晴れた日に

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庭にも随分と緑が増えてきて。気候もすっかりと春。相変わらずに風が強い様で。

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今日は粘土の再生と、粉引の釉掛け・窯詰めなどをボチボチ。

当面の目標が無いってのが微妙なトコです。放っておくと茶道具ばかり作ってしまうので、何か売上の立て易いものをそろそろと考えないといけません。とりあえず窯出しまでは休養日みたいなものですが。

時間があるので・・・

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康熙帝の中国DVDを観てます。今頃に気が付いたんですが、史上最高の絶技とされる清朝磁器。「なんであんな黄色とか変な色作ったのかいね~?」などと昔に思った覚えがあるのですが、よく考えたら官窯ですから皇帝用の器が含まれるという事で、しかしまぁ、ここまで服から食器から全部黄色っていうわけなら、なるほど黄色い磁器を作りたいのは当然の事。DVDでも場面的に皇帝が怒ったりしてガッシャーン!と壺を割る場面があるわけですが、当時とすれば専属工房で幾らでも作れるのであるからして、皇帝にとってはそこまでの価値でも無かったのかも。ついでに云えば黄色は皇帝の専属ですが、次いで大臣は紫~藍色です。なるほど、こちらはコバルトブルーの染付であるわけです。陶磁器を「美」という観点のみで断罪していると視野狭窄になってしまう様で、迂闊な事でありました。時々に振りかえる事も勉強になります。

同じく昔のもの、という事では久しぶりに唐九郎さんの図録などを出して見たりしていたんですが。昔は気付かなかったものの、その形や色の程度においては、どうにも茶陶を意識し、その方面にて秀でているトコに、これまた今更ながら気が付きました。茶を点てたくなる茶碗というか、狭い茶席に相応しい茶碗というか。個人的な感想からすると、よく比較されるのは豊蔵さんですが、唐九郎さんの方が茶陶作家としては優れているかに感じます。美術館などで観るに「買うならどれが欲しいか」みたいな視点で観るなどという事が言われている事がある様ですが、「茶を飲むならどれがいいか」という視点も1つ、興味深いもの。畢竟、美の基準というのに中立公正などというものは無く、誰しもが、その基準をどこかに置かねばなりません。そういった意味で、複数基準を会得するのは大事な事だと心得つつ。同じ事で言えば、魯氏の茶碗などは茶陶というより懐石食器の風貌が強いですね。

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話を戻して康熙王朝ですが。以前に乾隆王朝というDVDを観て記事にしましたか。出世する者に付きまとう「書の高騰」に、利休の「楽茶碗高騰」に通じるものがあるのでは?みたいな論を書いた覚えがあります。どちらも、基本的に皇帝の苦悩と官僚腐敗が題材です。権力闘争という事で、事実は小説よりも奇なり、でしょうか。中華王朝の底深いトコを、まぁ演出込みとはいえ楽しく拝見してます。皇帝の苦悩、腐敗官僚との闘争を通して、道とは何か、という様なものを描いているので、何と云うか、この作品が中国で流行したという事に驚いてしまいます。あとまぁ、舞台組に歴史遺物を使っていて興味深い。あと、やたらと茶を飲んでるのも興味深い。抹茶が流行した頃も、こんな勢いで呑んでいたんだろうなぁ、と思うと、なるほど、天目の大量生産も判らない話では無い。天目台の形も名残を遺しているようで。


記事の整理が進んでいないので、左のカテゴリが機能していないのですが。追々に善処します。

今日も休日

さて、今日も休日。庭の整備?を少し行った程度。金継ぎの勉強をしようと思って投資をしたくらいでしょうか。最近は近辺で結婚式数件に御出産やらと祝事が多くあり、嬉しい出費が沢山。しかし遠出はしばらく出来そうにありません。

販売、という事では今年は相当な不景気が予想されます。こればかりは已む無し。東京方面の個展を画策しようと思っていたのですが、この分では難しいのではないかと二の足を踏んでいます。なかなか、個展も出来ないもので。「今年は寝ていた方がマシだぞ」という噂が、さてさて流れている様な。高速料金が安くなるので旅行がてらにクラフト関係に出ても好いかなぁ、と思いつつ。そういえば福島でクラフトフェアがあるようなので何か検討したいなぁ、と。とりあえずWeb販売を拡充の方針にて。

陶器は・・・特に我々が作るものというのは、結局は心を満たすもの。今は後に廻されて然るべきものですが、いつかは必要になってきます。その時に、しっかりと「人の心を満たせるもの」を用意するのも、我々の仕事でしょう。好い作品を作り上げる力を磨いておくのは大事な事です。


そういや。さすがに昨日の案件はコメントが無かったようで。作者が誰かは見れば判るとして、というトコでしょうか。何せ本当の初期ですから、同期生でも知らなかった筈。まぁ、それは置いといて。

