数挽き。

昨日は調子の悪かったロクロ。今日も朝から調子が悪く・・・。グッタリ。

釉薬掛けて、仕方が無いので土の具合を再調整。どうも土の調整具合が悪かったようで、午後からは調子を回復という辺りでしたか。基本に立ち返るのも大切な事ですね。しかしまぁ・・・茶碗を挽くのは疲れます。真剣勝負がずっと続くので、目の感覚と指先の感覚を酷使し続けるような面があり。寸法だけ揃える方がずっと楽な仕事です。土造りも並行させているので、調子にも拠りますが一日に精々100碗が集中力の限界でしょうか。適宜の気分転換をやってます。

ホントは今日も焼きたかったのですが、天候不順にて釉掛けが進まずに延期。明日は茶道の稽古なので、眠気を残すのはちょっと避けておこうという判断です。


う~ん。とりあえず今日はこれで。

老子読解 その参

老子読解 その参。

いやまぁ、「読解」などというものでも御座いませんが。素人のタワゴト、日記の感想文みたいなもの。30そこそこの若輩者の感想などというものは、どこまで行ってもそんなものだと思いつつ。茶道の背筋になっているものが明確化されていく感があり、とても新鮮です。今は今なりに、老子に得るものを求めてみようと思っております。

「無用第十一」より抜粋雑感。
>
挻埴して以て器を為す。其の無に當りて室の用あり。
>

通釈に拠れば「粘土をこねて器を作る。中央の空虚こそが器の本質である。」という意。金銭や名誉などの形あるものと、人間の品位という形の無いもの。「人の器」という云い回しがあるが、「人の器」の本質とは人間そのものであり、名誉や金銭などという「容器」ではないということか。「仁義礼智信」の「習得と実践」こそ「人間道」であり「茶の道」であるとは大宗匠の言葉であるが、正にこれを云っているのだと感じる。知識は形骸、それで人間を包んでこその論語であり老子であり、道徳という話か。器の本質は、中身が入ってこそ。論語を「実践という中身が無い」として批判発展させたものが老子。中身が無ければ意味が無い。鑑賞用などという主役不在・中身不在の器など、一体本質を失って何の面目があるだろうか。観てくれだけの人間、「中身の無い人間」など、とかくこの種の教訓は多い。それだけ注意していなければ至難という事だ。それにしても、二千年の太古より「粘土」や「器」という文字が比喩として通用するほどに常用され、人口に膾炙されている中国の恐ろしさたるや、正に言葉を失う他はない。

「検欲第十二」より抜粋雑感。
>
是を以て聖人は腹の為にして目のためにせず。
>

通釈に拠れば「聖人というものは質実な生活をするために仕事をする。華美や美味、雅楽や狩猟などの様々な欲望の為に仕事をすると心を失うから、これに力を注いだりする事はない。」という辺り。「茶道は道教の仮の姿」と云う岡倉天心の指摘が在るが、利休茶道にはこの通りの姿勢が貫かれている。現代風の華美な器ではなく質素素朴なる器を愛し、人々を幻惑する色彩や無用な音楽を捨て去って、穏やかな色彩と自然の音に心を染める。豪華な料理を忌避し、自然への敬虔なる感謝に基づいた、質素でいて存分に素材の味を引き出すような食事を好む。その根幹に人間を据える。決して耳目の楽しみを過度に求めないし、そんなものを目的化する事は断罪されるような側面さえ在る。先にも引用した大宗匠の「最高の食べ物は空気である」という思想だ。利休哲学の根幹を為すものであり、この哲学に沿わないものは「茶の道」に外れた「邪道」と言えるだろうか。日頃、茶道具を作る際に最も心掛ける様にしている。茶の器は、本来的に人々の欲望を刺激するもので在ってはならない。「あぁ、これで十分に楽しいではないか。単純な素材を、よくぞここまで。」と思わせてこそ。土を薪で焼いただけの伊賀信楽が「侘び」とされる原意であろう。茶室に音楽を持ちこまない理由や、現代的な新奇なる器を用いたりしない原意は、「あなたの器にはお茶が無い」と、全てこれ1つで説明される。 利休が「この粗末な茶碗に千金を出せるか?」と問い、織部が「この割れた壺に千金を出せるか?」と問うた真意は、正にこの「豪奢を求めない心」を持っているかどうか試したものであろう。天下一の宗匠だけに許される仕事だ。


「厭恥第十三」より抜粋雑感。
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吾の大患有る所以の者は、吾身を有とするが為なり。
>

通釈に拠れば「自分を喜ばせようと美味・美器を求め、財貨を追い求めるから、それに一喜一憂するのである。珍品財貨に一喜一憂しないために、快楽を追わず、財貨も貪ってはならない。」という意味である。欲望のままに行動する事を戒める言葉が前章から続いている。自分を「偉い」と思ってしまっている時こそ、名誉を求め、器の値段を吊り上げ、偉そうに批評を行ってしまう。よくよく、常から自戒が必要な話である。チヤホヤされ、慢心に心を浸して駄目になった著名作家は多いと聞き及ぶ。自分を駄目にしてしまうのは、結局自戒の足りぬ自分自身に他ならないという事だろう。特に何かしらの名誉を得たりした際など、とかく上り調子の時に繰り返し振り返るべき言葉だろうか。大事にしたいものだ。


「賛玄第十四」より抜粋雑感。
>
古の道を執りて、以て今の有を御し、以て古始を知る。是を道紀と謂ふ。
>
通釈に拠れば「それは太古から道理を執って、現代の全てを支配し、全ての始原となっている。これが道の規則である。」というような意味であるらしい。現代からすれば太古である老子の時代に、更に「太古」を語っているのだから神話的な時代の話だろうか。ともあれ現代の利休茶道も、桃山時代の利休茶道も、全ての根幹に「道」というものがあるらしく、私にはそれを垣間見るだけの技量も経験も無いが、ともかく古今に背骨として脈々たるものが在る事を感じるのみである。絶対的に換骨奪胎してはならないものが、本質として存在し、その存在によって利休の心に迫る事が出来る。それでこそ「古人の跡を求めず、古人の求めたる」を求めることが出来るのであろう。伝統というものは、本来的に脈々たるものが在ってこそ。人間が道徳を失えば、もはや獣でしかない。失えば文字通りの形骸化に至るもの、本質。伝統の器というものも、これに準じるのである。器としての心意気を失えば、もはやそれは器では無い。器の形をした、「化けの皮を被った贋物」に他ならない。

