世の中は御休み?

連日の外出にて、今日は茶道青年部。式典の会場下見・会議。
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会場の雰囲気を加味しつつ。数百人の御客様を一挙に移動して頂く動線など

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実利面に加えて、実会場を前にする事で現実味も色々と。
琵琶湖を挟んでの東西南北。私などは最南端の県境住まい。

50周年は、滋賀県の三青年部が統一される面での式典でもあり。
1つの歴史として覚えて頂けるようなものを模索しつつ。

帰宅しては
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不足分のトタンを買い足しに走って、屋根修理完了。
雨が降っていたので仕上げだけは持ち越し。
朝から肩が張り過ぎて、首が廻らないんですよ。

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出掛けている間に親父が猿対策の防護ネットも設置してくれました。
草刈りが手作業になりますが、これで夏野菜を育てられます。
もちろんですが、猿のエサを作る気はないのです。

さてさて、明日は信楽焼祭りの搬入があるのです。
そっちの宣伝はまた明日。荷作りをやらねばなりません。

日程は・・・
陶芸の森で2日3日4日5日。4日は青年部の茶会があるので不在。
4日は草津三大神社で奉茶式。ちょっと責任重大な仕事もあり。
藤が綺麗に咲いてくれていると有難いのですが。

茶会と青空。

今日も好日。四月の青空にしてはしっとりしているような気がします。
気温も高くして筍や雑草の勢いがスゴイことに。

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午前中から昼過ぎまでは茶会へ寄せて頂きました。
信楽にて茶筅供養。濃茶席・薄茶席・点心にて。

淡交会滋賀支部の顧問をされている奥田英山先生よりネットで招待を頂いて。

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古くに有志の茶人さんが始められたという話にて、
その方の道具を用いての御席でありました。
供養にも参列させて頂いて有難い限り。

昼刻過ぎから帰宅しては屋根修理。明日の夜には雨だそうで。

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日没までに八割方の作業を終えて。
 
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うむうむ。窯も喜んでいることでしょうか。
昨日から釘を打ってばかりなので首が痛いです・・・。

日没後は地区の月例会議。年度始まりにて酒席となり、ようやくに帰宅。
やはり猿被害の問題が顕在化して、獣害対策への取り組みを開始する事に。
先日の畑壊滅被害、やはり各戸ほとんど全て。猿の群れが巡回していたようで。

地区内に猟師さんが居ないので、結局は他人任せ。
花火で追い払っても最終的には意味が無く、群れの規模が拡大するにつれて、
彼らは必然的に食糧を求め、全ての畑を食べ廻ってでも子供を増やして行きます。

若い者がやらんと、どうにもならんという話。
畑にも柵を設置しましたが・・・はてさて。

ちょっと狩猟免許を真剣に検討してみようかと思っています。
(ちなみに猟銃免許ではなく、罠設置による捕獲です。)

屋根修理2日目

屋根修理2日目。今日は援軍もあり。トタン屋根の下地作業。

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元々の小屋も30年?40年?という築年数で、更に10年間使われていなかったもの。しっかりと建築されているので年数の割には丈夫なのですが、トタンの破れている処から柱が腐って来ていたり、補修が必要な場所、補強が必要な場所もあり、それも含めての補修。窯を築いた当初は、さすがにここまで丘風というものが強いとは露知らず。賢しらに推測したはよいものの、全く自然を甘知らぬ机上論でありました。窯を作る際に何本か柱も抜いているので、小屋全体の補強も兼ねての作業。

で、昨日に「100㎜の釘が・・」などと書いたせいか、70㎜の釘在庫が早々に尽きてしまって、大半を100㎜の釘でエイヤァと打ち込むことに。丈夫になるのはよいものの、なかなか一苦労でありました。材は全て廃材などを使用しています。新しく入れ替えた梁も、昔に地元の材木を柱に加工してもらって在庫されていたもの。さすがに戦後の建築でもありボルトで連結されているのですが、牛小屋の母屋は赤松の梁が使われて立派なものです。今日という時代には、そこらの安普請より牛小屋の方が立派なんですな。不思議な話であります。さすがにトタンは買ってきますが・・・。

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丁度八重桜が見頃。ソメイヨシノも、相変わらず行政の支援で「無料」で苗木が配られている事もあり、もうあちこちで桜並木、桜並木でちょっと食傷気味。個人的にはこちらの方が好みです。八重桜も少しづつ増えてきましたが、立派なものはまだまだ少なく。写真のものは40年くらい?で、近在で最も立派なもの。2本在ったのですが、華道家さんか何かが大きな枝を欲しいと云ったので切り取った結果、翌年に簡単に枯れてしまったという悲しい話でありました。

