休日。

今日は休日。午後から来客の予定だったので、

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部屋を清掃しつつ・・・

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火鉢で一服しながら休日を過ごしておりました。 
まぁ、来客と云っても同期。気軽な一服。

桐箱について、という事での御来訪にて、
遠路お疲れ様でした。御土産ありがとさんです!

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そろそろと冬野菜なども。

窯焚きの荒熱が取れて、少し疲労が抜けて来た頃合いです。


(余談・・・。)
(何だか、ブログ・写真だけで見ると随分と優雅な生活を送っているかに思われるそうでありますが、正直云って相当に貧乏であります。資金が無い中で楽しめる事を探して、そこを写真で切り取っているのですな。部屋を小奇麗にして、僅かな道具を工夫によって楽しむってトコは、茶道から頂戴したもの。判る人には判ってしまいますが、自作品によって資金的手薄感を低減してるだけでありまして、普通に「貧乏暇なし」です・・・。)

美術館巡り

今日は青年部行事(裏千家淡交会滋賀支部水の郷青年部。長い・・・。)にて美術館巡りへ参加させて頂きました。昨日の今日で、よくまぁ動けるものだと思いつつ、団体様御一行に参加させて頂いて、それぞれの知識やら知見やら感想やら、ワイのワイのと賑やかに見て回った一日でありました。

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1つ目は京都国立。細川家の至宝展。細川家の美術品は色々と目にする事も多いですが、此れほどに大々的というのは珍しいかに記憶します。それだけに、非常に名品も多くして勉強になる事も多く。思いもよらず、柿の蔕の見込みを見る事が出来たので、ロクロの挽き方が判明したり、まぁ様々に。後期展示の間に、もう一度見に行っても好いなぁ、と思いつつ。

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ついで野村美術館。炉開きの趣向に纏わる収蔵品の展示と、杉本貞光氏の作陶展。茶壺に始まり、高麗系の茶碗を沢山に見つつ。伊賀水指にての取り合わせ。杉本氏の作陶展も、伊賀水指を核とした個展にて、サスガの茶陶造形力。余作はともかく、茶碗としても代表的な作品となる数点は文句なく素晴らしいの一言。

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三つめは楽美術館。永楽家と仁清との対比。色絵と楽。色絵茶碗が台頭する頃は、やはり楽茶碗も意匠系に走っていて、時代的な背景であろう事を想いつつ。しかし長次郎だけは別世界。結局、長次郎なんだなぁ、と再確認をしつつ。そういや当代御子息と思しき個展案内も置かれておりましたが、次代は完全なオブジェ作家なのでしょうか。大樋さんのトコも含め、これからの楽茶碗というものはどうなっていくのかなぁ、と思いつつ。先の貞光氏などが一級の名手ですか。

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最後は大徳寺・孤蓬庵。キザエモン井戸って、他へ寄贈されたのだとか。いやぁ、知りませんでした。井戸の所蔵として、一種の憧れ?があるトコで御座いますが、なるほど、内部は小ざっぱりとしつつ、遠州流の茶室は独特の空間。枯山水が見事でありましたか。なるほど、云われてみればキザエモンも武家茶の中の茶碗なのですね。


と、まぁまだ疲れているので簡単に。とても充実した美術廻りでありました。
時にはこういったものも勉強に、刺激になります。

いやいや、ありがとうございました!

窯焚き翌日?

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何だか窯焚き翌日っぽいですが、今日の朝まで焚いていたらしいです。
今日は薪の手当て。赤松を沢山に。2トン位でしょうか。

夕刻からは常会にて飲み会。

すっかりと薪も無くなりましたから、色々と再準備です。

第21回臥翠窯 伊賀焼成記録

第21回の穴窯焼成。伊賀としては14回の焼成を数えるものでありまして、過去に焼成失敗無く成功を収めてきた秋の陣であります。作品としても、およそ年毎の代表的な作品が多くあるものでしょうか。

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今回の天候、初日は曇り。台風の影響で苔蒸してしまった窯と共に。

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焙り焚きに始まるいつもの窯を、隻眼の牧場猫と共に。

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まぁちょっと、初日から熱電対(高温域温度計)が切れてしまって、
そういうコトもあります。無くても焼けます。

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不要なものを取り外して、本番初日となる2日目は快晴。
休息時に帰宅するとリンドウが花を咲かせておりました。

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いつもの様に、炎の景色と、旭日の景色。見事なものです。
写真は難しいのでありませんが、夜は夜で流星群の日。

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温度は好調。少し好調過ぎるという面がありまして・・・
天候も素晴らしく、少々元気に焚いていると・・・

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ちょっと、大壺とか、色々なものが早期に割れ始めて・・・
う~ん、核となる作品が全滅か?という勢い。

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これは…大丈夫か?と思いつつ、仕上げに取りかかりまして
最後まで、一応攻め抜いてみました。

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ともあれ、目の怪我が治った様で一安心。
大狸が出没しているのです。

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さて、どうなっている事やら、窯出しが怖くもあり。
最後に棚板が水蒸気爆発するという花火もあり。 
すっかりと苔も焼け尽して、いつもの窯に。


ともあれ、今回も楽しい窯焚きでありました。様々に深謝。
先程に帰宅し、風呂を待ちつつ記事を書いております。


以上、御高覧に感謝。

・第21回臥翠窯穴窯焼成 2011.10.25~29日、5日間焼成。

2日目途中経過?