「顕徳第十五」より抜粋雑感。
>
此の道を保つ者は満つるを欲せず。それ唯だ満たず。故に能く破るるも復成すなり。
>

通釈。「古の賢人の徳というものは、道と同じく充たされることがないし、そもそもそれを欲してもいない。だからこそ壊れてもこれを治して、新しく創り出すことが出来るのである。」というような辺り。道の果てなきを云う言葉は多いけれど、慢心を戒めている言葉であり、この言葉に通じるものでしょうか。この章では「道が壊れた時、新しく創り出す仕事」を「道を究めた人間だけ成すことの出来る偉業」として定義している。昨今は陶工風情が茶道に口を出す向きが見られたり、若輩茶人が茶道改革を唱えたり、同世代の陶工として悲しい限りである。逆に云えば「道が浅いからこそ」の仕事。私も本格的な茶道触れる以前、そういった思想を所持していた頃合いの記憶が在り、苦々しい思いが在る。「道を保つ者」とは「最高指導者」のそれで在る。分を弁えるのは礼儀の基本。つくづくに己の苦い過去を反省するばかりである。陶芸の逸話としては、萩の三輪休雪氏(先代)の話だろうか。「鬼萩」という非常に挑戦的な茶器を提示したのは、70代や80代、人間国宝として名実共に究めて後、ようやくに呈示された仕事である。器の是非はともかくとして、それくらいの謙虚さが在ってこそ、伝統の面目というものであろう。



今日の勉強はここまで。

雨の日?

今日は少し不安定な感のある天気にて。微妙に天日干しも使えない日。

焼成が毎日可能である事を確認して、少し余裕あり。本来の効率に戻す方向で、しばらく先行して茶碗を挽き貯める方向で思案をしつつロクロに向かったのですが・・・。

調子が悪い・・・。

困ったもので。基礎に立ち返って原因を確認したトコロ、知らぬ間に少し挽き方が変わっていたり、まぁちょっとした事が原因のもの。割合に、知らない間に、本人の無意識の内に変化してしまうものというものは多い様で。馴れてきたから、まぁ手順を1つ省いても行けるだろう、というような。ちょっとした省略ですが。

意識して変えるものも大切ですが、無意識に変わるものは厄介ですな。「勝って兜の緒を締めよ」とは申しますが、無意識の変化というものは、「熟練」というような好い効果もあれば、「傲慢」などの悪い効果も知らぬ間に。そういったものが技術や手癖にもあるのかもしれません。

んだが・・・。職人仕事というものは土造りからロクロから、全部自分の仕事です。だからまぁ、作品が悪いってコトは、誰のせいでも無く「自分が悪い」という話になりますから、仕事が巧く行かない時はちょっと悲しいですな。


今日は嫁さんも休みなので、早々に切り上げて休息。


まぁ、夜になったらロクロに再戦でしょうか。

日吉 献茶式2012

今日は日吉大社の献茶式。

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御家元より、献茶の儀が執り行われました。新緑の季節。
例年の雨ならずと思えば、献茶式の後の通り雨。
今年も雨に濡れた新緑の美しさを拝見致しました。

協賛席は二席。副席は「歩々是道場」の涼風在る中に貞光さんの古伊賀写し花入が爽やかに。本席は「亀毛長三尺」にて献茶を祝す中、御幸棚に湖東焼水指の燕が踊り、烏帽子籠花入に団扇香合。新緑の中、時に雷太鼓の音まで響かせながらに有難く頂戴を致しました。茶会の着物も単衣になり、冬は遠くになって、季節が春から夏へと向かって動いていく感を得つつ。

毎年の事ながらに、毎年のことならず。

ありがとうございました。

再戦

今日も夕方からガス窯を焼成中。3日連続になりますか。睡眠が短い・・・。
ロクロの調子が悪かったので、仕方なく窯詰めに仕事を切り替えたのですよ。

しかし頑張って冷却すれば毎日焼けるものと判明。随分と気が楽になりました。
梅雨に向けて、茶碗を作り貯めてもいいかもしれませんね。

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などとやっていると・・・。うん?ちょっとデカイ・・・?

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再戦。窯焚き中に猫を狙って突撃してきたヤツです。
向こうも警戒範囲を広く取っていました。

この場所は、過去にもタヌキと闘ったことがあり。目を一瞬離した隙に突如として消えるのです。どうも彼等は隠れ場所を確保しながら移動しているようで、消えたと思いきや、実は隠れ場所にサッと潜り込む。だから、気付くとまた近くまで来ていて、「神出鬼没」の感を受けるわけです。消えた場所の辺りをしっかり探せば、穴など必ず隠れ場所があるわけで、それを塞げば一丁上がりというわけです。

穴は、排水溝などが多いので、あとは出口や経路がどうなっているか。

ちなみに先方まで常会(集落の月例会議)だったのですが・・・

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ロケット花火が配られました。申し訳程度ながらの猿対策。毎日メールで猿の居場所を配信するシステムもあります。「甲賀B群」という猿の群れ。現在61頭にて跳梁跋扈しております。エアーガンのような獣害対策用品の購入や、追い払うための人員確保策など、田舎ではそんな会議をやっているわけです。しかし追い払われた先でも、当然に被害が出るわけで、ホントに根本的な対策が望まれるトコロ。弐年連続で潰されたトウモロコシも、これから育ってくるのですよ。夏野菜の時期は特に危険です。


