気付き

昨日は茶道の稽古。今日は朝から青年部。帰宅してはて夕刻からは地元の月例会議。明日はロイヤルオークにて楽志庵定例茶会。今週も3日連続の外出。7月も土日は予定ばかりで、どちらかに失礼を、という週末が多くて頭を悩ませる辺り。本来だと明日は地元一斉の草刈り日なので非常に過酷な草刈り、午後からゴミ拾いという戦場なのですが、仕事?優先で茶会。出不足料もありますが、やはり過酷な草刈りであるだけに若者が欠席というのは申し訳ないです。人数も少ないですからね。

今週は稽古の講話は無かったのですが。炭切り作業を任せて頂いたので黙々と稽古用の炭を切っておりました。50本ほどの炭を6等分に切り分けて行く作業。炭を何本も切るというのは、あるようでないなぁと思いつつ。ノコギリ自体は使い慣れているのですが、枝の曲がりなどもあり、油断をすると斜めに切れてしまいますから、緩み無く作業する鍛錬には好いのかもしれません。元材によって一定程度避けられないとはいえ、並べると分りますからね。

油断すると、と云いながら。炭を切りながら、稽古場に掛かっていた軸の言葉をボンヤリと思っていたのですが。「一口吸尽西湖水」という言葉。先入観で変な感じ方をしていたのですが、「あぁ!根本的に違うじゃねぇか!」と、ぼんやり作業しながらようやく気付いた辺り。この軸自体は去年にも掛かっていた頃があり、その頃からの勘違い。さてこそ随分と長い間分っていなかったんですが、分っていないものはしょうがない。分るようになっただけマシかと思いつつ。分ってみると本当に好い言葉だなぁと、自分の愚かさにニヤニヤとしておりました。この言葉いいなぁ。

何度も同じ軸が掛かる。「またこれかぁ」なんて思っていた頃もあるわけですが。いやぁ不明も不明。と言ってもまだまだでしょうけれど。少なくとも「趣向に沿って軸を決めるな!」という御指導の意味がまた1つ、体験として解けたように思います。「気付き」というものでしょうか。

なかなか。ボンヤリと同じ作業をする時間って、あるようで少ないですね。まだロクロや食器などは同じ作業を繰り返す時間もありますが、座禅などもそういったものなのでしょうか。いや、最近友人に誘われたというか、座禅体験に連れて行けと言われたのですが、はてさて「私も行った事がないので調べてみるわぁ」と返事をしたのですが。

と、そんな話であります。

田舎の祭りも

さて、少し時間が空きましたか。連日の雨で野菜もよく育ってくれるようになり、収穫も次第に増えて来ました。梅雨の文字通り梅の実の収穫も。スーパーなどでも店頭に梅の実が並ぶようになりましたね。個人で漬けるというような方も増えているのでしょうか。スーパーで売られている梅の出所は分りませんが、直売所などにも必ずあるので、地場の安心出来るものを求める方には安心な購入先。

前の記事で3日連日の会議と書きましたが、3日目の会議は夏祭りの会議でした。納涼祭として神社境内で行われるもので、昔らしい?雰囲気でしょうか。もっと夏祭りに適した公園というか、噴水などある広い敷地もあるわけですが、相変わらずにトラック一台がようやく上がれるだけの、階段を登った処にある神社で行われます。田舎らしいといえばそうでしょうか。普通一般には小学校や公園、広い敷地のある場所で行われるものかと思います。当日は神事も行われるので、祀りの言葉から来るように神前の祭りという意味合いが残っているわけです。

とはいえ。しかし実際の信仰心などは、それほど都会と変わらないのではないかなぁ、というのが最近の感想です。場所や形式こそ、そういったものを尊重しているかに感じるわけですが、実際に住んでいる方々の意識としてはどうかといえば、さてどうでしょうか。もちろん人々が楽しむ事も1つ奉納?の一部なのかもしれませんが、神事の扱いは、形式はともかく、それほど高い格を持って扱われているわけでも無い様な処があります。

