。香銘を題として歌を詠む事になるのですが、ちょっと連続したくらいで苦しく感じてしまうのは語彙力の不足、自然に対する感性の不足なのでしょうね。よってついつい、歌を考えながらの動作になってしまうので不注意散漫な感じになってしまいまして、鋭敏な瞬発力を要求される花月では遅れをとってしまいますし、姿勢も悪くなります。多分その注意喚起であり、稽古なのかなぁ、と。ついで茶傾きでは茶の味を感じ分けるもの。花月は享楽に堕落しつつある茶風を戒めるために制定されたと聞く様に、常に鋭敏な感覚で茶席に在るべきというのが花月稽古の本意であるのだなぁ、と感じつつ。

あとは火入ですか。久しぶりに稽古をして頂いて。茶会の度に火入をされている様子を勉強させて頂いて、ちょっとずつベテランの方々のコツというか、感覚を見てきたものですが。一応なんとか形には。とはいえ速度にせよ手慣れた動きはまだまだです。火入などもそれこそ毎日やってこそなのかもしれませんね。灰の勉強もさせて戴かねばならんなぁ、と、そろそろ考えては居るのですが、時間制約もあるし・・・というもの。

さて、昨日は稽古、明日は茶会。結局11月頃まで予定で一杯です。
分ってはいましたが、9月の焼成は見送り。地元の行事もあるので止む無しです。

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ちょっと暇なので昨日の焼成分を日記にでも。御本が出てますが、窯内の雰囲気把握のために入れた試験品のようなものです。狙えばもう少し全面に御本が出ます。基本的に色々な試験は茶碗でやる事が多いのです。テストピースの様な小さなものではよく分らない事も多い。他にも窯詰め関係で試験的な事をやってみて、そちらも収穫あり。どうしてもっと前に試さなかったのか、というような辺りでした。

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刷毛目は・・・予想通り薄かった。濃度調整が今一つしっくり来ていなかったので、想定範囲内。灰釉も薄いので全体的な失策。まぁ焼いてみないと具合も調整の頃会いが判らないものですから、まぁ巧く行けばありがたい、という辺りでした。もう少し調整です。ほんのちょっとの具合で随分と変わります。 まぁ濃度以外にも他にも試してみたい手段があるのですが、追々と。薄挽きの茶碗を作っているのですが、軽さもまずまず思った程度に納まっているので、あとは釉薬の調整です。

あぁ、あと。
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いつも窯場で写真を撮るので何ですが。灰色系は背景コンクリートだと感覚が鈍ります。畳の上に置いてみると随分と色彩も落ち着いて見えるもの。やはり環境というものは大事です。といっても、別に良く出来たわけではないので、「だから何だ」という辺りでもあるのですが。

少し土が少なくなって来ているのですが。来週に再試験をしたい辺り。
明日は茶の稽古です。

穏やかな色

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一昨日は釉薬調合、昨日は素焼き、今日はガス窯。追々と溜まったものを焼いて行こうかと思っています。7月は忙しかった事もあり一度も焚いていないんですよ。とはいえ八月も後半です。そういえば9月にせともの祭りがあります。毎年まぁ・・・同窓会と云いますか、飲みに行っている様なもので、販売も極めてホンノ小さなもので、しかも売り場から頻繁に離れていたりというものですが・・・。はい。すいません。一応何かそれらしいものと云いますか、出店料+飲み代くらいは稼がねばなりません。

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最近随分と空の色が穏やかになりつつ在る様に感じます。気候はまだまだ暑いものですが、季節としては変わりゆく過程なのでしょうか。夜は随分と涼しく。結局今年も冷房を使ったのは試運転の一度限り。フィルターの掃除はしたものの、結局使わず仕舞いなので、もう少し動かしておかないと・・・と思いつつ。去年全く動かさずに居たらリモコンが壊れてしまいましたので。はい。

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製作もたまには。何故か今年はロクロを挽いて一晩したらバリバリに割れるもの、削り仕事をしてからの乾燥過程でバリバリに割れるものが続出してました、ホント何をやっているのか分らない仕事が多く出ています。土のせいというわけでも無いかと思うのですが、どうも原因不明です。ここ最近全く雨が無いので乾燥し過ぎている上に風が強いので、おそらく急乾燥に拠るものでしょうけれど。ともあれ一応の手当をしてもこの調子なので困ったもの。右は鉄釉の試験でもしようかと何年振りかのロクロ一重口水指。多分これも手当をしっかりやらないと割れてしまいます。工房の不備ですね。最初から設計した工房であれば室という設備があるものですが、無いものは仕方ないので。いづれ工房もしっかりと改築したいものとは思っています。