ボチボチ。とりあえず風呂に帰宅。

開始
⇒10時間焼成⇒1時間休息
⇒10時間焼成⇒2時間休息
⇒2時間焼成⇒2時間睡眠
⇒5時間焼成⇒現在休息中

と、こんな感じです。窯は順調に推移。

窯詰め終了!

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今日は好日。気温も高く、暖かい一日でした。

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と云っても、終日穴窯に入っておりまして。窯焚きに向けていつもの様に活力に湧いている人が、暗くて狭い穴の中で張り切っておりました。茶会云々で時間も厳しいかと思ったのですが、早朝から夜遅くまで仕事をして。

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なんとか、予定通りに窯詰め終了です。いつもは窯焚き当日まで予定が残っている事が多いのですが、前以て窯を改造しておいた事で、想定外?に早く終わりました。久しぶりです。心置きなく今宵は眠ることが出来そうな・・・と思いつつ家に帰って来ると・・・

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あ・・・?ヤモリ・・・。日曜日は玄関にマムシが居たんだよなぁ・・・。まぁ、別に今に始まった事では無いのですが、留守中をしっかりと家守(ヤモリ)してくれていたのでしょう。爬虫類系が色々と。昆虫を求めて、という辺りでしょうか。蜘蛛辺りはいつでも家に居るので、まぁ色々と掃除を御願い致します。 繁盛の兆しとされておりますから、何とも有難いことです。しかしコヤツ、意外に足が遅いんですね・・・。

そうそう。工房では大狸が出没中。元々眼つきの悪い工房猫が隻眼になってました。さすがに狸には勝てない様で、縄張りを奪われて、すぐ近くまでタヌキが歩いてます。ここ数日、何度か目撃。まぁ明日からは窯焚きなので、その間に少しく治ってくれれば好いのですが、ともあれ食糧が少なくなっている、という事でありましょう。


ともあれ。明日より窯焚き。大壺があるのでゆっくりと。作品は大モノ傾向にて、さてどうなるものか。いつものように見学謝絶。宜しゅうに御願い申し上げます。

2011守山市民茶会

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今日は守山市民茶会。滋賀県守山市。宗道先生のトコであります。故にして、多くの門下・社中が居られます。小生も高校は守山出身だったりしまして、縁は様々。佐川美術館がある町、と云えば御存知の方は多いのではないでしょうか。バスを使われた場合、守山駅から乗っているかと思います。滋賀県南部の町としては、草津市など商業都市に対し、文化的な施設を多く有する町として知られています。

場所は宝山園さん。元々は庭園などを主にされていて、先代の好みで茶室建築も多くされていたという話。「市民茶会」、と云いますと、何だか市民ホールの一室で大寄席、通り一遍の呈茶席という感がありますが、こちらの市民茶会は宗道先生の創始。場所も、席主も本格的。40年以上の歴史を誇る市民茶会でありまして、水屋方にてお手伝いをさせて頂きました。

茶席の写真は無しですが、橘宗義老師の軸を始め、守山市所縁の茶杓。道具は高麗から古備前まで、早々に御目にかかることの無い道具。そうなると勿論、席主もベテランの方、水屋も熟練の方々。加えて朝から終了まで、常に満員という状態の来客も、市長や議員関係の方々の来賓から、全来客の大半が茶道の心得と共に参ぜられていて、これほどに充実した市民茶会というのは日の本でも屈指ではないでしょうか。

いやいやまぁ、仕事としてはアッと云う間の事でありましたが、近江で茶道の普及に努めて来られた方々の成果というものがあってこそ。「一日にして成らず」というものですね。うどん付きの市民茶会。


いやはや、勉強になりました。

ホントは明日も、伏見稲荷の献茶式に行きたかったもの。秋は様々、茶会が沢山にあるものですが、好い茶会を見つけるとまた、色々と楽しみが増えますね。


さて、気を一新して、とりあえず窯詰めです!