形式という意味ではクリスマスなども本来宗教行事ですが、もはや経済活動云々という理由動機無しには語れないものになっていますね。まぁこれに関しては今更何を書いても仕方が無いのですが、やはりこれも、キリスト教に深い信仰のある方々からすれば、さて経済云々を理由に使われるのは、厳密にはあまり好ましくないというか、形式的に勝手に使われても困るという辺りではないでしょうか。クリスマスにイエス・キリストの事績を考えた年が、私自信さて、何度在ったかと言われれば、さてケーキを前にしようが、想像を巡らせた事は無かった様に思いますし、テレビでもまず、イルミネーションやらイベントが映り、第九の演奏会やらそういった辺りで、直接的なものは見ないように思います。

夏祭りにせよ、クリスマスにせよ。事の善悪はともかくとして、信仰の形式というか、宗教行事的なものの形式を借りて、別の事をやっているような側面があるかと。昨今変な造られ方をしている茶道具もそうですね。茶碗という形式を借りて、全く別のものを作るのが昨今の作家実情であり、また聞くならく、茶会にも茶という形式を借りただけのものがあると伺います。物事の形式化の進展というものでしょうか。

田舎では、一見すると表面上、夏祭り1つにしても、それは確かに都会よりも伝統的な文化の保全状態が好ましいわけです。時には無形文化財として祭りや踊りが指定されていて、何かが保全されているようにも感じてしまうわけですが。さて実情は見えないところで、やはり形式化が進展しているのではないかなぁ、と、そんな事を感じています。踊り1つにしても現代風にアレンジをしたり、祭りにしても観光というか町興しが主眼で、いかに宣伝広告しようか、などなど、神事としての感覚をどれほどの人が共有しているのかという事を感じます。

そも、子供に神様や自然への”畏敬の心”を訓えたりする様な場は、まず学校にもありませんし、家庭にも無いでしょう。それを担うのは、そういった神事なりかと思うのですが、それを運営する人にもそれが無いとなれば、伝わらないのが道理というものです。手水1つでもそうですが。手を石鹸で洗うのではなく、口をゆすぐのではなく、「清める」わけですよね。手を洗うのは「雑菌を落す為」としか教えられなければ、そうなります。やがて湧水である必要はなく、水道水になるわけです。

と、物事の形式化というものについて感じています。田舎でも表面上はともかく、実際の人々の感覚からは色々なものが形式化されてきている様に思います。テレビの偏向や、教育の喪失から来るものでしょうね。それが戦後日本の教育方針なのですから、それはそれです。しかし、これで文化大国などとは・・・。文化も所詮、形式や経済効果があればいいだけのものなのかもしれません。昔のように、人々が労働で得た品々を奉納するような、神様への恩返し・奉仕というような側面はなくなって、むしろ神様を使って利益や享楽を得る様な対極の姿勢へ。やがてはすっかりと、そんな事になってしまうのかなぁ、と。雨が降って感謝する。人々が作物を作らずに購買するだけとなった時代では、作物の生育に対する感謝御礼の祀りも、廃れてしまうのが当然なのかもしれません。

そんな感想まで。

鶏口

さて、昨日は茶道稽古。青年部の会議も在ったので帰宅したのは23時。稽古日は朝が早いので、遅い時間まであるとなかなか疲れます。稽古だけでもなかなかグッタリと疲れる事も多いので。

メモというわけでもないですが。昨日の講話は真行草の深みと、何の為に点前を行うのかという辺り。何だかこうやって文字にしてしまうと身も蓋も無い感じになってしまいます。真とは何か、草とは何か、というような講話は過去から在ったわけですが、実際にというのは難しい。鶏口牛後の言葉も。

