個展余話 茶会記

さて、一夜明けて。桐箱の発注など色々と仕事はあるので、追々とこなして参ります。

さて、昨日の個展。茶会記の方も、折角ですから記録を書きましょうか。茶の趣向。色々なものがありますが、今回は紅葉茶会にて、水屋方を勤めさせて頂きました。個展の方は、陶歴無し、宣伝無し。ただ作品と、名刺だけを置いたささやかなもの。通例の濃茶席を待合として、いつも薄茶席を行っている広間にて、初炭⇒菓子(善哉)⇒濃茶⇒薄茶へと、全てが1つの部屋で執り行われました。その通路にて、ささやかなる個展というもの。


以下、茶会記となります。

まず通されるのは待合の部屋。落葉の焚火に湯釜が掛けられている絵が飾られ、作品を見て頂いたり、ゆっくりと準備が整うまでの時間を過ごして頂き、やがて席入りと相成ります。

茶席。その主役たる掛けモノは「紅葉の歌」。詠み手は江戸時代中期の右大臣、三条実満。意を汲めば、「秋の木々が纏う錦の衣。その紅の葉が、下を歩く私の袖にも入ってくる楽しさ」という所のもの。よくぞ言われる「錦秋」(きんしゅう)を詠みあげたものにて、書を読めた順に「広間の中に涼やかな秋風」という風情でしょうか。

やがて始まりしは初炭。瓢(ふくべ)の炭斗(スミトリ)に、備前人間国宝・山本陶秀氏の蝦ツマミ備前水指。とくれば、「口切り茶事の三べ」というもので、残る香合は織部と決まる。桃山時代の鳴海織部香合にて、初炭が行われ、”豊穣祝いの席”と相成ります。(備前は古来は伊部インベと呼ばれていました。ふくべ・いんべ・おりべ で、「三べ」です)

釜は百回丸という利休が百度茶会で使う程に愛用したとされる釜。その、江戸時代の写しモノ。蓋置は新しく切りだされた青竹。利休茶道を奉じて22年の席であります。

濃茶の前には善哉。炉開きは同時に収穫祭。収穫とは即ち、稲作の収穫。昨今は餅米を作っていないと自家製の餅は手に入らないのですが、ともあれロイヤルオークの料理長が手を掛けて。水屋方で餅焼き番が丁寧に焼き上げ、今年の収穫に感謝するもの。もちろん、現代は茶人とて兼業農家というわけではありませんけれど、昔の方はよく言いましたね。「お百姓さんに感謝して食べなさい」、と。感謝というものは、お金するものだけではないですし、お百姓さんは神社に集まり、自然の恵みに感謝を捧げます。私の田舎でも、各戸からその年の収穫米を奉納する風習が残っています。

続いての濃茶。茶入は瀬戸にて、越後金襴の仕服。石畳に宝尽くしの文様が織り込まれています。次いで茶碗・茶杓が入ります。茶碗は各種。了入黒楽、加納白鷗の大振りな飴釉楽、貞光氏の光悦「加賀」写しの赤楽という辺り。大切な茶を掬いあげる茶杓は、幕末の家元・玄々斎の手になるもので、宗旦(利休の孫)による名茶杓「松風」(中興名物)の写し茶杓。

趣向というものは、「亭主が押し付けるものではなく。ただ客が感じるままに楽しむもの。」という言葉でありましたか。名物の写しモノが二つ。数寄者的な自由造形である白鷗の茶碗。古きものを写すという仕事。古きに倣う、伊賀の倣古作。よいものは好く、時代を経ていようが、いまいが、紅葉は同じく美しいものとして存在する。それが昔と同じであろうが、なかろうが、美しいからこそ、紅葉は愛されるのであり、何の肩書も、何の説明も不要のこと。

今年、何度も登場した了入黒楽。茶会に出さなければ、その茶碗を育てる事は出来ない。故に、好いものほどに使い、年を重ねさせ、春の新しいものを、秋の美しさへと進ませる。いつぞや、「了入が多いのは、さて何の理由だろう?」と書いた覚えがありましたが、そういった答えでありました。