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ボチボチ。仕事を終えて帰ろうとすると牛さんが通せんぼ。コレ困るんです。はい。外にバケツ置いておくと結構ひっくり返されていたり。動物が多いのか、キツネ?らしき声もあり、家には猿が相変わらず来ている様な感じでガサガサと、また外出時には瓦屋根の上で何かが逃げる音がします。野良猫も随分とよく顔を出します。明日は雨の予報であるせいか、随分と蛙も多く出てきていましたか。

過ごし易くなるのは人間だけでは無い様で。今少しの夏日和ですね。

盆の休み

さて、お久しぶりです。暑い日が続きますが如何お過ごしでしょうか。

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御盆の前半は、まぁ初盆参りなどそれらしい事もありますが、
ちょっと涼しい?処へ。飛騨高山へ桃を求めての行脚。これは例年のこと。

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次いで上高地から長野県へ下って、白馬の地にて登山ハイキング。
冬季オリンピックの行われた場所ですね。

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・・・はい。リフトです。標高1830mまで文明の力を借りました。

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滋賀県で登っていた様な山々の標高が500~600m。三倍の標高です。比叡山の山頂でさえ850m程度。リフトに乗って僅か30分ほどで標高1800mまで登るというのは、正に文明の力に他なりません。それにしても綺麗なものです。途中から木々の生育が途絶えて、花々が咲く様になっていく過程を見ながらに。 途中からは徒歩にて登山。

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雪もまだ残っています。いつまでも綺麗な水が流れている。飛騨から長野に掛けて標高の高い山々が続くわけですが、こういった雪もまた、それら地域の豊かな水の源泉とも云うべきものでしょうか。空気もやはり違います。我が家もまぁ田舎ですが、こういった場所と較べれば如何にも文明の範疇と言わざるを得ませんね。

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高山植物。標高1800mを越えて森林限界の先に咲く花々。木々の生息出来ない場所。咲いている花の一覧は、そのほとんどが茶花。実際にそれが沢山に咲いています。種類も覚え切れない程に多いです。茶会で見る花々が勢揃いという風情です。同時に。茶会に添えられた花々。それが如何に高価と云いますか、本来手に入らぬ様な、標高1800以上という、自然も人も寄せ付けない様な場所で採取される植物であるという事は、一種の戦慄を覚えます。確かに沢山の山野草が生息しているのですが、どう考えても、利休時代にこの様な花が手に入ったとは思えない。比叡山でさえ850m級。採取は元より、それを持ち帰ってどうこう、という場所ではありません。それが山野草の世界。

何度か書きましたが。昔の人々が登り、奥殿など祈りの寺院を設置したりするような場所には、現代見る様な茶花は咲いていないんですね。冬から夏前に掛けて、椿だけが山中に咲くという場合が多いわけです。他、時々に咲くものが数種類ある程度でしょうか。現今の茶花というものが、本当に”贅沢なオモテナシ”という事に気付いた事は、一種の衝撃でした。 もちろん採取厳禁のものばかり。甲賀の山中くらい涼しい場所なら大丈夫だろう、などという甘い考えで山野草を扱うのは素人考えでした。雑草も生えない様な高地の話で在って、昼夜の寒暖差も相当な場所。冬は雪の中。誰も寄らぬ過酷な場所以外では生息の叶わない植物。そんな貴重なものを何種も入れるというのです。「野に在る様に」とは云っても、そこら辺の「野」には全く「無い」のです。

いやぁ、そらそうです。分ってみれば花入が主役なわけが無い。もちろん「貴重だから云々」というだけで云々するような浅薄ではなく。先に書いた「誰も寄らぬ過酷な場所。それ以外では生息の叶わない植物」という辺りでしょうか。「茶花」という分類にきっと関係があるのではないかと思います。と、そんな事を学びました。大きな収穫。何事も実地で勉強してみるものですね。