追々と、Web販売の方で安くします。今年は不景気ですから、今少し、思い切って値を下げてみようかと思案中です。周囲を観てみると骨董関係から現代作家のモノが軒並みに底割れ価格の状態ですから、歩を合わせないと厳しい。今回の新作も個展などの販売仕事が無い中で作っているので、とりあえず運転資金を確保する必要があります。様々、御協力頂けるとありがたく思います。Web販売、予定では4月中頃に開始出来るかと思っております。

休日

さて、久しぶりの休日を過ごしております。といっても半日寝ていたのですが。

仕事としては作品を整理して蔵を整備したいか。あと草刈りなど家屋周辺の整備。草刈りという事では、被災地などへは未だ十分にガソリンの輸送が確立していない様で、人不足にも程があろうかと感じてしまいます。農に関する仕事はどうしても、現代ではガソリンが付いて廻る。ウチも携行缶で常備があるのですが、草刈り機の為のもの。もちろん、その他大型の機械などにも必要で、重機ももちろんのこと。漁業などもガソリンが必要でしょうけれど、農は先行投資。一週間の遅れが不作に繋がる事も往々に。今使えないという事が、先々に問題化する。現地食糧という事でも大事な事かと思うのですが・・・

ともあれ、そちらはさて置きます。


今日は昔の写真でも。過去の記事はバッサリと削除しましたが、写真などはそのままに使う事が出来ます。

水指
伊賀自然釉壷

最も昔の辺りの記事より。詳細は伏せておきましょうか。当時、私が憧れていた屈指作。伊賀傾注への出発点かもしれません。どんな内容の記事を書いていたかは覚えていないのですが、この頃には穴窯一直線でした。遥々と遠方へ出かけて行ったのは懐かしい思い出です。さすがに、この辺りの記事を覚えておられる読者は居られないのではないかと。アクセスも20万を越えて有難い限り。居られないとは思いますが、もし覚えておられる方が居られれば、今作の伊賀酒盃なぞプレゼント致します。先着一名様限り、コメントにて会場と作者をお寄せ下さりませ。


ではでは、いま少し休息を摂らせて頂きます。

茶碗談義と桃山陶

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好い天気でありましたか。今日は瀬戸へ。年度末という事にて、水野先生のトコからも今春に独立される方が居られるので無理を押して出掛けてきました。高速道路で一時間半。まぁまぁ、疲れていても何とかなります。日帰りにて先程に帰宅。

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いつもながらの陶芸談義。モノに対する目の水準を研ぎ澄ます仕事。目の水準が低いという事は、作家としての将来性が暗い事を意味する。如何なる優れた才能も、砥がれた技術も、豊富なる知識も、全ては己の目の水準までしか用いる事は出来ない。視野の狭き、視点の低きは狭き世界。低い水準で満足してしまった時点で、その作家の仕事は終わりである。常に目は才能の先を行かねばならない。常に全力を尽くして自らの仕事満足しながら、同時に不満足でなければならない。好いものを好いとし、悪いものを悪いとする。作家が何を好いとするのか。世辞を除いた本気のものであれば、それが作家の力量そのものであり限界であろうか。

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天目。利休さんが天目茶碗の台を外して「平扱い」を行っているというのは衝撃的でしたか。天目の平扱い。台天目という特別の点前とする事なく、常の茶碗の如くに天目茶碗を扱うこと。格調高き茶碗を、畳の上に卸してしまう仕事。話に聞いた事があるものの、さてその発信源が利休さんであったとは。写真のものは中村宗悦さんの呂色天目台。天目はもちろん水野先生のものにて、小生所持。天目台を1つ、昨年来に柿の蔕など様々、常なる指導の御礼に贈りました。まずまず、私が買える範囲での精一杯にて。

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茶碗談義。現代井戸の届かぬ景色。写真のものは古萩。しかし萩の人間国宝であろうと、唐津の人間国宝であろうと、朝鮮の現地作家であろうとも、井戸の写しである古萩の景色にさえ激しく遠い感あり。それは”マガイモノ天目と本物の差異”が如くに遠い。それは一体何故なのか。同じく、現代伊賀、現代志野など様々、桃山の巨匠の作品群は、「再現」を高らかに謳いあげるが、その実、どうにも本歌には遠い。誰もがその差異を感じながらに、迫れないし指摘しない不思議。実際に今とて、その差異は埋められていない。利休神格化の如き、人間国宝の神格化。時にして国宝級の有名・著名作家より、無名な古陶磁職人の方が本歌に迫っている事がある。名前だけで、血筋だけで作り上げる事が出来るほど、古陶磁の世界は甘くない。力量こそ全て?。

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現代の職人作、蕎麦茶碗。萩でも唐津でも朝鮮でもなく、瀬戸の職人さん。はっきり言って無名な方。しかし比較してどうでしょうか。萩・唐津の名工と呼ばれる人が、井戸茶碗の名手と呼ばれる人が、さて、こういった細貫入から様々再現する力量。意外と、それほど名を知られていない作家さん、地方で細々と拘りながら、という方に巧い人が居たりするような。我田的に云えば、伊賀のビードロも、著名なる伊賀作家さんの作品はどうでしょう。信楽なるを伊賀と称する見識(目と知識)。虚構がある。そこには、”著名ならざる職人”の力量が迫っている・・・事も、時に要因となるのであろうか。

