春嵐

いやしかし、ホントに嵐でした。窯を焚いていたらヒドイ目に遭うところでしたね。

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ガス窯は朝から焚いていたのですが、まぁコッチは別に、それほど気にする事も無いわけです。ともあれ横殴りの雨なれば、縁側で紐作りというわけにも行かず、ロクロ仕事をこなしておりました。途中、またぞろ窯場の屋根が飛びそうになってくれて、慌てて補強というか、紐をくくりつけ、重りを結んで。いやぁ、早く本格修理をしないと、もう限界。

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夕刻には少し晴れ間も。雄大な雲の景色は素晴らしいもの。
嵐の後の褒美でしょうか。

今回は少し時間も出来た(ホントか?)ので、酒器の品質を更新。手捻りのものをいくつか。また、最近は小振りの酒盃を作っていることが多かったのですが、今回は少し大振りにしてみようかと思いつつ。酒盃の千鳥的な酒宴を想って小さいものを作っていたのですが、昨今は・・・大きいものを用いる方が多いのかなぁ・・・と思いつつ。独酌の時代でしょうか。「作り手の酒量と呑み方が顕れる」と言われる酒盃ですから、時々注意していないと、自分好みの大きさばかり作ってしまいますね。


春の陽気に

さて、今日は茶事水屋という話でしたが、予定が変更になりましたので御仕事。残念と云えば残念ですが、有難いと云えば有難い。天気が悪くなるという話でしたが・・・

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好い陽気。例年であれば窯焚きをしている頃。この時節の窯焚きは、いつ春嵐の強風が吹き荒れるか分らないので、風の音や空気の感に敏感に見ている事が多く、体感的な記憶が強い気候です。「この空気はいつも窯を焚いている頃の空気だなぁ・・・」と思いつつ。今年はもう少し遅らせての窯焚き。一応は順調?なのかと思うのですが、さてさて。花入・水指の核作品は終えているので、ある程度安心して。小品などを作り込んでいます。

天気が好いと色々な仕事も捗ります。

今日は茶碗の削り、釉掛け、窯詰め、土作り、伊賀作品の製作。

細々と気になっていた仕事をこなしました。

う~ん、好い天気だ!椎茸も沢山獲れたぞ!

という感じです。

大名の茶。

今日は彦根城。淡交社主催の茶席にて水屋入り。

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見事な城壁。彦根城と云えば「一期一会」の井伊直弼。茶をされている方には井伊宗観として知られておりましょうか。好み道具も様々、特に柳で知られているもの。著名な湖東焼も井伊直弼の元で隆盛期を誇っています。

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茶席は濃茶・薄茶の二席。写真はありませんが、彦根城はもちろん国宝ですから、特別史跡。触れる場所は限られています。本当に特別な取り計らいによるもの。茶席席主は宗道師。国宝である彦根城内の大名茶室にて濃茶が行われ、井伊直弼が禅茶を修行した埋木舎で薄茶を一服という、非常に贅沢なもの。御案内も、御当代が東京より案内のために帰郷して下さり、様々に御案内を頂きました。ありがたいことです。

茶席も素晴らしいもの。特に濃茶席である大名茶席は圧巻。見事な大名道具の取り合わせ。感動を覚えるようなものでした。大名道具の展示というもので云えば、様々美術館で行われることもありますが、あんなものではありません。正式な大名の茶室で道具を取り合わせ。これほどまでに壮麗な茶があるものかと、つくづく感じ入りました。井伊家伝来、遠州を始めとした素晴らしい由緒を持つ唐物茶入を主役に、もちろんの真台子。風炉から水指から建水まで、いやいやいや、御客様が羨ましい限りでした。目に焼きつくような取合せ。写真など要りません。由緒のみならず、取合せによる壮麗な感がスゴイ。道具の伝来だけじゃないんですね。切れる様な、目の覚める様な壮麗さこそが大名道具の真髄でしょうか。台子の道具組であんなことが出来るとは。そして濃茶ですよ。黒織部や井戸、大高麗などなど。もう至福ですよね。う~ん、いつかあんな茶をしてみたいというのはもちろんですが、客でいいのでなってみたい。

で、私は埋木舎にて、薄茶の呈茶席水屋方。ベテランの精鋭少数の方々の仕事を直近で勉強させて頂きつつ。場所が場所ですから、どちらも少人数。呈茶席は小生含め僅か5人。水屋はまだまだ寒いので、僅かに5分もあれば茶碗が冷えてしまう。だから茶碗は点てる直前まで湯の中。本当のギリギリまで茶碗を湯で温めて、湯揚げ⇒拭き上げ⇒仕上げ拭き⇒茶を入れる⇒湯を入れる⇒点てる。というものを、同時並行で輪唱式に進める。これを僅か2人で廻しながら点てていく。何とも非常に好い経験をさせて頂きました。少人数でも全く手を抜かず、熱々の美味しい茶を点てる。決して手間を惜しまない。その心意気あってこそ、御客様も喜んで頂けた様子。ありがたいことでした。

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御当代も非常に喜んで頂いて。発見された千両箱などなど、非公開の場所を様々見せて頂きました。


いやぁ、今日は歴史の宝庫。学ぶ事から感動まで、本当に盛り沢山の1日でした。
ちなみに応募殺到ということで、五月にも催行されるとか。楽しみですね。

感謝感謝。

雑感いろいろ。現代流行の茶?