元々の意味は「大国に従属するよりも小国の王たるべし」(史記・蘇秦)というもので、自尊心を操る策謀家の言葉としても描かれるわけですが。実際の話として、大勢がそうであるからと云ってそこに迎合隷属してしまう事の危険性もありますから、状況によっては心に留め置くべきものでしょうか。個人的には昔「嗟呼燕雀安知鴻鵠之志哉」(燕や雀にはコウノトリや白鳥の志が分らないのだ!)という言葉を好んでいた若かりし頃がありましたか。この言葉を吐いた農夫・陳勝の企図した反乱は高祖劉邦の大漢帝国を呼び込んだわけですが、解釈の都合によって自己の正当化にも使えるという諸刃でもあります。

点前稽古も変わらず平点前が多く。良いものは身に浸みさせて癖にしてしまえば良いわけですが、悪いものを浸み付かせてしまうと逆に困った事になります。飯茶碗のロクロを浸み付けてしまうと、抹茶茶碗のロクロが挽けなくなるように、悪い癖というものは一朝一夕に除去する事は出来ないので、何を身に浸けて行こうかというのは悩むものです。こういった時に牛後として流行や奇抜に隷属したり、衆愚的なものや効率重視に囚われてしまうと困るわけですが、さりとて鶏口というのも簡単ではなく。燕雀の志を以て鶏口を目指せば正に小国の主でしかないわけで「小さくまとまってしまう」というもの。鴻鵠の志を以て鶏口を目指すべきなのでしょうけれど、しかし鴻鵠の志というものは手に負えない深さがあり、初心の難しさでしょうか。

飯茶碗を数万個挽いても抹茶茶碗は挽けないというような話です。飯茶碗の方が売れるわけですが、じゃぁその内に何万個も挽いて熟練になれば飯椀が抹茶茶碗として評価されるわけでもないし、肩書が人間国宝になれば飯椀が抹茶茶碗になるかと云えば、そんな話でもありません。高名な民芸作家の抹茶茶碗は値段こそ高額ですが、やはり飯椀の匂いが濃厚です。そも値段からして民芸じゃない批判対象でしたか。いや、もちろん飯椀だって大事なものですが。

では抹茶茶碗を多く挽けばいいのかって云えば、これも難しい。飯椀にも好い飯椀と悪い飯椀が在る様に。それぞれの分野で色々と奥の深いものがあり、千差万別。腕に浸みこませる事が出来る系統は1つ。

と、最近少し深淵な世界を覗きこんで足踏み中な自分に気付きました。
ちょっと慎重になり過ぎているのかなぁ・・・。

さて、ここ数日はガス窯を焚いた程度にて。ようやくの雨ですね。食器の試作的なものを、刷毛目なり灰釉の試験を兼ねながらに進めているのですが、一応少し出来あがりが見えてきた様でホッとしています。焼成の具合を模索しながらという辺りでしょうか。あといくつか試してみたい焼成方法もあるので、追々に。

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あとは近所を散歩したり。近所の山の中には東海自然歩道が作られているので、少し散歩をしてみたりしました。なかなか立派?な道ですし、有名ではないにせよ、由緒ある寺院などを経由しながらの歩道。写真の階段は滋賀と三重の県境になる場所です。2~3時間程廻ってみましたが、ほとんど人が通らないにも関わらず非常によく整備されていて感心しました。やはり寺院なりの方々が整備されているのでしょうか。雨もようやく、ですね。ちょっと買って植えてみた茶花がかなり厳しそうです。

今週は明日から3日連続の夜会議。それぞれ別の内容ですが。
とりあえず7月に短期間の薪窯を焚こうかどうか思案中です。といっても7月も忙しいので。
今のままだと9月かなぁ・・・。

梅雨の頃

さて、最近は2日に一度の記事更新と思っているのですが。六月は完全に予定で詰まっているので色々と話自体は沢山あったり致します。

昨日は北野天満宮にて宗道先生の茶会。
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今年の天満宮の水屋は京都教室の方々が御担当される事になっているので、御祝いを持って参席させて頂きました。京都の茶会は朝が早い。7時半に出立して、早朝8時半には天満宮に到着。土曜日という事もあり、既に修学旅行生で一杯の北野天満宮。茶席へ向かってみると・・・・

