大晦日

今年も暮れました。日付が変わって大晦日という辺り。今年最後の更新に相成りますか。

今年は・・・不景気も相俟って、雪解けの頃に生じた大地震と原発事故。まぁ、この辺りの感想は同じものでしょうから、特段に書くほどのものでもないでしょう。チャリティなども様々にあり、参加も致しましたか。

色々な面で。作品としても変化多くして。
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2010年冬

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2011年春

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2011夏

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2011秋
 

伊賀は例年通り、三度の焼成。今年に入ってより焼成亀裂が多く見られる様になりまして、漆の修復が欠かせないものとなりました。春先頃から漆芸教室に通い漆芸における茶道具作家さんに指導を頂いて。半年かけて、ようやく最低限の辺りを経験したという辺りになります。亀裂の修復と、水指の蓋の製作。既に欠かせない技術として、修復品も納めさせて頂いております。まぁ、まだ色々不備があるかもしれませんから、御使用の際にはお気を付けて頂いて、不備も知らせて頂けると勉強になります。水指の蓋も、木を削り出す処からの手作り。陶工としては稀に見る特異技術です。漆の作業を通じて、漆芸に関する知見も多少は得ることが出来ましたか。

茶道に於いても。今年は水屋方を様々に勤めさせて頂きました。毎月の様に水屋方となり、事前準備から点茶、茶碗洗い、湯の差配などなど。それを以て、来年度には青年部50周年記念茶会の茶会委員長の任命を受けまして、様々に勉強の日々という辺り。必然的に、道具から何から、目を皿の様にしての勉強です。茶会実績としても、初釜式に始まり、楽志会(ロイヤルオーク)や青年部茶会、そして昨年に引き続いての献茶式採用。大宗匠の御目に掛ける機会も頂いて、誠に有難い思い出となりました。

総じて、今年は道具の手入れ。器を作る道具としての己に、色々な技術を付与する年でありましたか。世の中も高級品に対しては冬の時代でありますから、販売を省いての修行。実技面の充実に反して、販売面ではなかなか、不景気という事もあり大人しいものでありました。個展はまだまだ、特定の画廊と繋がりもありませんので、これから探していくことになります。まだまだ、在野の若手陶工でしかありません。近江では少しく知名度も頂いて。笑い話でありますが、「臥翠窯」の名称にはもちろん、「臥竜崗」の意図が無いわけでもありませんから、今しばらく時を待つばかりでしょうか。


総括はさておき。来年の抱負は・・・。

これから考えます・・・。


では、一年の御愛顧・御指導に感謝。来年も宜しくお願い申し上げます。
好いお年を御迎え下さりませ。

柳宗悦『茶と美』読解。12

『茶と美』読解。12
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第四章『光悦論』より  抜粋と雑感。
(柳が出版した初版本は、現在の書籍と章建てが異なります。
ここでは、1941年初版に準拠して読解を進めています。)

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本阿弥の家職は刀剣の鑑定である。いわゆる「本阿弥の三事」とは第一に相刀、即ち目利、第二に磨礪、第三に浄払である。伝えによれば光悦がなかんずく秀でたのは、最もむずかしとする浄払であったという。(中略)刀剣は生粋の工芸品であった。当時の技芸の数々がここに集注せられた。それはただに刀剣を鍛えることのみではない。木工も漆工も金工も、皮細工も紐細工も、または象牙、螺鈿等、さまざまな技術がここに結合せられた。光悦が晩年の多技な仕事は、その基礎をここに発していたと思える。(中略)光悦には何よりも眼の準備があった。
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いわずとしれた光悦。楽茶碗に於いて高名であるが、元より余技。楽茶碗の中でも長次郎に次ぐ扱いであろうか。しかしその趣きは長次郎とは対照的であり、個性的。しかしその焼成は委託であり、土も借り物である。依って、土味や、釉の黒色や白色の深みを讃える時には、その製作を差配しているノンコウを挙げねばならない。現代にも、某元首相などが同様の事を行っているが、基本的に「借り物製作」というものは、「陶芸教室」と同じものである。これは歴代宗匠の御作品も同じ話です。当時の楽家を想定する必要があります。

眼が在ったとして、では「基礎修練の土台無き作陶」で、どれほどの事ができるものか。光悦にとっての余技。十全に素朴なものを創るだけの土台技量が無いわけであり、次善として「作為的に遊ぶ」という仕事をする事は、まぁまぁ、それほど想像が難しいものでもないだろう。本職では無いわけだから、別に作品としては発表するわけでもないし、販売しようとするものでもない。そういうものが起点である。

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光悦の作は並々ではない。だが果して玄人の域に達したろうか。もし達せずば正しい仕事となるだろうか。彼は工人ではないから、あんなにも自由に作れたのだという批評は正しい賛美にはならぬ。芸道は身を捧げた芸道でなければならぬ。光悦は陶器を家業としたのではない。もし一条に心と腕とをこの技に注いだとするなら、彼はかかる作に止まることができなかったであろう。
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正直な話、小生もそれほど光悦を評価していない。好いとは思うが、感銘は少ない。同じ黒楽となれば、長次郎に比して圧倒的な差異を感じる。この辺りは好みであろうかと思うが、個人的に、楽は素朴で在ってこそ楽茶碗なのだと感じる。陶芸家に於いても、ロクロのみならず、目利や精神修養、また陶芸以外の芸術技能などを推奨する場合は多い。一定水準まで達したら、後は感性の問題であるからして、機械を見ての通り、技術だけが秀逸でも何も造れはない。しかしその核心はロクロである。

そういった意味に於いて、光悦にとっての茶碗というものは余技であり、決して核心では無い。如何にも表面的には自由に感じるかもしれないし、光悦も愉しんで創っていたことであろうか。しかしやはり、光悦としては技術不足の中、あくまで不自由の中での製作であっただろう。それ故に、「作為で遊ぶ程度の茶碗」しか造れなかった。基礎が無ければ如何ともし難い。それは如何なる道に於いても変わらない。「光悦の陶芸だけはこの範疇の外である」などと考えるのは、少々問題があるだろう。

ちなみに柳の「光悦論」は、「光悦の楽茶碗は作為の代表格」として高麗茶碗に対比させた一方、さりとて光悦の程度が低かったわけではなく、「その茶碗は余技なのであるから、作為が在って当然である」という「光悦茶碗への擁護・補足」を書いているのである。引用は避けるが、同様の作為例を光悦蒔絵などを例にとって吟味している。光悦の刀剣家業については詳細不明の処ながら、晩年は清貧を貫いたという話であり、柳もこれを評価している。


光悦に関しては、漆芸や書画に範囲が及ぶもので、門外漢の小生には厳しい。
また、本論の要旨が要旨であるから、以上で第四章『光悦論』の読解は終える。

柳宗悦『茶と美』読解。11

『茶と美』読解。11
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第三章『高麗茶碗と大和茶碗』より  抜粋と雑感其の5。
(柳が出版した初版本は、現在の書籍と章建てが異なります。
ここでは、1941年初版に準拠して読解を進めています。)

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もしまた優れた作家が出るとしたら、もはや「楽」や「仁清」の程度には止まり得ないであろう。作為の罪を識りぬいたその智恵から発足するであろう。どこまでも自然を活かす道へと進まねばならぬ。作物の要諦は自然よりさらに自然なものを示すことにある。だから自然を煮詰める仕事だともいえる。そのためには作為の罪と闘いぬき、美の本道へと立ち戻らねばならぬ。彼らはあの朝鮮の物に見られる正しい格に、もう一度茶碗を仕立てねばならぬ。そうして派手な仕組みを越えて静かな安らかな円かな作へと帰らねばならぬ。
大和茶碗の歴史はむしろこれからである。高麗茶碗の歴史がこれまでであったのと向い合う。「楽」は歴史らしい歴史とは思えぬ。「楽」で日本を誇ることはもう棄てていい。茶碗は「楽」に止まるが如きものであってはならぬ。それだけ未来に委ねられた仕事は大きい。
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柳の個人作家論。個人作家は害悪であるが、「もし存立せねばならぬとすれば、どう在るべきか。」という議論に踏み込んでおり、今から見れば知識の誤認があるにせよ、彼の在世当時の知識範囲内で、入念な思案の上で結論したものである事を感じる。作品が自然を活かし、自然を崇拝した美の在るべくを説いたのは、既に宋代の実践があり、明代の中国の美術理論で提唱されたものであるが、柳もこれを踏襲する立場を採っている。

初心に帰る。「稽古とは一より習い十を知り、十よりかえるもとのその一」というのは、「円」というものもそうであるし、コト究めるという次元に於いては非常に重要な事とされている。自然美と人工美の融合。個人的感慨で云えば、農村の美であろう。多くの日本人が認める農村の美というものは、実は「自然と人工の合作」である。自然に任せきった状態では、あのような美しい農村風景は実現されない。丁寧な草刈り、土手の処理、草花の手入れ、人の歩く道。昨今は、これら「人工部分」の失われた農村が散見されるだけに、対比をよく感じることが出来る。日々の在所の手入れ。「人工」の配する美の力。人口の美が在ってこそ、輝く自然の美。その姿は、何も知らぬ身にも、背景を知る身にも、全く「自然」の姿として、「自然の活かされた姿」として映るのである。

別に、もちろん農村の方々は意識をしているわけではない。本来なら行政の仕事である。綺麗に草を刈り、田畑への害虫を低減させ、何を美とも感じないままにその作業を行っている。私も田舎に住み、田舎で薪窯を焚く。周辺の人々とも交わりがある。美しい田園風景は、誰ともなしに作り上げられている。個々人には美しく刈りこもうという意識がある。しかし、別に誰も指揮を執っていないし、誰も主導していないのである。

最終的に、茶陶の目指す世界というものはココであろう。主役はあくまで自然であり、人工の美を添える。格好をつけて草刈りをして、華やかに桜並木を作ってしまえば、もうダメである。此の要諦は非常に難解であり、儒教で云う所の「中庸」を会得するに相当する。絶妙の采配。これは当然、自然を十分に理解する必要があるし、作為にも深い理解と対峙と経験が必要で、更にその配合を極めるとなれば、名人芸の他はなく、つまりは個人作家で在ればこその世界となる。例えば「伊賀花入」で在れば、自然なる本体に、人工の「耳」を付与する。本体が、自然が自然のままで美しければ、場合によっては付与しない事もある。形に応じて、千変万化の人工を付与するが、そこに定型は無い。

引用した文は第三章『高麗茶碗と大和茶碗』の末文である。この自然美という視点からすれば、少なくとも昨今の「楽」にはそれを見てとる事は難しいように感じる。と云って、現代式の派手な茶碗、見栄の強い茶碗にも無い。形に派手さが在っても、静かであればいい。それは自然花を見ればいい。仄かに赤い椿はどうか。全てにおいて自然に答えが存在し、思索に答えは与えられぬ。素朴な茶碗を作りし陶工もかつては存在したかに思うが、それが大きく取り上げられる事も無いのは残念である。

「静かな安らかな円かな作へと帰らねばならぬ。」

蓋し、至言である。

お仕事。

あ。ちなみに最近の仕事は進んでません。工房へ行けば土を作って、まぁ暇な時間にロクロを挽く事もありますが、焼成まで持っていくようなものでもなく、気軽なもの。「仕事やってます宣言」は、あんまり意味が無いというか・・・、実際問題として暇な作家さんは多いんですよ。熟練する程に効率化も進みますが、応じて仕事が増えるとも限らないわけで、余暇時間だけが増加するコトになります。まぁ、ウチもそんなトコで、勉強の時期。冬は土も凍てつくので、若手では普通に長期バイトをやる人も居ます。あぁもちろん、忙しいに越したことは無いのですよ。