ついで薄茶へと。雲鶴狂言袴(高麗象嵌青磁)の水指にて点前が始まります。茶碗は京焼き茶陶でよく知られる加藤利昇氏の銀杏文様の茶碗。見込みにまで銀杏が書き込まれた姿は、掛けモノの歌の通りの文様でありました。他、六兵衛陶園織部、つまり山内砂川さんの織部茶碗などが登場。茶の入った棗は雲錦蒔絵にて花押モノ。袴姿が踊る中、落葉が舞い、織部の山に、雲や錦が掛かります。楽しいものですね。

大切な茶杓。近々に八坂の宮司さんからの拝領であるとか。皆が拝見して最後。銘は?との問いに対し「夕鳥」(セキチョウ)と披露。茶席は茜色に染まり、閉会となります。

花入れ。明治に文化が打ち捨てられし混迷の中の家元、第12代利休・円能斎の手になる一重切の竹花入。花は紅葉せし枝に、椿が一輪。紅葉の歌の前に添えられて、この二枝の自然が全ての演出。主客の思いを拡大する美しいものでありましたか。

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道具。使われてこその茶道具。それにしても点前順序というものはよく出来ているもので、合理性から演出性まで、複雑な要素を織り込んで組み立てられていて、道具を活かすという視点のもとにも、よく働きが効いていて。

本物の文化が在るというのは、こういった事であるのでしょうか。人が、感謝の念を根底として、自然を活かし、道具を活かし、そうして主客が共に、活かされた自然や道具を楽しむもの。そうした所の一期一会。2010年・秋の茶会は一度切りのものであります。




以上、茶会記まで。そんな、本物の席の中での個展。何とも、ありがたいものでありました。

個展御礼

本日、個展会期・終了いたしました。二日間の会期を終えて、多くの方々の御高覧に重ね重ね深謝致します。

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ほんの、ささやかな個展ではありましたが、伊賀は少数の作品なれば、精一杯の作品展示をさせて頂きました。

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全ては茶道具。伊賀の本領である花入・水指。御客様も又、茶道を志す人々。最後の席の御客様。楽志庵茶会。「この席は誰にも敷居を低く開放されているのに、本物の茶道に触れることが出来る素晴らしい席です」という言葉。

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席主は北野宗道師。大宗匠より託され、茶室披きより22年の席主。ただただ、利休の茶道を奉じ、それを広くの方々へ奉じるために、利益なども度外視して、価格も安く、本物の茶道を伝える場を近江の地に。近江の地に、まだ茶人のいない時代から茶道に情熱を傾けて来られた近江茶道の開拓者。

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瀬田の湖畔。ロイヤルオークの茶室・楽志庵。 "在釜"の茶。通る人が、印に気付いた人がその門戸を叩き、亭主と一服の茶を共にする。看板も何も無い茶会。

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「武士(もののふ)のやばせの舟は速くとも 急がば回れ瀬田の唐橋」

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2007年の初窯より3年を経て。晩酌のグイノミは田原陶兵衛氏。2006年夏、その言葉に従って茶道に踏み入る事を決意した日に求めたりし酒盃。右は伊賀としての初成功窯であった2008年春。徳利は2009年、ビードロ伊賀を会得した際の徳利。嫁さんの取り合わせでした。


さて、長かったのか、短かったのか。目指してきた茶陶作家として、最初の個展は成功の裡に。細長い道を歩いてきたものだと、つくづく思い、感じます。何か1つが違い、誰か1人とも出会わずとなれば、今の作品は無いものであったでしょうか。その大切な出会いのほとんどが、ほんの偶然に端を発している事に、ただただ驚くばかりです。


共箱が整い次第、御届け致します。末永く御愛用頂ければ幸甚に存じます。


席主・宗道師、そして宗香先生、社中の方々、個展の御客様。また、これまで支援・指導して下さった陶芸の恩師。窯焚きを共にしてきた家族。伊賀の地、土、薪、炎、自然の美しさ。全ての方々に深謝致します。


