あぁぁ・・・。

やってしまった・・・。今日は日吉大社の献茶式。気付いたのは・・・さっきです。予定が色々変わったり諸々意識が追いついていないのでしょうか。それとも歳のせい?正直・・・・かなりショックです。

昨日の夜は地元月例会議が在って、夜中雨が強く降って畑が気になって、猿の大きな群れが隣村まで来ていたので警戒して、今日は別の用事を想っていて・・・、その他ちょっと諸々、携帯がちょっと故障したり、細かい事などでいつもとは違う事が重なった事もあって、日付の感覚が無かった・・・。いつもなら前日に袴の準備とかあるので気を付けているのですが・・・。今日は朝も早く起きていたのですが、工房へ行って仕事をしてました・・・。29日だと気付いていればこんな事にはならなかったのですが・・・。ガックリです。カレンダーにも大きく書いてあるし、携帯のスケジュールにも前から入っていたのにぃぃ・・・。

はい。なんか・・・困った。自分にガッカリです。疲れているのかなぁ・・・。

涼風

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昨日は茶会へ寄せて頂きました。志季釜会。社中の方々が年に4回の掛釜をされます。稽古や茶会水屋など色々と御世話になっている方ばかりなれば、楽しみに、また肩肘張らずに一服頂戴する楽しみがあります。なかなか道具組1つにしてもお人柄が表れるものですから、そういった面でも楽しみなもの。昨日の御亭主は京都の南の方の御出身なれば。その地方の道具を主体に、川沿いのゆったりとした情景でしょうか。そういった風情を感じる茶会でありました。

伊賀からも、宇治川沿いに京都へ行く道があります。雄大な河が流れていて、沿道を走って行きます。見るからに美しく、谷間ですから風も心地良く、少し斜面の急な山々なので緑の迫る感じの景色が楽しいもの。やがて山の中からポっと平野に出た辺りが宇治の川縁で、とても安心する風景なのですよね。情景などもやはり、現地に行った事があるかどうかというのは1つ大きな経験ですね。

と、また。花入は小生作のものを御使い頂いて。誠に有難い限り。3年前の秋作品でしたか。まだまだ至らぬ品ですが、駆けだしの頃に御求め頂いて、というのは私としても感慨があり、深謝する次第。花の名前を知らないダメな私ですが、大振りの花入で、綺麗に紫の花が入れられておりました。重ねて感謝申し上げます。

環境。

今日は茶道の稽古。夕刻からは青年部の会議という辺りで、早朝発の夜遅く。明日は仕事が出来そうです。時折に茶道の方が陶芸よりも忙しいのでは?と聞かれることがありますが、時間的優先度としては茶道かな。茶会にせよ稽古にせよ、逃せば次のないものばかり。しかし時間としてはもちろん、本業の方が・・・長い・・・?

というよりも。もはや茶道は大きな陶芸修行の一環です。技術の進捗よりも大事なのが精神修養。技術で進める場所というのは知れているんですよね。技巧の極致なんていうのは、まぁ見事なものは見事なもので、素人さん相手に褒めて頂く分にはこれが一番です。・・・しかし。技術しか能が無いっていうのは・・・一番ダメなんです。技術は目に見えて上達もするし、その方法も比較的分り易く、一定程度まで簡単に達することが可能なのです。極端に云えば、絵付けなら昭和期の絵付けパートおばさんなんていうのも、技術的に達する処まであっという間に達してしまいます。つまり、技術だけで造形なり雰囲気なりというものが全く置き去りになっているような作品というのは、いわゆる明治期の、「超絶技巧だが・・・半面非常に奥行きの無い、薄っぺらい焼物」になってしまいます。現代などはさしずめ「発想は斬新だが・・・(以下略)」というような時代でしょうか。いや、もちろん私を含めての話です。技術的にも現代は退化しています。発想だけが新しい。