水野師の天目も随分と本歌に近いものがあり、徹底的なる陶芸狂を基礎に置く仕事。「〇〇の名手・人間国宝と呼ばれながら、過去なる名品古陶磁の最高峰と同じ仕事が出来ないのは、そも伝統を踏むに踏み切れていない」と云う議論は正鵠を射ている。作家としての折り返し点を随分と手前に置いていないだろうか。「現実的に無理」などと言い訳して「別のもの」を差し出してきた現代陶工は、長江氏の二代に渡る労苦の末の曜変再現をどう見ただろう。諦めずに追い続けた者の精華こそが本物。諦める事をいくら理論で「正統化」したとしても、歴史の前にはタワゴトでしかない。いや、そもそも本歌を踏み追う気が無いのか。

曜変同様、「再現」などと謳われながら、その実、全く「成っていない分野」はまだまだ多い。長期的な歴史視点で見れば桃山の巨匠の仕事なども、多く「再現」という言葉は順次取り消されることでありましょう。彼らの力量は本物であったとして、しかしそれは再現とは遠かった。バブルの後遺症と骨董屋などの利益追求、そして見る者の少なきが、様々、奇妙なる伝説を操り人形として動かしているだけ。数百年も経てば、所詮は「昭和の焼物」でしかない。利休の神格化の如く、「虚構」を「再現本物」として「伝説に捻り上げる」という不可思議な歴史事実を、我々は目前に見てきたわけです。陶芸史もまだまだ、その発展が途上である事を感じずには居られません。


と、今日は少し辛口の記事。そういった事を感じつつ、楽しき一日でした。

雑感

今日は二件目記事。実は御近所の方が亡くなられたので、昨日は窯焚き後風呂に入った程度にて通夜式参列。今日は早朝から、起きられぬ体を叩き起こして茶会にて一服をありがたく頂いた後、トンボ帰りで葬儀手伝い。および夕刻から忌明けの振舞にて、ようやく帰宅。窯焚きの気力勢いを以てなんとか保持していますが、明日も早朝から外出であったり。

葬儀、という事では毎度ながらに色々と考えさせられるものありて。例えば御経1つにしてもそうですが、昔はさて、手を合わせるのが何か少し格好が悪いと云うか、そういう思いもあったかに覚えているものの、そういった自分本位の姿こそ格好が悪いものであると、色々気付くようになりましたか。嫁さんなどは過去に祖母を亡くした時に経を暗記して随分と唱えたそうで、大事な人を亡くした時のもの、なのでしょう。それにしても、今日の宗教は法事の事ばかりというのは、何か悲しいもの。御近所の住職さんが、さて浄土宗の偉い方であるとは露知らずにて。

講話の話にても、人が亡くなられて後の「冥福を祈る」という言葉も自分本位であると教わりました。幸福なる浄土へ行く方へ贈る言葉では無い、と。祈るまでもなく幸福が約束されているのである、と。寧ろ仏となられて我々を見守って下さる事に感謝するべきものである、と。 例えとして適当かどうかはさておき、徳の高い御坊さんに向かって「貴殿に幸福のあらんことを」などと云う事が、どれほど高座なる物言いであるかを考えなければなりません。

もちろん、様々宗派はあろうことかと思いますが、利休忌の茶会という事を考えてみても、様々、その通りであろうかと感じます。ただ感謝。また法然上人の800回忌でもありましょうか。そういった、400年、800年前の方々の訓えが、今日在る我々の上にあるというのは不思議なもので、そういったものがあって、我々の常識や習慣があり、さらに言えば受け継がれてきた自然風物がある事でしょうか。一体、「本当に偉い方」というのは何だろうか、と様々に考えさせられる処にて。

肩書や、名誉や、そういったものは何とて残らないし、誰の役にも立たない。
ただただ、自己の満足の中のもの。自分本位のもの。

そういった中で、歴史の風雨に耐えて生き残るものというものの本質は何か。
仏事、法事とて、それは単なる「儀式」でしょうか。判ったつもりの恐ろしさ。
すべからく己の常識を無上のものとして高座する思考こそ、考える事の放棄。
名物にしても、桃山茶陶にしても。ただ「美」という観点だけではあまりに御粗末。

その器は誰のためのものなのか。


そんな事を感じた一日でありました。

楽志庵茶会記

さて、窯焚きも終わって疲労の残る中ですが、今日は楽志庵の茶会日。席主はいつもの北野宗道先生。丁度一年前、利休忌という事で、春屋宗園の床飾りに長次郎黒楽。正客さんの心遣いにて供茶も行われ、ともかく驚きの多い席で頂戴したものでありました。今日という日はそう、裏千家における利休忌です。

さすがに窯焚き明けにて体が浮ついているのですが、ともあれ第一席へと入れて頂いて御詰めをさせて頂きました。疲れているからこそ、美味しい御茶を頂戴したいという思うものです。