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まぁ・・・。実際(?)の写真。時節柄なので沢山の観光客さんに混じって、往復3時間程度の高山ハイキング。重装備の方々はそのまま奥地へと登って行かれました。こんなに多くの人が登山しているのですね。スキー場のリフトで茶花の勉強が出来るというのは盲点と云いますか、ついぞ知らない世界でした。覗いてみるものですね。 標高もですが、例えば富士山ではさほど高山植物は観測されないらしく、紀州熊野古道なども1000m級が大半。逆に白馬は丁度山野草も多く、固有のものも多いのでオススメの様です。冬~春は雪に埋もれてしまうので、山野草は夏の頃に咲くものが最も多いそうです。はい。
(山野草については勉強不足なので伝聞ばかりです・・・。)

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ともあれ。文明の力を借りて勉強させて頂いて。信州そばを食べて帰りました。
後半は嫁さん方の実家にて過ごして、昨日の晩に帰ってきた辺りです。

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ですよね~。畑が猿に荒らされてました・・・。網や柵は所詮時間稼ぎ。時間を稼いでいる間に追い払う事が出来なければ、柵は無駄になります。木の上から、完全に留守という事を観察して、降りてきて柵や網を潜って、さてこそ悠々と食事していた様です。最後に残っていたトウモロコシの他、大きくなったトマト、さつまいも、キュウリなどなど・・・。

と、そんな御盆でありました。

ちょいと

御盆で色々外出中です。更新は数日後になるかと思います。はい。

皆さま好い日々をお過ごし下さい。

講演会と茶道サロン

さて、昨日は北野宗道師の講演会と青年部主催に拠る茶道サロン。

講演会。いつもながら毎週の朝の講話はあるわけですが。今回は道具の取り合わせというテーマを元にした講演。日頃支障の茶会には多く、というより、ホトンド私の出掛けている茶会は全てがそうなのですが、「道具組みをよく勉強して、掴み取るべし」との指導はあれども、なかなか。思案をしてみたりはするのですが、明確に掴むことがどうにも難しい。分ったようで、多分ほどんど分っていない。今回の講演会も、資料のコピーなどさせて頂いていたので、「う~む」と考えながらにコピー作業をしていたのですが・・・という辺りです。

内容は非常に充実。宗道師がどのように修行をされてきたか、という辺りの概略的な説明に始まって、まずこの時点で規模が違う。稽古は週6日にして茶事は4年間毎月に実践。茶道、茶道の生活でしょうか。とにかく徹底して「実践の中から知り尽くす」という修行をされていたという話。私もよく陶芸の師匠に「陶器の知識では3倍以上の勉強をして絶対に負けるな!」と訓えられたもので、およそ陶芸知識の量は随分な蓄積をしたものですが、いやいや。私も随分と甘いものだと感じました。

そういった、絶対的な経験量や勉学というものの上で。道具組みの根本として絶対的に押さえるべき要点が明確に利休時代から不変的に存在して、それをしっかりと根本に置くべきものとしての説明あり。具体例を様々に挙げて頂きながらに、利休様の訓える「茶人が求めるべき姿」の説明と、現代の乖離についての講演。そして目標とすべき宗旦の言葉。また、他分野と比較した際の、茶人修行や勉学の甘さ、緩さについても厳しい指摘がありました。

その上で、道具組について考える際の指標についての説明。「単なるマニュアルとして使えば毒にしかならない」という前置きの上で、軸の言葉の選び方などなど。道具組みを説明しつつも、「利休が戒めた、道具に目を向けさせるような精進不足な茶人」にならぬ様に、むしろ「精進が表に出てこそ」という根本の説明あり。難解な物語調の道具組み、季節ばかりの取合せの問題点を指摘すると共に、「薄茶のみの茶会の在るべき姿」についても、やはり利休時代の話から説き起こしての講演内容。日頃「茶の根本は濃茶に在り」という事を聞かされているだけに、なるほどと思うコト多く。また具体例も交えての説明。

と、ちょっとこの辺りにて時間超過もありましたので、という辺り。まぁちょっと説明の仕様がないくらい、僅かな時間ながらに、全く感嘆ばかりの内容でありました。しっかりとメモを採ったので、ともあれ1つ1つ、改めて噛み砕いておきたいものであります。こういったメモは、年数が経ってから改めて見ても、よくよく発見あり勉学ありというもので、大事なものです。今は見えていないものが、将来改めて見た時に分る、という事は多く在るもの。千日稽古を「鍛」、万日稽古を「練」との話。日々の積み重ねが「鍛錬」となっている様に、精進したいものです。