ありがとうございました。

2010.11.29 伊賀 臥翠窯 吉村 祐

初日終了

う~ん、しまった。カメラを忘れてきたので画像がありません。

ともあれ、多数の御来場・御高覧に感謝致します。皆さま、それぞれに楽しんでいただけた様で何よりの事。今回の席は、展示も茶席も、通例の趣向とは違ったものが多いですから、是非、明日も楽しみにされて下さりませ。

ちょっとだけ、御来場の方の誘い文句を言うなら・・・桃山モノの美濃モノ完品、及び人間国宝の作品などが登場しております。


明日もどうぞ、宜しくお願い申し上げます。

臥翠窯 伊賀焼 水指・花入展

 さて。水漏れのチェックを行って、丁寧に仕上げをしています。

  igahanaire_20101127124340.jpg  ~伊賀鐘形花入~ 

明日・明後日。伊賀の茶陶作家として、正式な初個展と相成ります。

会期:11月28日~29日(二日間)
会場:楽志庵 紅葉茶会 
席主:北野宗道師
次第:濃茶席・薄茶席・懐石
時間:各日とも9:00~13:00
費目:7000円

場所は滋賀県大津市・瀬田ロイヤルオークホテル付属の独立棟の茶室です。

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少し、写真を借りてきました。

20101001-01.png 濃茶席

写真は前回でありますから、風炉。炉の季節となり、非常に楽しみであります。写真では明るく調整されていますが、席中は薄暗く、僅かな光の中での拝見を楽しむ本格的な席となっています。

 20101001-02.png 薄茶席

薄茶席は広く、明るい席となります。濃茶席の雰囲気から一転して、和やかに薄茶を頂きます。多い時は一席に12名ほど入る事もあり、開放的な茶席となっております。


作品展示は、濃茶席~薄茶席への室内路地にて。待合を兼ねておりますので、濃茶席の前、もしくは薄茶席の後に御覧頂けますと幸甚に存じます。

作品: 伊賀水指 伊賀花入

15点ほどの作品を予定しており、全て手にとって御覧頂けます。未公開の今作品である焦げ伊賀、全て10点を展示致します。また、前回の焦げ系作品、および過去ビードロ系作品より5点を加えての展示となり、初個展用の特別価額となります。また、桐箱は後日、作品と御一緒に納品させて頂きます。

付記
・懐石料理は前日予約が必要となります。
(受付:ロイヤルオークホテル Tel.077-543-9114 直通)
・御茶のみ、という方も当日受付しております。(懐石料金を差引します)
・茶のみという場合は予約無しでも大丈夫ですが、時間内・早目に御来場下さい。
・第一席は八時半頃より。以降、数回の茶席となります。

以上、どうぞ御高覧の程、宜しくお願い申し上げます。

臥翠窯 吉村 祐

お茶。

いや、寒くなりまして。外へ出るのが億劫な感じです。

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といいつつ、リサイクルショップが開店というので見に行ったりはしたのですが。意外と、昭和時代の焼物って好きなんですよ。昭和の当時は随分と、シール印刷など様々な技術が登場し、手作りの壊滅へと向かう時代ですから、そういった意味で叩かれた側面があったかと思います。それでも、今と較べてどうでしょうか。今の量産品のアホラシイ事と来たら、もう話にならないのがよく判ります。写真のものだって、まぁ定番的な染付の印刷モノです。別に手描きじゃないけれど、この時代、多くは高台廻りのラインだけは手で引いてあったりする辺りに昭和の気質を感じる様な。

まぁ・・・イイトコと言えば、ハマスリが綺麗にされる様になりましたか。昭和のものはハマスリをやってないので、底がザラザラ。新品をそのままに漆盆に載せたら、焼締めでも無いのに酷い事になりますが、昔はハマスリは購入側の仕事でありましたから、ザラザラって事は新品のまま売られているって事です。大方、滋賀県の古い家は次々と取り壊されているのですが、どこの蔵にもこういった茶碗や湯呑みが、20個組×5~6箱はあるもので、そういったものが売り立てという事ですね。