今回は色々と。少しは雑感も書いておきましょうか。

久しぶりに関東方面にて、多くの作家さんやギャラリーや、百貨店などの指向を感じることが出来ました。クラフト系の人気は想像以上に高いもので、羨ましく?も感心しておりました。一方で御客さんの中にも「変わったねぇ。昔ながらの民藝とは違うねぇ・・・」という声を何度か聞いた様に思います。参加作家に民芸系が少ないという面もありますが、それでも全体的に、特にここ数年で舵を切るかの如くにクラフト系(薄くて軽くてシャープなもの)への転進が相次いでいるのが笠間・益子の現状であるそうです。信楽でも粉引への転進が凄まじい勢いで進んだ頃合いがありましたが、それもやはり流行=売れるものへの指向です。

実際に百貨店や画廊関係の方々も、当然ですが基本的に「売れるモノ」を探しているのでクラフト系・磁器系を主軸に。極めて基礎的な知識ですが、商売の一義は「売れる事」であり、「イイモノ」というのは二義・三義。イイモノでも売れないものは扱いません。多少悪くとも、売れるものを優先するのが原則。バブル期には茶道具が売れたわけですが、今は違いますから、扱うものが変わるのは当然の話。逆にその動向を見れば、売れているものが在る程度分って来る道理になりまして、まぁそうでなくとも、「不景気には磁器系」というのは定番です。

いやぁしかし、今は本当にクラフト系が売れているんですな~。

と、そんな事を実感。
(別にクラフト系嫌いじゃないです。好きな作家さんも居ます。)

ただ別途で「今はモダンな茶会が流行っているのよ」と、わざわざ声掛け頂いたマスコミ関係者さんも。う~ん、あまりよく知らないんですが、東京ではそうなんでしょうか。「現代茶陶」というものが、偉い作家さんによって盛んに喧伝。(「現代茶陶」も茶陶ではなく純粋造形的に見る際には技術も造形も高度で面白いものが含まれてくるのは確かです。)されているのは知っているのですが、あまりモダンな茶会には詳しく無いというか、昔の「なごみ」なんかによく載っていたような茶室を想像するくらいなものです

まぁ正直、「そんな古い伝統茶道具なんて時代遅れですよ」的な匂いを感じたので気分悪かったです。実際に伝統系の作家は極めて僅かな人数。勢い云いますがファッションの流行は東京でも、茶の都は京都でしょう。どちらかと云えば昨今は「利休回帰」と感じるのです。「南方録」の時代よろしく、大衆的な普及の後に、それを引き締める。茶の湯の聖典として基礎となる思想の第一歩に記された文言は

茶湯は、第一仏法を以て修行得道する事也、
家居の結構、食事の珍味を楽とするは俗世の事也、
家はもらぬほど、食事は飢ぬほどにてたる事也、
是仏の教、茶の湯の本位也

というもの。流行や時代云々に関わらず、原則は原則。最近は特に本物志向かと思うのですが、どうなんでしょう。「老子が流行っている」なんてコトを見た覚えがありますが、老子的な思想とは禅道の基礎ですから、茶道も論語系というよりは老荘思想の影響が強いもの。イメージで言っても仕方が無いので、う~ん、昨日に配達された「淡交」の"東京"に於ける茶会記を見ましょうか。

①竹花入・高取水指・丹波茶入・高麗茶碗
②古銅花入・伊賀水指・赤楽茶碗
③備前花入・交址水指・出雲イラボ
④瓢花入・伊賀水指・瀬戸茶入・黒楽茶碗
⑤偏壺花入・染付水指・赤楽茶碗
⑥備前花入・真鍮水指・黒楽茶碗
⑦竹花入・大樋水指・赤楽茶碗
⑧古銅花入・染付水指・瀬戸茶入・黒楽茶碗
⑨萩花入・織部水指・大樋茶碗
⑩信楽花入・色絵水指・鉄絵茶碗

学生茶道を省くとこれでほぼ全部。御茶をやっている人には「11月の道具だな」と判別されるような定番の組み合わせというか、まぁその中でどのようにやるかというもの。つまり、何らの変化も見られないわけです。会記記載の茶会亭主は在地の有力な茶人の方々になりますから、つまり茶道の主体となって活動されている方々。来客も茶道をやっている方でほぼ占められていて、数百人規模の大きなもの。道具は主に古陶磁。現代作家も含まれますが、魯山人他、人間国宝さん、また茶陶で知られた方のみ。去年・一昨年と献茶式の席で使って頂いたことが「大変な栄誉」と書きましたが、そういう事です。

で、更に東京の一般会期を見てみても・・・

①宗旦尺八・塗り水指・瀬戸茶入・ノンコウ黒楽
②竹花入・備前水指・赤楽茶碗
③古銅花入・真鍮水指・唐物茶入・建盞(天目)
④竹花入・鉄絵水指・赤楽茶碗

う~ん、詳細は載せてませんが、水準が更に高くなっています。格調の高い、時代を経た道具ばかり。さぞ素晴らしい亭主が釜を掛けられているのだろうと想像するばかり。名誉ある茶亭で行われるものが多く、「茶人」として名を馳せる方々でなければ掛けられないと聞き及びます。京都でも桐陰席とか、先日水屋に入らせて頂いた天満宮の明月舎など、全国的に「憧れ」として見られる茶は、そういった場所で、一般向けに宣伝されることもなく、有志茶人の方々が押し掛ける場となっている様に思います。

とまぁ、ちょっとムキになって反論してみましたが、
茶道やって茶会に行っていれば、反論するまでも無い話。
茶事はもちろん茶会より正式なものですから、より深く。


う~む。「現代の茶」に流行しているのは「伝統」ですな。
とっても簡単な話でして、小学生でも分ります。

利休時代には利休、織部時代には織部の茶が時代を代表するならば、
当世の茶は、当世の一流茶人の茶に現れているものを読むわけです。

それ以前に「流行に惑わされない心」を得てこその茶人ですが・・・。


ワザワザに教えてくれた人は・・・一体何を見たのだろう・・・。

陽気

春の陽気ですな。ありがたい。とりあえず休憩中に日記を書いてしまいましょうか。

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今日は井戸形茶碗。30碗程挽いて、妥協で2碗選定。
ちょっと愚郎風に武骨?サクッと削れる気候がありがたい。
ちなみに愚郎井戸はキザエモン狙いではなく銘「美濃」狙いかと。

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並品。焼物祭りとかで並ぶものです。左はまだマシですが、
右はちょっとね。斜めってるとか、それ以前の問題です。