席へと入って・・・本席の床。利休遺偈。小説などが好んで取り上げる題材ですが、禅の視点から見れば一定度合いの答えが見える様で、しかし我々凡人が理解するには難しい。しかし本意としては「この床に利休あり」という一点を示すものですから、意味はさておき、何にしてもありがたい。桃山時代の茶も同じく、「意味は判らないが本場の禅僧の筆である」という事が大事とされていたとか。今回の筆は大徳寺真珠庵の方。茶道と禅の出会いを果たした一休さんの塔頭です。

花は菜の花。利休さんが切腹された日の茶会に用いられたと伝わるもの。飾り受ける花入は青磁。去年にも御見受けした覚えがある、胡銅写しと思しき青磁花入にて格調高く床が演出され、香合は十牛の染付。禅の道を歩かれた利休さんの姿でしょうか。菜の花は食用にもなることで、小生宅でも今日の朝食に菜の花が少しあったものですが、綺麗でもあり、それでいて庶民的な花としてもあり。

点前座の拝見へ移って見れば、全体としては台目棚というものに遠州七宝の透かし。そこから黒棗が見受けられる。正面へ廻って見れば、水指は手桶の真塗。そこへ金襴の仕覆に包まれた茶入が飾られている。

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以前に紹介した書籍ですが、読まれましたでしょうか。後に利休に関連される様になった様々なものが、後世の付属品であったという話。利休の話として権威付けの為に後世作られた虚ろなる書物「南方録」。その影響下の書物を排した時に残る、利休の茶。そこで用いられる水指は、手桶・釣瓶水指が圧倒的。信楽水指、瀬戸水指、唐物水指(南蛮?)などは極めて僅か。備前は建水が基本で、僅かに一度茶入れが見られるのみ。茶碗も同じく若いころは珠光茶碗、また天目を平扱いしたりした時期もあるが、あとは高麗モノ、および黒楽で統一されている。「利休好み」として伝わる非常に豊富な種類に対して、毎度同じく定番の茶道具を用いて僅かに時折の変化がある利休茶道の実像。

真塗の手桶水指は三代宗哲。それに黒棗、および瀬戸肩付茶入。棚も畳置きのもの、むしろ棚が無いものこそが利休好みというものでしたか。台目棚も同じく、畳置きとなっており、利休の道具組みというもの。

茶碗は・・・説明は無かったものの、以前にも御出会いした愚朗井戸と拝見。大振りで見込みが広く、青味系の井戸にて、非常に好いものです。愚朗氏の茶碗は出来・不出来の差が著しいわけですが、明らかに好いものにて、次茶碗は貞光氏の光悦加賀写し。利休の道具組の特徴として、茶碗は若い頃こそ天目茶碗ですが、主には当時に新しく出来た高麗もの、および楽茶碗を用いたわけですから、これも1つ、利休の道具観として同じ背骨があるわけです。

去年は利休所縁の道具にて茶を頂き、今年は利休の道具組にて茶を頂きました。茶杓は裏千家六代六閑斎の作にて、銘なし。江戸時代中期。丁度、南方録によって利休茶道が見直され、侘び茶への回帰が生じた頃でしょうか。


道具に使われずして、道具を使う茶会の姿勢。学ぶことの多い茶会であります。

変わって、社中担当の薄茶席は花見の席。桜尽くしという事で、「花下半日の客」。去年も同じ掛けモノでゆっくりさせて頂いた覚えがあります。これから様々に茶会も多くなる事で、楽しみであります。

第十八回 臥翠窯伊賀 穴窯焼成記録

第十八回焼成。春の焼成という事で、いつもながらに大変でした。春、というのは割合に環境として焚き易い季節でありますが、三月という段ではどうしても、風の強い日が多く、環境的に非常に厳しい。同じ春でも四月ならば穏やかですが、三月は窯変系に走り易い面があるやに感じます。

今回の焼成。再度の理想へ至るべく、見事なるビードロと焦げの両立。焼成時間、薪の消費量、全てにおいて過去のものよりも一枚上のものを用意して、作品の土にも配慮を施しての焼成。様々に最善を尽くし、前回個展焼成より、更に一枚上を狙っての焼成に挑んだのですが・・・。なかなかやはり、自然相手という事の難しさを痛感する処。

ともあれ焼成の記事まで。

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焙りは少し、時間があったので記載しましたか。初日は順調。昼ごろに開始。
薪の直接燃焼温度は普通に1000℃を越えているもの。焼物は温度ではなく熱量。


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一夜開けて2日目朝。冬の気候にて窯場の気温で4℃。冷える。一面の霜。
気温が想定外に低いっていう事は、窯の扱いが難しくなります。

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加えて・・・風向きが色々と怪しくなっていきます。風が強い。
いつもの春風と思えるのは最初の内だけ。 


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温度は順調に。気力もあり、刻々と変化する環境に応じるだけの余裕あり。
その余裕は、温度が高くなるほどに失われて行きます。 


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夜もそれほどに難儀せず、過去にない速度で灰も融け始めます。煙突にも大炎。
作品の調整も巧く云った様で、ビードロ焼成を狙っています。