と・・・。まぁ長々と書いても何ですから。ここを読むよりも、何らかの機会に講演を聞きに行かれることをオススメ致します。伝聞というのは色々と不足があるものですし、勉強されている方なれば、私よりも更に多くのものを感じ取られるのではないかと思います。


はい。午後からは青年部にて。

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大津は伝統芸能会館にて、浴衣茶会。学生さんを含めて、青年部として「茶会の力量を上げるべく」というものでありました。青年部と云っても。私もそうですが、茶は30から始める人も居れば、40から始める人も居て、もちろん10代の頃からという人も居るわけです。そう考えてみると不思議な団体ですね。今回は学生さんも15名程の御参加。

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なかなか。世の多くの社中さんは茶会経験というものがなかなか、少ない。それだけに経験の少ない者同士、緊張しながらにという茶会になってしまうのですが、それはそれ。1つ1つ経験を積まない事にはベテランさんにはなれません。副幹事長の先生にも温かく見守って頂きながらの茶会。

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後、青年部に居られる狂言師さんの主催にて、狂言鑑賞と狂言の立ち居振る舞いの体験。見られるようでいて、なかなか見られない狂言。午前中の講演でも話が在ったのですが、「他分野と比較して身を正すべき」という観点で見てみれば、所作、例えば御辞儀1つ、立ち方、歩き方、動き方。やはり綺麗で、学ぶべきは多い。茶道も礼儀が基本と云いつつ、御辞儀1つにしてもなかなか難しいもので、例えば入門時に100回御辞儀を練習させる稽古場がいくつあるでしょうかと云えば、茶道の甘さがあるのでしょう。無為な御辞儀では、例えば多くの政治家さんは何万回も頭を下げつつ、国会中継で見る様な申し訳程度の御辞儀にしか至らない。しっかりとして鍛錬は本気にならないと難しいようで。

また大津に能舞台が在り、安くにて貸出がされているという辺りにせよ。
もちろん狂言の楽しさもですが、立居振舞についても感じるものがありました。
誠にありがとうございます。

と、晩には懇親会にて。大学の茶道部の方々から色々根掘り聞いたりして。丁度一回りくらい年齢差があるわけですから、私からすれば、彼等は次世代の方々。熱心な方が居られるとやはり嬉しいものですね。すっかりと遅くなって、終わったのは夜8時。片付けをしての帰宅でありました。皆さん、お疲れ様でした。

う~ん。暑い。

暑い・・・ですね。グッタリしながらロクロを挽いて、微妙だから破棄という作業を数日繰り返している感じがあります。乾燥が早いので回転は好いのですが、気分的にもグッタリです。8月は茶道も稽古休みという処が多いらしいですが、変わらずに茶道の稽古をして頂いているので、そちらの記事を。

朝の講話では「若い人が何故茶道から離れて行くか」という話でしたか。若い?・・・若い・・・方?だとまだ思っているのですが、実際のところ昔に比べて圧倒的に茶道人口の縮小が進んでいて、今の茶道人口の大半の内情も、多くは長年積み重ねて来られた方が中心で、新しい人の比率というのは、さてどうだろうかと云うのが事実だろうかと思います。

あくまで比較ではありますが。同世代を見ても、「何らかの活動や団体に身を投じて活動している人」自体があまり居ないのではないかと感じます。休日はお金を使わずに家で過ごしたり、出掛けるにしても友人家族という辺りではないでしょうか。比べてみれば、例えば音楽にせよ、若い社会人が市民楽団に所属して、という事例はそれほど多くはないと思います。決して興味が無いわけではなく、「縁が無い」という感覚だと思うのですが、どうでしょうか。実際に趣味の事となれば、積極的にお金を掛ける人の方が多い様な気さえ致します。いやまぁ、私もそういう時代が在ったものですから、大半自分の話ではありますが、それほど友人も大差の無い生活で在った様に思います。