ホントはもうちょっと、風合いの好い土を掘って来ると好いのですが、
石が多いので水漉が必要。さすがに手間として無理があります。


午後からは伊賀の製作。最近は日の暮れが遅くなりました。ありがたいですね。

日記。

今日の日記を書いておきましょうか。

とりあえず昼前に起きて。遠出している間に自治総会やら色々と。茶会も被っていたので元より欠席なのですが、基本的に皆出席のようなものなので家長としては辛い・・・。直近で29日(茶会)、30日(茶事)、4月2日(茶会)と連続して水屋の御仕事を頂戴しておりますので、伊賀の作陶を進めないと、量産的な品が圧迫される一方。あと茶碗の試作品も焼かねばならんので、土練機の中身を入れ替えて、それ用の土に切り替えて、土も掘って来て。伊賀の土も掘りに行って、ともあれ時間が微妙に不足している感あり。

う~ん。ちょっと出掛けた御蔭で少し浮ついた気分が残っていて、
作陶が落ち着かないのですよ。 だから土作り。

で、別に浮ついてもいいような、グイノミなど作ってました。


あと・・・コタツが壊れた・・・。

あと・・・小型耕運機が来たので試運転したい・・・。

あと・・・1ヶ月振りに猫が一匹帰って来た・・・。


などなど、まぁそんな感じで田舎生活に戻ってまいりました。

ISM展の宴。

長旅から帰着。笠間・益子への旅程でありました。仕事の貯蓄が多いので、休息がてら簡潔に書いておきましょうか。

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金曜は朝から荷詰め。竹を切ったりして旅程の支度をして、午後から野村美術館の茶道講座へ。去年は申し込みが遅く定員に入れなかったものだ。呈茶にて杉木普斎(宗旦四天王・桃山時代)手づくねの赤楽茶碗で一服を頂戴、至福の一時。講座では古筆を拝見する端緒を勉学。講師は徳川美術館の副館長さんで、書が御専門。床でも理解が難しいものが、「平安時代の詩歌」でしょうか。滅多に見られぬありがたいものだけに、是非知っておきたいもの。その解読の端緒を様々に。非常に面白く、刺激的でありました。

んで、

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高速に乗って・・・

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関東は山がないなぁ・・・と思いつつ、七時間半ほど。

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ガヤガヤと。関東から美濃瀬戸、大阪、更に九州からも。
合計98人だったかな。その他にギャラリー関係も。

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展示をチャッと済ませて(会場の写真撮って無かった・・・) 

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百種の作家の酒盃で旨い日本酒を飲みつつ、
互いの展示を観覧しつつの作家交流したり、

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侠気溢れる陶芸親父、会場オーナーの古木さんと談笑したり。
会場は古民家の民宿。この世代の陶芸親父はスゴイ方が多いです。

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作品交換ではクラフト系人気作家さんの作品が
当たったり。(100分の1人の確率ですよ。)

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交歓した湯呑みを酒盃にして、各地作家織り交ぜて、
旨い料理を盛り盛りに夜まで陶芸談義をして、雑魚寝。
料理の器も、それぞれの作家が作った持ち寄りのもの。

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グダグダの翌日には若手茶人さんとの楽しき一服。
(パリっとした着物で、本式の茶筅、非常にキレのある点前。
「どんな碗でも点てさせて頂きます」という謙虚な姿勢に感服。)

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そんな感じで2日間。例によって同好の士と酒盃を交換。
薪窯焼締め系、桃山嗜好の作家も様々に。 

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あっという間の2日間を終えて、渋滞の中を家路に。
帰路は11時間半、朝方帰着。さすがにキツかった。


という感じで。とりあえず睡眠を摂ったので、これから土掘りかな・・・。


詳細はその内に公式サイトに乗るかと思います。まぁ何と言うか、関東の皆さんは携帯電話がアレなので、様々情報も出回っていることでしょうか。http://touism.net/


主催・運営、器の愛好家であればこその企画も多く。丁寧に準備運営され、地元の方々が陰に表に動いておられました。なればこその楽しき酒宴でしょうか。愉しく、また快適であったのが、何よりの証左。オーナーたる古木さんを筆頭に、人柄の好い方ばかりでした。笠間・益子の見聞時間は無かったものの、これで十分に。

改めて御礼を申し上げます。ありがとうございました。

用意はいつも

昨日の試験結果。 時間はいつも僅少であります。

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風が強かったせいもあるが、中性炎で酔いが廻っておりました。
心配していた剥がれが無いのは有難い。試験回数が大幅に縮小。
濃度の調整と、再焼成。近くに完成出来るでしょうか。

んで、明日から出掛けて参ります。遠征。若手作家交流会。

どうなるのでしょうか、さてさて。同世代ばかりという話ですが、作家同志で話をする事は、あるようで無かったり、特定の偏りがあったり。雰囲気も何も分らないままですが、半畳の展示スペース。食器が要り様ということなので黒釉で焼いたりもしましたが、ともあれ討論の時間も設けてあります様ですから、色々と見聞を深めて参りましょうか。民藝の里や如何に。

販売?茶道具の展示に近い形。お求めの方が居れば大歓迎ですが、どうなのでしょうか。食器が路銀くらいになってくれれば、という算段で荷積みをやっております。遠いからまぁ・・・車中泊を一回挟むので、寝られるくらいの余白も欲しいのですよ。ひょっとすると気楽な着物姿で居るかもしれませんが、雰囲気によっては止めておきましょうね。

暇で暇で仕方が無い!という奇特な方が居られましたら、散歩がてらにお出掛け下さい。

で、とりあえず帰宅は月曜日の早朝。高速道路の深夜割引。

東京の美術館など廻りたいものですが、時間僅少、伊賀優先。

トンボ帰りで戻って来る予定です。


でわでわ。

⇒んと。今会場を検索したら、割とホコリっぽいトコ?かな。着物は不可ですな。
意外と近い。五時間半で到着って話だから、広島より近いんじゃないのか?
ってか、これなら車で寝るまでも無い。少し時間にも余裕が出て来た。