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翌朝3日目。前日に重ねての寒さ。雨が降った事も合わせて、本当に真っ白。
炎の動きが本当に激しい。

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風の動き。煙は真っ直ぐに上がるもの。同じ時間の写真。相当な強風が渦巻いてます。
渦巻く、という事は、窯の調子を「風」が支配するという事になります。
風は虎に従うと申しますが、火は風に従って走ります。
翻弄と温度の高さに、少し体力が追い付かなくなりつつ、四日目を越えて・・・

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5日目・最終日。吹雪の横殴りがあるかと思えば一転青空。そして急転して吹雪。 
景色としては見事ですが・・・最終の制御から焼成方法の自由が奪われます。



通例の春の荒天だけでも窯の調子が狂うもの。過去に失策へ追いやられた苦い経験。

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力を出して頑張ってみました。・・・が・・・?

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非常に判断に迷う結果。久しぶりの引出伊賀。

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理論だけでは追い切れない。自然環境の前にはあまりに脆い人の力。
ともかくも、さっぱり結果の予想がつかない恐ろしさ。


ともあれ。今回も無事。皆さまのお蔭にて、窯焚きを終えることが出来ました。深謝。
これもまた、1つの自然なる結果です。

来年からは・・・三月は春風を敬遠して・・・四月にしようか?・・・・などと。
以上、常なる御高覧・御声援に感謝。 



焼成:2011.2.22~2.26 (5日間・過去最長) 作家: 吉村 祐

第十八回穴窯焼成 焙り

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さて、5日間の長丁場ですから、少しく初日は余裕を持って。最終章には巨大な炎と化す窯焚きも、最初は随分と小さな炎。格好悪い話、火付け用の木端材が湿っていたりすると火付けに失敗したりする事もあるもので、慌てて団扇で煽いだりする事があります。最初は、丁寧に扱ってやらないといけませんし、薪を沢山くべたりすれば消えてしまいます。強い炎を出せば、中の器も割れてしまいます。

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工房の軒先に、初窯の時からずっと転がしてあった水指。三年半も風雨に晒されて、少しく風情が好くなっています。その間に、私の作品も随分と変わってきたもの。ですが、原点としての手捻り制作は初窯の心です。この作品、「これでいいのか?」と思いながら作っていた覚えがあります。しばらく修行としてロクロに向かう事になり、去年になって再び手捻りに戻って来ましたか。

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大地を素材として。水と土が無ければ木々は樹たずして、木々が無ければ人も動物も生きられない。炎と共に舞う自然灰で土に衣を纏わせる仕事。素朴なる農の風情・信楽を、堂々たる武士の風格・伊賀へと変貌させる仕事。木々を再び土の元へと戻し、二者を和して1つの器とする仕事。


窯の調子は良好の兆しあり。あとはさてさて、どうなる事か。

伊賀焼成へ

第18回の焼成へ。随分と長い様な気がするのですが、まだ初窯から三年半。

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色々な時期を経て。

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窯詰めは毎度ながらに最も集中力が必要で

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次第に投じるものも大きくなり。



第18回焼成、明日より。常の如くに見学謝絶。全力を尽くします。

茶道稽古11.3.19

題名を簡素化。今日は茶道の稽古。記事を書こうと思ったら関東方面で大きな余震があった様子。茨城、心配です。早く納まってほしいもの。

稽古は濃茶付花月二回、貴人点花月、替茶碗など。今日は新しく入門された方が来られていて、今年高校を卒業された方。なんとも、一廻り年齢が異なる様な方が登場する様になりましたか。私も若いなどと自称出来なくなったよいうか、及ばずながらに色々と基本の点前を助言させて頂いて。ボチボチと、人に教える事も修行を積んで、追々と教授者になれる様に励む所存ですか。今回の地震に関してもそうですが、いつの間にか社会の一員として組み込んで頂いている様な感じがします。昔の、阪神淡路大震災の頃は、まぁ学生という事もありますが、怖かった一方、ただただ、他人事に近い傍観者でありました。


それにしても。若い人が入ってきて、というのは何か嬉しいというか。禅語に「春風吹きて又生ず」とありましたか。個人的にも、本格茶人さんが増えることは茶道が繁栄する事。それが、やがて茶陶の繁栄に繋がる。宗道先生の門下には、私は茶陶ですが、和菓子職人さんから着物屋さん、京料理の方から炉壇師さん、様々に職人として、プロとして背負うものがある人が多く居られます。新しく生じるものが、やがて時代を担っていく。多くの職人が、茶道という日本文化を土台としてそれぞれの仕事を行うというのは、とても好い事だと感じます。それと同じ事が、やはり震災の跡にも生じてくるのかと思いつつ、その支援が出来れば、という事を思います。

茶道としても様々、行事が中止となる一方で、市民茶会などがチャリティ茶会となったり、様々に行われると聴きました。私も・・・作品が確実に売れるトコがあるなら、花入れの数本を出すにもヤブサカでは無いのですが、販売サイトは一日のアクセス数も「一桁」なので、なんとも無力・無念な処であります。(Metaタグの設定を忘れていたので検索に掛からない事もあり。)