さて、明日にはカメラが新調されるのですが。

意外と感覚で撮っても撮れているものですね。ピントがちょっと微妙ですが。

晴れた日の大工仕事

壊れかけのカメラが活躍中。

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ファインダーがあればいいわけですが、無いので心の眼?で撮ってます。
午前中は草刈り。今年初。

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午後からは茶碗の削り仕事を見つつ、窯の屋根修理。トタンを剥がす作業。

まぁね・・・本格修理をして気付きましたが、屋根の強度不足の原因は、最初期の素人仕事。つまり自分自身でした。窯を築く時には屋根がボロボロで、既にして半壊状態のものを、アレコレと初めてトタンを張るという修理をやったわけで、懐かしい話です。

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そうそう。昔の記事から引っ張ってきましたが、窯を作りかけた時の写真。当時はまぁ、大工仕事も完全な素人。100㎜の釘を打つだけの技量さえ無かったわけで、つまり太い材木を釘で打ちつける技術が無かったわけです。だから、思案は最大限行ったにせよ、色々と不備がある。技術の不備は、どうしても不足・不自由を呼びます。

その後はまぁ、色々あって。

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そういやこんな大工仕事もやりました。経験量はかなり上がりましたね。

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今はあまり使っていないので、御案内した事のある人は少ないのでは。
窯焚き中の仮眠室でもあり、十分に泊まれます。ちょっとした作品室。
ちょっと書斎に改装して、勉強部屋にしようかと思っています。

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時が経つと、屋根の上にも樹が生えるんですよ。大したもんです。

そんな感じで、明日は屋根張り!

雨の日に。

今日は風雨の春。さすがに桜は大半が散っておりますが、青々とした葉を見るにも少し間が在る様な。

写真が無いのでボチボチ。

何を書こうか・・・。

そうそう。引出物の仕事を最近にやって、今日に採寸。桐箱を注文するのですが。

昔は、塗りモノから土壁から、大工から電気配線から、何もかもが地元の業者さん。そんな風習が、僅かながらに残る田舎の集落。で、地元の方の白寿祝いを製作させて頂いたのです。特に京都など、今でもこういった風習が残っているかに見受けられます。小さな個人商店、和菓子屋さんから何からが変わらずに店を開いているのは、地元の店を大事にする風習からでしょうね。

そういった意味で、例えば寄合所のテレビ1つ。「どこで購入する?」という話になった時に、やはり「地元の電気屋さん」を挙げる方と、「大手量販店なら二~三割は安い!」という方と居られます。「なけなしの金を、節約して使うのは当然」という考え方と、「地元の支え合いあってこそ、いざという時には何くれとスポンサーになってもらって、それは無い」という考え方と。

1つには礼儀・義理を重んじる思想。1つには合理と金銭を重んじる思想。

もちろん現実には両者どちらにも偏らない、臨機応変的な「中庸」が選択されるのが望ましいのでしょうけれど、昨今は後者一辺倒という場合も見受けられます。ある程度の資金が無ければ、なかなか二~三割という金銭を度外視する事は出来ませんもの。

茶道でも、「地の材を用いる」というのは大切にされる観点。『淡交』の冒頭に在る御家元の言葉でも、繰り返しよく触れられているように感じる。今月もそうであったかと。

例えばクラブハリエで有名な「たねや」さんであるが、滋賀県の茶会ではよく見掛けるようになって来ている。繰り返し試行錯誤されていく中で、腕も上げて来られたことだろうか。職人も、仕事が無ければ腕も上がらないし、育たない。あまり多いと単なる粗製濫造になってしまうが、「注文」というものは、基本的に職人を育てる面がある。

よく、「最近はいいものを作る職人が居ない」という話もあるが、1つには地元から地元への仕事が無くなっているという面もあろう。育ててなければ、無いのは当然である。朝食を喫茶店で食べる文化の在る場所では、その嗜好に沿って喫茶店が出来て来る。岐阜では食い気が強くコーヒーそっちのけ。名古屋は変わり種が多いかに思うし、姫路方面ではコーヒーもパンもそこそこ美味しいように感じたものだ。しかし一方、滋賀県では喫茶店など皆無に等しい。需要というのは大事な育成要素。単なる金銭授受だけでは無い。

例えば蕎麦屋。美味しい蕎麦屋など、地元の人よりも遠来の客が来て、売上を支えているような店がある。地元では閑古鳥の無名だが、インターネットでは売れている和菓子屋もある。そういや「讃岐に店が無い讃岐ウドンチェーン店」なんてのもありましたか。色々と混沌としているなぁ・・・と思う。実際にGWの焼物祭りもそうだが、基本的には外から来る御客さんが中心である。

「投資」という言葉が、昨今は利益目的で用いられる事が多く、何か「損した」「儲けた」などという話も在るようだが、金銭の使い方として、「将来値上がりする」などの採算性を度外視出来ない人が多いというか、本当の意味の「投資」をするような義侠心が、確かに昨今の同世代には希薄になりつつあるなぁ・・・