まぁしかし・・・ちょっと暇になってきました。

やればいいコトは沢山あるのですが、今一つ気力不足。Webサイトの更新とか、そういった小面倒なものが多い。昔から冬になると急激に活力が失われる傾向がありまして、夏の生まれなどというのは無関係でしょうけれど、寒いのは苦手です。ネットも少し食傷気味。柳さんとの対話も、彼の民藝論ってのは批判が中心であり、基本的に明るい話じゃないもんだから、どうしても暗澹たる気運が漂ってしまって・・・、余り続けているとこちらも気分が滅入ってきます。茶道なども精神修養が基本ですから、こちらも自分に厳しくという話が多い・・・。

ってなわけで、少し勉強にも飽いてきました。

う~ん。もう正月ですからユックリすれば好いのでしょう。何かしていないと落ち着かない性分なので、困ったものです。地域の忘年会も終わって、当面のトコ予定も無し。ポッカリと予定が空いてしまった年末です。

物に表出される思想

記事のタイトルは大げさですが・・・。そんなに大した話でもなく。

昨日はストーブの修理を完遂。30年近い年代物?のストーブが二台。色々とネットで調べて、替芯交換をやればよいというコトで、分解掃除をやったものの、肝心の替芯が手に入らず。複数店舗を廻って、昭和頃からの雑道具屋も廻って、結局、純正品は元より代替品も無いという結論を得て。ネットオークションくらいしか無いという結論であったのですが・・・。

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(解体した時の記事で載せました)

最終的には、ネットにも載っていない、極めて単純な方法で修理完了。数千円する替芯の出費も無し。よくよく原理を考えればとても単純なものでした。少し微調整が面倒でありましたか。

んで、今日はプリンタが不調。マゼンタ色(赤)のインクが詰まってしまって、色が出ない。まぁ、年賀状を印刷していたのですよ。以前に名刺を印刷した際にもこの不調が在ったのですが、一時的に直っていたもの。これが再発。今度は色々試しても治らない。高価なインクを沢山使う手法が、まぁ公式的には掲載されているわけですし、プリンタもそれを指示するのですが・・・何度やってもダメ。おいおい、インク数千円分くらい使ったぞ、コラ!。という感じであります。

で、これも結局、ネットで調べた方法でもダメ。もちろん公式的な手法もダメ。分解掃除はさすがに手に余るし、そも年賀状が間に合わない。まぁ、インク詰まりに気付かずに相当枚数をダメにしていたので後の祭り。しかしダメ元でプリンタの仕組みと睨みあいをした挙句、原因判明。これまた非常に単純な話でした。

・・・。機械系のコトだからといって、何でもネットに頼ってしまうのは知恵が付かないのだなぁ・・・。と、自己反省しました。意外とこういうコトって多いのでしょうか。「最近の若いのは何でもネットで・・・」という声が聞こえてきそうです。まぁ私も、あまりネットは信用してません。例えば飲食店などに於いてネットの評判を見ると云うものは便利ですが、何か違うような気がします。大衆が賛美するものっていうのは、必ずしも的を得ていないわけで、書き手の色々な見栄とか、そういった虚飾が含まれている。マスコミ的な、まぁ云えば「某旅行雑誌」や「〇〇一週間」みたいに「金銭に依って掲載されるシステム」に対する反旗としては有効であるし、特に批判しようとは思わないのですが、誰しもが気付く様に、本来なら「本当の専門家」が、「客観的かつ主観的に独自の視点で評論する」というものが面白いわけです。

これがまぁ、「金の力」によって捻じ曲げられ、腐り、「信用・信頼を食い潰した」という結末でありますが、従来存在した「専門家による良心的な評論」よりも現在の「素人論賛美」というものは、やはり低俗です。そこに留まっていては、何とも哀しい歴史でありますから、更に上を目指すべくもの。しかしどうも、既にして「金の力」に取り込まれているような、そんな匂いを感じてしまいます。簡単に言えば「理念」を感じ取れないものが多い。空洞的な反旗。あまりこういうものに共感は薄く、都合の良い時に使うかなぁ、という「現代的な冷たい関係」を感じます。

さておき。しかし最近のモノヅクリという事では、伝統工芸品はともかくとして、基本的には工業製品を指すかと思います。「日本のモノヅクリを守る!」と言った時、多くマスコミ的には「工業製品の話」であります。年月こそ新しく近代のものですが、そこに心意気というものが在ればこそ、日本らしいモノヅクリ。しかし今は大半が機械製造でありますから、「仕上げに手間を掛ける」などと言ってみても、実際に手間を掛けるのは機械である事が多く、実質的には「設計やコストの話」であります。要は純粋な理念の問題ですね。コダワリと心意気は違うので、日本の特徴である「技術枝葉に長じている」というコトと、「心意気を感じる」というものは別問題です。

更にさておき。昨今はパソコンも多く在るわけですが、「ソフト」も一種の製作物でしょうか。例えばこのブログサービスなどもその一環ですし、表計算ソフトなども同じく。アニメや音楽などもそうでしょうか。ここでも触ってみると瞭然に、「純粋に用を追及して使い易く設計されたもの」もあれば、例えばプリインストールされている年賀状ソフトの様に「明らかに自己利益を誘導的に保持しようとしているもの」もあるわけです。(最初から入っているといっても、色々な意味で製品価格に反映されてますよね・・・)

こういうものは、特段に優れた直感力が無くても、まま使っているだけで、誰しもが感じるものかと思います。個人的な意見でありますが、多くの人は「善」と「悪」は一定程度判別出来る。ただ「善」の基準が別の思惑に彩られてしまったり、「偽善」というものに騙されやすかったり、そういう性質があるのかなぁ・・・と。勝手な憶測を云えば、昔は偽善なんていうもの、「高尚に言えば心理学の様なもの」、これを逆手に利用したモノヅクリ・商売ってのは、半ば詐欺に多かったような気がします。しかし最近は、臆面も無くこういうものを使う。株価対策とか、CMなどは勿論、ステルスマーケティングとやらもあれば、他人のフンドシで相撲を取る様な場合も多い。「和」も無ければ「敬」もない、「清」もなく、「寂」も無い。「商売だから、仕事だから。」

最近は経済的困窮もあり、若い人は「偽善」をしっかりと見ている節があるような・・・。
実際、しっかりと「偽善という罠」を回避すれば、信用出来るものも多いわけで。

陶芸もそうなんですが、愚痴を云う前に、見栄を張る前に。
そう、よいお手本が政治でしょうか。

年末に、そんなコトを想っておりました。う~ん。年賀状くらい、心を籠めてやらねばなりませんね。これも1つ、人々の心が現れる「モノヅクリ」です。パッパと印刷する時代。「手間を惜しまないもの」と「手間を惜しむもの」が「明確に区別」される時代でしょうか。まぁ、私もプリンタで印刷してしまうので、あまりその辺は申しませんが。

「器選び」が、「手間を惜しまないもの」に分類されるようにすることが大切なのではないかなぁ・・・と、そんなコトを単純に想いましたので、長々と記事にしてみました。

以上です。

柳宗悦『茶と美』読解。10

『茶と美』読解。10
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第三章『高麗茶碗と大和茶碗』より  抜粋と雑感其の4。
(柳が出版した初版本は、現在の書籍と章建てが異なります。
ここでは、1941年初版に準拠して読解を進めています。)

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「井戸」に驚いた茶人達は自らの手で茶碗が生みたくなったのである。「井戸」の美しさはもう知っている。どこが美しいのかも心得ている。それらの茶碗が有つ見処さえ数えている。一つ一つに名称をさえ与えている。進んでは歪みにも傷にもまたとない景色を感じている。美しい茶碗の姿が目前にゆらぐ。こんなにも美しいものを吾々でも作りたいではないか。細かな見方や強い愛撫や燃える情熱が「楽」へと進んだのである。ここまではいい。だがここから先に1つの悲劇が起こるのを感じていたろうか。

生れた「井戸」の美しさを、今度は作り上げようというのである。見処を考えてできた茶碗ではないものを、今度は身処ばかりで組みたてようというのである。高台を工夫する。茶だまりを準備する。それどころではない。歪みをつけてみる。傷を与えてみる、箆目を入れる。釉をたらしかける、これでもまだ物足りない。いったん毀して共繕をやる、呼び繕をやる、等々。ここまで来るのである。その心尽くしは嬉しい。しかし見ることと作ることとをここでごっちゃにする。これで作れると思うのである。否、これで出来た茶碗こそ本当の茶碗であると思う。見処も何も識らずしてできた「井戸」の見処と、これが同じだとどうしていうのであろうか。生まれたものと作ったものとは違う。自然が守るものと、人間が工夫するものとは違う。「井戸」の見処は決して「楽」の見処とはならぬ。見処で作れば、もとの見処は1つもなくなってしまうであろう。読者よ、あの茶人好みだというでこぼこしたわざとらしい形に、渋みや静けさがあろうか。あり得ようか。実は「楽」ほど派手な茶碗はない。わざとらしい渋さは茶碗への冒涜ではないのか。醜さそのものではないのか。「楽」は日本の茶碗にまつわるすべての醜さの発端である。「井戸」の前に何の面目あろうか。

だから和物でいいのは、作為の少ない窯である。「茶」に発しても「茶」に捕えられずにすんだ品である。
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さて、どうも柳が見分した「楽」は、作為の強いものばかりであったのだろう。長次郎に代表される静かなる茶碗というものも、現代の様に広く長次郎が評価されてこそだろうか。昔はこれほどに名品も公開されていないし、図録もほとんど無い。よって、柳が長次郎の本質的な茶碗に出会う機会が無かったとしても、それほど不思議な事ではないのかもしれない。楽の無作為は長次郎に代表される。しかし、柳の時代に於いて見分出来た長次郎茶碗の範疇では、現代の観念が通用しなかったのだろう。

実際の問題として、楽茶碗には作為の強いものが多い。こと長次郎黒楽でも、随分と派手なものが多く含まれている。加えて楽の名手と呼ばれた人は少ない。大変失礼な発言かもしれないが、歴代はおよそ長次郎に全く届かないというか、そも長次郎を無視した世界で黒楽茶碗を作っている方が多く、そして長次郎とは随分かけ離れた世界で作られているように感じる。まぁこれは私個人の感想ではないだろう。面白いことに、二代以降、個性を随分と狙ってるにも関わらず、長次郎だけが燦然と輝き、釉調も造形も抜群である。一方、作為的な以降の作は、それに比して随分と無個性で、あまり記憶にも残らない。先代を越えなければならないという重圧などもあるだろうか。職人的に先代の仕事を継ぐということをやっていないというものが、実際に感じられる。まぁ云えば「柳の時代に於ける楽当代」は、「箆目」で高い評価(人間国宝)という話だが、そのような辺りも想定していただろう。

そういった意味で、今一般に認識される「黒楽は無作為」という認識と、柳の差異というものは、指摘こそ必要であるが、それほどに非難されたり、「実は目が暗い」などと中傷されるほどのものではなかっただろう。故に、その辺りは置いておこう。