宣伝記事。

もう始まっているのですが、師匠のグループ展が開催されているので宣伝まで。

3MEN'S 三人男、陶芸二人展

画家:久保義浩、井口博之、小林博文
陶芸家 水野富弘、小幡文人

会期、 10月20日(木)~25日(火)
開催場所は、東京渋谷区神宮前Galeria Bldg 2F
プロモ・アルテギャラリー 2F
 
天目茶碗、酒盃を出品されているそうです。宜しければ是非。

在廊は、「ん~、会期中はだいたい居ると思うよ?」って聞いてます。

窯詰め開始の筈が、香合の話の続き

んあ。ヤバイ。

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窯詰めの予定だったのですが、香合の仕上げに予想外の時間が掛かってしまいました。慣れていない作業だったこともあり、方策の固定に時間を要しまして、12個を仕上げるので三時頃まで掛かってました・・・。ホントは午前中には終わる予定だった。まぁ、予定が厳しいのはいつもの事で、「徹夜的に窯を詰めればいいか・・・」などという雰囲気であります。

んで。香合の最も難しいトコは、正直「合わせ」だと思ってます。外見が良くても、蓋を開けたら「あれ?・・・貧弱?」ってなってしまったら、全く格好も何も無いわけで、茶碗の高台みたいなもんです。小さく立ち上げるわけでありますから、なかなか、格好良く作るのは難しいわけで、微妙な乾燥具合の操作も必要になります。形は単なる方形なり、円形です。そういった単純なモノは、「品好く仕上げる」のが難しい。普通一般の香合は、まぁ安い物は型成形。スッキリとしているものが多いですが、土が荒い場合、こういう細部細工ってのは随分と面倒です。茶入の捻り返しに近いか。丁寧に仕事をやる必要あり。ザックリとしたやり方を考えて作ったりもしていたのですが、没策になりました。

んしかし。図録などでも、蓋を開けた状態ってのは、写真が滅多にありません。蓋を開けたら外側が一切見えないからでしょうけれど、実際に「香合を拝見」となれば外見を見たあとに蓋を開けますから、そこでガッカリさせては申し開きが立たないことに相成ります。

ちなみに棗などと一緒で、「蓋と身がピッタリ出来たらスゴイ!」というヤツではありませんので悪しからず。そこは関係ありません。細かい土であれば、仕上げにヤスリを掛けたりして余裕なのでしょうが、まぁこの土ではそうも行かない。下手に薄く作ってしまうと、石で土も飛ぶし、用途上にも欠け易くなる。だからと云って分厚いと不格好。色々と、石を噛んでいる土ってのは苦労が多い。基本的に「ヤスリとか水で誤魔化してしまう」って手段が使えない、というか、使うと形跡が残り過ぎて身も蓋も無いのです。(ウマイ?)

窯詰めとしては、香合はグイノミに近似した寸法なので、作れば作っただけ、良好な場所に詰める事が可能。作るのは骨が折れるのですが、焼き上がりが楽しみでもあります。あとは・・・割れないことを祈りながら、という辺りでしょうか。構わず、ガンガンに焼き上げますけれど。

そういや香合とか火入、蓋置など、過去の巨匠茶陶作家にしても、作っているか、作って無いか、随分と分かれる感があります。微妙なものを作っておられることは普通にありますし、もちろん好い物を作っておられる方も。掌中に在るのは茶碗だけ、という作家さんは典型的なバブル期の茶陶作家さんかもしれませんね。現代にしても、個展会場で茶道具が「茶碗・花入・水指の三点のみ」ってのは、時にそういった側面の判断されてしまう事があるのやも、などと思いました。


とりあえず、日が暮れる前に窯詰めの準備だけでも・・・・

と、書いている内に日が暮れた様です・・・

桐箱も書かねばなりませんし・・・

明日は茶会。守山市民茶会にて水屋方に勤めております。

2011 多賀大社献茶式

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今日は献茶式に参列。

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場所は近江・多賀大社。伊勢神宮の親神を祀る由緒の深い神社。

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献茶の儀。今年は大宗匠と聞いていたのですが、倉斗業躰先生にて。

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茶会も二席。2年前の本席にて、伊賀花入を使って頂いたのが始まりでありましたか。2年も経ったのだなぁ、と。多賀大社の献茶式には多少の感慨があります。

簡単な茶会記まで記しておきますと、本席は「清風万里秋」にて茶杓は「月と菊」。共に大宗匠。棗は大棗にて山里蒔絵、黒楽は覚入の黒。点前座は紫コウチの水指に平悠棚。非常に落ち着いた色彩風情の取り合わせに、サラサラと金砂で風の描かれた風炉先が見事でありました。花入は唐物にて籠花入。

副席は写真の如く、立礼席。扇は「古松千歳色」、花入は小川青峰氏。知名度としては少し低いかもしれませんが、信楽の、昭和の巨匠時代における作家さんです。明るい緋色信楽の色彩は当時の良質な黄瀬土の特徴でしょうか。茶杓は「豊秋」、棗は黒棗に甲に朱漆にて「福寿」。釜は富士、水指は和蘭製の染付という事でありまして、茶碗が九代大樋さん。赤楽に近い色彩にて、「玉」の紋様が勢いよく彫りこまれた目出度きもの。茶気に溢れた意匠が見事なものでした。

今回は、火入なども色々と気になりつつ。また、大きな茶会運営という事で、来年の茶会の事も思いつつ、キョロキョロとしておりました。ともあれ、有難く茶会を終えて。

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少し骨董屋にでも・・・と思ったら、門前市は閉店状態の様で。
ちょいと、不景気なのかなぁ、と思いつつ、素晴らしい秋の空でありました。