大切にするべきは環境。今日の朝の道話は「孟母三遷」でありました。名品に迫る為に必要なもの。それが精神修養であることは、昭和期の多くの大家が共通して認識していたものでしたが、振返って現代、それは全く活かされていない様に感じます。それぞれが自分勝手に、自分の思うままのものを作っているだけではないでしょうか。今更に厳しい貧乏生活はするけれども、厳しい叱責に身を置いたり、弟子入りしたり、そういった精神的な苦難は回避してしまう人が多いのが昨今です。そして同時に、そういったものを鍛えてくれる様な場所や師匠も少なくなっているのかもしれません。私にとっては茶道がその場所なのです。自らの作品の進歩にしても、姿勢や視点というもの1つが進歩しているだけで、技術的な面での進歩によるものはもはやほとんどありません。

例えば山登り1つにしても、視点が違うだけで本当に色々なものを学べるようになった様に思います。しかし茶道が無ければ・・・まぁ、なかなか学ぶ事も得る事も本当に少なかったのではないかと思います。それだけ、今の茶道稽古の環境の恩恵が大きいという事です。技術は集中的に短期間で上達することが出来るわけですが、こちらは一朝一夕には参りません。何を取り、何を捨てるか。色々な方が応援して下さる中で、出来る限りの精進をしたいと思いつつ、悩みつつ。

今日は単衣の着物に袖を通させて頂いて。
清風を感じながらに、改めて稽古に励みたいものであります。

油日岳

昨日は油日岳に登っておりました。

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ちょっと前の写真で申し訳ないのですが、油日神社(油火神社)。初詣などで登場するので覚えて居られる方も居られましょうか。戦国中世には甲賀忍者の総社と云われ、”火”を祀る神社。臥翠窯ではこちらの神様を御祀りさせて頂いており、御世話になっております。で、実は油日神社というのは油日岳の麓に位置するもので、やはり忍者というものが修験道と縁が深い事からも推察される様、山岳信仰として油日岳自体が信仰の対象というもの。先に登った比叡山や金勝山はもとより、三上山など近江にはこういった場所が数多く存在しています。油日神社自体も、油日岳の山頂に油日大神が降臨しての聖徳太子創始と伝承されており、油日岳自体が神体山です。

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で、ここからは昨日の写真。神社の裏手にある登山道入口より、綺麗に整備された山林が続きます。途中までは車で登れる様になっているのですが、通り過ぎるには勿体ない程に綺麗な山林道。小川沿いに登って行って、やがて油日岳登山口に到着します。

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山は荒れ気味。登山口すぐの場所で大きな土砂崩れが起きていました。土質が砂地なので地盤が緩く、崩れ易い山の様です。山脈としては鈴鹿山脈の最南端に位置するとか。荒れる中の整備としては行き届いているのではないでしょうか。登山口で土砂崩れを見ると、なかなかに緊張感が高まります。

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油日岳の山中。昔は石切り場としても使われていたのでしょうか。多くの場所で土砂崩れの跡があり、数年に一度くらいは崩れているのではないかと感じます。山の谷合いを真っ直ぐに上がっていくので傾斜の強い登り道。

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根の張りにくい山であろうかと思うのですが、”火の木”である檜も多く、山頂付近まで山林の中を進みます。と、山頂付近には雰囲気の強い巨石。おそらくはこれが実質的な神体降臨の場とされているのではないかと感じるようなもの。今でこそ登山と云えば標高の高さで在ったり、眺望の良い場所が人気の様ですが、かつてはこういった山岳信仰が主体であったのかもしれないなぁ、と感じます。

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山頂までは途中多くの太い根に掴まりながら登ります。多くの人が掴む場所は磨り減ってツルツルになっています。”触ると同じ場所が癒される”というような仏様がありますが、同様にこの根も多くの人が、助けが欲しい場所に在って、その助けとなってきたものでしょうか。もちろん最初はザラザラなのです。一種信楽伊賀の爆ぜ石が摩耗していく姿に通じるものがあるのではないかなぁ、という事を感じます。摩耗の跡に感じる自然の大徳という辺りでしょうか。