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う~ん。遅かった!8時半にして既に4席目。せめて2席目には入れるかと思ったのですが、全く甘かったようです。もちろん全て満席だったようで、そして9時になる頃には受付にさえ到達するのが難しい様な活況でした。午後から雨という予報もありましたが、いつもながら師匠の御席は特別な人気があります。

茶席は天室和尚 「雲収山岳青」。不勉強で天室和尚については後から調べて知りました。う~む、勿体無い話ですいません。長尾景虎こと上杉謙信公の幼少期を育て上げた師匠たる大徳寺の禅僧にて、宗旦とも交流が在ったとか。知らぬ事とはいえ、何とも悔やまれるばかりです。竹の釣舟花入にして、御家元の茶杓「峰の松風」。茶碗は一入作の「巌苔」。棗は黒。毎回にして天満宮クラスで師匠が行う茶会は、どうも私の知識も足りなければ教養も足りず、まだまだ、理解の入り口にも到達出来ていない様な印象を受けます。ただぼんやりとした取合せの雰囲気というか、空気を感じる程度。いずれ修養を積んだ後に思い出して、感銘を新たにするのかもしれません。

そうそう。同じことで。私は1つ、宗道師より頂いた御軸がありまして。貰った頃は本当に意味が分らなかった。多分その記事は書いたと思います。それから1年ほどして、意味が分った様な気がして感銘を受けたものでした。多分それも記事に書いたと思います。んで、茶会の前日ですが、ちょうど今、梅雨も晴れ間が多いので、広げて干しています。

改めて想うのですが、言葉というのは深いもので。その軸を頂いた当時は、ちょっと調べて「冬に使う軸かな?」なんていう浅はかな事を思っていたのですが、今更ながら「本来禅語に季節など全く関係無い!」という師匠の訓えを聞きながら、やはり分って無かったなぁ、と。冬だけに当てはまる言葉じゃないことを、虫干しして眺めながら、数年してようやく実感する様な感があります。気が付けた分、まだ僅かな進歩があるとはいえ、まだまだだなぁ、と改めて想うコトしきりです。


ちょっと長くなりますが。昨日は夕刻から夏祭りの会議。とりあえず三役の1人なので会議の準備から会計予算組などなど数字と睨めっこをしながらギリギリの事務処理。飲食の用意から後片付け、後協議まで諸々夜遅くまでの作業。ついで、起きては今日は淡交会青年部の茶道サロン「茶杓作り」へ出立。やはり準備から後片付けまでという1日でした。

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奈良の影林先生(伝統工芸士さん)をお招きして講演と実演、及び指導を頂戴致しました。簡単ながらに呈茶席も設営してという辺りが茶道青年部。大学生の参加も多く、盛況の御参加を頂戴して、先生も喜んで頂きました。実際に色々と拝見させて頂いて。利休時代はこういう作り方だった、とか、あの頃の茶杓の折れやすい理由であるとか、また拭き漆の理由であるとか、また使われている竹の箇所にも特徴があるとかで、色々な知見も訓えて頂いて。利休竹花入「園城寺」(滋賀県三井寺のこと。東京国立所蔵)がなぜ「園城寺」なのか、などなど、楽しい御講演を頂きました。

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で、実際の茶杓作りは初体験でした。既に曲げて頂いたものを削るだけという作業です。う~む、随分と細くなってしまって、「繊細やねぇ」と言って頂いたのですが・・・。やはり私の中での「名茶杓」と云えば、宗道先生の茶会で拝見する桃山茶人の茶杓。その時代のものは、雰囲気こそ堂々としているものも多いとはいえ、ツクリとしては全体に細く繊細で、触るにしても本当に慎重な扱いを求められるもの。その雰囲気を想いながらやっていると・・・・どうも・・・細くなってしまうんですよ。