茶入云々の補足と、香合の話。

そうそう。先日の補足を書いておきましょう。

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誤解を招くと何なのですが、古い伊賀茶入、実は無いわけでもなく。しかし図録を網羅する限り、伊賀らしい伊賀はなく、信楽と呼ぶべき出来のものが多い。といっても、信楽としての名品を感じさせる風格があるものもあり、まぁ古いだけかなぁという感じのものもあり、色々。基本的に重量があるそうですが、仕方が無いでしょう。口作りも捻り返しが施されています。見た感じロクロの仕事である感がするのですが、胎は紐作りでしょうか。「唐物写し」も行われています。寸法も唐物に準じているものが大半です。

こういったものを見る場合。特に伊賀茶碗などにも代表されるのですが、沓茶碗と云う様な、重量級で高台低くして、焼き上がりとしても少々魅力の無い茶碗などがあるわけでして、こういったものは、「古いけれど好くない」と判じる事もあろうかと思われるものです。現代はそういったトコを勘案してか、「伊賀沓茶碗」は懐石に於ける「漬物鉢として珍重」されているそうですから、あまり漬物鉢が懐石後に茶碗となるわけもなく、落ち着くべき処なのだろうかと思う次第。

ちなみに今日は香合を作ってました。

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伊賀伽藍香合。番付にも在るほどのもので、志野・織部などと共に和物香合の代表格です。鬼桶が信楽の決定版である様に、伽藍香合が伊賀香合の決定版であるそうで、というか、殆どこれ一辺倒であります。古伊賀には焼き上がりの好いものは少ないようではありますが、なかなかに魅力的です。

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番付表。ど真ん中に「伊賀伽藍」。検索すれば簡単に見つかるので印刷してトイレにでも貼ればよいわけですが、しかしチョイト見辛い上に文字だけで画像無し。ちょっとこれでは覚えられません。

適当に検索してみると好いページを見つけたので。
http://members.ctknet.ne.jp/verdure/katamonokougou/06.html
(画像元は多分http://verdure.tyanoyu.net/katamonokougoubanzuke.html

正直、相撲に疎いものでありまして、「伊賀伽藍香合は頭取」と云われてもピンと来なくて申し訳ない。検索してみると親方の地位。ともあれ、江戸時代には屈指として知られた名品であったという事が判ります。ちなみに説明に「ビードロ釉が掛けられている」と書かれているのは「誤り」で、正解は「自然釉がビードロの景色となっている」です。ビードロは「釉の溜まり」の事で、釉薬の種類ではありません。古伊賀にも灰釉薬を掛けてあるものがありますが、あくまで「灰釉が掛けられている伊賀」であって、「ビードロ釉」などという言葉は、伊賀を知らないことを吐露しているようなものであります。(・・・ちょっと辛口になってしまいました。すいません。)

いやしかし、志野宝珠なども、一見して宝珠って判りにくい・・・いやいやまぁ、そういうものか。。

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ちなみに小生作。香合は前回の伊賀焼成から取り組んでいる仕事。乾燥が不足して大半が割れたのと、蓋合わせを調整中。しかし「伽藍香合」と云って、どれくらいの人が判るのだろうか、と思いつつ。この作品も、「伽藍」を微妙に勘違いしていたので、「駄目な御品」です。「あ~!コイツ知らんな。」というヤツです。焼きは好いのですが、そも割れてる。で、どこが「伽藍」として失格で、どうなっていれば「伽藍」なのかってのは、知っているか、知らないかで瞭然です。小生もイマイチよく判って無かったんですな。いやいや、危うい事でありました。こういう事は時々ありまして、怖い物です。

しかし・・・香合については、殆どよ~判りません。必ず「何らかの形」にしているので、和物に関しては「御形は?」という問いがあろう事になるかと思います。「なんか適当です」というものは見掛けないので、おそらく駄目でしょう。そういった辺りが、どこに由来があり、そも香合の位置付というものが判って無いのです。使い方とか拝見の仕方とかではなく。その内に勉強の機会を作りたいトコであります。御存知、香合は床への登壇が可能な茶道具なのです。

んで、更によ~判らんのが、「切餅」とか「黴餅(カビモチ)」とか。豊穣を願うなら鏡餅だろうしなぁ・・・と思いつつ。しかし「黴」(カビ)ってどうなのよ?と思ってしまう辺りは・・・きっと素人思考なのでしょう。それとも「蝙蝠」的なものでしょうか。具象的な造形のものは乾山など色絵の世界で、まぁ手当たり次第に吉祥モノを具象にしてますが、別世界ですな。本質的に和物のものは「餅」系のものと、「宝珠」とか「伽藍」、「辻堂」など仏教系という感あり。ん・・・?仏教だと切餅で供える事があるような・・・。やはり床の間は仏壇であるという事でしょうか。練香とも関連してくるのだろうと思います。しかし黴は・・・?(しつこい。)

まぁ、それは別として、志野香合「切餅」は一度見てみたいなぁ・・・。


と、日がな仕事しながら考えておりました。
(腹が減っていたわけではありません。)