そして実際、「楽」であれば何でも、というのは苦しい。作家の作品にも上作と下作がある。如何に伝統の名家を継ごうと、力量は本人のものである。土、釉薬、窯、補助職人という先代の遺産で以て表面的には同じものを作ることが可能であるが、形だけはどうしても巧く運ばない。ちなみに蛇足で云えば「先代の技法は伝承されず、独自に研究する」と云う名家がいくつかあると思う。しかし釉薬の材料と、土と、実際の窯、燃料、使い込まれた形跡、材料の減り具合などなど、技法を再現するだけの材料が宝物の如くに残っていて、「何を云うのか?」という話である。無記名だからといって公平審査を謳う公募展に等しく、無記名だが誰の作品か一目瞭然、無伝承でも技法は一目瞭然である。しかし、それだけでは如何ともし難いのが造形面である。箆目にしても、歪みにしても、そういったものは最も難しい。こればかりは、小手先でやってもの歯が立たない。しっかりと追い込んでいく必要がある。

素人さんに茶碗を作らせると、「茶ダマリ」を作ったり、「五岳」をやったりする。要はこれも、小手先の話。柳の云う。「茶」に発して「茶」に捕えられてしまった場合に、往往にして現れる、「約束は守ってます」という茶道具。これはやはり、作陶家の間でも「茶に媚びた茶碗」として非常に忌み嫌われる。特に安価な量産の「名品写し」などにこれが多い。釉薬も悪いとなれば、これはもはや冒涜である。そういった意味で、「楽」には随分と、まぁあまり良い感じを受けないものも沢山ある。「楽」が「個性の茶碗という歴史を持っている」という話も、この意味では傾聴に値する。

好い「楽茶碗」というのはとても少ないかに想う。そういった意味では、①利休との繋がりが在り、②造形なども素晴らしく、というような茶碗は非常に物量が少ないことになる。おそらく①が優先されるがために、茶会は楽家歴代のものが多く用いられる。およそ日本で行われている茶会の主茶碗の半数以上を占めるだろうか。美術史的に見れば、あまり「美」のを軽く見ているというコトになり、柳の指摘も的を射ているのである。実際、「心に残る楽茶碗」というものは少ない。対して高麗に於いては、一度相対しただけで記憶が覚えている時が多々在る。造形を外して考えると、「高麗は素朴」であるが個性的で、「楽は派手」だが没個性。柳の呈示した「楽」と「井戸」の対比性というのは、非常に興味深い思考を呼び起こしてくれる。

ただまぁ、実際問題として「造る」ということと「見る」ということは全く違う。茶ダマリがあってもなくても、好いものは好い。逆に高麗でも平凡なものが多くある。内側に入って奥深く知らなければ、「造る」に於ける方法論は難しい。指摘することは容易だが、それを実際に具現化するに当たっては相当な困難を伴う場合が多い。例えば、「長次郎と同じ茶碗を作れ」と云っても、まず釉薬でさえ不可能なのである。加えて造形もダメ。そんな世界である。平凡なものにも、苦心があり、練られた思考が存在していたりする。
用の面は知識で語れる範囲であるからして指摘も好いが、それはあくまで「枝葉」の話。枝の繁りが悪いというのはよくないが、枝葉の繁りで以て本体を評価するのでは本末転倒。柳の議論にも、知見は正しいが、方法論では少し違和感がある。しかし本筋の指摘はとても鋭い。そも現代でもそうだが、「楽」はブランドとして、何か表立って批判する事が憚られている。特に昭和の時代における自由な批判展開という時代で在ってこその指摘だろう。

世間はいろいろと

いやいや、三連休でありましたか。ちょっと食材を買いに出掛けたら、見事に渋滞で溢れかえっておりました。しかし滋賀県なぞでドコヘ行くのだろうか?と思いつつ、まぁ・・・私もそうですが、お買い物ですよね・・・。

最近は動物がウロウロする事も少なくなった様で。すっかり冬支度も整ってきた頃でありましょうか。今年もあと一週間。2012年。去年は大晦日に野兎と遭遇したり色々ありましたが、今年は・・・さすがに龍には会わんだろうかと思います。可能性としては雷があろうかと思いますけれど、まぁ無いでしょう。あれば面白いですね。

ともあれ、今日は皆さんもお忙しい事かと。

こちらも手短に終えておきます。

寒空。

今日はさすがに・・・と云っても、最近は日付が変わってからの更新が多いのでありますが。

積もるわけではないものの、雪も降り、氷も色々と。室内温度も3~4℃くらいでありましたか。呈茶の手伝いにて終日水屋から呼び込み?など。寒空の中でもおよそ120名程の来客がありました。寒い中では、温かいだけでも嬉しい様子。同じ抹茶でも、やはり環境で好みも違えば、感じる味も違うのでしょうか。

世間は色々と。クリスマスなども・・・あぁ、日付が変わったので今日は前夜祭ですか。折角だから今日は野菜鍋でしょうか。白菜の新鮮なものがありますので、今日の献立は決まりかな。先日は餃子でありましたが、一応ケーキも焼いたりしたのですよ。今年は嫁さんが忙しいので、小生が・・・。まぁ、巧く行かなかったので画像は存在を抹消された様であります。

洋菓子など、まぁ作る事は早々ありませんが、なかなかに難しいものですね。あれも、素材を如何に引き出すかという辺りでしょうか。単純なものを巧く、もとい旨く作るのが難しいというのが、何となしに判る様な気がします。和食もそうですが、洋食にもそういった側面があるようで、スポンジ1つでも、一流のものには一流なりのものがあるようで。

しかし最近は、「いっそ買った方が安くつく」というものが世の中多いですね。食べ物関係、日用品関係などは如実にそういったものを感じます。「機械量産の恩恵」または「マニュアルの確立された量産体制」という辺りでしょうか。便利になったものでありますが、なかなかに、あまり嬉しく無かったりするのは何故でしょう。滋賀県などは飲食店もチェーン店が多いもの。そういった合理化、最も合理的に最適化され、行き着いた成果が在る様で、実際に便利で、重宝しています。

そういった意味では、ケーキもそうでしょうし、正月料理もそうでしょうか。まぁ一見、人間は機械に労働をさせて、利益だけを享受しているわけですが・・・。個人的に、機械が「モノヅクリの楽しさ」を独占してしまって、人間には御金だけが残されているような気がします。まぁ、単なる視点の問題でありますが、「お金と楽しさ」であれば、およそ「楽しい」を選択する人が多いかに想うものが、結果的に「利益」を選択してしまっているのは・・・なんでかなぁ・・・。

などなど。「一体クリスマスくらい普通に楽しんだらどうなのか?」などと思案しております。

暮れの一日。

今日は少し大津方面に用事があったので、思い立って「寿長生の里」などに寄り道しつつ。

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少ない人員の方々ですが、皆さんとても心配りをしてくださる方ばかり。
茶席にて一客一亭の茶も頂戴致しました。御軸は蓮月尼の干柿、画・賛。
柿の痩せゆく姿に、冬の深まりを愉しんでいる、という主旨の詩にて。
敷き松葉の庭を借景に、暮れの茶席。茶杓は御店主の自作。

まぁちょっと、今日も忙しいのでこれくらい。

そういや先日のクリスマスと餃子。何かの伝統行事とかそんな真面目な記事では
ありませんので悪しからず。時々、妙な記事が入っているのですよ。

でわでわ。

柳宗悦『茶と美』読解。9

『茶と美』読解。9
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第三章『高麗茶碗と大和茶碗』より  抜粋と雑感其の3。
(柳が出版した初版本は、現在の書籍と章建てが異なります。
ここでは、1941年初版に準拠して読解を進めています。)

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とかく仕事に遊戯が残る。あふれる趣味から求めたものにしても、それで押しただけでは仕事にならない。物を作るのはなまやさしいことではない。順序があり修練が要る。「楽」の不覚は仕事がまだ素人の域を出ないことにある。素人くさい仕事ではないか。だから本焼までは手が出しにくかったのである。せいぜい焼くに楽な楽焼でことをすませたのである。楽焼が茶碗に適うというのは、あとからの口実と思える。なるほど柔らかで温かく、飲み心地がまたとなくよく手ざわりに言い難い嬉しさがあろう。しかしそれは「楽」の功徳であっても、美しさの極まりとはいえぬ。形にしても素地にしても釉にしても本格の位を得るだろうか。その技は結局優雅な慰みというに過ぎなくはないか。仕事らしい仕事となるだろうか。焼物道の上から見て、究境の法たることが認められようか。
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柳の楽焼批判。茶道を象徴する楽焼だが、技法的には微妙な位置にある。専門にやるような作家は滅多に居ない。茶をやらずとも長次郎は大半の者が認めるし、光悦を好む者も多い。しかし楽はどうしても、ブランド指向が非常に強力である。楽家の製作でなければならぬ程に、それは徹底しているかに感じる。準じて大樋という辺りで、茶道で名を得ていない者が作った楽茶碗など、全く無用の長物として見られる側面がある。
技法面では、半可通的に、焼成温度が低いこと、楽チン(?)なことを「素人くさい」と判断する向きもあるだろうが、それほど楽焼は「楽」では無い。当時の薪窯に比べれば「楽チン」であるが、製作当時は「今焼」である。「楽」を云えば現代的な電気窯などは「極楽焼」になってしまう。即席といっても焼成準備に数時間が必要であり、総計すればガス窯を焚くのとそれほど変わらない。何を以て本格とするか、というのはどうなのか。焼成に詳しく無い柳であろうから、ここらは河井や濱田の楽焼視点が入っているのではないかと思う。昭和は技術時代らしく、技術の進歩性・退歩性が美の一大評価基準だ。しかし仁清が云うように、「どんな土だって焼物になる」のである。「本格」とは何だろうか。

此の手の論法は今でもある。伊賀焼は1300℃を何日も続ける。一方、備前は最終日にようやく1200℃という程度である。焼物として、備前を「生焼け」と称する向きもあれば、伊賀を「過剰焼成」と評する向きもある。磁器などで1300℃高温焼成の本格派?みたいな商売文句も見掛ける。ガス窯で焼いたからダメ、薪窯で焼いたからOK、電気は最悪など。一面的を得ているからややこしいのだが、そも焼物というものは土に問い、炎に問い、仕上がりを問うのが「本義」である。死んだような生焼けはどうかと思うが、最終的に素材が生きていればいい。縄文土器を「生焼け」と云う人間は居ないだろう。長次郎は瓦師という話もあり、瓦という「焼物」を製作している。設備的に小規模低温焼成に拘る必要は無い。その気になれば高温焼成も可能であっただろう。利休が後背であるのに、資金面で云々ということは考え辛い。技法的に瀬戸黒の流用という説もあるし、中国渡来という説もある。七宝焼も温度が低いし、唐三彩も温度が低いし、ペルシア陶器も温度が低い。個々で「伊賀は高温焼成」などの評価はあるが、楽は低温焼成を活かしており、これが高温焼成では眼もあてられぬものになろう。別に楽の焼成が間違っているとは思わない。意図的に低温焼成を選択しているのだと感じる。柳の「楽は素人陶器、井戸は本格陶器」という断言には「焼物の半可通」、または「作陶家の嫉妬心」の匂いがする。

しかし柳の楽焼論は、この一部を除いてそれほど的を外したものでもない。実際、そういう素人茶碗だと思う。なぜなら、粗末な茶碗であることが大切な要素なのである。柳の云うように、意匠を凝らしたり、品質を無為に高めて本焼成にしてしまったら、この特質は失われる。楽は特質を活かしたもの。しかし柳は、楽茶碗に関してこれを認めない。「わざとらしい」と批判して、興に乗って無用の批判展開をしているように感じる。ただまぁ、長次郎作でも、「作為的」と感じる茶碗はある。柳はそちらだけを見たのかもしれない。無作為の静かな茶碗は好きだが、正直、私も動きの強い長次郎は、あまり好きではないし、作為的だと思う。一説には長次郎は工房製作であり、茶碗の捻り手が2人居たとも聞く。