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山頂の社。元より山自体が信仰のものですから、これで良いのです。

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付近には休憩所が設けられています。おそらくは油日祭りなどで使用されるのでしょうか。ちょっとした宴会出来るような規模があり、囲炉裏も切られていました。甲賀一体を眺望することが出来ます。またここから北上して鈴鹿方面へ尾根伝いに進む事も可能なのでしょうか。京都から東の名古屋方向へ抜けるには、中山道の関ヶ原、東海道の鈴鹿峠があり、南は油日の前を通る道になります。

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登山の話はさておいて。最近色々と登ってみましたが、実は”春の山に咲く花”というのは椿一色です。山野草だけを見ていると山には様々な花が咲いている様に思われがちですが、多くは椿と躑躅くらいなもの。足元に小さな花の咲いていることはありますが、本当に少ないものです。椿という花は不思議です。多くの樹木が天を覆う中でもしっかりと根を張って花を咲かせるのですね。そういった花は本当に少ない。そしてもう五月も後半となるにも関わらず、山中では未だ蕾が存在しているのです。

道々、春になって山へ入ると、足元には椿の花が落花しています。その落花を不吉という人も居る様ですが、寂しい山道を歩いていると、これはとても嬉しいもの。暖かいものです。山を歩いてみると、椿の神々しさと云いますか、その不思議さには驚きます。その花は麓から、山頂まで、場所を問わずに根を張って花を咲かせているのです。なるほど、茶の湯に欠かせない花であることを、改めて感じます。決して、何か”他に花が無い”というような理由ではなく、もっと積極的な理由が在ったのではないかと思います。それこそ利休時代にせよ山岳信仰の在る中世の世界。どこへ行くにも山中の道を通ります。茶道のみならず、多くの人々に馴染みの深い花であったのではないでしょうか。多くの人が、その暖かい色に感謝したのではないかと感じるものでありました。

と、そんな登山ハイキングの日記です。

青年部行事

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さて、ブログの冒頭画像を最新作品に切り替えさせて頂きました。少し実物より雰囲気が強くなってしまっているのですが、先月末に追善茶会にて御使用頂いた花入と同じ焼き上がりのものです。Webサイトが整理できれば載せようかと思っているのですが、なかなか予定も多く手が回っておりません。

さて。昨日は青年部の会議で、引き続いて今日は第一回の茶道サロン。滋賀青年部が今年から始める企画にて、およそ二ヶ月に一回の企画で様々な勉強や茶会をするというもの。県内の学生茶道部の方々を織り交ぜて、青年部の次世代発掘も兼ねたものでありまして、新しく体制を整えた滋賀青年部の核行事となっております。なんか最近会議が多いのはコレもあります。地元夏祭りの協議会もあり、なんだか最近会議ばかり。

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ともあれ。第一回は近江八幡は「たねや」さん。クラブハリエ(「たねや」の西洋菓子部門)と言った方が御存知の方は多いのかもしれませんね。近江八幡の観光が成功しているのは、半分はたねやさんの御活躍に拠るものかと思います。門前に大きな店舗を構えて居られまして、食事も結構、もちろん菓子も結構という辺り。さすがのもので、滋賀県の茶道としても生菓子を始めとして非常に御世話になっています。実際ホント、美味しいです。

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で、第一回の企画では日頃より御世話になっているたねやさんの和菓子作り教室。会場は洋館ですが、この辺りは仕方ありません。京都の和菓子屋さんでも調理場は近代的ですからね。