世間的には、やはり特徴のあるもの、シミや煤竹、シボ竹など、もう見るからに特徴の深い竹が茶杓作りでは人気だそうで、集めるのにも苦労するそうです。もちろん、桃山時代はそういった竹を使ったものは珍しいそうで、私も師匠から「奇抜なものを作らずに、まず普通の茶杓を作ってみるのが好い」と訓えて頂いてきたので、白竹の中から素直そうなものを選んで作らせて頂きました。やはり実際、まず形良く作る事が出来るようになってから、色々な景色を加えて行くのが本道なのでしょうし、そもそもそういった個性が素人作りの茶杓に必要なのかと言われれば、まずまずそういったものかと思います。もちろん銘など無縁の素人ですもの。「最低限、その言葉に対してなんらかの悟りを得て、初めて銘をつける資格がある」と師匠から聞いているものですが、さてこそ私では「初心」という銘でさえ、全く付けるには無理がある次第です。さしずめ「能天気」というくらいなものでしょう。

ともあれ、目的は作ってみる事で、より深く茶杓を拝見する視点を身につける事。1つ1つ、勉強です。

吉祥

今さっきまでガス窯を焚いていました。ガス窯もなかなか思う様なものが採れずに苦労?しています。

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そうそう。今日は虹が出ておりました。見る方向によっては、もっと色鮮やかに出ていたのですが、写真では難しいのか、角度が違うからなのか。しかしともあれ、私個人の感覚では30数年で最も綺麗な虹を見た様な気がします。いわゆる瑞祥や吉祥というものでしょうか。なるほど、無条件でこういったものは目出度いと感じるもの、同時に何かあるのではなかろうか?と、ついつい考えてしまいたくなります。

最近は改めて。素直に感じる事の大切さを見直す様にしています。虹1つにしても、何か科学的に偏光が云々というような事は学校で習うわけですが、そういった視点で見てしまうと非常にツマラナイ。何よりこういった見事な虹を見て、そして初めてその仕組みを学ぶ事に価値があるのかと思います。先に御託から入ってしまうと、何か色々なものが見えているようで、ムシロ何も見えていないという場合がある様な。昨今のスマホなり情報過多でいつでも何でも情報先行な時代に陥りがちなものであろうかと思います。

陶器なんかもそうですね。こうやれば個性的か?とかこういうものが芸術的だ!みたいな処から作られた作品は、本当に意図というか、作為満載で、人間の匂いが強すぎて、どうにも私は苦手なんです。私が好いなぁと思う器。やはりそれが出発点であるべきで、その上に色々な思案が載るべきなんですよね。出発点から頭で考えて作られたようなものは、なかなか巧く行かないのかなぁ、というような事を考えています。実際に何をどう情報収拾して勉強しても、好い器を作る視点というものは育まれないものだと思います。

要は何事もまずは実地というだけの話なのですが。どうも学校教育のせいでしょうか。虹を見て感動した覚えって、あまり無いんですよね。青空の色彩の奥深さに気付いたのも、それほど昔の事じゃありません。そういった普段見えているべきものを見えるような教育ではなく、もうそういうものを、科学的に分析された、人間が分析済みのものだと思ってしまっていた様な気がします。例えば空の色は酸素の持つ薄い青色によるものであるとか、何かそういった話で、何か分った様な気になってしまって、思考停止状態に嵌めこまれていた様な。

そういった事を、綺麗な虹を見て改めて感じておりました。

近江神宮

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先日は近江神宮の献茶式の記事まで。今年はやはり雨降らずしての献茶式。毎年6月9日に大宗匠が献茶をされますので参列させて頂きました。例年よりも雨が少ないせいか、緑の色が濃い様な気がします。といっても気のせいかもしれません。しかしそれだけに、朱塗の立派な門が素晴らしく引き立って見えるような気がしました。