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どんな大名物の茶碗を裏返しても銘はない。「井戸筒」、「喜左衛門」、「九重」、「小塩」、「須弥」、こんな勝手な名は茶人から拝領したので、作人とは縁が無い。高麗のものはどんなに名器であろうと、一から十まで無銘である。どこの誰が作ったか、そんなことは分らぬ。分からないで沢山な雑器である。(中略)しかし大名物の一切が在銘でないということだけは熟知していていい。無銘と美しい器物とにはそんなにも血縁が深い。

だがすべての「楽」は在銘である。豊公が贈ったという金印に物をいわせる。印がない場合は、茶人達が代って何の某の作だとやかましくいう。のんこう作、光悦作、道八作、何誰作、名だたる作人の名を呼ばないと気がすませない。それらのすべてのものは落款に誇る。評する者も個性でその美を讃えようとする。だがこんな見方でいいのか。(中略)人間の修行は吾を越えることではなかったのか。自我に美しさがあるなら、無我には一段と美しさが増そう。(中略)だが「楽」にはいやらしいものがいかに多いことか。
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作者銘のコト。血縁は深いけれど、銘は正直、器自体の価値を左右しない。もちろん、商売的価値ではないが、近年は価値のモノサシが金銭的価値の一本しか持ち合わせない人も多く、銘、即ち「〇〇作」の過剰評価が陶の世界を毒している存在であることに異論は無い。高名な作家でも、「〇〇作」と「〇〇造」をを使い分けたり、工房作品に個人名を被せたり、およそ道徳的とは思えない事を平気でやる側面がある。あれは嫌いな作法だ。しかしまぁ、儲かるんだろう。

茶碗で云えば、主役は茶である。脇役が茶碗で、作者銘なんぞは下の下である。それが本来。それが見えないと、いつまでも肩書で物を判断するコトになる。人間を肩書でしか判断出来ないという、およそ人道修行の茶道人とは縁遠い態度に滞留してしまう。柳の見た茶道世界がどういうものであったかは判らないが、基本としてはそういうコトになるだろう。

そういった意味に於いて、作者銘でモノを評価するという世界はどうなのか?という柳の指摘は正鵠であろう。茶の宗匠、家元や高名な茶人、つまり「先達」が手捻りしたものであれば、これは尊重して然るべきもの。掛軸と同じであろう。しかし「陶工」は「茶人」ではない。もちろん人間として制作者に感謝する事は、御飯を食べる時に百姓さんに感謝するのと同様の話である。しかし茶道に精通した陶工といっても、茶人として崇められるほどではない。故に、例えば長次郎の茶碗にしても、利休を想い浮べてこその敬意は判る。しかし長次郎自体を崇拝するのは、まぁ茶陶作家あたりに留めておくべきだろう。よし光悦、ノンコウ辺りになると、その個性美を賛美するのは少し異質な感がある。「え?楽焼ですよ?」という感がある。楽焼が登場する時は、すべからく「利休の侘びの呈示」であろうかと思う。決して「高級な茶碗で御座い」で在るべきではないと思うのだが、どうだろうか。

そういった意味では、楽の、特に「楽」の印を全面に押したり、見込みに点々と押したり。あれはやはり、金印に物を言わせている感がある。あの手法は著名であるが、浅学にして明確な「茶道的理由」があるを知らぬ。家元の花押とは「格」が違う。加えて個性の問題だが、楽に「デザイン」が要るのだろうか。「利休の茶碗」という側面で評価するなら、長次郎に在る没個性的・素朴で奥深いものを秘めた茶碗こそであろうかと思う。これは全く個人的な感慨だが、光悦の楽茶碗に「デザイン的な意味」は感じても、「楽焼としての本領」を感じる事が出来ない。「利休の姿を感じられない楽茶碗の存在意義」とは何か。デザインをやるなら、粗末な技法ではなく、高温焼成でやるべきものだ。簡単に壊れるような茶碗でやる仕事ではないと思うのである。まぁもちろん、自由にやれば好いのであるが、そういった意味では楽家も二代目以降、長次郎的な茶碗も見掛けるが、作為的な茶碗が割合に多いように感じるのであって、どうも利休的な匂い、禅の匂いを感じる事が出来ない、「見栄の強いもの」が頻繁に存在するのである。

ホントの個人的な考えだが・・・。千家十職、これは百貨店が商売広告的に付けた名称であるものの、そこを肩書とするならば、やはり千家の思想、利休の思想に徹するべきであろうかと思う。経済上、個人主義のものも無ければ生計が立たない茶道具工芸家とは訳が違う。利休茶を専心してやらぬなら、これを返上すべきが本義だと思う。そうして、改めて利休茶道に専心して製作する者に与えればいいと夢想するのだが、おそらくは小生の無知・無恥な発言であろうから、まぁ見逃して頂きたい。利休に預からない者が利休の名前を借りるというのは、「マスコミ的な著名人依拠広告」として広く行われている。つまり金銭や見栄が理由であって、全く冒涜に近いものではないだろうか。

柳の理論に賛成である。銘は正直、無くていいものだと思う。「無銘であれば素晴らしい」という勘違いは置いといて、落款というものは「枝葉の問題」であろう。本質的な茶碗の性質を問うべきであり、作者銘が彫って在ろうが無かろうが、本体の美を阻害するもので無い限り、別にどうでもよいのではないだろうか。多少の理由があるとすれば、申し訳程度の、「分かる人がようやく分かる程度のもの」を入れればいい。それで十分に役割を果たす。見る側も、尊敬、または親しく敬愛する作家が居れば別であるが、そもそもは道具自体、その「自然素材の活かされ具合」というものに着目してほしいと思うのである。

まぁ、基本的に「銘」は見栄と、商売上のもの。一応、贋作転用の防止もある。基本的に金銭に絡むものが多く、積極的な肯定理由に乏しい。本来やはり、道具が素晴らしいなら「肩書」(銘)は関係無い。繰り返すが、「人間が素晴らしいなら肩書は関係無い」という精神に根差していけばいい。茶道という人間修養において、1つの大切な要素であろう。断っておくが、「一定の肩書を尊重する」のも礼儀の1つであるし、「如何なる道具をも粗末にしない」という精神も大切である。肩書を毛嫌いする必要は無い。あくまで、臨機応変で在ればいい。それが、「道具の取り合わせ」に「修養深浅の円熟」を示すことになるのだろう。若い茶人が「手製の楽茶碗」などとやると、何だか深みが感じられない無いように、様々に難しいものだろうかと想像するのである。

あ。一応記載しておくが。掛軸の様に「作者こそが作品そのもの」という様なものは、「誰が書いたか」というものが本体となり、「文章の内容」というものは「枝葉」に相当することになる。利休時代も掛軸は「文章の中身は理解できなかった」というものである。筆運びがどうとかでもなく、要は「禅の始祖が書いたもの」である事が本義であり、これが掛軸の根本だろう。要は「主体は何か」という観点で物を見るということ。「銘は大事」とか、「銘は関係無い」とか、本義に基づいて個別に理解・判断をした結果のもの。判断の作法を覚えれば、無用な暗記をする必要はない。例えば「金銭価値が主体」であれば、「銘は必須」であり、「作者銘に釉薬が被らない様、釉掛けに手間を掛ける」というような事を普通にやる。まぁ実際は「金銭」よりも、「よく分かるようにして欲しいという顧客要望が多い」というのが、一番の理由であろうか。

この辺りの姿勢を勘案して、柳は「在銘は精神堕落の結実」と断じているのである。

そういう季節。

そろそろクリスマスなので・・・

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今日は餃子を作っておりました。


茶と美は時間が無いので進められていないのですが。
年内には目途をつけておきたいと思っております。

とりあえずこんなトコです。

漆も教室納め。

今日は漆。教室も今年最後でありました。

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柿合の棗が1つ、ようやく完成という辺りであります。
水指の蓋もなんとか完成しました。
完成品が出来て来ると嬉しいですね。

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午前中は先週と同じく、喫茶店で「工藝の道」と睨みあい。
今のトコはどうにも批判さるべき文章の引用が多いのですが、
根本的な部分、理論の根幹部分は非常に卓越した理論です。

追々ですが、「茶と美」だけでなく「工藝の道」も思案しています。

柳宗悦『茶と美』読解。8

『茶と美』読解。8
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第三章『高麗茶碗と大和茶碗』より  抜粋と雑感其の2。
(柳が出版した初版本は、現在の書籍と章建てが異なります。
ここでは、1941年初版に準拠して読解を進めています。)

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意識の作、無意識の作。この言葉で相対してもいい。もし無意識といういい方に角があるなら、理解の作、本能の作とこういいかえてもいい。「楽」を省みてみよう。作る者、作らせた者は、どんなに美を考えていることか。この形でこの色でと苦心する。ていどがどうあろうと、ともかく美への理解や意識で仕事がなされる。彼らは美しき茶碗を狙っているのである。工夫を凝らしているのである。美の作為を企てているのである。でき上がれば騒ぎである。一国の出来ごととさえなてくる。彼らは茶人である。すでに平凡な人間とは違う。茶境に行いすます風流人である。たとえ作る者が職人であろうとも、作らすのはいつも美を識る茶人である。

だが「井戸」に帰るとしよう。場面が違う。眼に一丁字もなかった工人たちが浮ぶ。「茶」など嗜む暇はない。否、「茶」などてんで存在しない土地である。美の知識んど持ち合わせてはおらぬ。聞いたらさぞやまごつくであろう。だが彼らは作る。十分な意識は有たずとも本能で作る。だから作るというよりむしろ生まれるのである。(中略)作った物だとてたかが雑器である。自慢などしてもし甲斐がない。誰だって平気で同じようなものを作るからである。作った物を一々鑑賞などしてはいない。手荒くすばやく作ってしまう。そうして無造作に売り平気で使う。それで事がすむ。始めからそんなものなのである。いかに「楽」とは性質が違うであろう。さて、でき上がった品を比べて、どっちに勝ちみがあるか。茶碗は高麗に限る。これが結末である。
>

さて、そろそろ読者の方でも反論が出来るだろうか。おそらく彼は歴史小説でも読み込んで、過去の人間や、その生活を想像したのであろう。しかしそれは、事実に基づくものでも何でもなく、虚構の設定である。当時は日本における歴史学は相対的に未熟であり、「現代的な価値観で過去を評価する事」の誤謬認識が、大衆の間には共有されていなかった。
個人的な記憶ですが、小学校の先生が「私は織田信長が嫌いです。お坊さんを沢山殺したからです。とても悪い人なんです。」という話をしていた覚えがあります。当時既にして太閤記などを読んでいた小生としては、「は?」と思ったモノでありました。これと同じくして、「職人というものは無学である」、「農民というものは無学・素朴である」、「近代以前の人々は封建制の下で暗い生活を送っていた」、「人々は権力に抗うことを諦めていた」、「ただ日々の生活をするばかりであった」、「道徳心は整備されていなかった」などなど、現代と比較して、過去の人々を哀れんでいる様な節が、現代に於いても存在しています。同時代でも、先進国・後進国などの意識がありましょう。裕福なる上から目線で、貧しくとも充実した日々を暮らしている人を見下してしまうような、そんな意識によるものです。儒教など道徳では戒められるものですから、人間の宿命的な感覚でありましょうか。子供を理解するには、その見ている世界を見ます。同様、信長を見るには信長の、高麗の陶工を見るなら陶工の環境を思考せねば、正確な理解者ではありません。