販売もやらんでよさそうだ。茶道具展示で荷物僅少にして、スッキリと出掛けてきますか。

試験中。

今日は快晴。されど風強くして肌寒い日。

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晴天を活かして。新しく調合した粉引の試験焼成を進めています。前回の調整は失敗したので、今回は別の方針。まぁ、それほど特殊なこともやりません。というか、基本的に古典的手法は純朴な方法を、純粋材料でやるだけです。従前の調合は、まぁ何となく調合といいますか、手探り的に作ったものでしたから、改良の余地は色々。しかし改良せず、焼成方向だけで動かすのも腕の磨き様という辺りでしょうか。およそ僅かながらに見える部分もあれば、試験するほど謎が深まる面も。

ま、元より原土ですから、毎回土が微妙に違うわけです。どこまでが焼成結果で、どこからが土の影響かといえば、ちょっと判断に苦しむ事も。今回のものは、ちょっと器胎がイマイチなのですが、ともあれ試験です。予定があるので、それまでに調合を済ませておきたいもの。ちょっと数仕事があるので、従来品よりも更に品質を上げておきたいのです。

粉引も色々と書籍も出版されていますから、昔は何ぞ「難しい、難しい」という話を聞いた覚えが無いわけでもないですが、趣味人でも割合に手が出せるというか、若い作家さんは誰でもという程にやってますね。方向性として、カオリン系の売り易い粉引が主流でしょうか。好まれやすいものですね。といって、あまり古作系を狙っても、なかなかガス窯という問題点もあり難しい場合も少なく無いものですから、それも色々です。

ホントは上釉も改訂したいと思いつつ。

まぁしかし、これに手を出すと焼成試験の回数が跳ね上がるので。

ちょっとやりたい事もあるのですが・・・。

う~ん、ともあれ結果次第でしょうか。まぁ日付が変わる頃には焚き上がるでしょう。

春の市民茶会。

今日も御茶会、水屋方。御亭主は社中大先輩の森川先生。

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守山市民茶会にて。涼やかな膳所の染付芋頭、住吉蒔絵の雅なる道具組。
春らしい喜びを感じる一景でしょうか。面取り部分に施された根来の色彩
が映えて、本来ならば侘びの方向性である根来が逆に映えておりました。
当代御家元好みの佳辰棚が彩り好く、好日の晴天に相応しいものでした。

桃山時代に流行した芋頭。山水染付の芋頭を本歌としつつ、再興膳所焼の
芋頭は意匠も鮮やかですね。湖東焼にも少し在ったかと思うのですが、
著名なる近江八景の景観を含めての現代版芋頭でしょうか。伊賀の芋頭も
同じ頃のものですね。私もまた、現代に芋頭を焼く者なれば。

今日は点前もさせて頂いて、ありがたいことでありました。

総計して130人ほどの御来客。狭い茶室なれば、こちらも朝から大勢の方
にお越しを頂きました。御亭主の心入れあればこそ、好い一服であったろう
かと思います。

佳辰。好い日。もう春が随分と近くなりましたね。

日和。

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少し春めいた空気が嬉しいですね。牛も春を感じて牛小屋から出陣中。
(春=草。新芽が生えてきたのを食べ歩いているのですよ。)

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午前中は不調。いわゆる「欲袋」系ですな。駄目な写しであります。
駄目となれば駄目。作り方の手順を少し変えたことが問題点かな。
上下のバランスが悪いのですよ。僅かなことですが、品格はエライ
変わります。「作っている時の視点では見えない部分」ですね。
鉄分多くして金茶系の自然釉を載せて、ちょっと潰れるまで焼けば
欲袋っぽくなります。んでも、そんなものは要りません。半泥子は
素人で通りますが、一応はね・・・。
(※別に半泥子が嫌いな人ではありません。むしろ好物です。)

とりあえず気分を切り替える目的もあり・・・

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窯詰めしてガス窯に点火。春風が強いのでちょっと心配しつつ。


目論見通り?気分が変わったのか、午後からの春日和の御蔭か、
午後は快調に。おそらく今回の核作品と覚しきものが出来ました。
快調な時は、何でも想ったモノが作れる事が多いので、非常に有
難い。粘土が在れば破袋も作っておきたかったのですが、在庫が
不足。日も暮れてしまったのでまた次回。

さてさて、ちょっと一安心しつつ。

明日は茶会水屋にて。守山市民茶会が開催されます。

破袋の思想。

今日は・・・

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口作りの途中ですが。う~ん、正直今一つの出来。僅かに亀裂が入っていたので、明日の朝には「破れて無い袋」が「破れ袋」どころか「潰れ袋」になっている公算も高い。目を離した夜中くらいに「ドサッ」という音がするのだ。破袋は、割合に前回の出来が好かったものの、それはやはり炎で焼き潰したからこそ。成形時でその魅力を越えておかないと、日々の精進が悔しいことになる。

もう一回かなぁ・・・と思いつつ。一日の足止めは結構厳しい。気分を入れ替えたり、色々やってみる。袋形は少し触るだけで潰れてしまうので、大胆に勝負をすることも難しい。「ちょっと乾燥させて硬くなってからやればいいんじゃないの?」と思うかもしれませんが、そんなことで解決するなら御気楽なもんです。一つの器に全てに最高の条件を整える。御庭焼の品質というものでしょうか。

ちなみに「破袋」は二回以上の焼成が施されている。右側面の、口辺からザックリと縦に入った亀裂がそれを証明している。陶工しか知らぬ話だが、一度焼き抜かれた伊賀を、更にもう一回焼くと、あのような結果になることがある。全く同じ手の亀裂が入ったものを作ったこともある。非常に特徴的な切れ方だ。逆に少し怪しいのは、底部の亀裂。あれは底を抜くような衝撃があった場合の亀裂に近い。焼成の際の亀裂ではなく、一回目の焼成後、破損品として放置されていた可能性もあるだろうか。