そういった中で選ばれるには。「本物の茶道でなければならない」という講話でありました。実際確かにそうなのですが。私も陶芸の訓練校へ通っていた頃に、ちょっとながら茶道の入門をしたものです。やはりそこには色々な期待があるもので、それに応えて頂ける様な先生でこそ!という感覚があります。最初は何も知らずに、瀬戸に居た頃に御世話になった先生が居られるわけですが、今の時代では「とりあえず茶道をやってみようか」という人は少なく、何らかの縁が在ったり、積極的に調べたりした上で入る人も多かろうと思うわけです。もちろん、昔ながらに「近所で茶道をしている先生が居るから・・・」という場合もあるでしょうけれど。

漫然と他人事と思ってしまえばそれはそれ、なのですが。

陶芸界自体も茶道から離れつつあり、離れたからこそ茶道具の名を借りたエセの茶道具の意図的な流行喚起がされているわけです。決して本物としての茶道具ではなく。これは・・・どう考えても行きつく先は「茶道無き茶道具」になります。誰がその茶道具を受け継いで、守っていくのでしょうか。誰も居ませんよね。という事は、美術館に保存したから何だと云うのでしょうか。倉庫が伝統を作るのでしょうか。受け継ぐのでしょうか。人無くして伝統を語る事は出来ないものかと思います。

しかし人が居るだけでは不十分で。やはりそれは「本物」でなければならない。薪を使わない、ガス窯の「なんちゃって火色」が如何に売上を作ろうとも、やっぱり伝統は生まれないし、支持する人も居なくなってしまいます。色々な分野で合理化や革新などという言葉と共に、色々な物を変えている業界が多いわけです。

「伝統の看板だけでは、飯は食えない」

そういう時代ではありますが。それは果たして、本物を捨てるだけの大義名分なのか、と。
形だけの世界には未来が無い。そういう事を感じながらに夏の朝講話でありました。



あ。ちなみに明日は朝から近江八幡にて宗道先生の講演会です。毎月全国各地にて講演を続けて居られるものの、滋賀県では機会がなかなか廻って来ない辺り。午後からは青年部の茶会という次第にて、そろそろ床に就くと致します。

南の方へ。 尾鷲

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仕事がどうも巧く進まないので、思い立って気分転換に日帰り旅行へ行っておりました。
紀伊半島は南の方、紀州に向かって高速道路が建設されつつあります。9月開通とか。

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行き先は三重県尾鷲市。小学校?の頃に「日本で一番降水量の多い町はどこか?」という問題で暗記する事になるので、ホトンドの人が知っているのではないかと思います。地図上で見ても陸の孤島という感があり、なかなか行こうと思っても行けない場所でしょうか。

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それもその筈。今で云う「熊野古道」、即ち「熊野詣で」として栄えた町です。関東方面から伊勢神宮を経て、「ついで」として熊野大社への参拝という事で、大勢の人が経由した宿場町。もちろん御存知の様に主な産業は昔からの漁業。海路経由で必要な物資を搬入していたわけです。いや・・・熊野大社に参詣する人も・・・「よくない事だ」と分って居ながらに、険しい山道を避けて舟で参詣に向かう人が多かったそうです。逆に今は世界遺産登録もあり、陸路が人気ですね。まぁ車ですけれど、著名な峠だけ体験踏破してみようと、遠来から大勢のハイキング客が押し寄せていました。

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・・・と。こんな昭和の漁師町の風情が残る場所もあります。
熊野水軍などもこういった場所を拠点にしていたのでしょうか。

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尾鷲市自体よりも周辺に風情の残っている面があるのかも。
僅か隣街へ行くだけでも山で分断されていて、熊野古道の山路か、海路かの二択。
小さな市場で干物などを求めつつ。

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尾鷲自体は古来から林業・漁業を主体としつつも、中心街の景観は火力発電所の圧倒的面積。備蓄タンクも各所に置かれているという街並です。とはいえ熊野古道効果か、パンフレットなどの充実具合は深く、使っている写真も写真コンテストか何かのものでしょうか。パンフの写真と紹介文を信頼して期待過剰で出掛けると、ちょっと感動が薄くなってしまうかもしれません。入江の街なので、海もそれほど見えないのです。

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最も雄大なのは尾鷲神社の御神木。樹齢1000年以上。熊野に参詣に来た多くの人々が道中の安全を祈り、紀州徳川公もまた深く信仰されていたという話です。そうそう。今でこそ紀州と云えば和歌山県ですが、元々は熊野大社を取り囲む沿岸一帯のもの。だからこその紀州徳川家で、熊野へ参詣する人々は紀州領内に入る街で参詣の装束へと着替えて入国?記録などを採られていたそうです。