と、これからの工藝の苦難を想うのでした。


西洋など経済発展国の陶芸って、「お歳を召した方の趣味が多い」と聞きます。陶芸産地として数百人規模なんて規模はないというように聞いた覚えが。逆に東南アジアとか発展途上国には産地が存在して、オバチャンからオジサンまでが従事している。地元工藝と資本主義というのは、やはり相性が悪いのでしょうね。日本では今後も変わらずに欧米化が進展するかと。既に職人は去り、作家ばかりの世界になってきているのは、やはり流通や機械産業の発展に拠るもの。

いくら日本家屋が賛美されようとも、現実には田舎で古民家がどんどん潰されています。喫茶店に改装したら、日本家屋の建築が維持されるのでしょうか。全く本質論ではありませんね。昔はどこの集落だって、地元の大工が日本家屋を建てたわけで、それこそ馬小屋だって、立派な材木を使った歴然とした日本家屋の様式です。僅かに50年前の話。誰もが地元の材木を使って建てたわけで、加えて母屋・離れ・馬小屋などの序列も、瓦から梁までに於ける主従関係、真行草というようなものが活かされているのですよ。

僅か「50年」です。歴々と二千年も続いた技法が、「僅か50年」です。
まさに世代の責任。投資を失った文化が廃絶していくのは呆気ないもの。

つまり・・・「御仕事って有難い」

と、そんな感想文でした。
(話が散漫ですいません)

好日

今日は御休み。山へ行くと昨日の猿被害を慰める如くに筍が豊作。雨後のタケノコ状態。基本的に猪が食べ歩いているのですが、猪が筍に飽きてというか、筍よりも美味しいものが成長してくると、そちらへと足を運ぶそうです。よって自然の気候に拠るわけですな。牛など見ているとそうですが、動物ってのは意外に好き嫌いがあり、食べるにしても優先順位があります。牛は基本的に笹などは食べないそうですが、「本当に食べ物が無いと食べない」という位置付けらしく、一年中生えているにも関わらず、冬になって、本当に草が無くなるまで放置。食べません。猿なども唐辛子などは食べないそうで。

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昨日の話。挽いた茶碗もまだ削り頃では無いのでボチボチ。
窯の容量が小さいので、仕事も小さく廻してます。
気分転換も含めて、1時間に25碗程度でしょうか。

茶碗の形も色々と錯誤あり。削り仕事の形を少し変えています。昨今の悩みは、まぁ前から解ってはいるものの、焼成による収縮誤差。削り頃では、茶碗の口元だけが先に収縮しているなどなど様々あり、削り時点でバランスを良好にしても、焼き上げてみると僅かに動いてしまうわけです。・・・と書いて解るのは陶芸やってる人だけか。

削り頃では
口元:乾燥収縮済み。
高台:乾燥収縮まだ。

なので、乾燥してしまうと
口元:削った時と同じ。
高台:削った時より小さくなる。

となり、焼成時には
口元:ロクロ挽きによる「締まり上げ」
高台:焼成収縮のみ

という段階が御座いまして、しかしこれを過剰計算すると、「馬鹿に味の無いロクロ」になります。
高台を見ることの出来る方は少ないですが、本物を知る方は絶対に見ますから、それが基準。

ちなみに高麗茶碗のように「重ね焼き」をすると、焼成収縮も
口元:よく炎が当たって焼けて収縮大。
高台:比較的低温なので収縮が少ない。

という条件が加味されて、ついでに薪窯では
火前は温度が高いので、口元の火前側だけ強く収縮して楕円に。

という様な話が追加されるわけです。
ついでに云えば

「土の粗さ」と「ロクロ時の土の締め具合」によって、
この辺りの匙加減が変わって来るのです。

しかし現実にはまぁ、端正に挽く方法もマニュアル的なやり方があるので。
別に高度な技術というわけでもなく、誰でも一通りの御勉強をすればOKです。
ロクロだけでピシャっと挽いて、歪みのある茶碗の写しモノを作るって方が高度。

別に高度だからどうって話でもありませんが、まぁ好き好きの話です。


そういや計算ずくで作る「現代茶陶」が、変わらず頑張っておられる様子。
東京の某美術館主催の茶陶公募展、期待通り?見事なクラフト系でした。
そこに伝統窯の大御所が混ざっているのも、いつも通り?の結果でしょうか。
う~ん、派閥だなぁ・・・。茶は「淡交」なんだけどなぁ・・・。

まぁ、要らんことは書かないでおきましょう。蛇足はいけません。

ただただ、春の好日を楽しむばかりです。
今日は春巻き。文字通りの春野菜ですよ~。

自然災害。

今日から茶碗を・・・

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という記事を書こうと思ったのですが・・・。

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帰宅してみると、収穫前の玉葱が全滅。猿が来ていた様です。今の時期、畑の中は小さな玉葱の実がなっていて、これが非常に美味で甘いのです。実になった後も甘い。収穫から冬まで、長い間楽しめる野菜なのです。自家栽培の中でも市販野菜と決定的に味が違って、今年は特に手を掛けていたのに・・・。