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まぁまぁ、作り方を書いても仕方が無いので省略しますが。右の写真が私の作ったものです。もちろん簡単なものとして選んで頂いた課題でありましょうか。やはり職人仕事だけあって、非常に迅速。おそらく慣れれば数十秒で1つ作っていけるような仕事です。なるほどなるほど、よく出来ているし、よくよく考えられているものだなぁ、と。感心しました。菓子を見る視点もやはり変わりますね。私もモノヅクリをする人間ですから、どういった工程で作られているのかなぁ・・・?と推理するのは楽しみの1つです。陶器なんかでも、簡単なものは釉調合から何から推測するような事もよくやりますが、そういった事を菓子でも出来れば楽しみが1つ増えるというもの。

菓子の製作をさせて頂いた後は、呈茶。もちろん自前?といいますか、何と云えばいいんでしょうか。要は青年部持ちこみで抹茶を点てさせて頂いて、工場長さんを始め職人さんと歓談させて頂きながらに御相伴させて頂きました。今回は呈茶担当として動きまわっていたのでなかなかゆっくりは出来なかったものの、機会があれば他のものも体験してみたいものですね。動作自体は粘土細工に非常に近似しています。おそらく陶器の方が学ぶ事は多いのではないでしょうか。というより、単純に和菓子の製作方法を陶器の装飾に活かすだけで、随分と面白いものが出来そうですよ。といっても、色が問題になるでしょうけれど。例えば右側のものはアジサイをイメージしているわけですが、色彩が単色だったら・・・イカ団子?と間違われても文句は言えません。色彩というのは抽象的なものに決定的な役割を果たすので、なかなか意外に難しいんですよね。

っと。そんな話はいいんですが。

そうそう。何だか安くなったらしいので携帯をスマホにしました。最近スケジュールの管理が非常に複雑になってきていて、色々な会議やらがよく重複して管理し切れなくなってきています。来客などの際も簡単に返事が出来なかったり。もちろん仕事も考えつつなので。本当はそろそろ漆も再開したいのに・・・。という感じで、主にスケジュール管理機能欲しさという辺り。スマホにしたと云っても、なかなか「FaceBookを毎日更新!」みたいな処にはまだ辿りつけそうにないので御容赦下さい。

え~っと。何だっけ。ともあれ今日はこれくらいで。

薫風

風炉の季節となって、はや半月。今日は茶道の稽古でありました。そういえばフト思ったのですが、開炉は茶人正月とも聞く祝い事ですが、風炉には何も無い様な気がします。いや私が知らないだけかもしれませんが・・・。今日はその事を聞いてみようと思いながらつい失念をして、いつもながらに稽古に没頭してしまいましたか。

今日は「動作に心を入れる様に」という指導が多く為されていた様に思います。いつもながらではありますが、御辞儀1つにしても心が入っているかどうか、というのは意外に分るもので、国会中継などを見ていても、議員さんの様な方々でも形ばかりの御辞儀の多いコト。まだスーパーの店員さんの方が楽しそうな御辞儀をされる事が多いのではないだろうかと思うコトがあります。また、もちろん自分に関しても同じくです。ついつい疎かになってしまう時があり、自覚する事もまだまだ多く。

御辞儀というのは、日頃から非常に多くの場所で目にしているものでしょうか。日本ではやはりどこの店でも礼儀というものは形ながらでもしっかりとしている事が多い。それだけに、空々しい御辞儀というのは、記者会見じゃぁないですが、誰しもが見抜いてしまうものかと思います。作品についてもそうですね。適当に作られたものからは、やはり適当な匂いがします。ザックリ作ることと、粗雑に作ることはもちろん違うわけですが、日々しっかりと取り組みたいものであります。目には見えないけれども・・・という辺りで、薫風というものも同じく。外見上だけを取り繕っても、意外に人は見ているものだと思いながら、日々真摯に努力を積まねばならないなぁと思いつつ。

しかし・・・稽古時間は6~7時間に及ぶのですが、その時間中気を張っているのはなかなかに疲れるもの。いつも帰るとグッタリとして昼寝をしてしまいます。今日は遅くなりました。さてさて、作業作業・・・。