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熊野古道センターという箱モノも。立派なヒノキです。有名なデザイナーさんが設計したのでしょうか。「それ風」の意匠もありますが、折角なら「和風」ではなく「日本建築」として作れば好いものを、と思ってしまうのですが、すいません。でもこういうのが行政の下手な処だと、色々な処で感じます。無駄にデザイナーを起用するというか、”芸術家”を使おうとするというか。元より漁師にせよ、日本は”職人”の世界にこそ”伝統美”が多く残されている。西洋風を採り入れた新しいものじゃないんですよね。その辺りは柳宗悦の指摘の通りです。

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展示も色々。熊野古道と言っても、つまりは山道。峠の茶屋も多く存在したという事で、その説明が在りました。一種の商売ではなく、「山の管理者」としての、現在の山小屋ですね。道中の人々の安全保持が主目的だったそうです。山伏などもそういった役割が在ったとか。熊や狼も多く残っていた時代で、警察不在、山には山賊、海には海賊という時代。村々がお金を出し合って共同経営しているような、そういった側面も在ったそうです。

資料館は入場無料。日帰り温泉施設なども付いてますが、まだ開発途上かな。民話の伝承を記録するために、人形劇や版画などに仕立て、映像記録として保管・公開しているのは、なかなか好いものでした。

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とりあえずはそういった辺り。お昼は質素に。いや勿論美味しいので文句なし。 土産品は干物くらいかな。ミカン類の栽培と、一応名産のヒノキのワッパなどから漆器も作られていたので期待をしたのですが、相応に値段がするので。古来使われていた弁当箱1つ、今は数万円です。湯呑で1万円かな。はい。民芸品ってのは難しい。

道路状況も好かったので。高速道路は途中まででしたが、それでも2時間少々の距離。
9月に道路が完成したら、熊野へ参詣してみるのもいいかもしれません。

山雲

最近は会議やら草刈りやら。あと夏祭りの支払い作業がようやくに終結。予算内で収まりホッとしています。

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夕立ならぬ、昼間からの雷雨激しい日々でしょうか。雄大な雲の景色も盛りとなり、夏もやがて御盆の季節。あちらこちらで花火大会もあり、外出しては道々思わぬところで渋滞に巻き込まれたりします。花火ももちろん綺麗なものですが、ゆっくりとした夏の山雲には更に雄大な感があります。

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仕事は・・・どうも工房へは行くのですが気力不足。困ってます。仕方ないので、止むなく灰のアク抜き作業を始めました。一回目のアク抜きでは御覧の通り、5㎜くらいのアクの塊が浮かび上がってきます。まぁ灰の量も多いからではありますが、下手に素手で触ろうものならあっという間に指紋が無くなります。樹木というのは非常に不思議なものですが、それを火に掛けると、更にまた不思議なものが出来て来る。古来色々なものに使用されてきた灰ですが、陶器もまた、古くから木灰とは切り離せない縁にあるものです。

アク抜きは。御茶の灰では番茶などを使って天気の良い日に一挙行いますが、陶芸の釉薬に使う灰は一ヶ月くらい掛けてアク抜きをします。色々やり方があるので、せっせと水を換えて1週間で終わらせる人も居れば、雨ざらしで1年掛けてアク抜きをする人も居ます。アクの抜き具合はやはり自然物ですから、市販木灰の様に「完全にアクはありません」という状態にはしないのが天然の木灰の使い方。通常は合成木灰や市販木灰を使うしかないので、アクはありません。まぁ正直市販のものを使った事がないので違いはそれほど知らないのですが、天然木灰にはそれらしい、昔ながらの手法に欲しいだけの景色が得られる様に思います。

アクを抜いたら天日に干して、過程で混入したゴミ類を、再度篩でしっかりと抜いてから保管します。まぁ・・・まだまだ在庫があるので、暇な時と云いますか、雨の多い時期にやる作業です。外に置いておくだけで在る程度アクも流れてくれる上に、天日で干すにも都合が好いというわけで、まぁ夏の仕事ですね。工房では窯の灰のアク抜きを。自宅の方では山整理の際に作った雑木灰をアク抜きしています。