昼前頃、出掛ける前に山を廻って筍の位置を把握していたら、何故か山の中に葱が転がっていたんですよ。「は?」と思いつつ仕事へ出掛けたのですが、思えばその時には遅かったという事でしょう。筍は猪の他、鹿も食べに来ているので争奪戦。まぁ、筍は誰が育てたわけでもない自生ですが、玉葱は特に、今年の自家野菜の本命として種から手を掛けてきていただけに・・・。

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ガックリですよ。もう最低。文字通りの畜生。猿など動物、つまり畜生ってのは、野菜などを「活かし切って頂戴する」という発想が無く、ホント目の前にあればあるだけ食べる。特に猿など、全てを食い散らかして惜しげもない。犬猫のように骨まで食べるというような事もしない。旨い部分だけを食べて、不味い部分は打ち捨てる。旨い部分も全ては食わず、食べやすいとこだけ。ちなみに収穫期の椎茸も全て千切られて地面に捨てられていました。あと鹿も、筍の穂先だけを食べて知らん顔します。猪は皮ごと地面深くまで食べるというのに・・・。

丁度牧場で、仕事していると叔母さん(牧場の主)と猫の話になってました。
「猟師がしっかりやらないと、狸も鹿も減ることはない。でもお爺さんばっかりでねぇ・・」

そうなんですよ。増える。ホントに増える。産めよ増やせよで増えるんです。
だから優勢になれば年々と員数が増強され、それを喰わせるため、更に被害拡大。
朝鮮出兵みたいなもんです。縄張りの中だけでは足りなくなって、猛然と出て来る。
減らさないと話にならない。それを、動物愛護団体が阻害して、殺させない。

去年も猿の被害がありましたか。トウモロコシが全滅しましたね。
他の家はもっと規模も大きいので、甚大な被害。

獣害で、自家野菜そのものを止める家も増えているそうです。
高齢化も相俟って、もう畑を維持出来ない。鉄柵なんか置けないんです。


何だろうなぁ・・・。立派な道路や機械が作れても、美味しい野菜が作れない時代。

結局、電気柵を設置して、防除鉄柵を設置して。ここ数年、甲賀の田舎の風景が見る間に変わりつつあります。農村風景として非常に優美であった場所が、道沿いに電気柵や鉄柵、鉄条網が張り巡らされています。これは現在進行形で、私の自宅の辺りは比較的対策が遅かったために、獣害が集中するような側面もあり。

昔から祇園祭りの頃に行われる、喧嘩祭り。甲賀にも数多くありますが、集落から悪霊を追い払う祭りだったそうです。それで、追い払われた悪霊を、更に隣村が「喧嘩祭り」をやって追い払う。まさに厄病神の押し付け合い。獣害無く収穫出来たら、動物へ感謝の供物を捧げたり。

この獣害、やはり新名神高速道路の工事辺りから顕著になって来たらしい。
大所帯だった牧場猫の減少もその頃からであろう。

しかし結局は・・・柵を設置せざるを得ないのですよ。
悲しいけれど、畑に頑丈な柵を設置する他ありません。


まぁ・・・そんな一日でありました。

春眠?

体がだるいので今日は半日寝てましたよ。窯焚き終わってしばらくすると、体調不良の時期があるような、無いような。そんな時節ですが、割合に色々と仕事もあり用事もあり。今日はとても好い陽気でしたね。体調が好ければ気分良く仕事が出来たのでしょうか。

休息しつつ購入するデジカメの機種を選定。従来のものよりも1つ格下のものかな。
嫁さんの許可が出たので臨時の出費。デジカメ壊れたり、まぁ色々あるのはいつも
のことです。

とりあえず粘土だけは掘りに行ったので、
しばらく茶碗修行の日々になります。

追善

今日は茶会の水屋。最近水屋ばかりで茶会へ客として参加していないような気も。

さておき。

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デジカメの液晶が壊れたまま、撮ってみました。ピントがオカシイ?