とまぁ、田舎は田舎で。自然との共生は簡単な話ではないのですよ。

連日

そうそう。今年は夏の窯焚きがありません。穴窯伊賀の話ですが。
例年には梅雨明けの頃に焼いてます。「作品が乾かない~!」とか云いながら。

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今年はガス窯。昨日焼いて、今日も焼いてます。

「毎日焼いてます」って云うと格好いいですが、実際は冷却期間が必要なので難しい。穴窯もそうですが、「焚いた分だけ冷ます」のが基本。しかしまぁ、窯出し出来ても窯はまだ熱いわけです。冬は割合に好いのですが、気温の高い頃合いに毎日焼くのは難しい。あまり説明を聞かないのですが、実感として「シャトルキルンと非シャトルキルンの最も大きな違い」はココだと思います。作家さんに聞くと「窯詰めが楽ちん」という話になる場合が多いかな。大きな窯が基本なので作るのが大変。作家向けというより量産向けですな。

んで、秘密兵器「電動回転式旋羽送風機」こと「扇風機」の御登場です。
まぁちょっと、強引にでも回転率を上げないと厳しい状況なのですよ。
少し挽いた茶碗が貯蓄されつつあるので、次第に気分も少し落ち着いて。

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出来あがった茶碗群。処理待ち品が次第に山を作り始めています。
今のトコ180碗くらいでしょうか。まだまだ折り返しも遠い状態です。

次第に作業も流れるようにはなってきましたが、まだもう少し。

天気晴朗

いや別に、浪は高く無いのですが。

天気好く。乾燥などなど様々晴れの日の仕事は沢山ありまして、写真を撮る暇というか、思い返す余裕がありませんでした。ロクロを挽いて、土作って、釉薬掛けて、窯詰めて、焼成やって、削りをやって、出来た茶碗を運んで。とりあえず今もガス窯が稼働中で御座います。

写真が無いのでアレですが、茶碗の削りを変更。以前の形式、キザエモン方向への揺り戻しを決行。少し軽量化される面もあります。ただ、点前としては引っかかりが少なくなるので、ちょっと茶碗が持ち難くなります。軽くする理由はいくつかありまして、狙い先という面もあり、重量の面もあり。少し厚めの茶碗を作っておったのですが、およその方々は軽重で云々されますから、著名茶陶作家が作る分には、「こういうものよ~」となりますが、実績在りとは云えまだ若い、青年部の茶陶作家ですから、「まぁ若い作家さんだからねぇ」と言われかねない面もあり、いや別に気にはしませんが、変更勘案の1つの理由です。個人的には京焼のような、指先を火傷しかねない茶碗というものはあまり好みでは無いのですが、あれは実際、熱い御茶を召し上がって頂こうと思う際には、ちょっと色々と、御客さんも熱くて持てないという事例が発生して、大寄席などでは末席の方でこれを受け取ると、猫舌の方など、持つに熱く、ともかく飲むに時間が掛かって困ってしまうことが御座いますか。

まぁ、そんなに薄く無いのでそれは別によいのですが。もちろん京焼などでは、薄い茶碗の精緻な風合いも1つの美点と云いますか、爽やかな軽い風合いに似合ったものと見る向きもありましょうし、また五山窯のように少し土味を出したものも面白いと思うのであり、それぞれの采配具合でしょうか。


夕刻からは地元の体協会議。運動会とか夏祭りの運営委員にて、自治会なので「常任理事」などという大層な肩書を頂戴するのですよ。越してきて三年?くらいでしょうか。高齢化の進む田舎の話で御座いますが、行事だけは変わらずに沢山ありまして。ちなみに小学生は四人?五人?くらいしか居ないのですが、つまりその親の世代である30代の若者も同じ戸数か少し多いくらいしか御座いません。というような辺りです。自然と様々に協力するべく仕事もさせて頂くことに。

ちょっと・・・七月の祇園の頃は、仕事と茶道と地区行事。
色々重なるので大変です。


お。老子もやらないといけませんね。二~三日休んでいる感じがあります。その間に論語を取り寄せましたが。ガス窯が明日の明け方に向けての焼成になるので、ロクロに疲れたら老子の勉強記事を書きましょうか。

御稽古。

今日は茶道の稽古日。

う~ん、何を書こうか・・・。今日は雨でしたね・・・。

・・・。

茶花かな。去年頃から茶花を自分で色々と栽培すべく、時折に買って植えているのですが、さてさて、あまりというか、全くというか、花を育てた経験が無いもんだから、花が咲いていないと「さてどれが・・・?」みたいな話になっているものもあり、ちょっと困っております。

といって、雑草を生やしたままでは花が生存競争に負けてしまうわけですから、そのままにして置いてもジリジリと、結局育たない。聞くならく山野草が多いので、あまり生命力は強く無いものも多いとか。肥料を施すのも好いですが、もちろん雑草も元気になるので、雑草と見分けるのは必須技能というわけです。

まぁ、「鉢植え」っていう手もありますが、広大な敷地、それも水持ちの良い粘土質の土地があるのに、「鉢植え」ってのもなんだかなぁ・・・という気がしてしまいます。追々でしょうけれど。今年も色々と茶会で茶花を見ては・・・「う~ん、庭に欲しいな・・・」と思いつつ。

あと・・・どれが何の花か、ちゃんと管理してなかったものがあり・・・。花の名前が・・・。


と、ダメな話はいいか。

今日の稽古では宗道先生が不在でしたので、御指名で味噌汁などを作る事に。和風生活を送っているようでいて、実は(?)朝食に味噌汁は無かったりするんですな。2人しか居ないので、ついつい面倒に感じてしまうのですよ。んで、色々と味噌の合わせ方などを教わったりしつつ頑張っておりました。10~20人前の昼食なので、なかなか責任重大?だったり。禅寺などでも重要職責であると聞き及びます。