磁器モノ、染付は本来(?)いいものです。デザインとして非常に卓越したものでは無いでしょうか。世界が夢中になったわけですから、相応の力を持っています。値段が高けりゃドウコウ、というのも変な話でありますが、ここまでバカみたいな値段というか、感覚が広まってしまうと、これもまた廃れる他は無くなってしまうのですよ。数ある焼物の中でも、機械量産化による価格破壊によって最も手酷い仕打ちを受け、一番最初に壊滅へ追い込まれたのが、染付かと思います。昔は染付の作家が居て、呉須の扱いなど立派なものでありましたか。瀬戸の絶世期という時代が、自らの力を暴走させて自分を食べ尽くしたというか、不思議な話であります。


あ・・・。あと、先日書いた記事が何故か非公開になっていたので、公開にしました。記事が増えてます。1つ前の「伊賀の水浸み」というやつです。



さて、前置きが長くなりましたが、今日は茶の稽古。花月の週であったのですが、何だかとても久し振りという気がしました。炉の花月は殆ど初めてであった様な気がするのですが、その筈、まだ一年少々しか経っていないのですよ。何故か宗道先生には「三年くらい経ったかな?」と聞かれるのですが、それでも、そろそろと、知らない間に新参者ではなくなって来ているのが不思議なトコで、年下の方が居られたりする様な頃合いになってきたりします。ともあれ楽しい事で、ありがたく。今日は稽古用に安い着物なども依頼したり。

そうそう。ついでに、少し前に「稽古用に使って下さい」と渡した茶碗を、こっそり交換しないといけません。今になって見てみると、「いやぁ・・・あれでは・・・。」という仕上がりのものでした。トルコ青も薪のものと交換しておきましょうか。・・・内緒ですけどね。

あとはまぁ、明日に個展の搬入ですから、部分的なヤスリ掛けなど、入念な手入れを行うトコです。明後日・日曜から月曜までの2日間ですが、ハテサテどうなるのか、私自身にもよく判っておりませんから、面白いものです。特段、マスコミにタレコミをしたり、DMを発送したりという事はやっていないので、他所の方の話を聞くならく、「何だかこれでいいのかしらん」と思わない事もありませんけれど、そもそも本式の茶道具はお茶人さんしか買わないですから、「それでいいのだろう」と納得してみたり。

持っていくものは決まっているので、あとはさて抜かりの無い様にです。


そうそう。名刺が切れかけているので、これから印刷すると致しましょうか。何だか考え事が沢山あって、よく纏まらないのですよ。もう少ししたら落ち着いて、順次に仕事をこなしていきます。

伊賀の水浸み

さて、今日は作品の写真を撮りました。手元から離れてしまうものも出てくるので。

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といって、公開はも少し先です。酒器だけ、ちょいと載せておきます。圧縮を抑えてあるので、拡大して見て頂くと判るかな。今回は焦げ。酒器は僅かしか焼いていないので、希少品になります。写真に移りこんでいるボンヤリした斑点は、カメラに入りこんだ塵です・・・。ちなみに個展では花入・水指だけですので、誤解の無き様に。

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たまには画像好くという事で、薪のトルコ。日光下の輝きです。

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も1つ。これはピントが合って無いのですけどね。なかなか合わなくなってきているので、カメラもほぼ寿命です。

作品としては伊賀の蹲ですか。これは前々回の本焼成に於ける核作品でしたが、傷ありにてお蔵入りのトコ。実際に使ってみる事で分かる事は多いのですが、伊賀の水の浸みについても面白いトコです。御覧の通り、花入れを中心に非常に自然な浸み痕となっているわけですが、こうなるまでに2日の時間を要します。日曜日の朝に水を入れて、昼間には水が引いて。月曜は特に気にならず。火曜になると水が浸み出してきて、一定のまま、今日の水曜日です。