大津は坂本、比叡山の山麓で明智光秀公を祀る西教寺。天台宗の宗派本山。
追善茶会にて、淡交会滋賀支部席に青年部として水屋入り。
滋賀県の三青年部が合同で水屋を担当させて頂いて。
九月の記念茶会へ向けて、支部の幹部の方の御指導の下に経験を積んで。

軸は「草木国土悉皆成仏」にて経筒花入。
早朝より200名以上の御客様をお迎えしての茶会でした。

少し足元の悪い中ではありましたが、桜の花が舞う中、花筏の風情でした。

春ももう、終わってしまうのですね。

窯出し

今日は窯出し・・・だったのですが。

う~む。カメラが壊れてしまった・・・。

窯場で写真を撮ろうとすると、この前も動かなくなって。
その時はレンズが収納されなくなったもの。

今日は二度目。今度は液晶が何の前触れも無く壊れて、
液漏れでしょうか。サッパリ映らなくなった。

なんぞ。しかも保証期限切れてすぐという辺り。
何とかタイマーかと云う様な同時不具合。


作品の写真を撮らねばならんのですが・・・。
困った。今そんな金銭ないぞ~。

という一日でした。

春の水。

今日は茶道の稽古、花月の週にて様々に。

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講話は「淡如水」。今月の軸。出典は「君子之交淡如水、小人之交甘如醴」。
(君子の交わりの淡きこと水の如く、小人の交わりの甘きこと醴酒の如し)

論語だと思っておりましたが、出典は荘子。淡交とは裏千家の代名詞とも
いえるような言葉であるが、内容は難解と感じる。

「醴酒」は甘酒の様な、香りの強い濃厚な酒。ベットリしていて甘ったるい。
香りが強く、人の目を呼ぶ。疲れ、餓えている時には心地好いか。
しかし常飲するような代物ではない。

では理想とされる水とは何か。
ここでは「酒」と対比されているので、飲料として考えるべきだろう。
そして「甘」という言葉と対比するからには、「淡」とは濃度の事だ。

「まるで水のように、香りがあるのか、無いのかわからないもの」
という辺りになるのだろうか。

君子に相応しいのは、甘酒の交わりではなく、水の如きもの。
言葉だけで云うは容易いが、現実に降ろすのは難しい。
派閥や団体、グループなどなどと適正な距離を置く。
ベッタリと入り込んで依存するような関係では小人と云う話。

う~ん。
陶芸に引っ張るならば、「無作為」というものだ。

「名品の作為の淡きこと水の如く、駄作の作為のクドきこと甘酒の如し。」

ちょっと解り易くなった。
同じく人間も自然に在るままで、ベッタリ依存してはならんという話だが、
二元論ではなく、「中庸」を突く内容だろうか。

完全な冷徹人間、真水は極論だ。僅かな作為が魅力を増すのだが、
行き過ぎては全てを破壊してしまう。淡い作為。

全体からすれば無作為のような淡い作為を、ほんのりと加える。
甘酒のような、クドクドしい作為など、全く小人のものである。
自然の草花を、葉を一枚落とすような作為で茶花とする。

「淡如水」。無作為の極意に通じる言葉だ。

今日はそれを勉強した。

夜間の遭遇

今日は朝から窯詰めをして点火。
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前回に引き続いて粉引の調整試験です。
多分これで大丈夫?

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ガス窯を見ながら、穴窯の補修。
煙突廻りの足元。穴太積み宜しく組んで置いたのですが、
風雨で随分と土も流れてしまって、汚くなっていたもの。
材木を使って補修しておきました。

穴窯も、煙突についてはあまり書かれているものがありませんね。古谷氏も煙突云々に関してはホトンド書かれていないわけで、「書いてない」ってコトは「迂闊に書けない」か、「難しいからよくワカラナイ」という辺りになるもの。基本的に「大事な部分」って読む方が宜しいわけです。つまりは相応の話があるというわけで、色々書いてもいいんですが、時間が無いのでパス。煙突の設計は色々悩みまして、長野県まで見学に行ったり、まぁ色々と実地の勉学をやりました。

んで、夕刻にガス窯を焚き上げて、茶道青年部の会議へ行こうと思うと・・・

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コイツと遭遇。窯焚き中に出てきた狸(中程度)。正に夕暮れの遭遇戦。

タヌキは間合いに入るまで逃げない習性があるので、写真を撮ったり
出来るわけで、人間からすれば油断・慢心に他なりません。

で・・・、捕獲に成功。やれるとは思いませんでした。正直運が良かった。
牧場の叔父さんも・・・一撃で葬るようなことをします。

写真はありませんが。袋小路に閉じ込めて、封鎖・・・。
ボス狸ではないのが無念であります。

で、青年部の会議へ行きました。仲間が助けていれば、まぁそれはそれで。
これに懲りて、牧場から引き上げてくれれば好いのですが。

う~ん、最近ちょっと、何かに導かれている様な・・・?
(霊感商法は御断りです。)

陽気な一日。

今日は少しだけ窯出しを行いました。
結果は予想通り、過去最高の結果。

詳細は別途、また作品の写真を撮りましょう。
とはいえ個展もいづれ。佳作の掲載も思案が必要かもしれません。

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核となる作品群は、底の亀裂を突き抜けるほどのビードロ焼成。