好天。

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好い天気の日が続いておりますね。気温も高い一方で風も心地良い季節でしょうか。
 
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先月も登ったのですが、金勝山へと再び行ってきました。ちなみに「コンゼ」と読みます。標高が高いわけでもないのですが、景色がよく、尾根伝いに移動するので眺望もよく。楽しむ分には随分と人気のある山という話で、実際に他府県から来られている方も何組かお会いしました。

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山頂付近まで車で登れるので、そこから40分程度で景勝地へ到着します。中腹からの登山道でも同じ様な所要時間。元々が信楽の北に在る山にて、それらしい素材も無いわけではないのですが。なかなか山中から持ちかえるというのは大変ですね。もちろん、許可なく持ちかえることは許されませんよ。

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有名な磨崖仏。いわゆる石窟寺院というもので、自然の岩壁に彫り込まれた仏様。平安初期に始まったとされており、白洲正子の小説でも知られる金勝山の磨崖仏は日本最古。明治に廃仏が行われるまでは寺院も存続して、非常に参拝も多かったという話であるが、今は本当に山中の片隅に眠っているだけのもの。頂上を龍王山として、東に金勝寺(女人禁制)、西に狛坂寺(女人参拝可)という形で栄えたそうであります。昔は麓の東海道こそ往来の中心。石部宿などを起点として参拝したのでしょうか。現在は山の中を新名新高速道路が貫通しています。

山の中を歩いていてフト思うのですが。昨今は何かと移動も早く、例えば金勝山も一日あれば満喫して帰ることが出来ます。しかし昔であれば、麓の宿で一泊。おそらく山中の寺院でも一泊したのでしょう。仏様への参拝に、それだけの時間を掛けていたわけです。

同じく。伊賀花入1つにしても、求めるには遠路の旅程が必要です。1kgの花入1つ持って歩くだけでも、山を越えて数日の旅程ともなれば、それがどれほどに重いものでしょうか。もちろん宿泊費用も必要です。物の価値という観点で見た時、僅か1つの特産品の持つ重みというか、ありがたみと云いますか、そういったものが現代とは隔絶しているのだなぁ、と気付かされます。例えば御守り1つ。古くは遠路伊勢神宮まで参拝するに、どれほどの往復日数が掛かったものでしょうか。御守りなんて小さなものですが、移動手段が徒歩しか無く、全て自力で歩行しなければならない時代に於いては、あの軽さ、あの小ささでなければならなかったのではないかと思うわけです。

今は何でもお手軽ですね。昔の人の苦労、そしてその苦労から来るありがたさというものは、実際に肌で感じる事が難しいのだなぁ、と痛感しました。低い山です。そして登山道も整備されている時代。

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一方で。便利追及、安全追及のため、美しい自然の岩壁をコンクリートで覆ってしまうのが現代人です。数年前、最初に金勝山へ来た時は、こんな人里に近い場所に、このような岩壁の景色があったのか!とびっくりしたものでしたが・・・。今はその景色を見る事は出来ません。ゴツゴツした形こそ残していますが、それだけです。こうしてしまって、桜並木を植えるのです。もはや山全体を神の聖域と見ることも無ければ、自然物への畏敬もありません。もう、単なる観光地としての扱い。人間の支配下としての所有物。崩落して危ないから。古来この山に参拝した人々の信仰心は、そんな簡単な結論で片付けて良いものではなかった筈だと思うのです。車が登れないなら、麓の駐車場から徒歩に限ってしまえば良かったものを。これでは景色に驚くどころか、愚挙と山岳信仰の無理解に驚くばかりです。