作陶の実際。

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最近の作陶道具。伊賀作品に必要なものは、自分自身の腕。
そこらの体験陶芸教室と変わりません。

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筒花入。素人でも積み上げる事が可能です。
最も美意識を要求されるのが単純な筒です。

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で、微修正します。これで伊賀の雰囲気を採ります。
土感が損なわれない様、修正出来る回数は数回。
好い・悪いはともかく、微修正が腕、もとい感覚です。
まぁ私も、筒のみってのは久しぶりです。

魯山人の仕事の逸話ですが、職人が作ったものを、最後に魯山人が1手、2手と簡単に手直しをして作品としていたという話があります。職人製であったことは有名な話ですが、元より、「好い物」というのは僅かな細部に依って決定するのであって、筒花入であっても好い物は好いし、悪いものは悪い。だから、実質としてその最後の手直しがあるか、無いかというのは非常に重要です。プロデュースとか、そういった水準の仕事ではなく、その手直しが無ければ魯氏作品として成立しないわけです。実は上記の逸話に依って判明するのは、魯山人が決して「デザイナー」では無く、作陶家として美意識を投影していたという事が判明する逸話です。「デザイナーとして存在して、手抜きしていた」という逸話では無いのです。そういった風に述べられている記述が多いわけですが・・・。

筒であれば何でも「素人芸ではないか?」などと思うのは、自らの感覚程度が低いという事。古いものなら何でもOK、という感覚と変わりません。逆に高麗100碗から最上のものを選ぶ目を「目利き」と云いますが、要は同じ事を示しています。陶工には、その感覚を具現化する感性が必要という事になります。そういった意味では、或いは長次郎の黒楽も、利休が最後に手直ししていた可能性が、全く無いわけではないかと思います。

と、また変な方向に話が飛ぶようなので。

ともあれ、10年の経験があろうと、同じものを漫然と作って居ても感覚は養われない。なので、追々と感覚を積み重ねて行くというものが陶工修行になります。職人さんは、「指定のものを、同じ大きさで早く作る技術」を磨きますが、職人と陶工の違いは、そういった辺りになるのではないかと思います。作家さんは・・・変わったもので楽しませる人、でしょうか。アイデアを磨く仕事であろうかと思います。まぁ、ただの言葉遊びなので、明確に使い分ける必要はないんです。別に明確な定義はないのですが、桃山茶陶系に陶工を自称する方が多いかな。そういったマメ知識です。

御茶入。

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今回は久しぶり?ではありませんけれど、茶入を焼きます。国焼茶入として、やはり信楽の手の茶入は伝世しているわけであって、手捻りと覚しき肩付のヨボヨボっとしたものがあるわけですが、ピシっとしたものはありません。それは当然に、当時の技術としてもそうですが、「ロクロに向く土では無い」という側面があります。

まぁしかし、別に挽けないことはないのであって。

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随分と初期の作品ですが、こういうものは作れます。初期の頃だけあって、技術誇示的に薄作であり、尚且つ共蓋まで作ってます。ロクロ挽きとして、「技術的に」最も難しいものは茶入であって、粗い土でこれが作れるという事は、「ロクロが巧い」と言われることはあっても、「下手」などと言われることは絶対になく、「重いなぁ。下手なんじゃないの?」などという文句を一発で黙らせることが出来ます。(実際にそういったやり取りをした事が何度かあります・・・。)

ロクロに於ける「技術」というものは、「陶芸歴1~2年で一応に充足する」という事。私は瀬戸にて茶入技術を教示してもらっておりましたし、茶入を作らんが為に高額なロクロを導入したくらい茶入を好んでいるような人間ですが、倍の時間が掛かったとしても4年あれば十分なわけで、難しいのは「造形」や「正鵠な選択」など総合的なもの。繰り返しますが、「重い・軽い」で技術を誇示したり、また称賛するというのは、「商売的な素人論」であります。商売の巧いトコ、あと若手作家は多く、軽く作って「軽いでしょ~」と自画自賛します。そういう時期が誰にもあるもの。 「軽・重」は「器の種類や土味との調和」が見識になります。「信楽らしく、どっしりとした重量が心地好いですなぁ」とか、「御用窯らしく繊細・丁寧な薄作ですね」いう辺りでしょうか。特に茶碗や茶入などは手に持って拝見しますから、「重量に対する見識」というものは大切な習得事項です。

話を戻して・・・。「唐物写し」は技術誇示には好いモノですが、実際に用いるには無理がある。そういった辺りを最近は勉強しつつ。しかし同時に、ではヨボヨボっとしたものを作れば好いのかと云えば、それはまた別の話。濃茶はやはり厳格な場でありますから、茶碗にしても茶杓にしても、好いモノが多く伝世品の登場が多いわけであります。すると、茶会の主役となる茶入が現代モノでは「格」が釣り合わないという話になるわけで、拝見の時、「名杓の横に現代式のヨボヨボ茶入」では相当に歩が悪い。そういった辺りでの試行錯誤です。前回にヨボヨボを作ってみて失策。使い勝手の面で駄目。といって、ヨボヨボっとしたトコに、ピシっとした口作りは・・・不整合。手ロクロなら口は巧く作れないもの。なので、ヨボヨボっとさせて口作りをピシっと決めてしまうと、「作為的な手抜き感」が出てしまいます。