柳も冷静ではあったかもしれないが、「歴史小説というものが虚構を用いている事」を知らなかったのでしょう。知識不足による馬脚です。事実、実は現代とて、楽市楽座の詳細は史料不足で不明であるし、桶狭間の合戦1つでも、一体どんな規模で何人の軍勢であったのかさえ不明。歴史小説は、空想によって数字を設定し、推定によって意味をつけます。それ故に、「小説」なのであるが、どうもそれを理解していなかったのだろう。小説や漫画を基盤として語ることは、一般大衆の責められるべき事ではないが、かように国家推薦図書として専門家が用いるには、非難を覚悟せねばならないものだ。

桃山時代の陶工。この当時の人々は、無学でもないし、弱者でもない。日々を集落の結束で暮らし、自治の中で生活を守る。飢饉の相次ぐ中で、強奪は世の常であり、強者だけが生存出来る世界。哀しみもあれば、強欲なる者もいるであろう。小説の中に顕れる弱き農民の姿もあるが、実はこの当時の農民は強奪を主たる生計としている。奪わなければ妻子は餓死してしまうという日々の中、相互に奪い合いを繰り広げていたのである。その強奪が、田畑の焼き打ちとなり、餓死者を増加させ、奪わなければ死を迎えざる餓狼の民を幾層倍と増幅していった時代である。織田家・豊臣家の初期領である東海や近畿一円、京の都、堺の商人が豊かな生活を得る背景には、「他国からの強奪品」による豊富な物資・豊富な奴隷、豊富な金銭という存在がある。つまり、その陰に中国地方や四国地方、甲信越や北陸の民の財産喪失が在る。およそ唐物茶入や桃山陶のバブル経済というものの背景であろうか。

ではそんな時代、農民はどうであったろうか。非常に強靭な人々である。向上心に溢れ、生命力も強い。知恵もあり、日々の猟も火縄銃を用いて効率化しているし、窯業技術も著しい進歩を遂げている。我々が勝手に見下して、想像している様な人々ではなく、現代と同じ「人間」の姿があり、個性があり、向上心もあったであろう。陶工と云っても、飢饉の時代である。呑気に土を捻っていただろうか。この当時、職人は高級奴隷として戦利品の一般的な「商品」であり、「流通品」である。その能力は平凡であっただろうか。呑気に製作を謳歌していただろうか。

さて、如何なる時代の人間も、向上心というものを持っている。孔子に向上心が無かっただろうか。聖徳太子は非道徳であっただろうか。ともすれば古来の人間を浅く見るのは常であるけれど、それは正しい推定の作法ではあるまい。「井戸」を作り上げた陶工とて、時代も、国も違う世界である。しかしどうだろう。無学だっただろうか。美への向上心は無かっただろうか。より良いものを作ろうとする心が無かっただろうか。

商人だけが営利を考えているのではない。同じように、一般大衆だって美を考えている。より美しいもの、より使い易いもの、また経済的に利点があるものなど、複合的な判断を行うのである。昔の民衆だって同じことを考えて生活していただろう。浮世絵をなぜ買うのか。有名人になぜ憧れるのか。美を意識しないのに「信長の妹は美女である」などと噂するのは何故か。昔の工人は、利益を考えず、美の向上も考えず、実用だけを追っただろうか。工人もまた民衆の一人である。民衆でさえそうであるものを、工人だけがそれを考えることなく居たというのは、およそ無理な相談である。

柳の考えるような、「およそ人間らしからぬ工人の姿」を推定する理由が、全く分からないわけではない。しかし想像力が貧困であるというのは、およそ此の手の思考であろう。雑器を用いるのは民衆である。であるならば、民衆が「美」というものを無視していない時代において、工人も「美」というものを、「どう在ったとしても無視出来ない」のである。仮に彼らの仕事が「無作為」を究極的に会得していたとするならば、何らかの徒弟修業の成果であろう。彼らは一心に製作したかもしれないが、必ず、親方なり商人の存在があり、買い手の、また使い手の美意識を反映しているのである。彼の云う井戸茶碗だとて、親方の指示があり、徒弟で受け継がれた形があってこそのものである。美術という概念は無かったかもしれない。しかし、「美を意識していなかった」などというのは、どうあっても認め難いのだ。「美人」という言葉が古来から在る限り、概念は無くとも、美への意識は古来存在していると認めるのが、至極自然な結論であろう。

さて、「楽」を「個人作家・美学の創始」などと断言し、「高麗」を「無学な工人による美を意識しない雑器」とした上で、「無学な工人こそ最高の美を作るのである」という結論を断言した柳の民藝論は、どうであろうか。改めて引用した文を読んで頂ければ瞭然に直感出来るだろう。理論が極めて薄っぺらいのである。

まぁ、ホントは簡単な話だ。小学生だって、「格好いいもの」を作ろうとするのである。彼らは美術に堪能だろうか。理論武装しているだろうか。人間には本能的に美を追う側面がある。その本能は動物にもあるかもしれない。桃山時代の職人に、「美の哲学を知っているか?」と聞けば、「知らん」と答えただろう。しかしどうか。「いいものを作ろうとしているか?」と聞けば「あたり前だ、馬鹿。」くらの返答はかえって来るだろう。柳の理論を井戸の制作者に問うてみよう。「美なんか判らないだろ?」と聞けば「知らん」というだろう。しかし「いいものを狙ったら、俗物が出来て来るんだよ」と聞けば、「そんなことがあるか、馬鹿。」と答えるだろう。

実感としての無作為は理解が簡単である。筆を持って、眼の前の紙に〇を10個書けばいい。そこには金銭も、見栄も、体裁も掛かっていない。しかし、「巧く書こう」とするだろう。そして、10個の内、一番よく書けたものはどれか?と問えば選ぶこともできるだろう。繰り返して100個書けば、100個の円がある。そこに美学は必要無いが、美への意識がある。柳が推定したのは、「美の意識が無い製作=無作為」だが、そんな製作は実際問題として有り得ないのである。

実感として、柳の理論は机上的であり、空想的である。

まぁ、少し擁護しておくと、机上論は事実誤認も多いが、正しい場合も在る。後々に出てくるが、柳は「単純なものほど美が優れている」と呈示する。それは上の「正円を書く課題における美」という問題になる。「誤魔化し」が効かないのである。鉛筆ともなれば技術も十全である。100個書いても、1000個書いても、「巧くならない可能性」が高い。しかし優劣はある。自分で書いた10個の円。巧く書けた1つを選び、それが巧く書かれた理由を自問自答してみればどうか。そこに理由は無いだろう。では定規やコンパスを用いて円を書いてみればどうか。定規で書かれた真円に圧倒的な美を感じるだろうか。

単純なことに真理が多いのは確かである。「手仕事の正円」には味があり、「定規の正円」には味が無い。空想上の美学で「完全な真円が最高の美」とする誤謬も大衆思考の常であるが、柳の「定規は美の意識によって作為的に用いられ、美意識の始まりは美の堕落である。」と定義するのも過剰反応であり強引な結論である。出発点が正しくても、理論の展開に失敗し、自らの小賢しい知恵や思想を振り回し、自縄自縛するほどに、美は遠ざかり、真理の見えない者、「目利き」が「目暗」になっていくのである。柳は、これを言葉で知り、理論として訴える一方で、己も罠に墜ちていることを自覚出来ていない。医者の不養生、ここに在り。

「無作為」と「工芸」というものを考える時の基礎となる「現実の感覚」は、とても単純なものなのです。工芸家は理論家ではありません。「円を美しい円として書くこと」が「無作為の精進」であり、一方、「奇抜な円の書き方」を思考・試行するのが「作為の精進」です。とても、とても、単純な話なのです。「作為は美を深めない。無作為は美を深める。」その直感は単純。なんで判らんか?って、難しく頭で考えて、感じていないからでしょう。しかし理解はともかく、「無作為の精進」を実践するのはとても難しいのです。「誰が見ても、彼の書く円は最高である」というものを、小細工無しで紙に鉛筆で書くのですあり、発想力も小細工もない世界が最も厳しく、難しいのです。作為に溢れるものは、往々にして無作為の精進不足を伴います。それだけの話であります。

柳宗悦『茶と美』読解。7

『茶と美』読解。7
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第三章『高麗茶碗と大和茶碗』より  抜粋と雑感其の1。
(柳が出版した初版本は、現在の書籍と章建てが異なります。
ここでは、1941年初版に準拠して読解を進めています。)

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同じく茶碗と人は呼ぶ。いずれにも無情な美しさを人は感じる。「井戸」を讃えて「楽」を讃える。だがそれでいいものかと私は問う。どの品でも名器と呼ばれるほどのものには何か取得があろう。だが私はそんな所に見方を止めたくない。取得くらいに慰められては哀れではないか。深いもの浄いもの静かなもの、美しさの中に進んでそれらの性情を求めよう。それに応じきれる器となら手を握ろう。茶碗を眺めて私はかく考える。

(中略)飯茶碗の作り手は名も無い朝鮮の工人である。だが抹茶茶碗に創り変えたのは名も高い茶人である。私達は後者の並みならぬ眼識を讃えていい。彼らが居なかったら器物はもとのままの凡々たる飯茶碗に終わったであろう。しかし同時に次の真理をも忘れてはならぬ。もしもしれが飯茶碗でなかったら、抹茶茶碗とは決してならなかったであろう。このことこそ最も不思議な真理である。読者よ、凡々たる食器が茶器として光ったことを記憶されよ。否、それらが凡々たる雑器であったからこそ、光が輝いていたのだという所まで考え抜かれよ。これを見過ごす者は、美を見過ごすであろう。
>

冒頭文なので引用したが、そろそろ面倒になってきた。柳の突き止めた不思議な真理「飯茶碗じゃなかったら茶人が取り上げなかった」は、全く「不思議な真理」ではなく「不思議な妄想」である。なんでこんな結論が出て来るのか、全く理解が出来ない。それに、そもそも飯茶碗じゃなかったのだ。「飯茶碗ではなかったが、茶人が取り上げた」ことになり、事実が柳理論を完全否定した。それに元より舶来品であり、当時の日本人にとっては「舶来品唐物」。飯茶碗として輸入されるなどとは考え難い。当時の商人だってそんな説明はしないだろう。史上、明治以降になるまでは、飯碗は「木椀」であり、高級飯椀は「塗椀」である。飯茶碗として招来されるなどという可能性は極めて低い。

そも「美の目利き」であれば、「肩書にこだわらない」のであるが、「こだわらない」という事は、「高いものも、低いものも同列に見る」ということになる。しかし柳の解釈は「肩書にこだわらない」=「肩書の低い雑器にこだわる」という低俗な論理展開である。更に云えば、実際には楽茶碗や信楽、竹花入に代表されるように、当時の茶人は肩書の低いものを意図的に選択している。つまり、「雑器にこだわっている」側面がある。しかしそれは「雑器だからこそ美が宿る」などと考えての結論ではない。理由は何か。これが柳には理解出来ていない。茶は「美」によって一元的に器を選ぶのではない。多元的である。茶道的な視点に欠け、歴史考証の態度に欠けた柳では、この複雑な成立条件を見抜く事が出来なかったのも当然である。これを「真理」などと語る態度はどうか。禅に精通していたとしても、「論語読みの論語知らず」であったのか、実践が出来ていない様に感じる。禅は「不立文字」に知られるほど、言葉というものを過大なまでに重大認識して慎重に扱うものだ。少なくとも彼の言葉に対する態度は、情熱的ではあるが、誠実ではない。