うん、なんかこれもダメな話になりそうだ。


料理は茶事稽古、花は茶人心得でしょうか。
ともあれ色々と教わりつつ。まだまだ勉強する事だらけであります。

いろいろ。

今日も焼いてます。

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角度を変えて撮ってみました。なかなかいいんじゃないでしょうか。

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合間に大津まで往復して、紙箱のサンプルを受け取りに行って。
う~む、ちょっと予想より値段が高くなってしまった・・・。

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あとは茶碗を挽いて、釉薬掛けて。三好粉吹の方法、了解です。
ただまぁ・・・見込側に大きな掛け外しが出来てしまうので、今回は
敬遠の方向になろうかと思います。

ちなみに三好が「粉吹」、他は「粉引」。同じと云いますが、使い分け
にも理由があるようで、なるほど釉薬の違いという話ですな。私の
造っているものは、「粉引」になります。1つくらい「粉吹」で焼いてみ
ようかしらん。

と思いつつ。何だか頭の中がグルグルしているので、今日はこれくらいで。

湖東へ

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今日は彦根までお出掛けしてきました。湖東焼の勉強と云いますか、確認と申しますか。湖東焼自体は地方窯の割に知名度があるようで、骨董界では一頃の流行もあったとか、無かったとか。柳氏がわざわざ「湖東焼なんか集めるくらいなら、九谷焼を集めた方がよっぽど上等だ」と、”わざわざ名指しで”書いている辺り、どうもそんな感じです。民窯として出発して、江戸末期屈指の大名茶人・井伊直弼が藩窯としてお抱え窯に仕立て上げ、茶器を始めとして様々な什器を作らせたもの。活動期間は短く、50年に満たず、民窯期は技術も不十分。井伊直弼の暗殺もあり、実質的な名品を焼いていたのは20年くらいの間であろうか。染付が有名であるが、優品には赤絵が多い。九谷赤絵と双璧という辺りであろうか、去年は「湖東焼と九谷焼」というような展示会もあったかに聞くが、残念ながら見に行く事は出来なかった。

と、ザックリ調べもせずに概要を書きましたが、間違っていれば御容赦を。

時代毎の進歩と云いますか、天然原料に右往左往して、薪窯の時代なればこそ、「これぞ湖東焼」という風合いにも種類が多くあり、一定ではありません。民窯期は大モノなど釉ハゲなども多く、その辺りは藩窯になっても十分には改善されず。上釉となっている透明釉に特徴があるわけですが、鉄分少なく現代の様に透明に近いものもあれば、淡青磁になっているものもあり、また比較的気泡を多く含んた、汝窯のような潤いのある上釉が見られる事も。後期には赤絵ですが、九谷赤絵とよく似ているもので、記名されているので名工の名が知られているようです。

ともあれ。手持ちの湖東焼も、瞭然で同工の手になる品が在ったので一安心。著名とはいえ、それほど高騰した焼物でも無いかと思いますから、まぁ贋物もあるらしいですが、儲からんようなものをそれほど多くも造りはしないでしょう。それに潤いのある上釉ってのは、在る程度理論も解明されてしまった現代とて、それなりに難しいものです。釉薬屋さんが調合したものなら簡単に手に入りますが、自家調合だと苦労します。

と、焼物の話になると一気呵成に書き続けてしまうのでこれくらいにして。

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何年振りかでタネヤさんの御飯を頂戴。大学生の頃以来ですな。

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このお食事店にはね、まぁ好い品が展示されとります。湖東焼はもちろん、
染付の壺などは一目瞭然ですな。一々作者を書かない姿勢も素晴らしい。
モノが第一、作者は二の次、三の次。

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人形なんてのは川本喜八郎さんくらいしか知らないのですが。
ショウキさんの人形。いいですね・・・。

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あれは・・・?と思ったら、やはり。風炉は三度目の御対面です。

話が長いので彦根はこれくらいにして、帰路に湖東町へ。
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ちょっと怪しい感じのする「探検の殿堂」。(なんと失礼な!)

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全く期待していなかっただけに非常に楽しかった。
左はちょっと写真では綺麗に撮れないのですが、人工オーロラ。スゴイ。

何って、昭和期の偉人探検家、西堀栄三郎さんの記念館です。
やはり偉人さんというのは大したもので、風格が違うと申しますか。

いやいや、これくらいで記事はやめておきましょう。

デワデワ。

1㎜の価値

今日もボチボチ焼いてます。

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そろそろガス窯の写真も飽きてきましたね・・・。

botiboti2.jpg 
茶碗の写真もなぁ・・・。


そうそう。昨日の話ですが。粉吹の釉掛け。
kohukinoyuugake.jpg  (昨日と同じ写真です)

その後に水野師匠と電話して。方法もほぼ正解でした。別途に高台廻りの改善点も指摘を頂いて、今日は削り仕事も1つ巧くなった感あり。高台廻り、従来と較べて1mm単位で調節中。 写真1つ見ただけで、まぁ私が何をやっているか「お見通し」というもので、釉掛けの留意点なども様々。茶碗などというものは、それこそ単純であるだけに、仕事や目の程度がハッキリと出ます。

あ。ちなみに挽きっぱなし(コテとか不使用)なので、大きさ自体の誤差は・・・挽き始めなどに限り直径で誤差5㎜くらいある場合もあります。その誤差はまぁ別にいいんですが、挽いた形の曲線に最適な高台を、1㎜単位の感覚で御用意するって話です。同じ大きさで「定格にすればいい」って話なら、機械の高台でいいわけで、そういう話じゃなく。臨機応変に最高のものを用意するって仕事です。定格に挽く技術なんてのは、大したものじゃないというか、道具を使って定格に落とし込む「作業」に近いものです。職人技でも職人芸でもありません。「土味の活きたロクロを挽くってのが仕事だ」と、これは昭和屈指のロクロ職人さんからの直伝です。「薄くて軽くて丈夫で同じ大きさ」なんて仕事は、明治の頃から機械がやってるんですが、江戸時代の職人だってそんなものは目指してませんし、戦後の職人だってそんなものを挽いたりはしていないわけで、「ミリ単位で同じ大きさのものを作る」なんて無意味な仕事、どの時代の職人もやってません。およそ、素人の見た目には同じ大きさですけれど、測るとミリ単位の誤差はあるもんです。それは別に手抜きでも何でもありません。焼物の本質論ですな。
 