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今年は色々と。漏れ聞いた話ではありますが、近年珍しい事がありめでたい事であったとか。近江神宮が創建された頃?でしょうか。77年前、近江神宮の刻印入りの茶釜が特別に2つ造られ、1つは今日庵蔵として例年の献茶式に、もう一つは近衛家蔵となった後に行方不明となっていたそうですが、献茶式の前日に、どこからともなく奉納されたという珍しい祝事があったとか。77年という節目も何かの縁でしょうか。詳しいことは分らないものの、目出度いことですね。

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今回は副席にて。毎年に県下最高格である献茶式は奉賛席にて御使用頂けるというのはありがたい限りです。旅枕にて春焼成の作品です。「花が引き立ってくれて非常に使い良い」との言葉も頂きました。そういって頂けるのが一番ありがたいですね。応答を聞き洩らされた方などからは「多分貞光さんのでしょ」というような声も。少しは進歩してきたのでしょうか。

それにしても花。綺麗ですよねぇ・・・。う~ん、こういう花の入れ方を学んでいかなければならないのですが、さてこそ難しいものだとつくづくに感じます。まず花の名前なんですけどね・・・・。

ともあれ。今年も栄誉のある御席にて。慢心することなく、来年も御指名を頂ける様に鋭意作品を磨いていこうと思います。一年一年、少しづつではありますが、進歩出来ているのかな?と思いながらに。

有難うございました。深謝。

梅雨頃の

少し早いですが今日は夏の着物を着て稽古させて頂きました。単衣の稽古着を仕立てて頂いたのですが、寸法の最終調整をして頂けることになったので夏の着物を。単衣の反物は師匠より頂戴したもので、稽古にも励みがつこうというものであります。一方で、梅雨にして雨降らずということで暑い日が続きます。畑にもトウモロコシの苗を植えたばかりだったりと、季節的にはまだまだ夏は本番では無いのですが、日射しは結構な強さがありますね。空のぼんやりとした感じだけが、まだまだ6月であることを感じさせてくれます。

今日の朝の講話では「心」という題にて。「和敬」という言葉1つをしても悟りの境地に立ってこそ口に出来る言葉であるとの話を想えば、さてこそ振返るべき慢心は多い事だなぁと思いながら。私も一時期は禅語の意味を知るための書籍だとか、そういった類の概要解説本を読んだ時期もあるわけですが、本当にそういうものが上っ面の知識でしかなく、むしろ邪魔になりかねない、分った様な素振りを育てかねない悪書とも判じてよいものだという事が承知される様になって。

陶芸でもそうですが。やれ薪は云々、コレがどうこう、と色々なノウハウや、陶器の見方や、これがイイモノだ!みたいなものがあります。初心の内こそ役に立ちますが、その呪縛から逃れない限り、やがて全く進歩が無くなってしまう事が多いものです。表面上は効率的に見えるものが、実は長期的に見て非効率であることは往々にしてあるわけですが、そういったものでしょうか。昔に何かの本で「負の知識」という言葉がありましたが。何も知らぬままに誠実に進んだ方が好いという事も往々に。

そういった意味では樹木の剪定という話も続けて行われて。如何なる樹木も、自らの剪定をすることは出来ず、自らの樹形を見ることも出来ずという話でした。実際、例えば基本的に真っ直ぐに育つ杉にしても、足元が斜面であれば相当に湾曲しますし、太陽の方へと傾いていきます。先日私も庭木を少しみましたが、害虫に染まってしまえば、もうそれを取り除く事が出来るのは人間なりが手入れしてやらなければ、次々と葉を喰われて枯れるまで食べ尽くされてしまうわけです。動物とて、野良猫というものは自分についたノミ一匹が潰せない。やがてノミが肥え太って、本体が衰弱し切って敗北してしまうわけです。このまま進んでも先が無いという事を知りながらに、頑張って孤独に害虫との戦いをしても不毛で、意味が無いわけです。

自分1人で出来る事に限りがある事。何とて色々な方の御世話になっている事。薪窯などは特にそうですね。1人では全く焚けません。いや無理をすれば焚けますが、ただ作業だけの話であって、良いものは焼けない。といって、無駄に人数が多くても意味は無い。私も日々訓えて頂きながら、少しでもよいものをと悩みながら。陶器の 知識1つだって満足に無い段階です。何くれと学ぶ事は本当に山の様に待っています。