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井戸形の茶碗。見込みもザラツキ無し。
灰釉か自然釉か悩んでいるという記事でしたが、見ての通りの自然釉で。

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達磨。緋色に上げる予定で裏手に置いたのですが、降灰多く。
細工が潰れてしまわない程度の降灰量という結果になりました。

 
以上、焼成前に紹介した辺りを少しだけ。
核となる作品群は、久しぶりの見事な焼き上がり。
本格的な窯出しはもう少し先になります。

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今日は好日。深謝。

山道。

3日目にしてようやく完成。

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高所になるので杭を打って、新緑の根が張り込むまで補強。
転んだらエライことになりますし、近年、著名な作家さんが自
宅敷地内での転落で亡くなられたという話がありましたか。

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少し涼みつつ。

しかし道を作るというのは大変な作業。重機が出来て以降、つまり二次大戦以降であればこその道路でしょうか。踏みしめれば道になるとは申しますが、実際にはなかなか大変なものです。

拙宅の自宅が在る集落は「池ノ谷」と云いまして、文字通り池を抱えた谷隘いの集落。池の恵みを活かして、それを取り囲む様にして成立しているもので、拙宅含め、山を切り開いて建てられているものです。今でこそ太い道路が走っていますが、以前は現在の歩道部分だけが道路という話を聞きました。昔の人は道路のみならず、全てを文字通り切り開いてきたわけで、現在見捨てられつつある田舎の集落というものは、本当の意味で先祖代々が苦労して切り開いた恩恵によって成立しているものであることを感じます。道を作り、根を排除して、丁寧に道を作っていく。

例えば、樹木一本を切り倒して、その切り株が無くなるまでどれほどの歳月が必要かといえば、数十年単位。広大な農地というものは、今でこそ簡単に、機械の力によって一日で根こそぎにしてしまう事が可能であるわけですが、とてもとても。おそらくは倒した樹木で家屋を作り、薪として用い、様々全てを活かしてきたものでしょう。機械の力は、本当に過去、文字通り二千年の歴史上で大切にされてきたものを、紙屑の様にしてしまいました。いや、本当の意味で云えば、モノ尊卑を金銭の多寡で判断してしまう我々の思考が、その大事なものを紙屑にしてきたわけです。その紙屑も、平安の頃には大切な贅沢品であったわけです。

人にとって、「尊いもの」とは何だろうか。

ぼんやりと、何をか思いつつ過ごしておりました。

休日。

今日は土くらい掘りに行こうかと思ったのですが、ボチボチ疲労も。

午前中に道の続きを掘り進めて、竹の根に文字通り根負けしそうになりつつ。
ちょっとサスガに筋肉が厳しいので土掘りは置いといて。

午後は品物の処理など。

しかし四月も半ばを過ぎているようで。

窯焚きの前後は多忙もあり、昼夜問わずが一週間。日付感覚が壊滅的です。
慌てて予定を捲ったりして、あぁ・・・茶の予定が入ってるわぁ・・・と思いつつ。

まぁいつもそんな感じです。

最近写真も多かったので、今日は簡便に。

春の陽気に

窯焚きから一日。今日は少しく遅く起き出して。

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道々の桜を見ながらに、午前中は茶道の稽古。
大服の茶を頂戴して有難い限り。

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午後には帰宅。隣の集落に開店した蕎麦屋さんを偶然に発見。
古民家を改修して、という話。美味しかったです。槇山結という店。

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少し一服しつつ、自宅の仕事。自宅前には広い道路が出来ているのですが、
山に登ると道が見えず、昔の風景が広がるのです。東屋でも作りたいのですが。

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とりあえず道を作ってみました。草刈りもままならない場所ですが、動物は歩いてます。
人間って、平坦な道ばっかり歩いているんだなぁ・・・と思いつつ。

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縁側でゆっくりしていると、野良猫が呼びかけてきたり。
たまに、私が仕事をしている縁台でゴロゴロしている猫です。
見掛けると一目散に逃げていたのですが・・・。う~む?
 
まぁエサくらいやるか・・・と、少し優しいのでありました。


明日くらいには粘土を掘って、次の仕事です。いい作品を作りましょう。

そろそろ個展先でも探したい・・・かな。
いつぞや笠間益子行って思った。小生、ギャラリー方面の人脈って皆無。
世の陶芸家は精力的に営業活動を展開していて、いやぁ、スゴイんです。

百貨店の催事なら仕事はあるというか、去年から全て断っているのですが、
一方の画廊方面は白紙状態で、全く御縁が無く。去年は震災もあり、営業も
自粛に近い形というか、そも作品が亀裂だらけで話にならなかったのですよ。


道なき道も嫌いではありません。・・・が、販売では別の話。
本来なら作品を磨いて話を待つのが王道ですが、時間もあり。

なんとか道を探したいものです。

求む人脈。そんな春の頃合いです。

伊賀穴窯焼成 第二十二回

早朝に焚き終えて。少々の睡眠、窯の片付けなどをして今に至ります。

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作品の中核は「古伊賀写し」の本格正面勝負。窯詰め直後から焼成へ。