そも雑器とは何か。一般民衆にとって陶磁器は高級品。食物を得る事も難しく、餓死者続発、天災と戦争によって繰り返される大飢饉。例えば利休が用いた竹一本でも、あまり勝手な伐採は許されていない。材木はこの当時、あらゆる燃料、あらゆる製品の基礎原料であり、現在の鉄に相当すると考えればよい。そして戦時体制下である。武器も木材、弓と槍。この当時も薪窯などというもの自体が高級品である。そういった状況下で、何故に焼締めの壺が必要であったか。それは高級であろうが、生死に関わる重要な実用品であったからだ。例えば大壺は水を腐らせない効用がある。いわば冷蔵庫。現代とて水は死活問題である。信楽の種壺も同じく、適湿を保持し、命よりも大切な種籾を腐らせない「魔法の壺」である。信楽の種壺だって、雑器ではあるが高級品なのである。バブル期の冷蔵庫みたいなもので、高額だけれども必需品に近い存在のもの。雑器がいつも安く民衆に在るというのは、単なる思い込みに過ぎない。例えば今の工芸品は、雑器といえども「民衆と近しい」とは云えない。その位置にあるのは「工業製品」である。

「美しいものは井戸が随一⇒利休が井戸茶碗を取り上げた⇒井戸は飯茶碗だった⇒飯茶碗は雑器であった⇒雑器は安いものだった。」などという、慎重な考証を欠いた推定を、「真理」として宣言したのである。ついで、「安くて雑器であるものは、無条件で美しいのだ」という議論を展開する。「逆は必ずしも真ならず」という論理学も会得していなかったようで、議論の下手な日本人の代表格であろう。感情論と言われても仕方が無い。

まぁ、第三章『高麗茶碗と大和茶碗』に関しては、彼の名誉にもならないし、勘違いを誘発するだけであるからして、封印する方が好いものだと思う。歴史学も発達し、考古学も進歩した。歴史的思想表現としても、せめて「誤まった理論」であることを注記すべきであろう。「井戸茶碗は雑器」という話は、完全否定されるまでは至っていないが、「かなり疑問符が多い」という状態である。

年の瀬

今日は茶道の稽古納め。花月稽古でありました。近江では朝から雪模様。出掛けないせいか、あまり年末感が無かったり。自然の風物は、特段に年の暮れと云っても、正月といっても、秋の紅葉が完全に散り切ってしまって、落葉が土色に還っていく辺りの景色。別段に「目出度い」という季節感もなく、年の瀬という季節感もなく。

正月は旧暦で見て、2月の極寒の時節でしょうか。冬が全盛期を迎えて、春へ向かう頃合いということで、そちらは何となく、正月という感じが無くも無い様な・・・。でも2月って寒いですよね。古民家などはホントに極寒です。

今年はも少し、呈茶の手伝いがありますので、茶納めまではもう少し。今年は徹底して基礎の稽古。茶陶でも基礎的な部分を色々と。漆も基礎からでありましたか。まぁ、まだ1年をマトメルには少し早い様な・・・。


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夕刻からは忘年会。昨日に引き続いての豪遊?でしょうか。

う~む。しかしなぜか・・・忘年会を経ても、あまり年末という感じがしないのですよ。
稽古場の掃除もあったんですが・・・

う~む。何が足りないのかなぁ・・・。

年の暮れ。

連日疲れる記事を書いております。すいません。

すっかり年の暮れ。今日は今年で初めての忘年会でありました。忘年会始め。

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茶道稽古も明日が稽古納め。今日は社中の忘年会。ちなみに稽古納めの夕刻からは茶道青年部の忘年会。忘年会ってなんだろなぁ・・・と思いつつ、今日は雪も舞っておりました。まだ積もる様な気温では無さそうですが、年末辺りはどうでしょうか。タイヤを換えておかないといけませんね。昨冬は「まぁいいだろう」などと思っている内に冬が来たんですが・・・。

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そうそう。「餅を買って帰るかね~」という感じで、街中のリサイクル店で拾いモノをしてきました。子供心よろしく、写真でも載せておきます。びっくりするくらい安かった。コンビニアルバイトの日給くらい?で、6800円。丁度安手の、使い回しの好いものを探していたので、つい。個人的にはONKYOの音の方が好きな気がしていたのですが、この辺りの値段帯ではまぁ、どれにしても不足はあるものでしょう。2004年の型式。昔はオーディオマニアになりたかったもの。頑張って数十万とかの高額なヤツが欲しかったのですが、今の仕事では無理ってもんです。写真はとりえず置いただけ。置き方や敷き板などで微妙に変わるので、出来る部分くらいは試行錯誤したいもの。とりあえずハシオキでスピーカーを浮かせたら、響きが少し改善されました。

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いつぞやに買ったCD、お気に入りです。毎日聴けるような演奏が好きなのですが、なかなか少ないものであります。暗い演奏より、明るい演奏が御好み。およそ皆さんも、食器宜しく「お気に入り」というものが繰り返し登場するものでしょうか。CDの売り上げにはなかなか貢献出来ないのですけれど、1つのものを使い込んで下さる方というのは制作者として嬉しいもの。ま、そんな事を言ってるからいつも懐が寒いのでありますが。

ちょっと、ホントにささやかな楽しみです。

柳宗悦『茶と美』読解。6

『茶と美』読解。6
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第二章『 「喜左衛門井戸」を見る 』より  抜粋と雑感其の3。
(柳が出版した初版本は、現在の書籍と章建てが異なります。
ここでは、1941年初版に準拠して読解を進めています。)

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今の人が「大名物」だから崇め、「大名物」のみを崇め、他の民器を見捨てるのは、すでに眼に曇りが来たからである。直感を働かす機縁さえ来るならば、吾々はかくも遅鈍ではいられないはずである。。あの「井戸」と同じ美を有つ無数の雑器が、吾々の周囲を取り囲んでいるからである。いかなる人といえども、ものをじかに見ることによって、「大名物」をこの世に無数に加える特権を有つはずである。そうして吾々の周囲はかかる悦びを有つのに、茶祖の場合より遥か好状態にあるのである。
(中略)もし茶祖が今甦るなら隋喜の涙を流すであろう。そうしていかにこの世に美しい器が多いかに感謝の声を放つであろう。そうして新たな形において茶室をさらに加え拡げるであろう。そうして現代の生活に適し、民衆に適する「茶道」へと進むであろう。美しい器物はかつて見たそれよりも、さらにさらに豊富だからである。
じかにものを見る時、私達の眼も心も多忙で無いわけにゆかない。
>

名物に喜悦する。権威主義というものは古来問題とされてきた道徳の話。茶器で云えば箱書とか伝来というものは、美と同列に語られて好いモノだ。重要である。しかし人間国宝かどうか、という話は全く関係が無い。その辺りで云えば、人間国宝の作品は、それほど茶道界で有難がられているわけではなく、昭和の巨匠辺りの作品も、実際には除外されているに等しいものが多い。民藝品も、随分と茶道に縁が深そうであるが、やはり結局、あまり採り入れられる事は少ない。

話は、やはり柳の云う様に「直感」である。人間国宝の作品といっても、デカイ茶碗というものは本能的に使う場面が乏しいコトを感じる。民藝品には、やはり食卓が相応しいことを直感し、食卓の器を茶室に並べ立てるというのも、何とも場違いだと感じるだろう。食器と茶器の違いは、それが畢竟、「モテナシ」であり、「大切な親しい客人に呈する器」である。いかに民藝品が美として優れていても、なかなか、「台所のモノ」を「客人に」というのは、勇気も必要であるし、客人も選ばなければならない。

で、いざよし、それをと想ったとして、しかし大寄茶会しか行われない昨今である。加えて「流派の看板を下げる限りは」という保守思考も働くであろうし、「若輩の身で創意などとおこがましい」という自制もあるだろう。どこまで通用するかと云えば、あくまで個人的な茶事茶会の範囲に限られてくる。姿勢というよりも、現代の茶事茶会事情を変えなければ仕方が無い。表に出て来ない場所、つまり個人的な場所では、意外に色々な事が行われているのではないだろうかと愚考するのだが、どうだろう。器を楽しんでいる人は、本当に愉しんでいる。

『南方録』を鵜呑みにしてはならんわけであるが、利休は「やがて茶道は広く流布して、本質が失われれる」という趣旨の事を想ったとされている。勝手気儘な個人主義、個人解釈に陥るという意味か。禅僧利休として考えれば、茶室はその仏道道場である。道場としてどう在るべきか、というものが課題であろう。戦後的な「広く普及させることは絶対的な善行であり究極目標である」という価値観で利休を捌くのはどうだろうか。仏僧は基本的に「寺院内で衆生救済を祈祷する」のであって、「全国民が仏教徒にならなければ救われない」、などという「全国民の教徒化」という思想は持っていない様に思う。禅の世界は更に狭くなる。まぁ、これも創造の話ではあるが。

大衆が権威主義によって民藝を賛美する事は、何故ダメなのか?。

そんな議題が出てきそうな観あり。宗教などはおよそ、そういった世界だろう。茶道にもそういった側面がある。偉い人、例えば仏陀や孔子、また利休などの言説を絶対的な基礎とするのは、それほどに見苦しいことであろうか。要は自由主義と法治主義の話に展開していくのである。柳は、民藝賛美によって大衆を無自覚的に熱狂させるような権威主義を採用するかの誘導を見せつつ、しかし「民藝をも自分の眼で見なければならない」としている。それほどに、「眼が出来てくれば必ず民藝の良さが感じられる筈である!」という盲目的な愛情があったのだろう。

美の価値判断。「目利きによる王権制」であるべきか、「個人主義による自由放埓制」であるべきか。理想は歴史的に「中庸を上」として、「適宜の権威流動」が必要となる。これもまた、厄介な問題である。だが基本的には、目利きであればこそ、如何なる状況でも見ることが出来る。目利きの人が多くなればこそ、個人主義による自由謳歌的な美の百花繚乱が在るのだろう。低俗な美が賛美され、権威主義的なものを賛美している時代には、これをやってはならない。

さて、今の時代は個人主義への圧力が強い。しかして、相応しいのはどちらであろう。
前時代、昭和と較べ、目利きというものは向上したのか、下落したのか。

柳宗悦『茶と美』読解。5

『茶と美』読解。5
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第二章『 「喜左衛門井戸」を見る 』より  抜粋と雑感其の2。
(柳が出版した初版本は、現在の書籍と章建てが異なる。
ここでは、初版本に準拠して読解を行っています。)