ともあれ窯焚きが迫っておりますので、まずはそちらを全力にて。

柿の蔕茶碗

さて、今日は快晴を利用しての窯詰め仕事。昨日焼いたものを少々。

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想定よりも色が明るく仕上がったので、今一つ改良を施す予定。

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思ったほどもザラツキは少なく、使い易そうな感触がある。
窯焚きの時にでも、実際に点ててみようか。


前の出来は・・・

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こちらはイラボに近いモノでしたか。好みは色々であろうかと思います。
ザックリした感じでは柿の蔕の一枚上を行くものかに感じます。


柿の蔕茶碗。そろそろ一応の完成系に到達出来そうな感触です。

名残の雪

昨日・今日と吹雪いてます。このあたりは東北と同じくらいの気温と言われるので、東北もこれくらいに寒いのでしょうか。梅が綺麗に咲いています。東北もまた、寒い中で梅が咲き誇っているのでしょうか。


今日は吹雪の中でガス窯を焚きながら窯の掃除を開始。先程にガス窯を焚き終わったので、あとは薪窯の窯詰めを進めます。雪のお蔭で乾燥が二日分後手に廻っているので、予定をどのようにしようか迷いつつ。今回の窯は荷の量を多く設定している事と、週末に予定が入っているので色々と前倒しで行動しています。


日付が変わって。地震があったのは先週の稽古の時でしたから、一週間が経ちました。復興にどれくらい時間が掛かるものかは判りませんが、ある程度落ち着いたら会津塗や相馬焼などを求めに行ってみようかと思っています。募金は・・・黙っていても色々と嫁さんがやっているので。あまり募金した、した、というのはどうかとも思うのですが、非常時ですから。


しかしこういう時、工芸の復興はどうしても後回しになってしまいます。元より需要も失われ、設備投資の体力もありません。しかし、だからと言って火を止めてしまえば、それで終わります。桃山時代、伊賀焼もまた、大飢饉が起こった際に窯の火が断絶。茶陶の火は止まり、量産食器的なものへと移行しています。それほどに工芸というものは脆弱。停まれば停まるで已む無き事ですが、文化は必ず、誇りとして役に立つ時があります。そういった誇りこそ、日本人の規律を支えるものの1つ。全体の復興があってこその文化工芸ですが、復興が終わった時に、見落とされぬ様に、小さくとも炎が在らんことを願います。


それぞれに、それぞれが出来る支援を。

自粛やら不謹慎とは

何だかネットでは地震被災下のイベントなどにおいて、不謹慎であるとかないとか、自粛がどうあるべきか、という議論が飛んでいる様です。

そもそも「不謹慎」、「自粛」という事を、日頃考えていないというか、これを特別な事だと捉え過ぎている様な感じがするのは気のせいでしょうか。言葉を吟味すれば、何がどうという事は各人に納得されるものだと思います。

「不謹慎」という言葉が使われるとき、それは道徳の事であって、根本として責められるのは「経済的に不利益」とか、そういう問題じゃないでしょう。こんな時まで金の話などとは馬鹿な事です。「人の気持ちが考えられない」と云う「道徳心の欠如」を咎めているのだという事が、なぜ判らないのか。「親が死んでも、給料が減るから休まない」という、そういう心がよくない、と云っているだけの事です。「給料が減る事を優先する」という心が、道に照らして「心が貧しい」と批難しているのです。「金が無いから葬儀が出来ない」という事と、「金が惜しいから葬儀が出来ない」では、全く意味が違います。多くの人が亡くなった時に、「経済が沈滞する」などと云うのは、聴くにしても耐えられないものがあります。

当然、生活に必要な給料は必要だし、日々の御飯は必要です。疎遠な友人であれば、気にならない事もある。アフリカの惨状を見て食を自粛する人はいない。しかし、親を亡くして出社してきた人がいる場所で、「昨日は新装開店したラーメン屋に行ってきて、とても美味しかったんだよ!」などと大声で楽しそうにする事が、「不謹慎」である事は云うまでも無い。

態度を整えて(謹)、制御するべきを制御する(慎)。「謹慎」するべきを、していない事を「不謹慎」という。慎むべきが判っていない人間には、謹慎も不謹慎もない。「人間としての心遣いが欠けている」と言っているのだ。指摘されているのは、経済活動じゃなく、それによる迷惑でもなく、行為者の心根である。ラーメンを食べに行く元気が在る人は食べに行けばいい。だが、それを大声で云う事が不謹慎である事を弁えられない様な人間は、ラーメンを食べに行くべきではない。

被災者の方々が、整然と並んでおられる事。それは自らの心、不安定な心を整え、制御しておられるからであろう。自分だけは助かりたいという我欲を「謹慎」させて、耐えに耐えて助け合い、また命を賭けて原発の鎮静化に取り組んでおられる。その姿勢を観た時に己の背筋を正し、「謹慎すべきを謹慎する」という事。必要な事は必要な事。挙式される話もある処にはある。それはそれで必要な事だ。「祝事」と、「享楽」は違う。葬儀と結婚式や生命の誕生が重なることもあるだろう。そういう時に、どういう事を思ってきたか、という事だ。そういう時に、両の均衡を図って、どういう祝い方が好いのか考えてきたかどうか、だろう。しかし多く、毎日が祝い事という人は居ないのである。