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焼成の方針は自然委託。過去最長の焼成時間を確保。

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焚きながらの屋根修繕。先日の台風並み春嵐による破損。

kamataki2205.jpg kamataki2208.jpg
黙々と。夜が来て、朝が来て。自然の土と薪、窯と炎。

kamataki2207.jpg kamataki2209.jpg 
初日には牛が生まれ、一方でボス猫が病死。一ヶ月前からの行方不明。

husaneko.jpg (去年の姿)
変わり果てた姿でしたが、見付けてやることが出来て好かった。

工房の創設時から居る野良猫。 好い作品が出来たら缶詰を与えてやるという契約で、人懐っこく、窯焚きの写真ではよく登場していたものでしょうか。焼成に失策して辛く当ったこともあり、しかし毎日の出迎えから見送りまで、臥翠窯の独立から今までをずっと見守って来たのです。牧場の道々に散乱していた、抜け落ちた毛を拾い集め、いつもの様に猫の墓場へ埋葬してやりました。そう、いつもの様に。どこかで隠れて死んでいる。ずっと気になっていました。前回の窯焚き時に負傷していましたか。

 kamataki2217.jpg kamataki2211.jpg
それから数カ月。窯焚き中も連日の狸襲来。ボス不在の中、野良猫は逃げの一手。
深夜、工房内まで忍び入って来る狸。黒々とした大狸も襲来。明白な縄張りの喪失。

kamataki2210.jpgkamataki2214.jpg
自然の摂理。弱肉強食の非情。毎年、何匹もの猫が死に、一族が絶滅していく。
そして勿論、狩る側の狸とて多くの亡骸が転がっている世界。

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自然の生み出すものとは何か。

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六日間に渡る焼成を終えて。

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そう、今回は好い作品が焼けていると想うのです。


深謝・合掌。

ありがとうございました。

焼成;四月九日~十四日、六日間焼成。

今日から窯焚きです。

さて・・・

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四時頃に点火。今日は焙りなのでボチボチ。いつもながら、家に帰ってブログを書くくらい余裕があります。心身とも好調を維持しつつ、攻め焚きへと備える辺りでしょうか。

しかし天気は生憎の雨でして・・・

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とまぁ、窯に火を入れた後は雨漏れの修理。ちょっと手を切ってしまったのが痛い・・・。

しかし時間が無かったのだから仕方が無い。というか、「雨は降らないつもり」だったのですが、水曜日も雨という話ですから、仕方なく元気のある内にやっておこうと云う訳で。

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まぁまぁ、今はこんな感じです。ウチの焙りは御覧の丸太焚き。某古谷さんの『穴窯』などに「灯油バーナーと使うと楽でいい」と書かれているわけですが、ああいう「素人向けに書かれたもの」を鵜呑みにしている内は、文字通りの素人です。重要な事は誰しも、古谷氏の著作でも伏せられているわけですが、解っていれば写真を見ただけで解るし、解っていなければ写真を見てもサッパリです。元より古谷氏は「焼成に関して卓抜した作家」ではありません。その技術の二~三割、差し支えない辺りが書かれているに過ぎないもので、やはり技術というものは体験から得る他に無いもの。書物から知識を得て焼成をやろうという時点で考えが甘いというか。各地の薪窯を巡っていれば書籍『穴窯』が、あくまで信楽の一作家の窯焚き方法の、その初歩内容しか書かれていないことに気付くハズなのです。

そうそう。
この焙り方法ですが、下手な人が組むと「爆発」しますので御注意を。


そういえば昔に、灯油バーナーを買ってきた事もありましたっけ。
結構な投資でして、ガス窯を頂戴する前、灯油窯を作るつもりでした。
んで、焙りに使うと、モーター音が最低の機械音でして、雰囲気ブチ壊し。
五分と経たずに止めましたね・・・。以来、窯場の片隅で眠ったままなのです。

ともあれ、今回は最長六日間の予定。
焙りを長めに取って、急がずに火を呼ぶ予定です。


でわでわ、次回の更新は窯焚き後でしょうか。
いつもながらの見学謝絶なので宜しゅうに。

窯詰め中。

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好日好日。朝こそ氷も在りましたが、今日は暖かい日でした。

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久しぶりに山手へ上がってみると、嵐で雑木が倒れていたり。
あと筍を食べに来ていると覚しき、イノシシらしき姿も。

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今日は御一行様の御出立。核となる作品を自宅から工房へ。
くれぐれも乗り忘れの無いように御注意をば。 (枕は無関係です)