で、今回は瀬戸茶入の方式から攻めてみます。焼いてみてどうか、という辺りになるでしょう。肩付の張りが水平でなく、口作りを「正真」で捻っていない辺りは、瀬戸に対して控えるという辺りにて、意図的に行ってみたものです。あと、瀬戸式なのであまり軽く作ってません。

茶入の追及は難しい。そも、濃茶席というものが一般的に行われないわけですから、需要も無く、それだけに作る人も少ないわけで。んでも、青年部の茶会は濃茶も多いなぁ、などと思いつつ。1つくらいは牙蓋・仕覆まで仕上げてみたいもの。その辺りも、色々とあるのです。「御好みの柄なら何でもOK」、というわけでは無い様で、ついでに云えば桐箱も高くなるし真田紐も高額になります。総じて高格のものが用意される。もちろん、中身もそれに負けないだけの高い格が要求されるという事です。よく現代茶陶みたいなトコで奇天烈系の茶入が登場しておりますが、実際の本式茶道では話になりません。人間国宝作の茶入でも苦しいトコに、そういったものが入るわけがないのです。

と・・・。少し要らぬ事を申しましたか。

ともあれ、そんな感じ(?)の1日でした。

そろそろと

来週には窯焚きの予定をしているので、そろそろと追い込みです。もう少し造り足りない感あり。伊賀の作品をもう少し造り込んで、今回は後列を犠牲にする。というか、最近あまり詰めるものが無い・・・。

薪で焼く意義、というものは難しい問題である。焼締めでは明白に結果に差が出るわけであるが、釉薬となれば別の話。全く別の次元となるものもあれば、全く薪で焼いた意味を感じられないものもある。調合に拠るという側面もあろうけれど、ともかく難しいものだ。特に現代では勢い、歪んだ茶碗などは敬遠されるし、薄くなければ見向きもされない風潮があるわけだから、如何とも生活するとなれば迎合をする時も必要である。何度か書いているが、キザエモン井戸とクラフト系御洒落茶碗では、普通に大衆は後者に軍配を挙げるのだから、現代では茶道具と大衆工芸の乖離というものは非常に激しいものがある。

だからまぁ・・・。薪で焼くことで「焼き歪み」が出るわけですが、コイツが人々はお気に召さない様子。販売の様子を見れば如実に判るものですが、最近は薪で焼いた沓形小鉢が、まぁ同業視点ではイイモノですが、人々としては歪んでいるのがお気に召さない。普通にガス窯で焼いたものの方が売れるわけで、悲しいけれど、やはり端正なものが好まれる。薪で焼く、と云えば聞こえは好いものの、その肩書を抜いたら意義は随分と失われるわけです。それだけ、人々の価値観が支配されているという事でしょうか。昔であれば、撓んだ松の美が庭に、梁に、掛軸に、様々にあったわけですが、そういったものは一切取り払われて、一切の歪み無き外材プレハブ式住宅で育った人々が現代の購買層になっています。多少の憧憬があるとしても、少し歪んだ程度はよくとも、大きく歪んだものは許容できない。基準が随分と端正好みに在ります。特に同世代辺りになると、如実にそういった感覚があるやに感じます。

で・・・う~む。後列で何を焼こうかなぁ、と、まだ悩んでます。結局茶碗かなぁ・・・。

琵琶湖のほとり

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今日は大津港へ。青年部50周年茶会の第一回会議にて、またぞろ山を降っておりました。都会?は都会?で、秋のイベントなるものが沢山にある様で音楽やら何やらと様々。一方の田舎は田舎で、運動会だったりします。

50周年ですから、つまりは戦後のもの。同時期に各地で発足しているので、ここ数年、全国各地で50周年行事が行われている様子。趣向を凝らしている場合もあれば、青年部主催の茶会の無い場合もある様で、各地青年部の活動というか、つまり将来的な組織状態ということに相成りましょうか。やはり若年層だけでは難しい側面もある様です。

神戸支部青年部50周年・・・青年部OB会による呈茶席。
http://www.urasenke.or.jp/textm/seinen/kobe001/kobe001.html
奈良支部青年部50周年・・・OB席のみ。老練な方々による茶席。
http://www.urasenke.or.jp/textm/seinen/nara001/nara001.html
京都支部青年部50周年・・・茶会写真無し。かなりの変わり趣向らしいです。
http://www.urasenke.or.jp/textm/seinen/kyoto001/kyoto001.html