それらを含めての魅力。それを、成形時点で放り込むというのは無理な話。だから、完全な写しが不可能という類の代表格が「破袋」というコトになる。県指定の無形文化財クラスでも、「御遊び的に破って焼いた」という作品を堂々と「写し」として製作しており、余程に精通していないとコレは難しい仕事である。加えての古伊賀独特の造形美。

造形に於いては、本歌の「破袋」は少し不満を感じる部分がある。ちょっと間延びしているのだ。ビードロが随分と華麗な色彩に上がっているけれど、やはり造作の難度が影響しているのか、古伊賀の陶工作として、今一つ大胆さに欠ける感がある。潰れていなかったら、更にどうだろう。弘法も筆の誤まりというか、一見、ちょっと簡単に付け入ることの出来る点に見えるのだが、実際に付け入ろうとしても、やはり袋形という造作の繊細さに邪魔をされてしまうから、困ったものである。作ってみると、本歌は口辺が大胆に作られていて、袋の破裂を伴うような危ない橋を渡っている。まぁ実際、最終的に破れたのだから、そういうことだ。しかしそれが、伊賀の核心的な特徴、心意気として後世に示されてきた。

要は危ない橋を渡ってこその伊賀というわけだ。
破れて悔いなし。逸品を求めて虎穴へと侵入する。

無難に作り上げて、あとからチョイチョイと、ナイフで亀裂を入れる。これは「破れて悔いなし」ではなく「破れていればいいんだろ?」というもの。ちょっと粘土が硬くなるまで待って仕上げる。そのような心意気も同じ。古伊賀の陶工と話をすることは出来ないだろう。古伊賀の造作は群を抜いて豊かなものだが、せせこましいコトをやっていては、その境地を踏むことは難しい。ただ単純に同じものを作っているのでは、「古人の跡」を求めるに終わり、つまり「アキレスと亀の逆理」であるが、「古人の求むる処」を求めてこそ、古伊賀に迫ることが出来ると考えている。

んで、意外と古伊賀は繊細に作られている。大胆かつ繊細。
精緻じゃないけどね。

と、そんな伊賀の話です。

昔の話。

今日の天気は雨でした。雨が降ると春の匂いがやってきます。
どこか嬉しい雨の日という辺りでしょうか。

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部屋に入れた梅の花も咲いてくれました。五日前の来客時に摘んだ花。
伊賀花入は初期の頃に作った作品。薪窯を始めて独立して間も無い頃。
焼成三回目の作品。庭に転がしていた花入。花に合わせやすい大きさ。
焼き上がった頃は・・・「ダメだな」と一蹴したもの。だから初公開かな。

う~ん。何を書こうか。とりあえず腹が減ったわけです。

そうそう。そういや来週末は笠間?益子?へ行ってきます。若手陶芸家交流会?だったかな。在地の若手作家団体さんで陶ISMという、やっぱり横文字ですが。去年に参加したんだったかで、震災のチャリティなどに参加した覚えがあります。で、交流会をやるというので、面白そうだから行ってきます。100人規模という話ですから、信楽の作家市くらいの規模ですね。さっきようやく要項を読んだくらいなので、何とも駄目な参加者です。参加費の催促を頂いて、慌てて要綱を読んでいたり・・・。(すいません。)

正直、別に知り合いも居ないので何ですが。笠間だか益子だか、行ったコト無いというか、未だにどっちがどっちか、よく分って無かったりします。観光で那須塩原とか伊香保とか、つまり温泉は行ったんですが、産地は行かなかったような。あぁ、宇都宮で餃子も食べた覚えがある。足尾銅山も行ったなぁ。まぁ、陶芸に脚を突っ込む前の話なので御勘弁を。ともあれ、知らないトコに行くのは好きなので。外様は外様らしく、ゆっくりしてきます。 お酒も飲めるらしい。


せっかく東京方面に行くんだから・・・と思いつつ、しかし現況の作品進捗状況では、トンボ帰りで製作を続けないと厳しい感があります。残念。

で、場所を調べるので、今ちょっと地図を見て・・・

あ?友部駅?ですかな。なんか仕事してた頃に行ったことある・・・ような・・・。確か駅前の寂びれた喫茶店で、旨くも無いスパゲッティを?だったような?。っていうか、あれが役所所在地だったのか、う~む。山奥の某メーカーさんに出張で行った覚えがあります。イイ感じに寂びれた街(おっと失礼!)だったような、「佐野乾山とか、板谷波山とか、こんな山中で作ってたのかなぁ・・・」と思いながらタクシーに乗っていた記憶が・・・。

仕事って、陶芸じゃないですが。昔ちょっとだけサラリーマンしてたんですな。東京は日本橋駅徒歩一分。伝統素材の営業仕事。割合に、PSP云々の開発案件とか、リチウム電池の開発案件とか、新規案件でノートPC「レッツノート」の新型の放熱板開発を獲って進めたり、変わったトコでは市販薬とか健康食品のデザインをしたり。面白かったなぁ・・・。まぁ、ちょっと頑張り過ぎて一年少々で辞めることになったわけで、好きだった陶磁器に舵を取るわけです。「何で陶芸家に?」ってのは定番の御質問なので、別に隠すようなものでもありませんな。 意外と「まぁ好きだったから」って人は多くて、私もその類です。陶磁器業界ってのは変な魅力があるのか妙に立派な経歴とか学歴を持つ人が多いので、私など極めて凡々な経歴です。

と、昔の作品を載せて、ついでに昔の話を書いてみました。


ま、これくらいで。

理想と現実。

今日は日射しは温かく。ロクロというか紐作りですが、作業をしている縁台も、家の北西に背負う山の御蔭で影に入るのが早く、四時以降は寒風の中での御仕事。日射しのある時間帯から上着無しで仕事をしていたら、う~む、気付いたら凍える様な寒さでありました。もちろん、土を触る時は半袖なのですよ。