今日はまた、ありがたい話を頂戴して。本年も鋭意研鑽を積みたいものであります。

梅雨だったのか・・・

いつの間にか梅雨入りしていたらしいです。はい。全然知りませんでした。というか、ほとんど雨が降っていないので野菜の生育が遅い。毎朝水を遣ってはいるのですが、御存知の通り雨というのは数時間、または一日中に渡って全面積に降雨するわけで、ホースで10分や20分、半時間ほども時間を掛けてタップリと水を与えたとしても、さてさて雨の日の水量には程遠いのです。梅雨の合間の晴れた日に、びっくりするくらい大きくなるのが夏野菜でしょうか。さてさて。

ここ2~3日は素焼きをやって、釉薬掛けてガス窯焚いて。あと・・・何だっけ。そうそう夏祭り用に光る腕輪を探して購入に走ったり、信楽まで手土産を探しに行ったり、新しくしたスマホが初期不良でカメラが最初から動かないのをクレームに行って、5分で終わるクダラナイ説明に2時間も時間を費やされたり・・・・、はい。色々です。山登りもしようかと思ったのですがちょっとヒザが微妙なので御休み。

今日は朝から稽古場の片付けの手伝いへ。夏場に向けて、とりあえず出来る範囲での整理整頓作業。朝から4時頃まで掛かりましたが、なかなか、茶道と云うのは道具も多く、懐石関係の食器まで含めての整理は大変なもの。まだまだホンの一部です。明日は6月の初稽古にて連日。梅雨だけど雨も少ないので、野菜は何ですが、個人的にはボチボチ元気が出て来ました。

窯修理2日目

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窯の補修・改修工事2日目。左右の土を盛り込んで窯壁の再塗装。前回よりも厚く塗り込んでいます。最初はレンガだけの状態で焼いていたのですが、何度かの改修で分厚くしていって、台風で屋根が飛んで壁が流されること数回という経緯を経て、今度は一挙に盛りました。何故にって、やはり人数が多いからですね。窯壁に塗る土って云っても、相当な量になります。掘ってくるのはもちろんですが、更に一々に練り上げないといけないので、これがなかなかの重労働。1人でやっているとホントに進まないんですよ。

あとはコツ。手慣れたおじさんにちょっと訓えて貰うと、まぁ見事に効率も違います。スコップに始まりノコギリやら何やらと、田舎の道具ってのは意外にちょっとしたコツが難しいというか、どこにも載ってないというか、使えると思ってしまうんですよね。しかしスコップ1つにしても奥が深い。

窯の補修はまだ第一段階。更に上塗りをしようかと思っています。窯壁の厚みは1つ窯内部にも当然影響するわけですが、それも含めての改修です。多分・・・ですが、次回は好い仕上がりになる可能性が高くなります。ガス窯の温度計が付いていますが、昨日に素焼きをしたので、釉掛けして焼かねばなりません。こちらも試作が大半かな。食器の他にも試作をしたいものがあるので、色々と。釉の調子の試作が一番大変ですね。

ちょっと・・・庭木云々で指を怪我したり、窯補修中で膝をちょっと打ち付けてしまったり。
大した支障はありませんが、怪我多めです。気を付けているんですけどねぇ・・・。

窯修理

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昨日は窯の修理・改修。随分と窯が痛んできているので手当をしなければと思いつつ、ようやく手を付けることが出来ました。まずは窯の左側の補修改善作業で土盛り。土を掘って来ては盛っていくだけの作業ですが、これがなかなか大変な作業です。横壁に板を打ち付けたのは半年以上前ですが、その頃から考えていた作業。