要はその1mmが何に懸って来るか。

そうそう。先日の話ですが、茶道の稽古場で2年程使って頂いた粉引の茶碗を、新作と交換して引きとって参りました。淡交会の研究会などでも御使用を頂いたもので、有難い限り。しかしう~む、2年前はこれで満足していたのだなぁ・・・と、色々な面で感慨もあり。逆に云えば、2年間で様々な茶碗を見る中で改訂を繰り返し、少しづつ改善を積んできたという話になりましょうか。その面では、茶道の師匠然り、陶芸の師匠然り。目が育ってきて、ようやく見えるものが見えてきて。まだまだ先があり。有難いものです。


今日は日付が変わる頃には焚き上がる予定。
雨なので乾燥がちょっと遅いですな。

老子読解 その2

老子読解 その弐。

ちなみに小生、大学は芸大ではなく歴史学部、中国史の出身なのですが、老子を専攻している人も居ましたか。しかし難解なものは難解なようで、「読めれば解る」というものでは無いようです。それにしても、これほどの太古から漢文というものが存在し、哲学を作り上げ、文章として成立させ、それを当時から高く評価する人々が居たわけですから、現代人が2000年でどれほどに進歩したものか、ちょっと思案に困ります。進歩の代名詞?的な寿命なども、「平均寿命」という面では伸長するものの、古代にも100歳近く生きている人は生きているものでして、桃山茶人なども平均寿命は70を軽々と越えるような側面があり。過去と現代という差異だけを以て優劣を評価する愚かしさを痛感致します。

「成象第六」より、一部抜粋
>
綿々として存するがごとく、之を用ふれども勤れず。
>

例によって解説頼み。「道というものは永遠に存在し、無限に滅することがない」というような趣旨であるらしい。茶道具の根幹は、一過性のものではなく、永続的に愛好されて然るべきものが基本であり、飽きる事のないものが選ばれる。過去の名品が今現在も愛される理由は、1つ伝来や名声、古色だけに拠るのではない。底の浅い、程度の知れた道具では歴史の重圧に耐える事は不可能であり、道具には汲めども尽きぬ、何度見ても飽きのこない、泉の如き奥深さが求められている。

「鞱光第七」より、一部抜粋
>
聖人はその身を後にして身先んじ、其の身を外にして身存す
>
これは少し解るか。「聖人は己の事は後にして他人を優先する。自己を考慮の外にしながらに失する事がない。」という辺りの通釈。天地の大自然は己の為に動いているわけではなく、我欲を有する人間を始めとした動物は、実はその恩恵で空気や水を貰って生きている。そんな点から見た人間の理想の在り方という話。天命とは何かという話であって、処世術の話ではない。「生かされている」という謙虚な思考は、実践を伴わなければ実に空虚である。ついつい名誉を求め、金銭を求め、人気を求め、目先の利益にばかり目が進んで、日頃の大自然には感謝の念を忘れてしまう。特に陶工は自然の恵みを活かし、配剤するのが仕事である。「自分の所有地」などと、馬鹿も休み休み言わねばならない。ゆめゆめ、気を付けて生活したいものだ。

「易姓第八」より、一部抜粋
>
上善は水の若し。水善く万物を利して争わず。衆人の悪む所に拠る。
>
聞いた言葉だ。しかし実践はどうだろうか。「最上の善行とは水のようなものである。水は万物に利を与え、相手によって形も自在に変わる。そして人々の嫌う、低い場所、低い場所へと流れていく」という話。どうだろうか。ついつい、高い場所、高い場所へと登ろうとするのが現実ではないだろうか。名声を求め、利益を求め、権力を求めてしまう。敵と見れば我欲で押さえつけてしまう。「そんな事では儲からない」などと嘯いて、悪行を積むのである。言い訳などは幾らでも出て来るものだが、水の如く、人々に利を与えながら、黙って低きに甘んじ、様々な汚れをも引き受ける。実際、我々が水の恩恵を受けない日は無いのだ。その姿に学び、感謝し、実践へと進まねばならない。古代の人でも、水に学んでいるのだ。現代の我々が知らぬ手は無いだろう。

「運夷第九」より、一部抜粋
>
富貴にして驕れば自ら其の咎を遺す。功成り名遂げて身退くは天の道なり。
>
これも聞いた言葉。「栄誉の地位から身を退ける謙譲な態度こそ、天の道にかなった振舞いである」の意。権力を有して後、駄目になった例は多く見られる。かよう、耳学問を実践するというのは難しいものであるという実例は枚挙であろう。「天の道に適う」とは、文字通り天の如く、自然の如くという話。陶工は自然美に多くを学ぶが、美のみならず、所作まで学びたいものである。

「能為第十」より、一部抜粋
>
生じて有せず、為して恃まず、長じて宰せず。是を玄徳と謂う。
>
徳とは何か。現代人に「徳を積め」と言っても、まず「徳」が何かを知らねばならない。「自分が関わったからといって、何か見返りを求めたり、支配権を行使しようとしたりしない。それが理想の徳である。」という解釈だろうか。畑で育てた作物もそうであろうし、自らが発見した技術や、育て上げた組織もそうだろうか。ともあれ「無私」という姿勢が繰り返し説かれているのを感じる。



今日はこれまで。

三好粉吹の釉掛けは?