とぉ。後味の悪い書き方になってしまいましたが。登山道はよく整備されていて。遭難者への対策看板も多いです。安心して登る事が出来るのも確か。階段なども相当な費用を掛けたのであろう苦心の跡が見てとれます。また一方で、それを嘲笑うかの様に自然の風雨で整備が崩されています。自然に対する現代人の無知を感じる事ができましょう。及ばぬ処に自然も豊かにあります。山はやはり雄大です。少々人間が荒らした程度では、自然の美は尽きません。

と、そんなハイキングの感想文まで。

緑が増えて

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さて、五月晴れの気候が続いて嬉しいものですね。田植えの季節でもあり、満々と水を湛えた水田風景の季節でしょうか。公道にも牛が歩いて・・・歩いて・・・いますね・・・。はい。いつものことです。子供が生まれて、柵を越えて走り回る子牛を追ってという辺り。

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新緑の季節。今日は梅の葉色が鮮やかでした。梅の実も追々と。瑞々しいですね。新緑の姿で云えば桜よりも梅の方が綺麗だと思うのは私だけでしょうか。と同時に、新緑の柔らかい葉っぱを求めて鹿が出没中。二年前に植えた栗のの葉が喰われていたり、毛虫によって、これも二年前に植えて少し大きくなってきた赤松の松葉が全部食べられていたり・・・草食動物ってのは人間には比較的害が少ないわけですが、植物にとっては肉食動物と同じく天敵になりますね。野菜なども猿害対策で色々と心配です。去年は今頃だったかに玉ねぎが全滅しましたっけ・・・。

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今日は土仕事。いや、粘土も作りましたが、畑も少し拡張。鋤鍬による人力でやる事が多いのですが、新しい場所なのでミニ耕運機を使っての作業。それほど大きくは無い面積ですが、最初はなかなか骨が折れる作業です。猿の食べない様なものを植えていこうかという話。もちろん夏野菜ですが、夏野菜ってのはお米も同じく、豊富な水と太陽があれば一挙にドンドンと育っていくものでしょうか。そういった季節の始まりが子供の日。端午の節句というものでしたか。なかなか奥深いなぁと思ってしまうのですが、全く関係ないのかな?

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あとは・・・噂の信楽店に行ってみたり。


追々と作陶開始です。あとWebサイトの更新作業にも手を付けています。 一年以上更新していなかった事もあり、諸々と手入れというか、文章は一度削除しようかと思っています。今感じているものと、やはり随分と温度差もあり、見栄もまだまだ多いままのWebサイト。余分なものをバッサリと落して、改めて構築していこうかと思っております。

芽吹きの季節。

ちょっと画像がなくて申し訳ないのですが、色々な場所で新しい芽、文字通りの新緑が嬉しい季節でしょうか。ここ数日は薪の調達から、茶花用の花壇整理、地元夏祭りの企画会議などもあり、また食器類のためのデザイン調査などなど色々と動いていました。夏前の薪窯焼成を、さてやったものかどうか悩んでいます。

そうそう。食器類ですが。現状不安定な収入を建て直すためにも、少しマシなもの?を模索してみようかと思っています。久しぶりに作家市などで色々見てみましたが、やはり食器を中心にしている方は何かしらの技法で個性を出そうとして苦心したり、無用な装飾を加えたり、そんな側面を感じました。むしろ新しいものをそれほど多くせずに作っている方の方が安定的な人気を呼んでいた様にも思います。

同時に。昨今、というかここ2~3年の話ですが、明らかに世間の売れ筋が変わってきているように感じます。売れ筋の変化というより、食器の購買層かな。若い人が購入するようになってきました。しかし伴って、従来的な職人ロクロの巧い品々というものが売上的に苦労する様にもなり。腕の安定した感心するような品々というものが、なかなか現代の購買層には評価されない。個人の感覚で、「自分が好いと思ったモノが芸術!」みたいな教育を経て育ってきた、我々の様な世代でしょうか。ロクロがどうとか、伝統がどうとか、そんなものは放り出して評価する方々は、もちろん従来から大半の購買層はそういったものであるわけですが、その傾向がより一層に顕著な気がします。(※一般食器の話です。茶道具じゃないです。)