たまには変わった仕事なので御紹介まで。

涼風

初夏ではありませんが、初夏の様な涼しい日。今日は稽古日。


しかしまぁ・・・朝から猿と対決。起きたら窓の外を歩いているんだから、もう手遅れでした。

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あぁぁ。一昨年に壊滅的被害を受けたトウモロコシ。去年に網を設置して無事だったので、今年は改めて増産して沢山植えておいたものですが・・・。およそ30本くらい、大きいものは全て喰い尽されていました。「明日は茶道の稽古だし・・・早めに寝よう」、と思ったその一晩です。木の上などからね。見てるんですよ。何時間も。それで、完全に大丈夫だと思ったら一挙に。

多分一匹の仕業。一昨年も同じく。各戸に配布されている撃退用の打ち上げ花火も使いましたが。少しは慣れているのか、「屋根の上に居れば届かないんだろ?」という様な風情。ちょっと逃げる程度で、一目散にという感じではありません。トウモロコシが大好物なので・・・一番の食べ頃に・・・ということです。

こういう事は本当にガックリです。何よりトウモロコシは肥料と水が大量に必要なので。一番手を掛けてやらないといけないものの1つ。トマトなんかはホトンド手間も掛からないんですけどね。はい。御丁寧に玄関先にフンまで残してましたよ。はい。


気を取り直して。今日は稽古。打ち上げ花火などで脅した足で稽古へ出立という辺り。今年は宗道先生は全国で茶道の巡回講演をされていて、そういった旅路から色々と話を漏れ聞いたり。「客振り」という点について、改めての話が在りましたか。マニュアルの応答、時候時候、結構結構という範疇の客振りとは。

猿の件もそうですが。野菜にせよ何にせよ、喜んで食べて頂ける人が居るなら喜んで差し上げるもの。何も金銭や苦労が惜しいとか、そういったものではなく。特に自家栽培や味の良さを知っている人にこそ、でしょうか。陶器もそうですね。茶陶ならやはり茶をされる方に、器は器を知る人にこそ使って欲しい。先日ちょっと窯の灰が欲しいという方が居られたので、ポリバケツ丸ごと持って行ったのですが、やはり好い器を作っておられるからこそ。逆に「畑に好いから」というような理由で窯の灰を求められたことが在るのですが、やはりこれは言語道断です。砂利に混ぜるからと、器の割り片を求められても困るわけです。あと、よくある話ですが、不良作品。日頃から御世話になっていたり、私の作品や焼締めについて御存知となれば、無料なり安価なりで差し上げるものですが。全く初対面で「そういったものを譲ってくれ」と云う様な話が時折あるものです。

逆になってみれば。「御茶を一服差し上げたく」という手紙を頂ける様な客振りというのは、とても難しいというか、詳しく茶の道に入っていてこそ、なのでしょうね。本当に専門的に深めたものがあり、加えての知識もあり、修養もあり、となれば、なるほど道の深いものであるわけです。茶杓の銘1つでもそうですが。点前稽古ではよく茶杓の銘を付けます。先日に頂いた様な「山雲語尽」と云う様な語なぞ、ついぞ出て来ない。でも、「そんな銘は出て来ない、出て来ない、無理、無理」などと言って「結構、結構」で済ませていては、生涯掛かっても「茶人さん」にはなれないという事でしょうか。


そうそう。昼食にスイトンの御相伴に与りました。とても美味しくてビックリ。もちろん宗道先生の手作りという事もあるのですが、昔はこういったものが常食?だったそうで。野菜もそうですが、昔は全部に手間が掛かっていて、だからこそ美味しかったのでしょうか。陶器も薪で焼いてましたね。今月の「淡交」(裏千家月刊誌)でも御家元の御言葉に「必要な無駄」と「不必要な無駄」の判別が大切という話を拝読しましたが、実は必要な無駄だったんじゃないか、というものが、多く合理化・産業化・儲け重視という事で削除されてきたのでしょう。美味しさを主軸に無駄を省いたものと、儲けを主軸に無駄を省いたもの。それぞれの目指す処で、無駄と判断されるものが違うのでしょう。

昔の好いものに接する程に、そういった事を想います。



明日は神社の草刈り奉仕に茶道青年部の会議。またぞろ週末の用事は多く在ります。
論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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