まぁ・・・今日は比較的不作。水指1、花入1という辺り。削り仕事が残っていたので工房で茶碗の削り。こちらは全滅。ロクロ挽きが悪くて、そもそも話にならぬ。ロクロが悪いものは、どう削っても好くならない。ロクロ成形⇒削り⇒焼成と、工程を経るほどに悪くなるのが一般的(※茶陶などに限った話)なので、ロクロが悪いものは煮ても焼いても食えぬ。どうもロクロ挽きを少し変えたのが不味かったらしい。失策失策。

最近は井戸形の向上を想っている時間も。少し数茶碗を挽いていたせいか、形が崩れている。大体、こういうものは自覚がないので始末に負えぬもの。基準となるものが無いと自分の立ち位置さえ誤認して、何か進歩したかの様に思い込んで、一人得々としてしまっていることがある。そういうものを見張ってくれるものが師というものか。茶碗に関しては水野師の茶碗で茶を点てる時など、毎度の反省である。自分の茶碗の至らぬ点が色々に見えて来る。原点に戻りつつ、再出発することになる。原点の反省を踏まえて、今一つロクロ挽きから見直してみようと試行錯誤した結果、まぁ失策したわけで。しかし失策の原因は分っているので、伊賀が終わったら改めて茶碗の時節にしようと考えている。

最近はまた目が肥えてきたのか、自分の作ったものが気に入らない。過去よりも好くなっていることは分るが、満足はならぬ。古伊賀に一歩なりとも近づいたことも感じるが、満足はならぬ。目を肥やすべくには肥料が必要だが、ちょっと古伊賀見物の肥料が利き過ぎたか。あまりに肥料が多いと意欲の減退に繋がってしまうこともある。一歩一歩の改善が大事であるが、そこには作る喜びも欲しいもの。意欲満々に理想が高いのも困ることがある。というか、窯焚きの予定は決まっているのだから、それまでに乾燥まで進めなければ困ったことになる。窯焚きに好適な時節は年に2回しか無いのだ。これも理想と現実の折り合いである。

仁義礼智信というもの。理想と現実の折り合い順序ってのがありますね。人助けを最優先、師の訓えを第二とし、礼儀をこれに後続させる。その上で善悪を論じ、虚実無き誠実な行動を行う。若者にありがちな「正義ばかりを振り回す」というものなどは「信」を最優先にしてしまって仁・義・礼を踏みにじる場合がある。また、「困っている人を見れば、師の訓えに背いてもこれを助ける」などなど、実例を想えば納得の多い、儒教の基礎中の基礎。

これを器で行くと・・・どうなるかなぁ・・・。と思いつつ。

仁は実用性でしょうか。次いで義は伝統技の尊重、礼は茶碗などの形式。美の好悪はこの次の話で、これを虚飾に惑わされることなく、誠実に行っていくもの。これら全てを兼ね備えているものが、名士ならぬ名品ということになりましょうか。織部などの意匠は「美も実用性の一種である」という辺り、少し美に偏ってはいるものの、しかし利休への敬意もあり、形式の範疇で行っていて、美に専一というものでは無い。利休道具の美はバランス好く、五つの折り合いが付けられているように感じます。遠州などは逆に、礼や美に偏っているような。まぁ、この偏りが一種の個性かもしれません。もちろん、五つ「兼ね備えて」こその器でありますから、どれも欠けてはならぬので・・・。

う~ん、なんか妙な話になってきた。止めましょうね。
これぞ形式主義の弊害。智者が智に溺れるの喩えの通り。
分析は、ただの分析。結果を見てからの理論でしかありません。

理論で茶碗が作れたり目が好くなるなら、まったく苦労など無いのですよ。

梅香の風

今日は朝から雪がチラついて。

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天満宮「明月舎」にて宗道師の掛釜にて、水屋入り。
まだまだ寒い中、梅が頃よく咲いておりました。
梅香を感じる天満宮ともならば、格別の時節です。

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利休時代の北野大茶湯から続く茶道。今も変わらずに
呈茶が続けられております。

春の風を感じる鮮やかな点前座に、軸は「四海起春風」。会記を並べても、ちょっと魅力は伝わらない。参席してこその味わいでしょうか。古芦屋の釜にたっぷりと湯を沸かして、温かい茶を一服。菓子で苦労されていたのを見聞きしていたのですが、見事な桜色の菓子にて。つくづく、茶の魅力に溢れたるものを感じました。同じ道具組であったとしても、「また来春に参席したい」と思うものでしょうか。実際、400人近い御来客にて、茶室「明月舎」の月釜でも格別の来客数。早朝八時半より始まって、受付が終わる2時半まで来客が絶えることなく、満席が続きに続いて、最後の席でも20人の御席。

「明月舎」の水屋入りは初めてでしたが、古い水屋の設計なのでしょうか。神棚があり、献茶の場が設けられていました。実際に献茶も行われます。そうして、神棚の前で水屋仕事を行う。奥には小間などもあり、いつか参席する機会があれば感激であろうなぁ、と感じる佇まい。水屋方には熟練の方々が要衝に入られ、勉強をさせて頂きつつ。なかなか、席が席だけに気が張っていたのか、終わってみると随分と疲れを感じて。最後に水屋方で一服を共に頂戴し、ありがたく帰路へ。

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う~ん、渋滞で足が辛い・・・。と思いつつ。青空の春日和。

ありがとうございました。

鬼の首

今日は縁側での御仕事。縁側といっても、正確には縁台かな。

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http://www.sekisui-museum.or.jp/gaiyou/co_01.html

もう、仕事になると伊賀のコトばかり。ちなみに古伊賀水指「鬼の首」。初写しなので追々と。左が本歌の写真。この手の歪みは難しい。半泥子美術館(石水美術館)所蔵として著名というか、半泥子自身が愛蔵した古伊賀として有名なもの。古伊賀としては「焦げ」が無いのだが、水指では「破袋」にも焦げが無い。ともあれ、観客が少ないのを好い事に詳細に分析・検討して写しを作るためのメモも作成して帰って来たもの。
 