ただしかし、全てがこうなるわけではなく、一週間以上置いても、全く浸みの出ない伊賀もあります。浸みの早いものであれば、逆に半日ほどで浸みの出るものもあり、そういったトコロはもちろん、使った土の性質、焼き上げの状態などにも拠るのですが、面白いものだと言えるでしょうか。写真は畳床に板敷きなのですが、水指などは直接、畳に置きます。「畳が抜けるまで使い倒す」という話はどこで読んだのか覚えていませんが、浸みの出る状態が一番面白いというか、最も美しさを引き出した状態になりますから、その浸みを活かすという事で、木地の板を敷くと言うのは面白いと思います。ただ、同じ板床でも、ウレタン塗装がしてあると話になりませんので御注意というトコでしょうか・・・。

ちなみに、「汗をかく」というのは別の話かと認識してます。実用の話を陶芸家が云々し過ぎるのは宜しく無いのですが、知見は持っておきたい所。汗は、「夏場に氷を入れたグラスの水滴」と同じものを指すと考えるのが自然でしょう。水を通す伊賀・信楽の焼締めは、水の浸みによる”気化熱”で中の水の温度を奪う効果があるので、長時間、酸素の循環も多く、水温が低いままの状態を保つ効用があります。冷たい井戸水を入れたとすれば、それが長く持つ。長く持つ事で、水滴が付く。そういう話であろうかと。浸みとは別の話ですが、浸みる程に水を吸わせた状態であれば、確かに効果は高いでしょうか。どちらにしても、さすがに「汗」は夏の話。涼の演出も、実地の知見を得るために試してみたいとこ。磁器などでも氷を入れれば汗をかくんじゃなかろうか。

とまぁ、今日は”伊賀の浸み”の話でした。

季節の茶会。

今日は茶会へ。稽古場である静日庵にて、季節毎に茶会が持ち回りで行われているのですが、秋の季節という事で、今日は風も強く、落葉の美しい時期というトコでしょうか。山の紅葉など、「遠目には綺麗であるが、近くで見ると・・・」という様な事を言いますが、寧ろ街路樹として見事に一色で統一植林されたものがツマラナイものに見えるのは不思議なもの。同じ美しき自然物でも、人の手の入れ方によっては台無しにしてしまうという典型でしょうか。今日も月が明るいです。

で。まぁ、写真は無いのですが。

席主は渡邊先生。茶道の夏季練成会で教わった方でしたから、楽しみにしつつ到着すると、今日は少し遅れて9時到着。第二席という事で、またぞろ正客を勤めさせて頂きました。ありがとうございます。茶席の方は、薄茶一服。臨時の来訪も可という、非常に気楽な茶会であります。

今日は簡単に。

入って、まず待合床が、「閑一時」にて、まずはゆっくりと第一席の終わるのを。ちなみに色紙は宗道先生の筆にて、席入り。

ちなみに。茶席では、「清められた茶室に託された亭主の心遣い」に「敬意の意を表わす」という事で、「玄関にて外から履いて来た足袋を新しく替える」という事をやるのですが、何やら鞄から出してみると「右足二つ」という笑えるけど笑えない話でありました・・・。

それはいいか。(何食わぬ顔で履けば意外と判らない?)

まずは床。この席は稽古場も兼ねているので、炉が何箇所かに切ってある。けれど、床が無い。それにより、亭主の意向で好きな位置に点前座を取り、意向に拠り置き床を用いるという面白さがあり、毎回に異なったものが使われるという楽しみがあります。

今日の置き床は一畳の長さがある堂々としたもの。一枚板に織部瓦が埋め込んであるもの、というと見た事のある方は思い出せるかと思います。床は「吾道一以貫之」と在り。まぁ、半分までは読めたのですが、やはり解説してもらってようやく読めると言う、駄目正客さんです。誤解する余地のない言葉であるなぁ(禅語と較べて)、と思ってみたら、出典は論語。孔子の言葉です。「我が道は一 以て之を貫く。」というトコですか。「以」の使い方は難しいですが、「我道 一 以(是) 貫之」という様な省略が起きるのでしたっけ。(漢文の話。)