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焼成時の写真ですが、左側の土が年々と下がってきています。少しは土を足したりしているのですが、それによって若干ですが窯が左傾斜しつつあり、窯にも隙間が生じる様に。元よりこういったものは左右なり、どこか弱い方へ傾くものなので、しっかり作れば傾かないとか、そういった話ではありません。定期的な改修をしながら使い続けるものです。昔の人の場合、産地によっては改修せずに次の窯を作っていたと思われる産地もあるようです。

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あとは最前列の隙間。とりあえず窯壁を外してみたのですが、5cmという相当大きな隙間が出来ていました。焼成日数を4日から6日に伸ばして以降ですが、やはり負担が大きいのか、一回の焼成に於ける窯の痛み方が大きくなっています。基本的に最も負担が大きいのが最前列。伊賀を焼き上げる場所です。炎が煉瓦をも動かして、強制的に隙間を作るのです。少しでも隙間が出来てくれば、そこへ炎が集中して隙間を大きく育てて来ます。焼く度に隙間が広がっていきます。

というわけで、窯壁の補修が次の御仕事。ともあれ窯廻りからの補修工事です。

昨日は肉体労働の後、夕刻から夏祭りの会議。夏祭りは祇園さんの頃。7月なので一ヶ月前の6月から準備発注が忙しくなります。会計責任ですが、資料作成はもちろん、ビールなど飲食調達から準備・後片付けまでが御仕事。もちろん事後協議まであります。諸々する事も多く、帰宅は夜11時過ぎ。昨日は意外に早く終わってホッとしました。

五月も終わり。

気が付いたら五月も終わり。思っているより季節の移行がとても速く、何もしていないままに過ぎてしまった感がある。実際今月はそれほど仕事をしていなかったような気もする。あちこち出掛けたり色々して、仕事をしないとと思いつつ、夏野菜やら茶道やら、自治会の事やら。諸々のことを考えている内に過ぎてしまった様です。

仕事はタタラ作りの食器を少々。型から色々考えて、結構な額を投資して、普通の食器作家さんが揃えている程度の材料を揃えての試験です。まぁ出来上がれば追々に。といっても、型は型ですから、何か特別に魅力のある様な作品と呼べるようなものにはならないと思っています。なので、特段に写真を撮って記事にしようという気持ちもなく・・・。とはいえ世間一般ではそういった食器の方が喜ばれるのも確かなもので、昨今の陶芸作家は著名・無名を問わず基本的に食器作家です。何か特別な品を作って販売している人はホトンド居らず、茶道具も特別な部類に入ります。オブジェや大物などの変わったものは、売り上げというよりは展示的なものとして制作する人が大半ですね。この辺りは多くの料理人さんが「お昼のサービスランチセット」が売上主体、腕を奮った料理というものは評価の基本だけれど、なかなか作る機会が少ないという辺りに同じ。こういった形は業種問わず見掛けるものです。安価量産品の時代。

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最近は家回りの整備も進めました。伸び放題の庭木を伐採。どうもよくない虫も多くなっているようで、先月も植えて1年程の赤松が一晩で無残な姿になった話を書いたかに思いますが、庭木の葉っぱが食べ尽くされています。次々と木を移って、次々と枯らせていく。庭木の手入れをしてようやく気付く事も。家の表にアカメの木が植林されていたのですが、それが全滅したのも・・・おそらく虫のせいかと感じています。なんとか残っているアカメが毛虫だらけ。やはり薬が必要なのです。手入れしていなかった事もあるのかもしれません。

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ともあれ、自然の恵みも獲れて来ています。田畑に薬が播かれて、そうすると薬を使っていない処へ虫が集まります。獣も、獣害対策の柵がめぐらされる事により、柵の無い処に被害が集中します。先日も近所で50匹の猿の群れが出ていたとか。幸いに被害はこちらにまで来なかったものの、自然というものは自然のままでは荒れてしまう側面もあり、怖いものです。

明日から六月。土日はおよそ予定が入ってしまっています。ちょっとまた、予定を忘れる事の無いようにしつつ進めて行きたいもので在ります。

論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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