んぁ・・・。撮れんわ・・・。

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金環日食でしたか。「直接見たら駄目です!」なんてテレビでは盛んに喧伝していましたが、当たり前の話、「イイモノ」は直に見なけりゃ意味が無いわけで、実際のトコ、ホトンドの人は直接に見たのではないでしょうか。いやいや、光景が素晴らしいというよりも自然の凄さでしょうか。ホント、世界が暗くなりましたもの。文字通りの太陽の恵みに感謝すべきを実感すると同時に、「この世界に太陽なかりせば」と思えば、何とも空恐ろしい話であります。

今日は・・・先に老子の記事を少し書いたので二件目記事。仕事の話を少し。

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取り組み中の課題。見て解る人は多いのではないでしょうか。

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コレです。大名物「三好粉吹」ですね。粉引の代名詞といいますか、最初に想定されるものというのはこの茶碗であり、この火間であり、この風情であるわけです。

んで、ですな。この景色。三角形にヒョイと橋が渡された釉薬掛けなのですが、これが難しいというか、世の中を見てみると、ハテ撥水剤で三角形に抜いてみたり、柄杓で頑張ってみたり、ハテサテ珍妙な仕事が目につくのです。しかしもちろん、そんなものを使ったワケが無いのでありまして、釉薬掛けのやり方を解明する必要があるわけです。寡聞にして、この茶碗と同じ様に、もちろん自然に釉薬を掛けた作品というものは、見たことがありません。(といって、あまり調べた事もないのですが)

んで、第一歩という辺りにて、随分とそれらしい方法に近づいてきました。

ただまぁ・・・、三角形が上下逆なのよ。師匠の水野先生が御存知の手法で、昔にヒントだけ貰ったので、それを試行錯誤してるのです。理論的な部分が分かったので、次に釉薬を掛ける辺りで習得に持ち込みたいトコです。

老子読解その1


第一回、老子読解。

昨日の大宗匠の講演会でも、また常々茶の師匠である宗道師からも云われているのだが、四書五経、老子の習得は茶道に欠くべからざるものとして訓示を受けている。されどなかなか、これを実践するのは難しい感もあり、また若輩が何を読解出来るのかという躊躇いもあり。しかし古来、日本の長い歴史に於いて、これは常識中の常識として、茶人は無論のこと、武士など「人の範」となるべき者の必須教養である。中国に於いては紀元前の頃より士大夫の必須教養として君臨してきたものだ。その教育は僅かに三歳や五歳など若年からの暗誦に始まる。一般に「素読」と言われるものだろうか。戦前の教育の中では漢文は元より、そういった素地が残っていたと聞き及ぶ。

中国では行動の賛否を論じる者を「諫士」と云うが、深遠な道徳教養を身に付けた者の中から、特に選ばれた誠に高潔な者が与えられる仕事である。何かを批判する際には、それほどの人格が求められたのである。ゆめ心せねばならぬ話であり、そういった故事に学ぶことは多い。

しかしそういった道徳の基礎は、やはり四書五経に在る。日本の武士道にせよ、全ての源流はここに在る。その一環に、論語を踏まえて展開された老子が在る。茶道では、その成立の必然から老子の思想をも学ぶ必要があるとされる。「老子」は論語の実践の学問とされ、「論語読みの論語知らず」と言われる様に、論語の詳細検討や判断ばかりを述べて、実際の行動として「仁義礼智信」を行わなければ意味が無いという主旨。中国では「老子道徳経」と呼ばれ、道徳の規範となるべきものだ。「上り坂の儒教、下り坂の老荘」とも云う。

ともあれ。まずは「老子読みの老子知らず」を目指して、読解を行ってみたい。

・参考書:新釈漢文大系「老子」(1966年阿部吉雄・山本敏夫 明治書院)

「體道第一」より、一部抜粋
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道の道とすべきは常道に非ず。名の名とすべきは常名に非ず。
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う~む。何をか云わん、難しや。解説に拠れば「仁や義という道徳は恒常不変ではない」と在る。例えば戦国時代には奴隷売買が通常の如くに行われ、強奪や破壊に満ちていた。その頃の正義と、今の正義では、やはり環境が違うからして、十羽一絡げにする事は出来ない。状況に応じて、行うべき仁や義というものは異なるという意味であれば、茶道で云う処の「ハタラキ」に通じるものだろうか。大事な道具が在れば点前も変わる。客が高貴であれば、点前を変える。道徳の実践では、何とて「これをやれば万能です」というものは無いという事で、「机上の道徳学への拒絶」であろうか。

「養身第二」より、一部抜粋
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天下皆美の美たるを知る、これ悪のみ。
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無理だ・・・。通釈に拠れば「相対的な美を知っているだけでは駄目だ」という話らしい。例えば老子を読んだことの無い者よりも、老子を読んだことの在る者の方が相対的に優れているが、それを以て「彼は素晴らしい」などと評する態度では話にならない。深く知る者は、その老子が実践されて初めて評価を与えるのであり、読んだだけの「老子読みの老子知らず」では、全くドングリであるという話。つまり「狭窄な視点で物事を見てはならぬ」という訓示だろうか。茶道では果ての果てに「十段」というものが在るらしい。「それを知らずして点前を云々するなどもっての他」と言われるが、当然の話であろう。平点前くらいしかしたことが無いような者が、「茶道の点前は煩雑で、改善するべき」などという論が、まさに「悪のみ」という話の指摘するものであろう。

「安民第三」より、一部抜粋。
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得難きの貨を貴ばざれば、民をして盗なさざらしむ。
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・・・。通釈に拠れば「珍奇な宝物を大事にするから、民も食物や衣服より宝物を争うのである。」という意味らしい。人間にとって本当に大切なものは何だろうか。宝石だろうか、名誉だろうか。高価な茶道具であろうか。本当に大事なものは何だろうか。生活に欠かせない必需品こそが宝物であり、飢饉の中でこそ、宝石が何の意味も持たない事を知る。人格も同じく、地位や名誉は宝物に同じ。そんなものを争うのは何故か。何故に「人格の高潔さ」を争わず、「地位。名誉・権力」を争うのか。数寄者というもの、楽茶碗というもの。考えてみれば、利休茶道にはこの種の訓えが満ち満ちている。大宗匠イワク、「最高の贅沢は美食ではなく、味のしない空気ではありませんか?」と講演会で問われていた。正にこの事であろう。