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「茶碗は高麗」と茶人達はいう。正直な懺悔である。日本のものの茶碗は、朝鮮ものに及ばないことをいうのである。なぜ及ばないか。美の見処を自分で作為しようとしたからである。自然を犯そうとしたその愚かさによるのである。彼らには鑑賞と制作との混雑があったのである。そうして観賞が製作を掣肘したのである。製作は鑑賞に毒されたのである。日本の茶器は意識の傷に痛んでいる。
上長次郎、光悦から、下諸々の茶器作者に至るまで、多かれ少なかれこの病いに悩んでいる。鑑賞が「井戸」の曲み(タワミ)に美しさを見る。それはいい。だがわざと曲めて製作する時、もう曲みの味わいは破れる。誤まって窯の中で釉剥げが出来る。それは自然な風情である。だがその茶趣味からわざと傷をつける。もう不自然な器に過ぎない。高台の削りは「井戸」において特に美しい。だが美しいからといって無理にその真似をする。もとの自然さが残ろうはずがない。あの強いて加えたいびつや、でこぼこや、かかる畸形は日本独特の醜悪な形であって、世界にも類例がない。そうして美を最も深く味わっている茶人達がこの幣をかつて醸し、今も醸しつつあるのである。「楽」と銘ある茶碗のごとき、ほとんど醜くなかった場合はない。「井戸」と「楽」とは、出発点において、過程において、結果において、性質が違うのである。同じ茶碗とはいうが、全然類型を異にし、美を異にする。「喜左衛門井戸」はまさに「楽」への反律である。挑戦である。
>

上記理論を鵜呑みにする人がいて危険。抜粋して批判を加えておく。

意図的な誘導論述、再び。茶道では「唐物」は絶対的な存在で、利休時代で云えば朝鮮茶碗も「唐物」である。正確には「準唐物」(唐物と同等)というコトになるが、唐物の絶対的な上位を否定することは、即ち織豊政権の「茶湯御政道」への反逆罪であるし、茶道の源流である禅茶世界(台子点前)への冒涜である。コト、茶道の中心は徹底して「茶」であり、「心道」であって、「美」は二の次であった。その上で、「茶碗は高麗」とか「一井戸二楽」という言葉を噛み締めるべきである。現代の価値観に従って歴史事象を語るというのは、全く井戸端である。茶人の選択眼というのは「複層的」であり、柳のように「美の観点という単一判断」など行えば、何とも薄っぺらい茶道が出来あがることになる。同じく「複層的」に判断するからこそ、「黒楽」は浮かび上がるのである。

「長次郎は作為の始まり。最低。」という趣旨が民藝論であるが、受け入れられる事は少ない。そも「井戸茶碗が台所の雑器」という柳の提唱も、昨今の実学で否定されつつあり、民藝論に大震災をもたらしている。輪島塗で有名な「合鹿椀」を見たことがあるだろうか。「井戸茶碗の漆器版」であり、朝鮮由来の寺院什器。つまり、高級品である。その辺りの認識。朝鮮美術の専門家として現地で活躍した柳が「朝鮮の田舎を旅したら、誰だってこの光景(台所の井戸茶碗)に出会う」と書いたのだから、誰しもが疑わなかった。しかし井戸茶碗は見つからず、近年に窯跡がようやく見つかったばかり。まぁ、そこの話はいいとして、長次郎がダメという専門家は、およそ柳くらいなものである。その美は広く認められている。ややこしいので少し整理しようか。柳の理論は、「ためにする議論」で引用されやすい。

高麗茶碗:専門家⇒高評価、柳⇒高評価、大衆⇒低評価
黒楽茶碗:専門家⇒高評価、柳⇒低評価、大衆⇒低評価

作為に対する批判というものは、柳以前から行われてきたものである。

基本的な「作為と無作為」の理論は下記のもの。
「無作為」:最上位。自然にあるがまま。天衣無縫。
「無作為の作為」:次点。作為の制御による人工の美。
「作為」:美術で重要。事前にデザインしたり、個性を表現する。

「善と偽善」の関係に在ると云えば、誰しも理解出来るだろう。「心の底から善を積む人間」と、「計算上で善を積む人間」の違いである。これはとても難しい問題で、「どこからが善で、どこからが偽善か?」という議論に陥りやすい様に、「どこからが無作為で、どこからが作為か?」という議論に終始する、とても厄介な問題である。

で、厄介であるがために、しばしば、「自分に都合の良い線引き」を行うことが多い。柳は「高麗茶碗は無作為。楽茶碗は作為」と線を引いたが、長次郎の黒楽茶碗について云えば、作品によって作為を感じるものもあるが一般的に作為的とする場合は少ない。ただ、光悦になると、これは明白に作為的である。この辺りの観点が、柳の時代では異なるのかもしれない。

ともあれ、「線引きはこうあるべきだ」という理論を展開しても水掛論である。しかし作為と無作為は、禅的な問題にも繋がるので、茶陶に於いては軽視出来ない問題で、一定の決着は必要であろう。

作陶家の視点から言えば、彼はその理論を実践で証明していない。製作を行っていれば、黙々と何も考えずに製作する作品と、受注品など意図を用いて製作するものがある。作為に関しても、作為的な仕事と、無作為な仕事がある。基本的に自然に従って制作する限り、土が粗ければ粗い様に用いる。道具が決まっていれば、その道具を用いる。

柳が例として挙げた「井戸茶碗の高台」であるが、「竹の節高台」、「トキン高台」と呼ばれるものを指している。別に何の事は無く、削りの道具に同じものを用いれば、およそ自然にそうなるものだ。元々、削り道具にはそんなに種類があるわけではないし、桃山時代から現代まで、殆ど道具は変わっていないのだ。で、現代に昔と同じ道具を用いて製作しただけで「作為的だ」などと批判するというのは、何とも行き過ぎであろう。別に真似したわけでもなし、意図的に別の高台を作っても「作為的」になる。これは骨董界を始め、現代のもの全てを否定する「古作主義」において用いられる議論であり、此の手の理論展開を一方的にやるのは無知で卑怯である。ついで現代に最も自然な製作手段である「ガス窯」を用い、「機械ロクロ」を用いれば、「全く話にならない」などとコキ降ろすのである。

全く、実製作をやっている者からすれば製作の現場を知らない話で、机上の空論である。

実際的に言えば、井戸茶碗だって、弟子が師匠のやり方を真似しているだろう。「これがいいんだ」と言って受け継がれて、真似をする。柳理論では、これが「作為」に相当することになるのだから、全くの笑い話である。伝統の製作現場を全く理解していない言葉だ。加えて楽茶碗の場合も、凡てに於いて茶人の指導が入ったわけではあるまい。手で作る限り歪みは避けられない。成形時に円形であったものが、焼成時に楕円となる事は炎の性質上、珍しく無いのである。楽は高台付近が弱いことも多く、尚一層のことだ。そういった歪みをして、「わざと作為的に曲げた」かどうか、これを判別するのは実製作の経験に基づく知見が必要である。光悦や織部などは素人眼にも作為的に歪めたことが明らかであるが、長次郎となれば話は別であって、「制作者に聞かないと、偶然かどうかは判らない」というものになるだろう。現代作ともなれば、焼成跡などで歪みの作為は読み取りやすいものの、では機械は無心で作るわけであるが、どうなのか。そっけもない真円の器は、「無作為の器」である。それでいいのか。

話を身近にしてみよう。最先端では機械製の「歪んだ器」が登場して、よく売れている。新しいラーメン屋などで観る事が多く、カタログ的に販売されていると思われる。歪んでいるが、歪みが同じなので重ねる事が可能で、実用面は驚異的。手仕事では実際的に不可能に近い。・・・で、これは、実は一碗だけ出されたら、正直言って、手仕事で歪んだものか、意図的に機械製で歪めたものか、なんて事は詳細に見ないと判らないものが多いのです。器の釉や土、想像される値段帯などから総合的に直截的判断が可能であるものの、素人が判断するのは難しいくらい精巧に出来ている。おそらくは「手仕事のものを型取り」している。筆の濃淡まで詳細に機械転写された染付は専門職でも見抜けないそうであるが、こと、作為というものは、実際的に此の手の厄介な問題、「彼が缶を拾ったのは善か偽善か、答えよ。」みたいな話になるわけです。千差万別、判るわけがないのです。

よって、「無作為」というのは、制作者の心構え1つです。人を見るしかない。缶を拾った動作を詳細に検討しても判らんのです。缶を拾った人間を知らないと、判らない。よって、長次郎が作為的であったかどうか、などという話は、基本的に「眉ツバ」です。判らないものは「判らない」が正解なのです。こんなものを出発点にしてはならんのです。まぁ現代ですが、長次郎は利休茶道の体現として、「無作為な茶碗」に分類する方が一般的な認識かと。しかし偉い人には、長次郎を個性の発露と見る人も居られると聞きますから、やはり決着はつかないのです。

柳の民藝理論は、出発点に問題が含まれているのです。

そういうわけで、民藝理論は、当時既にして「作為⇒醜い、無作為⇒美しい」と認識されていた理論を、「楽⇒醜い⇒作為、高麗・民藝⇒美しい⇒無作為」という、結果ありきの論理、我田引水の手法に合わせたのではないか?という疑念を生じさせます。なんとも、例に出した相手が悪かったようですね・・・。

柳宗悦『茶と美』読解。4

『茶と美』読解。4
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第二章『 「喜左衛門井戸」を見る 』より  抜粋と雑感其の1。
(柳が出版した初版本は、現在の書籍と章建てが異なる。
ここでは、初版本に準拠して読解を行っています。)

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「喜左衛門井戸」は天下随一の茶碗だといわれる。茶の湯の茶碗は三通りに分れる。支那(中国)より将来せるもの、朝鮮より伝来せるもの、日本にて作られしもの。中で最も美しいのは朝鮮の茶碗である。「茶碗は高麗」と茶人達はいつもいう。
その朝鮮にもまたさまざまな種類がある。「井戸」「雲鶴」「熊川」「呉器」「魚屋」「金海」等々々。その名は甚だ多い。だが中で味わいの最も深いのは「井戸」である。「井戸」もまたさまざまである。「大井戸」あり、「古井戸」あり、「青井戸」あり、「井戸脇」がある。芸人の分析はしかく細かい。だがその中で最もよろしいのが名物手の「大井戸」である。
この名物手の「井戸」は今日登録せられたもの総じて二十六個である。だがその中で、大名物中の大名物は「喜左衛門井戸」である、まさに「井戸」の王と称えられ、これに優る茶碗はない。名器多しといえども「喜左衛門井戸」こそは天下第一の器物である。茶碗の極致はこの一個に尽きる。茶美の絶頂がそこに示され、「和敬清寂」の茶境がそこに含蓄される。かかる美の泉から、茶道の長い流れが発したのである。

(中略)それは汚れた台所から美の玉座についてのである。数銭のものが万金に換えられたのである。鮮人達が「天下第一」の言葉を嘲り笑ったのも無理はない。在り得べからざる現象がこの世に起こりつつあったからである。だが笑う者も讃うる者もともに正しい。この嘲りなくして、飯茶碗は平気には作られなかったからである。
>

少々冗長であるが、柳氏の入れ込み具合・出発点がよく判る。井戸茶碗自体は、「細川」、「筒井」、「有楽」など銘に判る様に、利休時代には高い評価を得て、一流茶人の所持する道具に列せられていた。茶碗戦争などと呼称されるのは、この名声が在ってこそである。「喜左衛門井戸」には利休も紹鴎も織部も、小堀遠州も関わっておらず、喜左衛門は所有者の商人の名前。後に松平不昧の所持となる。不昧公は茶器狂いで財政を破綻に追い込んだが、「松平家」という徳川縁戚であり、史上最高位の茶人大名に数えられる。彼の制定した古今名物類聚』が大名物を規定し、自らの所持する「喜左衛門井戸」を『雲州蔵帳』にて「加賀・細川と並ぶ天下三井戸の大名物」として制定。以後、「井戸随一」の名声を確固たるものとする。但し、明治維新まで菩提寺に秘蔵され、公開される事は無かった。逸話は様々あるが、著名であるから割愛する。「喜左衛門井戸」が随一と言いだしたのは不昧公ということになるが、実際に現代も国宝指定であり、陶芸作家間に於いても名声随一。井戸茶碗と云えば通例「喜左衛門井戸」を指し、これを基準とした厳しい世界が繰り広げられている。