もちろん私は伝統の深淵を求めて勉学を続ける者であるわけですが。最近はあまり技術的な面をコトサラに説明したりすることを止めて、逆にどういった視点で見ているのかなぁ、というコトを観察というか、勉強させて頂いています。相手の考え方を知らないことには、やはり諸々の説明も空転する事が多くなりますね。今はとにかく「かわいい」ものが好まれる様で、ブランド嗜好の強い方には「今風のデザイン」の評価が高い。(※くどいですが一般食器の話です。)

ちなみにですが。作風という視点で作家さんを見てみるのは面白いです。この人は我が道を行くタイプだなぁ、とか。この人は芸術家に見られたいんだな、とか。この人は売れ筋追及に余念が無いな、とか、純粋に作り込んでいるなぁ、とか。作家市などは展示の具合もあるので、作品まで併せて見るとなかなかによく分かって面白かったりします。

おっと。何だか色々脱線気味ですが。


ちょっと、食器は食器で。実は嫁さんなどの感覚を元に作ってみようと思います。私の感覚は完全に染まっている玄人視点なので通用しなくなっている事を感じます。出来れば茶道具に還元される事が望ましいと云えばそうなのですが、それは贅沢という辺り。でも銘々皿などは少し、考えるべきものがあります。タタラの技術などは私もまだまだ浅いので、そちらを中心に勉強してみようかと思いながら。最終的には茶道にも食器というものが出て来ます。茶懐石ですね。それも含めての視野拡張でしょうか。

ともあれ、色々と考えながらに楽しんでいます。

一息ついて

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さて、忙しかったGWも終わり、昨日は一日ゆっくりとさせて頂きました。青年部に拠る藤棚茶会も無事に、2日間で450名近い御客様に呈茶をさせて頂きました。テレビや新聞などにも取り上げられて、県外からも非常に多くの御来訪が在った様です。近隣では見られない藤の美しさがあるとか。毎年来られているカメラマンの方々はよくよく研究されて居られて、あと数日は伸び続けるそうです。

自宅にもこの藤の苗を植えたのですが、実際成長は早く。また不要な枝を切り落とせば落とすほどに成長を増し、その成長の早いこと早いコト。子供の成長を願う祝日に相応しいものでしょうか。風薫る新緑の季節と云いますが、藤の甘い薫りも独特のものですね。

さてさて、今日は薪の調達へ行ってきます。追々と次の事を考えて行かねばなりませんね。
そうそう。あとWebサイトの更新です。信楽祭りの御客様からも催促がありました。
こちらも順次手を付けることを考えて行きます。

好天の中

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さて、信楽焼祭り作家市は終了致しました。皆さまの御厚情に深謝申し上げます。

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同時に。昨日より藤棚茶会。こちらは今日が最終日と相成ります。
昨日も非常に多くの御来場があり、日射しに映える藤の美しい色彩を楽しまれていました。

昨日に引き続いて本日も好天であるとか。一日に10cmほども延びる古藤の生命力に学びながら。
本日もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

2日目終了。

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さて、2日間が終了して日程の半ばを通過致しまして、皆さまの御支援に感謝する次第。2日目の今日は朝から茶道の稽古へ出て、初風炉稽古を一点前させて頂いてからの出勤。GWの頃は茶道も炉から風炉へと移行致しますので、これも1つ忙しい時期です。少しばかり留守にさせて頂いておりました。

初日は随分と風も強く、冬用のコートが必要なくらい寒い一日で在りましたが、本日は好天にて。遅いながらの山の冬ですね。御来訪も様々に頂戴致しまして、有難い限り。毎年でありますが、何分と顧客管理など全く不行き届きでありまして、DMも何も出していない有様で御座います。そういった中で、わざわざに訪ねて下さるのはありがたいものですね。出店してから数年経つ事もあり、作品で覚えていて下さる焼締ファンの方も。

