2012 近江神宮献茶式

 今日は雨の日。近江神宮の献茶式へ参列して参りました。

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大宗匠より御献茶という話にて、晴れるかな・・・?と思ったら、

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やはり。小雨の傘要らずという辺りの天候に相成りました。

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近江神宮の建築は70年前。数年間かけて建築された天皇信仰系の大社。
大宗匠が学生の頃、学徒動員で石段の土嚢を担がれたそうです。

創建当時より献茶が続いて、その頃は水上飛行艇で琵琶湖の湖上を飛んで
おられたとか。以来70年もの間、献茶が執り行われてきたもの。

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雨に濡れた、清々しい新緑に囲まれながらの献茶式。
いやいや、一口に70年というのは容易いことですが。

協賛茶席も、有難いことに大宗匠の御席にて相伴させて頂きました。
「平常心是道」の本席にて、柏葉紫陽花が瑞々しく目を惹きました。
副席にては立礼席にて、艶やかな色絵の取り合わせ。

毎年のことながら、年々と雨と新緑の美しさを深く感じるような気が致します。

ともあれ。ありがとうございました。

梅雨入り

さて、何か梅雨入りしたとか、しないとか、したとか。
(近畿地方は梅雨入りしました。)
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山河に満々と水を湛える季節でしょうか。映り込む景色に気をとられてしまいますね。田舎では川沿いに田圃が並んでいて、ちょと見方を変えれば、今の季節は田圃の大河が流れている感があります。夜は月が映り込んで綺麗なものですね。昔は梅雨の季節が嫌いだったものですが、雨の日は雨の日で。乾燥が遅いという面もありますが、削りのタイミングの時間も長くなりますから、少し仕事にゆとりの出る面もあり。梅雨が無ければあらゆる食物の恵みというものも無いわけで、野菜ならずとも、牛などの餌である野草も雨なくしては在りません。梅雨が終われば、牛の背丈を越えるような草が生息し始めます。

さてさて。仕事は何だか。夜中に焚いていると時間感覚というか、時間管理というか、はて今日は何の仕事を進めたもので在ったか、どこで睡眠を摂ったものか、色々と思考があやふやになります。

梅雨は梅雨で、ボチボチと仕事を進めております。

ええっと。

最近写真が少ないのは・・・。先代のデジカメがホコリ?と思しき砂塵が原因?と思う節が在ったので。工房は土ホコリが多いわけですが、取り立てて粘土というものは細かい粒子の土。多分1ミクロン以下の単位かと思うのですが、調べて無いので適当な事を云ってます。(新聞紙で数十ミクロンの厚味です。)

先日はちょいとブログの更新を滞らせて。何やら体調不良を御心配頂いた節もあるようですが。ちなみに陶芸家、まぁ昨今の陶芸家はどうか知りませんが、昔からの職人さんなどは、やはり粉塵によって「肺」をヤラレルことが多いと聞きます。口で息をする人はヤヴァイと聞きますが、私は割合に口で息をする事が多いので・・・う~ん、こういうのって難しい。あとは腰関係。特に座ロクロ。私もそうですが、よくあるような、椅子に座ってロクロを挽くのではなく、胡坐で板床に座ってロクロを挽くわけです。とはいえ、どちらも仕事量が多く、ホントに毎日が土埃に塗れているような工房の話です。

ええっと。座ロクロと椅子ロクロの違いは・・・。まぁいいか。

訓練校的な表現を借りると「座ロクロは本格指向」という話に相成ります。腰を優先するか、器を優先するか。しかし結局、座ロクロで腰を悪くしてしまって椅子ロクロに転向という話もあり。薪窯からガス窯の移行はよくありますが、ガス窯から薪窯への移行は滅多に無いように、なかなか本格指向というものは向上が難しいといいますか、人間低きに流れやすいと云いますか、やはり鯉が滝を登るのは難しいようです。やはり最初の理想は高く掲げて、少々の無理をしたいものでしょうか。

いやまぁ、別にそこまで違いませんよ。作品を見て、「う~ん、君は椅子ロクロでやっているね?」なんてコトは判別できません。あと蹴りロクロなども椅子を使いますからね。いやまぁ、やってみた感じ、あれは一番腰が悪くなる様な気がします。んが、高麗茶碗をやっている限り、時折に欲しくなるモノです。依頼先は決めて在るのですが、なかなかに十万以上の出費ですからね・・・。


そういうわけで、昨日に引き続いて今日も焼成中です。
夜明けの頃に焚き終わる予定です。

在庫管理

昨日は気付いたら睡眠しておりました。書こうと思いつつすっかりと。

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新緑の季節。雑草というものはホントにスゴイものですな。タワシなんぞに生えてきます。
まぁ、粘土で作った器から草が生えることもあるわけですが・・・。
 