そういう「普通の」感覚という事を、被災者の様に真剣に考えればいい。

我欲を「謹慎」していれば、何としてもその行為は「不謹慎」には当るまい。それが「独り善がり」でなく、「人に勘違いをさせない」という処まで配慮が届いていれば、絶対に迷惑を掛けることもない。我欲を「開放」する事で、間違っても人の心を傷つけるな、という話が、「不謹慎」と「自粛」なのだと思う。

自らを粛然とさせ、心を修めて謹慎し、日々を送る。出来ることをやる。


人の心が癒されること。忌中の目安はどうだろうか。古には三年は慎んだ生活を、という話もあった。江戸時代とて一ケ月は出仕しない、など色々。そういうものが薄れた現代とて、四十九日、せめておよそ救援が行き渡ってより七日間を自粛したとして、何か不都合があるのだろうか。多くの方が亡くなっているのだから、周辺に、表に出てい無くとも悲しみを抱えている人がいる。そういう感覚なら、最低でも七日。せめて地震発生から2~3週間くらいは我慢をすべきであろうかと思う。仮に心が追い付かず、追悼が形だけのものであったり、同情が上辺だけの事であったとしても、それを悟られない様に内に秘める程度の心遣いが欲しいものでしょうか。


今回の地震。どこか遠くの異国でしょうか。新幹線に乗れば、およそ半日と掛からずに行ける場所に、悲しみに暮れた人々が大勢居るのです。あなたが今立っている場所は、被災者と同じ場所、日本という国の「家」の中ではないでしょうか。歴史的な悲しみを目の前に、同じ家の中に居る人として。それを考えれば、人に言われずともやるべき、やらざるべきが判るのではないでしょうか。


何をするとか、止めるとか。結果だけを見ても仕方がないのでは。


以上、若輩者がタワゴトまで。失礼を致しました。

少し外出

2日ほど岐阜方面へ。結局、始終ラジオやらテレビやらを気にしていましたか。夜中に揺れた際は流石に不気味でした。帰路は吹雪にて、相当な量のトラックが東へ向かって走っていました。岩手方面の親戚は無事であった様子。しかしどうしても、ここを御覧頂いている方々の中には、親族や友人など居られる事もありましょう。だから、地震に関しては書かない、と言いつつも、しかしながら浮かれた様な記事を書く気分になれません。これだけ多くの方が亡くなっているのですから、いくつか辿っていけば、簡単に亡くなられた方に辿りついてしまいます。他人事と思える方は、それはそれで結構なことですが、募金が欲しいと云われれば、四の五の云わずに応じたらいいんじゃないでしょうか。

作品は制作が終わっているので。今日は積雪。作品が凍らない様に差配をしつつ。

そういえば。ウチは田舎家ですから、井戸も二期あり、薪や炭もあります。周囲も皆、農家です。家屋が倒れたとしても、柱材やブルーシート、ビニールハウスがあり、立派な?公民館もあり。滋賀県などで地震の際は、甲賀など地盤の固い方面が被害少なく耐久力も高いかと。農作物なども多くあるという可能性が高い。もしもの時、は野洲川を下ってくる事は1つ、思案の処でしょう。距離も30km程度ですから、体力に拠り5~8時間ほども歩けば到達できるかと思います。自分さえ、というのは好みではないですので、小生宅など存知よりの方はもしもの時に覚えておいて下されば。人数も多く入れる離れの家屋があります。

・・・結局地震関係でした。原発も結局は心配な様で。東海地震やら富士山がどうこう、というニュースも出ている様子。何と云うか、もはや「人智」など「所詮は人智」です。”未熟なる者ほどに、見えないものを「嘘」と斬り捨てる事を容易に行う”という点に関して云えば、陶器の目利きにしても同根の話でありますか。人の眼に見えていないものに対する敬虔なる意識の欠如。そいつが、如何に愚かであった事か。


もう数日間は・・・何とも不気味な時が続きます。

さて。

そろそろ地震に関してはこの記事で終わりにしようかと。様々、あとは実行の事。

現地では「モノより募金」という事ですから、復興や調達に必要な資金という事でしょう。食料品などは運搬されているけれど、やはり無料と云うわけにも参りますまい。モノは次々、公的な備蓄も輸送されている様ですし、あとは現地の指揮官が巧い差配を行って、つまり石田三成的な補給の達人が最も必要とされているのでしょうか。苦境にある時に補給が滞るというのは古来士気を下げるものですか。被災地の方々は現地などへも戻ったりされている様子。


それにしても・・・多くの方が亡くなられてしまいました。御冥福をお祈り申し上げます。



地震のため、というわけではないのが申し訳無いですが、一両日ほど出掛けてきます。

地震雑感

地震から四日目ですか。原発沈静化にしても被災救助にしても、自衛隊の力量がどれほどに大切なものであるかを感じます。日頃から備えていてくれる人が居るからこそ、安心して生活していられるのかもしれません。今回は沿岸部は壊滅として、都市部は震度5の被害のみにて比較的無事な様子。あとは運搬の処が巧く行けば好いのでしょうか。