「写し」については、何度か書いて来たが。要は史上最高水準の品物と同じものを作って見せるという話。「簡単じゃないの?」という話もあるが、例え話で云えば、御家元など最高クラスの点前を、じゃぁ「やってみて」といって、オイソレと出来るなら苦労はしない。目の前で何度も見せてもらって、DVDまで貰ったとしても、まぁ無理だろう。「写しなんて簡単」というよりも、「写しこそ難しい」と考える方が正しい。オリジナルの方が、批判の矛先も鈍くなるし、比較されることも少ない。実は半泥子の作品の中にも「鬼の首」を写したと思われる作品が含まれているのだが・・・。随分と技量不足なものでありましたか。「破袋」に対する「欲袋」の如く、随分と低調な写しモノ。程度が低いことを承知であるからこその銘であり、敢えてその泥臭いモノを披歴するのが半泥子の魅力。「写せねぇよ!コノヤロウ!」みたいな楽しい叫びが聞こえて来るようなものだろうか。実際、「写し」の仕事というのは、天下随一という名手が取り組んでも、そういう類のものである。

「写し」は難しい。しかし、見て即時に本歌が分る人がどれくらい居るものかと云えば、ハテサテ。見る機会はもとより、古陶磁の魅力を総ざらえするのは難しい。正直、私だって染付など門外分野に於いては、「魅力の総ざらえ」以前に全く遠い分野がゴロゴロしている。コピーなどと云うが、「程度の低い写し」も世の中には多いわけで、「アイディア借り」という程度というものも珍しく無い。ちょっと白黒の掛け分けがあるくらいで「光悦の不二山を彷彿とさせる」など言ってしまう様では、誉め殺しにも程があろう。魅力の分らん人には、さて歪んでいるようなものを写す意味も分らないかもしれません。

しかし畢竟、茶席には昔からの名品ばかりが茶席に並ぶわけである。例えば我々がCDにしても「超一流の楽団が演奏したものしか聞いた事がない」という事が「往々にして普通」であるように、茶席では古陶磁にしても現代作家の作品にしても、一級品ばかりである。だから、稽古道具的な写しモノでは茶会に登れないのである。宋が創り出した天目茶碗に対し、瀬戸が400年後発ながらにこれに挑んだ結果が瀬戸天目で、これが利休の目に止まるわけである。同じく小生も、400年の時を経て桃山時代の伊賀と真剣勝負というコトになる。器は腐らず、経年の魅力を増して行く。歴史上の偉人と同じ土俵で勝負出来る世界というのは、なかなか在るものではない。これが桃山陶の醍醐味である。決して、「名品の後光を貰うため」に作るのでは無い。

で、伊賀の歪み。問題になるのは「焼成時に窯の中で変形し、土の耐久度や厚みによって生じる焼歪み」であるのか、それとも「作為的に感応的な造形を放り込んだ意図的な歪み」であるのか。コトは千差万別であるからして、一点一点の品物を仔細に分析する必要がある。本来なら「厚み」を確認し、内側を触れば瞭然だが、写したくなるようなハイクラスの古伊賀など重要文化財ばかり。そうそう触れるものではない。

破袋の試作を通じても、「破れていたものを焼いた」のか、「窯中で破れたのか」という問題がある。僅かに破れていたものも徹底的に焼けば、最後にはキズが広がっていく。しかしもちろん、過剰焼成によっても自然に破れて来る。最初から破れていたという可能性も、除外せずに試験を重ねてきたもの。もちろん全て薪窯での試験だ。誰もこんなコトはやっていない。

別の話で先日の話題。薪窯について「薪窯ではテカリを嫌う」などという言葉がある。が、古伊賀はその範疇ではない。テカテカに焼き上げているものばかりで、今でもテカテカである。しかしその光は鈍いもので、ガス窯や電気窯のものとは異質。テカテカか、そうでないかという区分は、正直オススメしない。伊賀が見られなければ、焼締の雄を見損なうコトになりかねない。これは同時に、「名碗にロクロ目無し」などという言葉で以て見た場合、天下第一とされるキザエモン井戸が「例外」に相当するコトに通じる。マニュアル的にモノを判断すると、「巨大な落とし穴」が用意されているという仕組み。不用意な一言で程度が見抜かれてしまうので、初心の人に訓えるには好いが、次の段階もちゃんと登っておいて欲しいものだ。意外に、古陶磁の実物を見たことがないままに古陶磁を語ってしまう人が多い。 伊賀では自然釉ビードロ(※釉薬ではない)と焦げを語らなければならないが、・・・そろそろ止めます。

しかし相変わらずの謎は沢山。古伊賀の自然灰の流れ方。不可思議が多いのは、当時と窯詰め方法が全く異なるからであろう。いづれこの課題も何とか解明したいものである。


無駄話ばかりになっていくので、とりあえず。 今日はマドレーヌも作ったり。
明日は茶会水屋方。大舞台なので緊張してます。早朝五時半の出立予定也。

まだこれから、ロクロ品の削り仕事が・・・。

寒い日。

今日は起きたら雪が積もってました。

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工房から帰ってみると真冬の気温。ひょっとして夜、凍結しないか?コレハ。

午前は計画書の作成、午後は削りなどのロクロ始末をして、伊賀土作って。
ようやく伊賀に取り掛かれます。思案も色々。製作に関する試案も様々。
日射しだけは暖かいのですけれど、風がどうにも冷たいですね。

明日は温かくなるようで、縁側での仕事も始められそうです。

そういや柳宗悦論が最終章で途中放棄されてますな。こちらも終えて
おきたいもので。最近は工房で魯山人を読み返してます。

到来

今日は来客。

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薪窯の同業さん御三方。本格プロではないですが、という御一行様でした。
まぁこの場合、ザックリ陶芸の話をアレコレするだけに終わるのですが・・・。

花入を初使いで。古伊賀「生爪」写しです。最初は寿老人写しにしようかと思った
のですが、花に花入が合わないので、花入を入れ替えてみれば好くなりました。

花を決めてから、花入を決める。単純な話ですが、本来の主役ですから、
「花入が僅少で、花が豊富」という方は別かもしれませんけれど、
「花入が豊富で、花が僅少」という小生は花入を換えてみる方がやり易い。