窯詰めは御蔭さまで順調。明日の午前中には終わる予定です。
休息を摂って、来週は窯焚きです。いつもながらの見学謝絶。


ちなみに午前中、信楽焼祭り・作家市の説明会がありました。私は窯詰めをしていたので、ちょっと代理で行ってもらったのですが、五月のGW、2日~5日。今年は試作を色々とやっているので、質の良いB品??が沢山あろうかと。今回の焼成品も少しは御覧頂くことになるでしょうか。

今作は「写しモノ」が主体。何度か書きましたが、正統な「写し」は技量が瞭然に解る厳しいもの。ウチに限っての話ですが、「写しばかり」という事はそれだけの信念を籠めて気合いが入っているという話であります。さてさて、巧く焼き上がるのか、それとも・・・。という辺り。最近はより自然任せと云いますか、窯詰めで意図的なことをやったり、統制下に置いてしまうような手法を、まぁ昔から「転がしたりする某著名作家流儀のやり方」は好まない人で、「某著名作家流儀の自然に置いて、自然に焼く」というものを好んでいる訳で、そこに茶道的な謙虚さと云いますか、自然に対する敬意というようなものが加わってきているように思います。

私は初窯からかれこれ、一個たりとて「転がして焼いたもの」は無いんですが、最近はおよそ「転がさない作家は居ない」ような気配さえあります。転がすってのは・・・作為に対する姿勢の指標です。要は大壺などを転がしてトンボ玉を狙うという、「簡便にビードロが採れるやり方を択ぶ」というもので、某著名作家がやって以来、流儀のように流行。今は大体の作家がこれをやって大壺を焼いて、代表作的ババーンと載せる。なので、わかりやすい指標になっています。昔の著名作家は、偶発的に窯の中で転がったり、そういうものを珍重していたわけで、素直な焼締めが多かったわけですが、昨今は窯変が窯変で無くなっていると云いますか、「百発百中の窯変」というような、そういう時代です。食べ物から何から、自然自発的というより、ツクリモノの時代。何でも計算して、解明して、作為に転化してしまう。昨今のマーケティング?などは典型ですね。人間の心理までも計算や分析で取り込んでしまうような。 「かつて奇道と忌みされたものが簡便を理由に主流として幅を利かせている」というような事例は、どこかあらゆる所で見られるように感じます。年賀状に始まって、それが更に進化(?)といいますか、世の中は複雑な進化というか、変化というか・・・。

あぁっと。いらん話を書くくらいなら休息すべきですな。
何でこんな話になったんだ。

そうそう。窯詰めしてたからです。窯詰めの内容は秘密?という程でも無い秘密?が多いので、記事には書けないし、写真も載せないので、代わりに適当な話へ展開させたからです。はい。 すいません。

でわでわ、今日はこれくらいで。

窯詰め初日。

今日は窯詰め初日。

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まだボチボチと茶碗を朝から挽いていたり。

一応間に合うんですが、伊賀茶碗は茶道的には扱いが微妙な地位。
なので、灰釉にしようかどうか。

稀少価値では、伊賀茶碗のビードロは専売特許的な位置。
コレクターさんとの話は弾むのですが。

今回はビードロ狙いか、焦げ狙いか、という辺りも自然任せ。
う~ん、場所の空き具合によって決めましょうか。

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昨日に作った達磨。こういうのは、意外に皆さん意見を下さいます。
なぜか怖い顔になってしまうのは・・・なぜだらう・・・。
余っていた粘土で、数年振りに作ったもの。元ネタは訓練校卒生なら御存知。

長らく訓練校に毎年教えに来てくれていた鈴木志朗さんという、鷹匠兼陶芸作家。
瀬戸の高度な技術の一端として知られた「陶人形」に於ける職人的な方。

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画像を出すのが早いですな。もうこういう職人さんはホトンド居ません。
需要が無いもんだから、廃れてしまうのです。
手元に製作の始終を動画で残しておりますが、見事なもの。

んで、その合間に教えてくれるのが、上の達磨などの人形。
巨大な鷹でさえ半日仕事。小人形など僅か3分も掛かりません。

あ?なんか話がズレてきた。まぁいいか。

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ともあれ絶妙なものを、僅かな手数であっという間に。
やっぱり、職人芸ってのはスゴイ。かつてはこんな職人がゴロゴロと。
分野毎に職人が居て、互いの領分を侵さないというより、侵せない。

思想云々とか現実論とか以前に、かつての職人さんの技には圧倒的な力量感が
あります。それを知っていると、今時のものは力量感の乏しさが非常に目立つ。
職人世代が技術と共に失われゆく中、時代は新しいものに投資するばかり。
1人の職人が技術を保存維持出来る期間って、一生の内20年~30年でしょうか。
そこへ20年来の不景気。そろそろ個人任せの時限期間も限界でしょう。

(全くタイトルと関係無い記事になってしまった・・・。)
論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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