被災という事では、結局は食糧などの不足より、まず積み重ねてきた家族や家屋という「替え難いもの」を失う痛みが一番大きいのだろうと思います。山間の田舎は井戸水あり、田畑あり、米や野菜の備蓄あり、材木あり、薪・炭あり、敷地ありという事で生活の耐久性は高いとして、都市部経由で物資も比較的迅速であるとして、しかしそれだけで終わるものでは無いのではないかと想像しつつ。


あまり、陶芸の事を書いても仕方がないので。



以上です。

記事整理の御知らせ。

テレビを見つつ。

予定より早いですが、過去記事を整理しました。茶陶初個展のトコで区切ってます。
一部記事は編集して、販売サイトに移行予定。文字を増やしてSEO対策に使います。

いやいやしかし、色々と身軽になった気分です。
過去は過去として、今後の記事に御期待下さい。

窯場

臥翠窯も最初は廃屋でした。
新しく活動を行って参ります。

おはようござ・・・

1時間程寝て朝9時を廻ってみたら、テレビが通常回復しててビックリしました。普通にCMをやって、賑やかなバラエティニュースですか。邪魔だから止めろと云われてた中継ヘリも再開してる様で、コメントしてる人も中継見ながら「避難してますね~」とか野次馬じゃないか。ついで政治家はテレビ局に詰めて、淡々と昨日の事の反省点とか批判点とか、予算の政局?を語ってる。テレビで話をしてないで当事者間でしっかりやれっていうんだわ。呼ぶ方も呼ぶ方だ。しかし原発も官房長官の顔色が落ち着いてきた様子。番組の内容も総括に移ってる。もう臨戦態勢の解除ですか。

そろそろと復興へ向けて、という事でしょうか。窯元関係では相馬焼が壊滅したんじゃないかと心配します。沿岸部ですよね。政治家も好き好きにテレビでブツブツと昨日の対応批判をやって。心配が残ってるならテレビに出てる場合じゃないだろうし、原発の心配が無くなったのなら、まずそれを伝えるのが先じゃないのか。震度4や5という余震では、もう原発の心配はしなくていいのか。知識が無いとサッパリ判らない。まだ、「一歩間違えれば・・・」という余地が残ってるんだと思っていたのですが。



ともあれ。尽力されている専門家の方々を信頼して、私も自分の出来る事に取り掛かると致しましょう。追々と、何か出来る事も出てくるでしょうから。


→ほぼ安全性が確保された様で。中継されていた安全確保の詳細説明が肝心なトコで打ち切られたので腹が立ちましたが、ともあれ、あとは復興ですか。様々、あとは救出を待たれている方の御無事を。

さて

どうなるものやら、まだ未知数でしょうか。昨日から原発のニュース見つつ朝になりましたか。見ていたからと云って変わるわけでも無いですが、危険な場所で頑張っておられる自衛隊さんに感謝です。原発方面も、現地では1000人以上?が現地で危険と背中合わせに居られるのでしょうか。一歩も間違える事が出来ない中、情報も統制されている感じですか。暫定でも早く安全宣言が出てほしい。岩手方面の親戚は連絡が取れないと聞いてますが沿岸部ではないので津波は大丈夫かと想像しつつ。東北は地震の被災と余震、関東も原発の不安が重いことではないかと思います。余計な材料である余震が早く納まって欲しい。といって今は何かが出来る話でもなく。関西の平穏が、何だか申し訳ないです。

戦慄 ガス爆発と中身の無事。

戦争の無い時代の戦慄、でしょうか。原発の事は詳しく知らないのですが・・・。知らないだけに、戦慄以外の何物でも無い。陶芸がどうとか、茶道がどうとか、正直そういう話では無い。といって心配してどうなるものでもなく、ただ祈るだけ。なんとも無力なものですが、実に恐ろしきが史上屈指の地震よりも人の作りしものという事実。「後悔」って事にならない事を祈ります。自然に対する慢心があったという事ですか。人事は尽したとて人事。

水素爆発?だか何だか。しかし内部は無事であるとか。報道なんかどこまで信じて好いものか判らんものですが、過去、実はガス窯で小規模のガス漏れ爆発をやった事があります。火吹の蓋とダンパー関係の断熱レンガが数メートル吹き飛んだわけですが、中身は全くの無事。粉々になるどころか、釉薬さえ剥がれていなかった。水素ガスの引火爆発ならば、中は無事という事は十分にあり得る。酸素がある方向にしか爆発は広がらない。

建屋のみの破損で、内部容器は無事、というのは隠蔽ではない・・・と思う。


やはり身の危険を感じる場所にいるのと、居ないのでは全く違う。地震被害が国中に拡がる可能性。何とも落ち着かない。これが杞憂で終わる事を祈りつつ。被災されている方々の無事を祈っております。
論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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