しかしまぁ、花を茶花屋さんの様に大振りに育てるってのは・・・難しい。
解ってないだけの自然任せでは、偶発的に大きいものが出来たりしない。

利休さんの時代だって同じ条件でしょうけれど。

伊賀花入って大振りなのです。だから、花を入れるにも難しい。
花を入れやすい大きさもあるけれど、造形もある。

そんな事を学びましたか。今日も少しく雪日和。

土造り。

今日は土造り。伊賀の方針が決まったので、土の掘削と調合。

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で、土踏み・・・。(嘘です。)


土を作る。といっても基本的には焼いてみないと分らない。山一つ丸ごと掘削して均質化してしまうような方法であれば、一度試験して調整してしまえば安泰なわけですが、そういった手法は取っていないので毎回にこの作業を行います。量産的に作っているものも同じく、原土から掘ってます。なんで?って、まぁ理由は色々と。長所短所とも様々ですから、適当に想像してみてください。

そういや、ガス窯などで事前に試験するようなコトもやりません。ガスと薪では本質的な炎が異なるので、参考にならないというか、逆に妙な先入観が入って宜しく無い。薪窯で使う土の試験は、薪窯。当たり前のことを、当たり前にやります。醤油で味付けする素材を味噌で味付けして試食しても意味が薄いわけです。全く意味が無いわけでは無いですが、そも焼締では土味第一。ウチは「薪窯のみ」という出発点で始まっているので、そも発想の基礎が普通の作家さんと異なる場合がありますね。

土造りもザックリしています。古伊賀などは粗い粘土を水漉しているかに感じるものが多いのですが、それは意図的にやっていません。古伊賀を見て想う事には「土味が綺麗過ぎる」という点をよく感じるのです。個人的にはよく言われる「水漉土」では無いと判断しているのですが、まぁそれは置いときます。何でもかんでも諸手を挙げて、というような思考ではありませんから、古伊賀を更に昇華するには、という視点で。しかし何れかの時点では、綺麗に焼き上がる土も、一度踏んでおく必要があるでしょう。一応の予測はあるのですが・・・まぁ、ここらで話を止めておきましょう。

粘りの点でも、「土踏みが好い」ということを云う方も居られる(ホントに居るか?)のですが、土踏みはあくまで「粘り」を出すための作業でしょうか。それが必要な焼物では、やはりそれが適しているであろうし、特段に必要でない焼物では、特にそれに拘る必要はないもの。コトは何を焼くかによって決まってきます。料理だって、生で食うなら「新鮮なもの」がいいですよね。方向性によって何が最適かという話は変わっていくものです。一絡げにして論じてみても、実際には机上の空論でしかありません。(しかし腹が減っているのか?自分・・・。)

ちなみに写真の牛の足元。粘土です。全部粘土です。よくよく練られております。使ったことは無いですが、粘りも最高でしょう。時折見学に来られる同業さんも、意外と気付かないんですよ。しかし薪窯の著名作家さんなど「正直、別に粘りなんて牛フンでも何でもいいんだよ!」なんて話を、駆けだしの頃に聞いた覚えがあります。発酵微生物が存分に粘りを引き出してくれるもので、実際の粘土も「木節粘土」などと云う様に植物成分が含まれてこその原土です。牛フンというとイメージに問題がありますが、発酵した草花です。もちろん「放飼い」という稀少な牧場での話であり、飼料牛のフンは別の話。昔の人も、意外に牛などを使っていたかもしれません。水田耕作を想えば、むしろ普通の発想になる筈です。

土。理論にしても実践にしても、云々出来るのは粘土産地に居てこそのもの。「全国どこの土でも入手出来る」ようにはなりましたが、手に入るのは「程度の知れたもの」が大半です。「本物」を作るとなれば土を抜きにしては仕事は不十分なものになるのでしょうか。まぁ、「本物って何だ?」って話になるんでしょうから、ここらで退散しておきます。所詮はまぁ、絶滅危惧種の遠吠えに過ぎませんので・・・。


今日は3.11。夕刻には雪も降りました。
早く、温かくなると好いですね。

陽気と春風。

日射しは温かく。牧場では春一番なんだか二番だか三番だか、それともいつもの風なのか、ともあれ強風の季節。屋内の日射しがある場所では温かいです。

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野菜も少し。気温の上昇で椎茸が復活。自然はいつも屋外に居ますから何くれと敏感でありまして、春の椎茸祭りが開催中。今日は祖父母の家へ顔を出したり、雑木の運搬と薪サイズへの切り分け、積み上げなどを行いつつ。少しは品物も作りつつ。ちなみに「作品」と「品物」は厳密な区分はないものの、自分の中での区切りでしょうか。そういやブログのTopには書きましたが、月末の辺りで関東方面へ行ってきます。少し展示販売のスペースもあるようですが、さて、路銀くらいの算段はした方がよいのか、無関心に茶道具を置いておくべきか、悩んでいる様で、「まぁなるようになるか」と、悩んでいないのが実際のトコです。

今窯の作品も、およそ構想は固まっておりまして、あとは構想を具体化して、製作へと入って行きます。構想ってのは、土の具合から始まって、自然結果を踏まえての焼成方向、挑戦的な焼成と、保守的な焼成と、などなど。今現在に作りたいと感じているものを根幹にして、自分と窯に相談しつつ。ちょっと今回は煙突を触ろうかと思案中なのですが、時間が足りるかどうか、少し不安でもあります。

構想が固まったので、土を掘りに行って土作りをしたいのですが、生憎の雨続き。2日は晴れてくれないと、粘土層では歩くにも水分が抜けていないので困ります。満タンのバケツ二杯を抱えて、ドロドロの中で往復作業をするわけですからね。

今日はまだ大雨の水が引かず、土中は水だらけ。明日は・・・?雨・・・か。
まぁそろそろ、泥雨の中でも仕方がないか・・・・
論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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