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昨日はガスの在庫切れという話にて。今日の朝から早速に補充頂きました。
いやいや、ちょっと忙しいからといって支払いが遅れていたのですが、やはり
金額は相当なものに昇りそうな勢いです。ちょっと資金繰りが厳しいというか、
う~ん、箱代まで含めると資金調達が必要な感じです。

ちなみに窯業地ではブタンとか色々な種類のガスがありますが、ウチはプロ
パン。普通の都市ガスと変わりません。基本的にはガスの種類よりも窯の構
造などの方が圧倒的な重要要素になるので、それほどの差異はありません。
ガス窯と灯油窯の違いも、多くは炎の流れ方に拠るものでしょうか。

効率的な登り窯などはガス窯寄りの設計。三方から焚き上げる窯なども、
炎を均一に廻すための構造と見る方が正しい。色絵や楽焼の小型窯も、
内窯構造で温度を均一化するための工夫が為されております。「狙い処」
に従って窯を設計しなければならんというのは、こういう話です。まず焼き
たい焼物在りきで窯を設計するのが基本。温度が上がる様に窯を思案す
るのは・・・まぁ、それはそれですが。

う~む、昨今なれば、ガス代も上がってるんでしょうか。見ていないのですが。


晴れれば快晴にて忙しく、雨が降れば乾燥遅延。何ともお天道様の機嫌次第。
そんな日々で御座います。そうそう、今日も焼いてます。

夏日

今日も焼いております。窯の温度計を見たら「36℃」とか表示されていて、「あ・・・?ひょっとして数値狂ってきた?」と思ったら、室内の温度計で28℃ほどありましたから、まぁそういう話で御座いました。相変わらずちょっと体調が不良気味。

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最近写真が無かったので。ガス窯の操作部分。陶芸やってない人は、あまり見る機会も少ないのかしらん。「計器類」なんて云うと格好いいですが、実際にはツマミは1つしかありませんな。メーターがガス圧計。その少し下のツマミがガス圧の調整弁になってまして、焼成自体の作業と言うのは、「二時間毎にコレをキュッと廻すだけの簡単な御仕事です」というもの。およそ9割以上、95%以上?の作家さんがこの御仕事。電気窯もこの類なのです。

あぁ、95%って云うと、20人に1人くらいは薪窯が居るって計算になりますが。多分、そんなに居ません。しかしもちろん、あまり適当なことをやっていると窯が爆発するので御用心。何事もそうですが、窯を焚くまでが大変。薪窯ですと焼成に入ってからが本番というような面も御座いますから、あまり汎用的な云い方ではありませんけれど。

酸化とか還元ってのも、計器の右にある耐火レンガの板をですな、1cmほど動かすくらいの話です。厳密にはミリ単位で調整することも多いのかな。何箇所か触れる場所もあるわけで、私の場合はそちらを使う事が基本。近代窯技術の産物であるせいか、名前も「ダンパー」とか「ドラフト」などの横文字が使われることが多いです。あとは職人言葉?的な「バカ穴」って言い方くらいかな。

と、操作は簡単なのですが、実は結構、ガス窯の仕組みってのはスゴイです。
熱効率の追求という側面でも、均質な熱分布という面でも。

窯技ってのは、分類としては「燃焼技術」という話になるので、石炭を燃やす蒸気機関車宜しく、他分野の技術開発結果が流れてきた発達したわけです。効率良く熱を貯め込む技術が発達したのは明治~大正から二次大戦の辺りまで、小さくは戦闘機、大きくは戦艦空母まで、それはもう熱を如何に発生させて巧く操作するか、という技術が発達したものですから、ほぼ最大限まで効率が考えられているのではないでしょうか。

まぁ、ちょっと熱の分布にしても管理され過ぎていて、均質なものしか獲れないと見る向きも強いわけですが、それはそれで活用を考えればいいわけです。分布を低下させるのだって人間の知恵でしょうか。

と、長々と埋まって来たので、そろそろ終わりにします。

梅雨空?

