楽志会 中興名物茶会と利休

今日は楽志会定例茶会でした。瀬田・ロイヤルオークホテルは楽志庵。定例茶会の創成は23年も前の事であるそうで。元々が日本一の栄誉を獲得した料理長と北野宗道師が組んで、「安くにして最高の茶を楽しめる場所を近江に!」という理念と共に始まったものだとか。長い年月を経た現在にしても、滋賀県の茶道会の中でも断トツのものと断言して差し支えないものかと思います。日本としても屈指でありましょう。

今日は水屋方。前回より都合がつく限り水屋に入らせて頂ける事に。ありがたい事です。


会期まで簡単に。いつもながらの利休茶道に感謝。

小間・濃茶席。軸は大宗匠にて「歩歩起清風」、床の右手には中興名物の挽屋が飾られ、遠州直筆の銘が見えます。左には籠花入。高く飾られた花が、槍の鞘というような背の高い籠に入れられて、涼風の茶会であります。

点前座は寒雲棚。赤松柱の侘び棚として一度使われている姿を見たかったもの。水指は信楽桶形と参り、釜は唐犬風炉釜にて仙叟の好み。薄器が根来でしょうか。当然、主役としては中興名物。それを取り巻く道具組みとしてのもの。

茶碗は見込みの広い井戸系の高麗茶碗。目跡多きもの。次碗は遠州所持「六地蔵」に似た井戸茶碗。井戸と書くからには、当然、全てが本歌です。茶杓も大宗匠のもの。

と・・・こう来れば・・・。

利休が「大徳寺の師・古渓宗陳の書を初めて床に用いたが如く」である事に思い至りましょうか。中国禅僧にまつわる掛けモノが当然という中で断行された、「師匠の書」という利休の所作に同じ。中興名物に対する軸として、利休流の道具組という事に相成ります。茶杓も同じく。もちろん、利休も名物を所持していたもの。そういったものを、常と変わらずに用いる時の選択という事になりましょうか。中興名物を用いた道具組ではありますが、台子として真台子ではなく、寒雲棚という選択により侘びの信楽を用いて。水に濡れる風情の涼しきもあり。

そういった中での、中興名物。銘は伏せておきましょう。瀬戸の大振りな丸壺形。さぞ厳粛な席が行われた事でしょうか。御客様の中でも常なる方々にて心得のある方は、こういった道具がある事を御承知なので、裏千家といえども古袱紗に加えて出し袱紗も懐中されている方も居られます。拝見の楽しみでしょうか。


薄茶席は、緊張を解くという事もあり。「山是山、水是水」にて瓢棚で涼しげなる席にて、小生作の掛花入を御使用頂きました。近江神宮を御使用頂いて、大宗匠を始め、誠にありがたく御好評を頂いたもの。有難い限りであります。香合は扇形。京焼の茶碗を色々と取り合わせての席。御来訪頂いた方々には少し気を軽くして頂いて、楽しんで頂けましたでしょうか。

総じて70名様ほどの御来客でしたか。有難うございました。

~余記~~

今回は水屋方にて。あまり軽々しく表へ出ない様に!と申しつかりました。点前者も1つ、茶席に配置される名品の1つで無ければならぬ、という指導があるわけです。茶道に於ける男尊女卑の思想が、「単純な古来の風習から来ているものと浅薄に理解してはならない」という話でありましたか。役所主導のヘンテコ論に惑わされてしまっている側面があり、あまり深く考えた事が無かっただけに、根本を理解すればなるほど、道理であると承りました。簡単に道具に例えるならば、井戸茶碗が男性茶人、京色絵茶碗が女性茶人という事に相成りましょうか。薄茶一服の席と、濃茶・薄茶の席、格式の高い席と、呈茶の席と。道具(点前者・運び・半東)の使い方も様々という事にて。

今の世であれば、「男尊」されたければ、相応の実力を身につけて、茶人として尊敬される様にならなければなりません。男尊女卑とは言いつつも、要は「男は尊敬される様な修行を積まなければ一人前にはなれない」という事でしょう。問答無用で男性を尊敬せよ!などという考え方とは、少々違うものが由来。特に昔の時代、男は経済としても大黒柱でもあり、主たる農は力仕事でもあり、いつ強盗が来てもおかしくなく、戦場ともなる時代。現代よりも責任と力量が求められた時代の言葉である事を考えてみたいかと思います。それだけ、求められる要求が高いという事。

常々より、「男の茶人は他の人の修行とは違う。心して修行せよ」と指導頂いておりますが。ヨチヨチの新人からは少し、次の段階へと認めて頂いたのかもしれません。宗道先生の社中は稽古も長時間で、茶会の経験数も半端では無く。速成ではありますが、なんとか頑張って貪欲に勉強しております。


う~む。しかし・・・水屋はもちろん勉強になります。しかし・・・。茶席にも入って見たいもので。日曜日に行くというのも手でありますが、悩ましい事ですよ。特に今回は、「信楽水指と中興名物を同時に用いる際には、どういった組み合せを用いるか」というもの。特別の格を持つものと、草の水指の組み合わせというのは、ちょっと、簡単には考えるのが難しいものだと思います。普通にやってしまえば格調高く揃い踏みさせる事になりましょう。今後の茶会を開いてみたい、と思う場合において、あらゆる可能性を勉強させて頂きつつ。


次回は九月。小生も楽しみにしております。
論者:吉村祐

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。

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