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今年の展示。昨年来、琵琶湖の舟板古材を用いた垂發を製作されている職人さんと懇意にさせて頂いています。信楽焼祭りにも出店されているので、そちらも是非。特段宣伝というわけでは御座いませんが、自然釉の花入と非常に相性が好く、また滋賀県近江の由緒ある工藝品の組み合わせでもあり、非常に嬉しいものです。

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んで。今回もつい。「これはどうだ?」と様々目新しい古材を見せて頂いて。私もついつい「これなら・・・」と楽しませて頂いております。今年の賀状を送らせて頂いた方は御存知の垂發も同じくです。写真のものも、ついつい自分の店舗を放りだして、釘の位置やら何やらと。もちろん職人さんなので、その場で古い鉄材を釘に叩き出して、金具を取り付けて。1つの材に金具を添えるだけ、という仕事を主とされているだけに、金具1つにも色々と試行錯誤されておられます。古材を加工するとなれば、これも二つと無い素材を扱うわけですから、やはり軽々しくというわけにも行かない様で、慎重な手つきで仕事をされていました。

う~む。いいじゃないですか。ちょっと花は挿してあったままに咲いたものですが。舟の「櫂」の部材であるとか。船頭さんが握って舵を取ったりされていた箇所。凹んでいる部分に鉄の支点が嵌まって、自在に動かす仕組みの箇所であると聞きました。いいですねぇ。釘の位置は私の感覚的なもので決めさせて頂いて。日頃侘びというものについて考え、また勉学させて頂いて。こちらも様々訓えられてきた中で得た感覚でしょうか。収まり好く調和してくれたかなぁ、と思っております。古材ですから、やり直しで別の部材があるわけではありませんからね。

とまぁ、そんな感じで過ごしております。
おっと。もちろん御買上頂いたり、様々話をさせて頂く事も楽しみのこと。

残り2日間、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

明日から!2013陶芸の森作家市 信楽焼祭り

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さて、明日からというか、もう日付が変わるので実質今日から。信楽焼祭、陶芸の森作家市に出店させて頂きます。日程は2日~5日。今日は前日搬入へと出掛けて参りました。相変わらず蔵の中から販売用の品物を探し出す感じで御用意させて頂いております。いつもの通り、茶道具の最新作の展示、及び試作的なものや旧作品の蔵出し廉価販売という辺りで実施させて頂きます。なかなか至らぬ品ばかりですが、運営資金の御寄附的に御購入頂ければ有難く。食器類は窯作品も。職人さん(実は親父です・・・)の作った品物も販売させて頂きますので宜しくお願い申し上げます。

少し風が強い様です。例年の事ながら朝夕は肌寒く感じますので、昼刻の御出掛け、または暖かくしてお出掛け下さい。信楽ではまだ山桜が咲いているような気候であります。 そうそう。抽選で決まったテントの位置ですが、本部テント前です。非常に分りやすいかと思います。大壺を持っていこうかどうか思案中。

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GWと云ってもまだ平日とか。道が空いているので、駅前の商人さん廉売市(マスコミに宣伝される主会場)を覗きに行ってみたのですが、なかなか、まだ閑散としている様子。こちらは1つ100円という様な品物も多くあり、セトモノ祭り同様に何でもありという辺りになります。

明日2日より販売です。時刻は朝9時から夕刻5時。5日までの販売ですが、3日午前、及び5日は小生不在にて販売させて頂きますので、諸々説明などを御所望の際は宜しく御了解の程をお願い申し上げます。ウロウロとしている場合もあるので、テントの中に居なければ呼び出してやって下さい。

以上、宜しくお願い申し上げます。

◎会期:2日~5日
◎時間:9時~17時
◎場所:信楽陶芸の森
※看板の大半は駅前廉売市への案内ですので御注意下さい。
論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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