「喜左衛門井戸」もまた、悪意ある方面から「古汚い茶碗」として呼称される様に、一般感覚として、「端正でもなく、歪んでおり、雑味もあり、薄作でもない。」というもの。「国宝指定」という肩書を秘匿して置いた場合、人々の評価はさてどうだろう。判る者には「無上の至宝」であるが、判らない者には「汚い雑器」である。井戸茶碗に大衆の支持は無く、一般に「何がいいのかサッパリ判らない」と呆れさせるものの代表格。茶碗の双璧として並び立つ長次郎黒楽も同じ性格を持っている。茶陶の自立を阻害し、民藝の本質理解を妨げたのは、およそこの「専門家評価と大衆評価の乖離」という点に在る。茶陶に入り込み、腕を上げる程に、大衆には理解されなくなる。これは現実の話。

結果、茶陶の宿命として、「茶碗などという、人の判らない、評価されないものを作っても意味が無いだろう。まったく大衆を馬鹿にしているし、それだから見捨てられて、売れなくなったんだ。伝統なぞ捨ててしまえばいい。新しく、今生きている人々が喜ぶものを作りなさい。」という御高説を賜ることになる。無教養を指摘しようものなら、激昂されるのがオチである。そんな事は、重々承知の上での選択である。時代を越えて受け継がれる器を目指す程に、尖鋭化する程に、大衆からは孤立していく宿命に在る。

で、茶陶一辺倒の巨匠時代を経て、①顧客重視。判りやすいものを作る(クラフト・食器系)、②茶道美を重視。大衆に構わず侘びの器を打ち立てる(茶陶伝統系)、③妥協点模索。判りやすい美を選択的に採用する(工芸会・日展) ④芸術への昇華。新しいものを作る(オブジェ陶)、⑤実用重視。昭和的作品群(民藝)・・・などなど、経済社会に合わせて様々な方策があるが、基本的に①以外は苦境である。大衆の支持なくして、自立は難しい。民藝論も、この課題解決策を呈示出来ていない。

柳宗悦『茶と美』読解。3

『茶と美』読解。3
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第一章『茶道を想う』より  其の三。
(柳が出版した初版本は、現在の書籍と順番が異なる。
ここでは、初版本に準拠して読解を行っています。)

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彼らは彼らの熱愛した器物を、貴重なもの、高価なもの、豪奢なもの、精緻なもの、異数なものから抽出してきたのではない。平易なもの、素直なもの、質素なもの、簡単なもの、無事なものから取り上げて来たのである。波瀾のない平常の世界に、最も賛美すべき美を見つめたのである。平凡の中に非凡を見るより非凡なことがあろうか。今多くの人達は非凡なものにでなくば非凡を見ないほど平凡に落ちたのである。初期の茶人達は尋常なものの深さを観じていたのである。
>

改めて注意書きするが、初期の茶人とは利休のことを指している。利休は平易なものを多く用いているが、高価なものも用いている。貴重なもの、精緻なものも用いている。そも朝鮮茶碗と云っても舶来品で、到底庶民の手が出せる代物ではなく、唐物に準じる高級品。そも抹茶自体が極めて高額な費用を要求される高額飲料なのである。どうも柳は勉強不足が目立つ。今だって抹茶は高級飲料である。彼は自分で抹茶粉末を買った事が無かったのだろうか。利休が安価品に拘っていたならば、その茶は「抹茶」でなく「煎茶」でなければならない。彼が「利休は~」と書かずに「初期茶人」という呼称を用いる辺りには、そういった詳細に関する「逃げ」を感じる。利休は「値段稀少に拘らずに好いモノを見た」のに対し、柳は「安価民間雑器に限ってモノを見た」のであり、両者の差は如何とも埋め難いものである。

しかし、「目利きは平凡の中に非凡を見る」という論点は重要である。高台1つで腕が判るという様に。茶碗の碗形を見れば、およその力量は判る。奇抜な代表作品よりも、平凡な碗を見れば、およその力量が判別される。それはなかなか、普通の人には理解され難いことであるが、展覧会にしても、同じ寸法の茶碗を出せば判るのである。しかしそれでは観客が集まらないので、大きな壺などの「非凡な形」を用いる。非凡に非凡を発見するのは容易で、平凡に平凡を発見するのも簡単である。だからつい、それに馴れてしまう。これは惰性の産物であり、心の姿勢の問題である。

更に例を言えば、料理では出汁であろうか。家屋であれば玄関を見ればいい。茶道では御辞儀1つで力量が問われる。人を見るにしても、その本質は非日常の世界ではなく、むしろ日常の所作に顕れているものだ。それを、器物を見る時にも考えればいい。これは発想の問題であるから、「君子豹変」して今時点から実行が可能である。それにはまず、自分の家の玄関を掃除してみることだろう。御辞儀を習得していなければ、他人の御辞儀を評価することは出来ない。「つまらないことを一生懸命にやる」という意義は、意外に大きなものである事が多い。基本的に、人は自分の持っている能力の範囲でしか観察出来ないのであるからして、平凡なことをしっかり習得していない者が、平凡に非凡を見抜くことなど、出来る道理が無いのである。平凡に非凡を見抜くのは、やはり名手の証である。

彼の云う「初期の茶人」である利休時代も、道具に傾倒したり、上辺の茶をしたり、宗二の著作に見られる様に「茶人と言えない茶人」が多く居たらしいのである。茶人の多くが備前や信楽を用いて「侘び、侘び」と唱えたらしい。それは「利休が非凡としたものを非凡とした」のである。これは「非凡に非凡を見る凡人」であり、今で云う「ブランド崇拝・箱書第一主義」と変わらないもの。昔も非凡な茶人ばかりではなく、古来より批判されてきたものである。大衆にこれを求めるのは無理のある要求であるが、専門家であるならば、やはりブランドを除外出来る眼を養うべきである。

蛇足で云えば。昨今の若年者はモノの判断に於いて「ブランド」を無条件で信用したりする事は少ない。自分が良いと思うものを好いとし、悪いと思うものを拒絶するだけの、基本的な姿勢を持っている様に感じる。それは同時に、若手陶芸家の、「自分の良いと思うものを提供するべきである」という信念にも繋がっている。若年層は、今でこそ未熟な視界しか持っていないかもしれないが、この世代が成熟すれば、なかなかに、作り手も、買い手も、面白いコトになるのではないかと思うのである。私が今ここで「従来無批判で賛美される傾向にあった民藝理論」に対し「一から是非を勉強している」のも、そういった「ブランド懐疑」の一環であろう。

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茶事は工藝的なるものに始終する。諸道具はもとよりである。書画の掛軸といえども、表装との諧調である。それを工芸的なるものになさずば用いはしない。茶室こそは工芸品の総和である。庭園の配置は工芸化された自然である。点茶の動作、また工芸的な所作に他ならない。いずれも用に発し生活に根差した美しさである。
>

馬脚である。この程度の認識で、よくぞ茶道を語ったものだ。陶芸家にも、この程度の認識で得意気に話をやり、茶碗を作る馬鹿者が居る。なんとも恥ずかしい限り。門外漢が語る茶道の典型の1つ。そして、茶道が最も忌み嫌う客である。即時に叩き出されても文句は言えない。彼は茶事を賛美する意図で記述しているが、まったく、これは茶道に対する侮辱に他ならないから、決して真似をしてはならない。

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奢れる者、高ぶる者、富める者、汚れる者、気取れる者、いかにそれらすべての者、美の法門に近づき難いであろう。物を好む者は多く、心を修する者は少ない。だがそれでは茶道に参ずることはできぬ。茶道は疑いもない心道である。
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おかしい。ホント、この人はオカシイ。論理矛盾を抱えている。先に茶事を「工芸の殿堂」と誤答しながら、正解が「仏道の修行場」であることも理解している。宗教学者として、禅の理解も深いことだろう。強引に民藝品を押し上げて行く見苦しき所作は、軍部統制の検閲でも意識したのだろうか。時代背景は「民間軍需工場の奨励」が思い浮かぶのである。貧しいままに我慢して、黙々と軍需工場で働く人々を奨励する時代に、この著作は推奨図書として出版されたものである。個人的推定であるが、この矛盾には何か源泉があるのではないか。

茶道は心道。それ故に、道が進む程に道具も自由となり、「奢り・威儀・高価、見栄」などの「縛られた道具選び」から解放されていくものであるかに聞き及ぶ。そうした時に、民藝品の様なものが視界に入ってくる。自然物から手仕事で蓋置を製作したり、楽焼という粗末な茶碗を用いたりする。「見栄尽くし」が、「心尽くし」になっていってこその「道」である。それは武道にしても同じで、およそ「道」というものに共通する理想で、実際に到達するのはとても難しいコトを感じる。

>
教えはすでに古い姿である。だがその精髄に何の古今があろうか。禅が古くして新しいのと同じである。累代弱まることなく人々を惹きつけたのは、何か不朽の力が潜むからである。それを過ぎた形として棄て去る者がある。だが形に沈むなら、それは運用の過ちであって、茶礼そのものの罪ではない。孔孟の教えは古くとも、人倫の道はいつもそこに帰るであろう。汲み取る者があるなら、絶えず新しい泉である。
>

温故知新。畢竟、物事は囚われない事が真理である。珍奇と平凡、高価と廉価、有名と無名。刷り込みやブランドという外的環境に囚われず、思い込みや勝手判断という自我にも囚われない。孔子・孟子の教訓に学ばなければ、悪行を悪と知ることはなく、独善を独善と気付くことも難しい。「古い・新しい」に囚われてる時点で、これは不自由な精神である。「古いもので無ければダメだ」という主張は、「新しいもので無ければダメだ」という主張と同水準である。古今に囚われず、高価廉価に囚われずしてこそ、「不朽」、即ち「本物」を見ることが出来る。「茶道」にしても、「孔子の教え」にしても、時代を越えて受け継がれてきた「本物」。それは盤石である。中身を入れ替えてしまっては、全く元も子も無い。必ず原点に回帰して出発するという訓えは、懐古主義でも何でも無く、この「不朽の力」を借りるためである。故に、原点という「本質」は必ず保守されねばならない。例えば、茶道家元は、この「本質」の守護・体現者であり、彼の云う「絶えず新しい泉」の管理者になるだろう。

陶芸は一重に「技術継承」を主眼とし、「心構えの継承」が本質では無かった。「陶道」でなく「陶芸」とした加藤唐九郎の言葉選択は正鵠である。技術に器の本質は無い。陶芸の心構えが理論化されたのは、ようやく近代。柳の民藝論、魯山人の陶芸論が嚆矢であって、まだまだ煮詰まっていない。全く、これからの話である。

しかし・・・。

これを語る人物が、なぜ「民藝のみを肯定」したのか。

彼の生存した末期、その源泉である「民藝」は枯れ果て、「地方の土産品」に換骨奪胎されていく。守護者不在たる民藝の「絶えず新しい泉」は、数百年もの期間続いて来たにも関わらず、その歴史は彼の眼の前で、彼の最も忌み嫌った「上辺だけの経済産物」に変貌していったのである。史上初の民藝守護者・柳宗悦は、時代の潮流と努力の甲斐なく、最終的に経済の前に翻弄され、敗北した。その悲しみは、いかばかりで在っただろうか。

論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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