孔子という事ですから、彼が貫こうとしたものは仁徳の道。世の中の道徳。全ての瑣末な「仁徳マニュアル」は全て、この「一」によって貫徹されていてこそ。まぁ、「棘の道」というやつです。

床の筆は大徳寺11代管長さんで小田雪窓という方。11代と聞くと古そうであると感得してしまいましたが、管長としての話とは別で、大徳寺の503世。先日の立花大亀氏が511世と書きましたが、503世というトコでは昭和の時代の方。ややこしいですが、後藤瑞厳という、鵬雲斎大宗匠(先代家元)の師匠さんとして有名な禅師が居られるのですが、小田雪窓さんも同じく、という様で。「何がスゴイの?」と聞かれるとあれですが、話がややこしいので割愛します。

あとは・・・水指が楽しい吉祥尽しの12角の呉須赤絵。景徳鎮のものですから、明代でしょうか。なんとも芽出度いものでありますが、茶名拝領の折に頂かれたという由緒付き。ありがたいものが揃っております。あとは茶碗が貞光さんの御本手の鶴絵半筒茶碗。以下は手作りという感のある茶碗が揃い踏みという所。

茶杓は小林太玄という、これも大徳寺の方。銘は「山の里」だったかな?。竹の白さが眩い新しいものでしたか。秋らしい好い銘にて、棗の綺麗な金銀蒔絵と合わせての演出でありました。

丁度少しく寒くなってきて。温かい抹茶一服が、何ともありがたい季節であります。

ありがとうございました。

あれ?

今日は来客だと思って、ここ数日ほど片付けなどして準備をしていたのですが・・・。

勘違い・・・・。あぁ・・・、疲れた・・・。


気を取り直して、少しだけ窯出しの写真でも。

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まぁ、メインのものは個展を楽しみにして下さい。トルコ青。30程度の壺を捻ってみたのですが、檜垣文のトコでザックリ一周に切れてしまって、上部が外れるという有様。「何だそりゃ?」という感じの切れ方です。少し温度帯の低い位置で焼く事により、いわゆるペルシアンブルーが現れる様で、特段にコバルトを使うわけでは無く、トルコ青と同じものを使って、その色幅の中でこちらの色も在る様です。

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まぁ少し温度が高いと。「灰被土耳古青茶盌」ということに。それにしても怪しい色で。

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一部には青が出ます。4日間で焼き上げると爽やかな青になります。

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あとは・・・中列に四つ放りこんだ大壺。1つが縦切れ。玄関に迎え役として設置しました。残りは12月の短期焼成の時に火前で焼こうかと思ってます。底切れでもなく、切腹でもなく、縦割れってのが歯痒いトコです。


総体としては、焦げ。焦げ伊賀です。ともあれ、楽しみにしていて下さりませ。
前日までに、ホテルの方に予約をして頂いても結構ですし、小生方まで連絡を頂いても。

茶の湯の道具

さて、昨日は茶の稽古。夕刻からは淡交会青年部の会議。

茶の方は炉の季節。炉点前にまだ慣れない中、加えて久しぶりに唐物の点前。ギコギコと、何ともロボット点前でやっておりましたか。まだ一年少々ですから、炉にも慣れないトコがあるとはいえ、も少し何とかならんか?と、自問自答してしまいます。2週間空いたりすると簡単に忘れてしまったり・・・。

又、そろそろと年末から新年の話とか予定とか。

年末の茶事、新年の茶会。またぞろ出費が痛いのですが、正月は毎週の茶尽くし。去年もそうでしたから、まぁまぁ承知の話であり、金銭を除くと楽しみな事ばかりです。さうがに出費が心配だったので、北野天満宮の会員券を断念したり。本場・京都が近いものだから、初心の者が出ることのできる様なトコだけでも、拡大していくと際限が無い様で、ナマジ平日の融通が利くものだから制限して行かないと、本業に差し障りそうな・・・。