何だか微妙な天気が昨日から。も少しカラリと晴れてくれると有難いのですが、これでは乾燥も遅々として進まない感があります。いつもの調子で仕事を進めようにも、色々と。

今日は体調も悪い感があるので少し睡眠を摂ったりしつつ、仕事も遅々として。窯出しをした感触、窯のバーナーがまた少し還元に傾いてきているので、前回に手を付けなかったバーナーも清掃しないとなぁ・・・と思いながら。何だか台風?が近付いてきているというような噂も聞きましたか。少し細かい仕事も積もってきているので一掃せねばなりません。

今日は身体の調子が悪いのでコレくらいにて。

でわでわ。

おおっと

更新を忘れておりました。とりあえずガス窯を焚き上げての帰宅。風が強い夜。夜中に灯1つ無い山中ってのは、なかなかに時々は怖くなることも御座います。まぁ、火が入っていると何か安心するのは不思議。牛がウロウロとしているので、さすがに熊は・・・出ないと思うけれども・・・・?。

今日もボチボチと。窯詰め・焼成・削り仕事・ロクロ挽き・釉掛け。

やはり調子の悪い時に挽いた茶碗は、削り仕事でも如実に程度が悪く、大半が粘土に再生されるような状態でした。無理に挽いても、色々と無駄な時間を使うことに相成ります。土の仕事って大事なのだなぁ、と今更に。

ウチは最初から原土一本槍でやっておりますが、小生はまぁ、思想的に「土なんてものはどんな土でも、ロクロの腕で捩じ伏せてしまえばいいんだ!」みたいな傾向がありまして、何にせよ突撃型であります。なので、水野師のトコでロクロを修行してた時も、「いい土ってのは、ロクロが挽きやすいコトが大事だ」と聞きながら、「土味が好ければいいんじゃないかなぁ・・・」と、見当違いの事を想っていたもので。土味は大事にするとして、使える土の中で、最も挽きやすい状態をしっかりと見極めて、最大限に土を活かすコト、でしょうか。それが「一、土。二、焼き、参、細工」でしょうか。昔の職人さんは現代みたいに美術推戴の人々ではありませんから、「腕優先」。つまり、「土が大事だ」の意味するトコは、「土味が最高のものじゃないと!」という意味よりも、「まずは土の管理」という意味で、「次に焼成の管理の基礎をしっかりやって、それから形に取りかかるべし」という意味に取った方が自然なわけです。

「土造り」と「薪窯焼成」をしっかりと習得して、その上で形に取り組めば、少々の腕も挽き易さや焼き味に助けられ、ツマラナイものを量産することも少なく、無為に資源も浪費しないわけです。「1.原土からの土造り2.薪窯焼成の習得3.ロクロの熟達」というものですが、現代主流のものは「1市販土選び 2酸化か還元 3自由な発想」などという手法でありますから、はて何が進化したかと云えば、「流通と機械が進化」した一方、どうも「作家・職人の腕は呆れる程に退化」しているというのが実情です。

う~ん、やはり「便利」ってのは人を駄目に・・・

あ?何でこんな大きな話に?。


さて、寝ましょうか。おやすみなさい。

夏の御稽古。

六月始め。梅雨のはずですが、何だかすっかりと夏の感が御座います。点前にも平茶碗が御登場相成りまして、さてさて如何にも風炉の季節という感を深めるのは私だけでしょうか。

そう云えば、平茶碗って・・・なかなかイイモノ、少ないですよね。
個人的にはあまりガラスの器って好きではなく。
御茶は陶器で飲みたいなぁ・・・って、そりゃ職業柄も御座いますが。

楽茶碗でよく見る馬盥形も、文字通り馬のタライですが、
拝見に廻っていると・・・

「おぅぅ。タライが廻っておらるる・・・。」
「ワシのトコまで廻って来るだろうか・・・」

などとつい要らぬ考えが浮びます。(!※誠に失礼な話です※!)

なかなか平茶碗というものは、魅力ある形が追求されていないのではないかと思う事が多く在ります。トトヤなどの平茶碗系も、やはり井戸などに比べてしまうと、どうにも鈍重な感が拭えない面があろうかと思います。要は通常の茶碗群に対して、平茶碗の美学というものは、どうも明らかに追及が低いと申しましょうか。特に現代作には顕著。昭和桃山系の巨匠群も、あまり御茶と縁が深く無かったせいもあるでしょうが、平茶碗となればあまり作っていないわけで、定番というものが手薄。泥華さんなど萩系が少しある程度でしょうか。

そうは云っても。

「でわ作ってみせい!」

と言われたら、何とも恥じ入るばかりです。

点て易さを優先すれば、やはり馬盥形。平碗形にすれば、今度は様々に不安定。
元より見込みを広くしてしまうと、これも何だか締まりが失われてしまうわけで、
さりとてキリっと作ると、茶筅が振りにくいわけで、美味しい御茶を点てるに窮する面あり。

色々と思案の果てに、なかなか結論が出ていないと申しましょうか。
しかしまぁ、最終的にはやはり、高麗系の平茶碗でしょう。
あと皮鯨ですか。あれはいいですな。個人的にはかなり好みです。


とまぁ、茶碗ばかり思案しているので御座います。
論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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