「無源第四」より、一部抜粋。
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道は冲にしてコレを用うるも、或しく満たず。
其の光を和らげ、其の塵に同ず。
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あ・・・、はい。通釈に拠れば「道は空虚な器のようで、充満する事はない」「光を和らげて、自らを塵と同じ場所に置くのが道である」という辺りにて。「能鷹」ですな。一見すれば、塵のようなもの。本当にスゴイものというのは、普通の人が気付かない場所に在り、気付かないように自然に存在するものであり、ギラギラと光を放って「私を見て!」というようなものは、「二流・三流」という事です。茶道具はおよそ黒一色で在ったり木地一色を貴び、対して過剰な装飾を好みません。しかし、黒一色の中でも、最高の黒を求め、単純な円に味わいの深いものを求め、全く素人目にはタダの汚らしい茶碗でしかないものの中に、深遠な最高の美を潜ませている。大衆迎合する場所に、深遠なる道は無いという話。平点前が最も難しく、利休が究めた最高の点前だとも聞くのだが、これも同じ話であろう。素人眼には何も判らない。それで好いのである。

(※「通釈」というのは、中国で二千年の歴史の中、最高位の学者達が喧々諤々の議論をしながら積み上げた成果に拠る解釈です。二千年も昔の古文書を読解するのは、なかなかに難しい。)

「虚用第五」より、一部抜粋
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天地不仁、万物を以て芻狗(スウク)と為す。
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文字通り、「天地は仁者ではない」という意味で、「天地にとって、万物は藁人形の犬でしかない。」と通釈されている。世界は人間のために出来ているわけではなく、大地は我々が立つために造られたものでは無い。草花は我々が愛でるために咲くのではない。家畜は我々に食べられるために誕生したのではない。「今、この大地は私達のために在るものではないという認識で感謝を捧げるのです」とは、これも大宗匠の昨日の講演会の言葉だ。茶にしても花にしても、何一つとして無駄使いをしてはならないし、それを活かしきらなければ失礼であるという態度が、常日頃から大切なのであろう。ここではもちろん、「省資源」などという安易な思考を云っているのではない。もっと深遠な思想で、難しいものだ。


今日はとりあえずこの辺りにて。ちなみに「第81」まで在りますが、書籍としては薄いので、サクサクと読んでみようかと思っております。問題は「読了」ではなく「実践」ですからね。

平和の祈念

さて、今日も外出しておりました。
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またぞろ谷間の田舎から田園風景の田舎へ。

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平和祈念館の開館記念講演にて大宗匠より「まことの平和は」との講話。
400名の会場は早期に予約も埋まって、という状態でした。20世紀を代表
する最高の大茶人。その風格は御年89歳になられて尚、感じられるもの。

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支部の呈茶席もあり。県下を始め遠方からも様々に。
茶道関係のみならず、あらゆる方面の来駕が在った様です。

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祈念館では戦時に金属代用品として制作された様々な陶製品も展示。
レコードによるBGMも鳴り響き、口ずさむ方々も。

講演会は盛況にて。あまり要点を摘むのも失礼でありましょうから、内容は書かないものの。平和は自らの意思を持たずして成り立つものではないという話にて、反省する点も多く。かつては平穏な世の中を作るために、多くの偉人が、また僧侶が、わが身を顧みずに人生を捧げていたもの。古くは孔子もそうであるし、近年では明治維新というものも然り。歴史上の各地に存在してきたかような人材が現代に失われたのは何故か。

あぁ、いかん。書き始めるとよろしくありません。

「最高の贅沢とは何か。人にとって最高の”空気”というものは、味が”無い”のです」

という言葉が一番印象に残っています。


ともあれ。出立前に窯詰めをして、帰宅後に点火。
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調子よくロクロを挽きながらにガス窯を焼いております。
(晩飯を作りに帰ってきて書いてます。)

でわでわ。

茶摘み

今日は朝から茶摘みに行ってきました。

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都会っ子向け?のイベントですが、車で30分程度、まぁ信楽の隣町です。
この道は・・・ちょっと色々あり、十数万円を盗まれたイワクの場所です。

なかなか、昨今は茶摘みなどというものも、田植と同様に手作業で行われる事はホトンド、というか、「まぁイベント用ですよ」という話にて、実際はそういったものであろうかと思います。「農業の振興とか発展」ってものが経済的繁栄を意図する限り、詰まる所はそういう話になるのは当然の帰結なのです。田舎では個人農家が自家栽培の茶を作っていますが、そういうトコは手摘み。対して著名な茶畑は全てが機械作業。

ん?なんか話の方向が暗いな・・・。

ともあれ。茶畑を自分でもやってみようと思っていて、その算段と云いますか、摘み方知らねば話にもならんし、植える場所もあろうかと思いつつ、近場で無料のイベントという話で行って参りました。茶を少しばかりでも育ててみれば、茶一服の有難味も高まろうというもの。小山園さんの茶摘体験は二度ほど行きましたが、まぁホントに一分とか二分の体験ですからね。

しかしナルホドと感じたのは、抹茶の時も煎茶の時もそうですが、高級なものほどに、新芽の本当に柔らかい場所だけを厳選するわけで、要は「最も生命力の凝縮された若芽」といいますか、それだけを集めて、煎じたもの。味や効能はいざ知らずとしても、何か生命力の塊のような、そんな感覚を持って高級な茶は扱われていたのかもしれませんね。元々の薬として、「舶来高級なる茶の木より、最高の新芽・若芽のみを凝縮して粉末に仕上げました。唐僧の方々も御愛飲された逸品です!頭脳もハッキリして、薬効は最高です!」みたいな・・・。