で・・・滋賀県は田舎ではありますが。特に南部域では茶道が盛んである様子。立地条件により京都近在だからでしょうか、全国規模からしてもそれなりの規模があるのかなぁ、と思いつつ。青年部による茶会という事にて、道具や趣向を考えて行きます。小生は茶会の趣向決定・及び水屋責任者。重い役職でありますが、水屋差配に関しては様々と実地修行を積ませて頂いているので、少しは安心という辺り。来週も水屋仕事があります。ともあれ、目を皿の様にして?吸収せねばなりません。

道具も様々ありますが、古式の道具となれば「青年部」としては不釣り合い。背伸びをしない、相応の茶会という事になるわけで、う~む。も少し県内在住の他工芸作家さんと交流を深めておけば、も少し可能性を広げられたかなぁ、と思いつつ。時間は色々とあるので、久しぶりにクラフトフェアに顔を出すのも手でしょうけれど、クラフトも冬期に入るのです。

道具は・・・あるものを。青年部の所有する人的資源も含め、高価なものを求める予算は無いので現代のものが多くなるかと。また誰が作ったか云々よりも、「金」ではなく「知恵」などに悩むことかなぁ。ともあれ、家元を始め、500人規模の茶人をお迎えしての茶会。楽しい、好い茶会に仕上げたいものであります。

う~む・・・。と、悩みつつ。形を色々と考えております。

冬支度?

今日は来客。自宅・臥翠庵は親父の同窓会の会場と相成りました。田舎の一件屋でありますから、騒ぐには頃好い場所でありまして、過去に御来訪頂いた方々には御存知のトコロ。

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もう冬支度。炉開き、つまり囲炉裏の季節。実際、朝晩は随分と寒いもので、コタツも出てます。少しく秋の風を通しつつ、火鉢の温かみも残しつつ。寒いわけでもないけれど、何もないとやはり寒い。せっかくだから、採りたての椎茸でも焼きましょうか。椎茸、しばらく毎日の収穫になりそうです。夏に安い炭を買っておくべきだったと、今更に思ってます。

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今年の初おでん。すっかりと冬支度であります。家中の掃除も出来たので、気分好く仕事が進みそうな気配。御茶も、暖かい御茶が嬉しい季節になってきました。黒の器、少しく現代的な釉調で、まぁこれは失策の産物なのですが、和物でなくとも、なかなか意外と使い勝手が好いようで。今風?の洋風の好みが少し判った様な気がしました。


とまぁ、少し気の早い冬支度の話でありました。

稽古、稽古。

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今日は茶道の稽古。点前の稽古の他、水屋の稽古も様々に。新しく火入の稽古を付けて頂きました。花入に花を入れる、火入の灰を整える。何くれと「修行がモノを云う」というものは難しいし、一朝一夕のマニュアル的なものでは如何ともし難いものがあるようで。必ずしも亭主が自ら出来るわけでもないということで、「水屋の必須習得項目」であるそうで・・・。

ともあれ、大振りの茶碗で火入の練習をしたものの・・・不格好極まりないもの。躍起になってみましたが、現段階の納得さえ得られずに。う~む。ともあれ格好だけでも何とかならんか。

しかし今後の茶会で拝見の楽しみが増えました。火入・花入という辺りは亭主の実力が見える処であるとか。しかしなかなか、これもやってみないと難しさは判らないものでした。本気で見ていなかったという事でしょう。また同時に、火入を作る際に必要な、実用面の事が少し掴めました。なかなか、火入の実用面を消化出来る陶工ってのは、殆ど皆無に近いのではないでしょうか。茶花の判る陶工と同じく、これらは自ら勉強をすると云っても難しいものです。

と・・・。火入に夢中になって格闘していたら、風炉が名残で御座いました。
今月は窯焚きがあるので、風炉の稽古は最終日。


一応、昨日は部屋を整理したので、点前道具を取り出して風炉の稽古も多少出来るとはいえ。ちなみに水指を置いたままにしておいたら(オイオイ)・・・止めたと思った水指が、一日置くと水漏れ状態。う~む。先日に納めた花入は、受注後に2ヶ月掛けてようやくに止まり、水漏れもしっかりと確認したのですが、水指は水量が多いので水圧が高いという事でしょうか。数時間程度では大丈夫だったのですが、さてさて色々と漆も学ぶことが多い様で。そろそろと販売に廻そうかと思っていただけに、も少ししっかりと確認する必要がありそうです。ちなみにロクロの頃の作品は心配皆無。


色々と。ともあれ勉強すべきことが沢山であります。

そろそろ

仕事の日程が詰まってきた様な・・・・。伊賀に時間が掛かり過ぎている感あり。土が不足してきたので今日は粘土を作ってという辺り。まぁ、問題になるのは伊賀以外の副作品であるから、それほどに問題ではないというか、まぁいつもながらにギリギリになることが多いのは御愛嬌という辺り。来客があるので掃除をしたりしていると、意外に時間を喰っております。