と、あまり遊んでいる暇は無かったので。

イベントとしてはなかなかに厳しいようで。無料とはいえ、遊び目的の人が多かったのか。採取量は予定時刻で四分の一程度。まぁクモの巣くらいでワーキャーと叫ぶ女性に子供というわけで、なるほど結果は見えたものだったのかもしれません。結局手摘みの茶葉は難しいのか、最終的に機械が導入されたので、私も仕事へ帰路を採って。茶畑計画もボチボチですな。

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削りの仕事があったので、茶摘みの残業には参加せずに。
天気が好いですから、削りのタイミングがかなり狭いです。

ちょっとサスガに疲れもあり。ちょっと帰宅して眠ってしまって、今日は焼成出来ず。

そんな話でした。

積もっているもの。

今日は茶道の稽古。風炉になって点前も色々と変わりつつ。

まぁしかし、基本の平点前を繰り返し。茶会点前用の替茶碗稽古を中心に。昨年から徹底的に基礎を見て頂いて、速成ながらに最低限の役割が果たせるよう、頑張っております。「観稽古」は先生方の真の点前などなどを常々より。時々に目先が動く事もありますが、ともあれ茶会では「役に立たない水屋」を抱えていられる社中では御座いませんので、何くれと稽古を頑張っております。長期的に見ると、一昨年半ばまでは茶会水屋の稽古多くして、ここ一年間は茶会点前の稽古を中心に鍛えて頂いて。「本物の茶人」を目標に指導して頂いております。虚心に聞いて、実行あるのみ。

で、八時半から三時の稽古を終えて、

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橋を越えて琵琶湖の対岸へ移動。

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紙箱の打ち合わせ。創業百年の製函屋、山口一心堂さん。

サンプルを色々と依頼しての打ち合わせ。紙箱も色々とあります。和紙にも「品位の格」というものがあるわけで、同時に「色」についても「格」というか、性格付けがあるわけで、日頃から「格を考えよ」という課題について茶道の指導を頂いて、桐箱の中で「色」についても、様々と考察を教えて頂だいたりしてきた知識があり、知らない間に色々なものが身に積もっている事を、誠に有難く感じました。数年前の自分では、さて到底に無為無策に感覚で行っていたものでしょう。茶道向けとなれば、相応に思案が必要で。一心堂さんも、色々と市販の茶碗などT吉さんとかそういった箱を調べて頂いたりしたのですが、なかなか、日頃から感じている方は感じておられるでしょうけれど、紙箱の品格のいいものってのは少ないもの。

そういった中で、少ないながらに小生の知識と、紙函のプロの経験とを擦り合わせての打ち合わせ。当面、紙上での検討結果サンプルも来週には出来てくる予定にて、楽しみであります。ついでに酒盃の紙函も作ってみようかなぁと思いつつ。

あ、何の箱ってのは秘密です。
と云っても、結構な方がもう知っておられるような・・・。


おっと。そろそろ茶碗の高台を削りに工房へ行ってきます。

流れるように

なかなか、サラサラと仕事が流れてくれません。今日は夕刻から雷。障子がガタガタを揺れたり、一瞬の停電くらいは在ったり。それにしても、田舎は空が広いので、何とも雷が明るいもので。

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土を作って茶碗を挽いて。

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雨を警戒しつつ茶碗を干して、削って。

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釉薬掛けて、しっかり乾燥を終わらせて。

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焼けたものは窯出しして自宅へ。

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諸々の不足や追加の仕事も含みつつ。


色々と同時に進めているので、カメラ片手に写真を撮っている時間帯で全てのものが転がっている状態です。釉薬を掛けた状態の、焼成待ち在庫が僅少。一回の焼成でガス窯に入るのが25碗と見込んでいたものが、窯詰めも改善させて現在は29碗。下流の流れが遅いと見込んでいたものが加速されているので、何とも上流(ロクロ挽き・削り)が随分と圧迫されております。

焼成も。色々と僅かな変更なども含みつつ。ちょっと気温が高いせいか、釉薬の濃度が随分と濃くなっていて修正したり。釉薬の貯蓄量も心配なので追加の用意を始めています。

まぁちょっと。明日・明後日・更に翌日まで御出掛け予定が在るので。
結構、削り仕事などとの噛み合わせに苦労します。
土掘りや乾燥は天候も大きく関わるので、何とも。

そんな毎日です。も少し流れるようにしたいもので御座います。

半休。

今日は嫁さんも休みなので、半休。

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午前中は少し、近くに咲くというツツジを見に。余呉公園という場所です。
昔は巨木なる赤松で著名な場所であったそうですが、松喰い虫に敗北とか。
大自然をも駆逐する小さな力と申しますか。「蟻の一穴」と申しますが、
たわいも無いものが巨大なものを破壊してしまう場合がある。

自らが「アリの一穴」とならぬように。
大切なものを壊さない様に心したいもので。


午後からは釉掛け・窯詰め・焼成。ついで土掘り、碗挽き。
いつもの作業を淡々と。そろそろ流れを加速したいと思いつつ。

午後開始の仕事なので、今日は徹夜でガス窯です。

八坂にて

今日は茶会。宗道師の茶会にて八坂神社の月釜で御座いました。

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そう、今日は五月十五日。京都三大祭りである葵祭の日ですが、雨天順延。
庶民の祭りである祇園祭に対し、貴族の祭りは葵祭というものであったそうな。
葵祭の双葉葵ですが、葉の裏側に花が咲くとか。一つ勉強になりました。

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雨中の新緑。瑞々しい光の在る中での茶会。
早朝八時半に着いても二席目という次第。

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五月。様々なものが伸長する時節。子供の日が五月に在るのも必然の理由あっての話なのだなぁ、と今更ながらに観じておりました。軸は「輝雲」にて、日光を求めし大山レンゲが、今こそ伸び盛りと見える見事な竹花入と相俟って素晴らしき自然美。いつか、あのような花を入れてみたいものです。茶碗は銘「花菖蒲」の左入赤楽。静かな八坂の奥の茶席にて、鳥の声の嬉しい席でありました。

今日は天満宮も在りましたが、茶会一つを訪れて。

ありがとうございました。
論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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