今回は・・・水指が多い。さっき気が付いたのですが、ちょっと知らぬ間に、今回は重い。いつもより胎が厚い。気付かぬうちに薄くなったり、厚くなったりするものですが、ここ最近は作るものが厚いです。まぁ大振りのものを中心として、大壺⇒大振りの水指という辺りを最初に作ったからでしょう。軽重は基本として、持つ物は軽く。持たない物は軽い必要は無く。適度な中庸というもの。

話のネタにしてしまうと。

器の重量。よく言われるのが茶碗。300グラムが云々というのは素人論でありますが。そも茶碗には重量よりも大切な事が色々とあるわけで。軽いというのは、まぁ京焼などは軽いし薄い。逆に信楽や志野など土モノは重い。京焼系のものが分厚いと鈍重な感が拭えないし、信楽などが薄っぺらいと、なんとも寒々しい。基本的には品の好い茶碗として存在して、見た目と重さが吊り合っていれば好い。それには一定程度の精通が必要。高麗なども井戸などは分厚く、イラボなどは薄い。一括で判断しようという現代式の怠惰な態度に、茶碗は不寛容である。

そういった辺りに於いて。重量級となれば伊賀は1つの代表格。備前も重い。

薄く作るのは、特に磁器などは削って薄くしているわけであるからして、信楽だろうが別に不可能というわけではない。陶芸教室程度の技術でも十分可能なものだ。しかしガス窯で表面を軽く焙るのならともかく、薪窯の炎では不均一な炎であるからして、特に穴窯などではグニャグニャになってしまう。それを強引に整える技術が無いわけではないけれど、技術的に至難である事は、特段に品位に影響はしない。というか、寧ろ不自然な結果。まぁ現代陶では、こういった「無理な技法」が評価されているようではあるけれど、個人的には「内輪の小手先競争」という感あり。技術の高度を競うのは悪いことではないけれど、というものでしょうか。武道の達人は実力ではなく品格で決まるそうですが、やはり陶磁器の達人もそういったものであるべきでしょう。「最高技術保持者」ではなく、「全ての者に仰がれる最高品位の陶工」にこそ、人間国宝の称号は相応しい。

かつての、昭和期の偉人作家には、どこかそういった風があった様でありますが、最近の・・・権力闘争が漏れて見える派閥闘争では、とても人格者が登壇するとは感じられない。「良禽は木を択ぶ」というわけで、人格者が権力闘争に身を置くかどうか。何より、まずは好い木である事でしょうか。

お・・・・・。変な方に話が。

そろそろ日が暮れるので、暮れる前に花入を一本仕上げる事に致します。

でわ。

原木椎茸

今日の収穫は椎茸。苦節1年半・・・と云っても苦労は最初だけ。
去年の三月、椎茸菌を打ち込んだ際の記事写真。

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刈り倒した椎の木に穴をあけて菌を打ち込む・・・というもの。
生の雑木は相当な重量があります。

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んで・・・

2年目の秋に収穫。それまで熟成させていくのです。樹木に椎茸の菌が廻って来ると・・・生えてきます。だから、細い木は早期に収穫出来て、しかし短命に終わります。細いものから、今年の春頃に一つだけ収穫しましたが、それ以降は無し。秋になって1週間毎に確認。・・・で、叔父さんから「椎茸、多分今日あたり出てるぞ~」という話を聞いたので見に行ってみると・・・

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お。流石!。ホントに出てました。大きさからして昨日今日という辺りでしょうか。
少し手遅れになるとオバケ椎茸になってしまうのです。

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正に採り頃の大きさでありました。10個くらいかな。次の椎茸も出てきているので、新しい秋の味覚が楽しめそうです。今年は遅い台風という事で栗や柿も落ちてしまって、実モノの収穫が殆ど無いのですけれど、椎茸はまた別のものでありますか。待つ期間が長いだけに嬉しい。

最近に思うのですが。自分で作った野菜であるとか、また原木椎茸であるとか。「自分で作ったから美味しい」という面を軽視しない方が、人生楽しいものだなぁ、と。外観が1つ、料理の味を左右するものだと認めるならば、何でも自分で作ってみると楽しい、美味しい。ならばまぁ、「美味しく食べるために自分で畑を耕す」ということも一興ということで。美味しい食事には楽しい趣向があれば尚好し。その延長線上でしょうか。

ともあれ。美味しく頂戴を致しました。

休日。

今日は休日にしました。

荷物を少し解体して、作品を整理。昔の作品、花入などをどうしたものか、はてさて困っております。より好いモノがあれば、やはりそちらを求めるのが人情というものでありますから、昔の作品というのは扱いに困ります。茶碗とか、そういった小物であればガラ山に積んでしまえば好いのですが、花入とか水指が少々。浸透性を活かして花壇に配置したりしておりますが、焼の悪いもの、割れたものなどが既に置いてあります。雨が降った時などに貯水して、少しづつ土に浸みて行くというのは、なかなか、忙しくて水をやれない時などには重宝するもの。余程に佳作的なものを除いて、販売をしていない時期のものが結構沢山に残っております。

経費だけ取れれば好いのですけれど、まぁこういった悩みはどこも同じかもしれません。


休日なので、簡単に。
論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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