そういえば。久しぶりに澤克典さんが稽古に来られて。半年振りというトコでしたか。近いのになかなか行けておらず、今度ちょっと、遊びに行こうと思ってます。年中に個展をしているらしく、なかなかこれが、お忙しい様で。同年で修行地なども似通っていて、色々と親近感があります。

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あとは注文品の納品なども。ガス窯の焼き直しです。

薪窯の作品も、講評を頂いて。ちょっと楽しい一幕もありましたか。焼き上がりは前回よりも明らかに。造形も好くなっていて。ただ、「コレコレ、茶碗は作るなと言っただろ?」と、また叱られてしまいました。焦げ系で焼き上げると、見事なまでに使えない茶碗が出来あがってくるもので、実は前回の時も。一応、窯詰めの工夫により見込みは溶けているのですけど、それでもやはり、駄目です。蓋置なども講評を頂いて、考えるべき点を頂いて。なるほど、やはり色々と考えるべき点が多いものだと。

あとは・・・少し疑問に思っていた事も。淡交社関連の雑誌が各種ありますね。時々、「え?」と感じる事があったのですが、「いやまぁ淡交社の出版だし、こちらが正しいのであろう」、と思っていたのですが。雑誌ですから、やはり編集というか、委託した原稿者の意図をそのまま載せるという事で、例えば美術館関係者などの記事で「楽には彫刻的な造形が・・・」とか、色々とそういう事もある様で、言ってみれば、昔にこのブログで書いていた様な感じの記事でしょうか。

個人的な感想ですが、茶と陶の、妙な話。有名な林屋さんなどは陶磁器はもちろん、茶の方でも知られた方でありますが、その仕事振りでは、”現代的な造形”の茶道具を意図的にバシバシと押し出そうとする意図を感じます。古典的なものに対する眼力は当然有しているが、仕事の方向性として、現代作家が古作に倣う仕事は評価せず、新奇なものを評価する仕事が多いです。公募関係などの選定品を見ると、そういった明確な意思を感じる事ができます。評価という仕事を通じて、陶芸家の仕事内容を主導しようとしている様なトコがあり、その方向には侘びの方向と随分な違和感があります。講演会を聞いた事なども無いのでなんともですけどね。

同様に、楽の当代さんも茶道関係でよく講演されています。もちろん楽の理解としては第一人者でありますし、茶にも精通された方でありましょうけれど、御存知のように仕事としては現代系の代表的作家さん。他の茶陶作家さんと比して、茶会にその茶碗が登場する機会は非常に稀な方ですから、何か不整合な感じがしてしまうのですが、どうなのでしょう。

個人的に、「侘びを使ってはいるが、本質は現代的なもの」というものと、「現代のものを使っているが、本質は侘びなもの」は、全く別のもの。それが、時々に、特に何の関係も無い娯楽雑誌などで、混然として載せられていたりしますよね。何とも適当な理解で、戸惑ってしまいます。


っと。余談が長くなりました。

夕刻からは青年部の会議へと。青年部だけで茶会を開いたり、ともあれ研修というのが旨という事で。皆さん若い頃から修行されている方が多いので、何とも肩身が狭い?様な気もするのですが、来年度には陶芸教室という事で。私も色々と勉強させて頂いて、自分の持っているものは提供させて頂いて。

色々と楽しみであります。


今日は窯出しの日。

少しだけ

今日は大工仕事が大半の一日でしたか。本棚を作って、乾燥棚を作って、工房を掃除して。

そいで・・・。

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ちょっとだけ窯出し。

大壺は割れた、というより、ヘタリました。いわゆる破れ袋状態に縦に亀裂を走らせて、グニャリと。窯焚きの四日目、ほとんど最終へ向けて、松を主体として追い込みを掛けている時でしたか。記録ノートにも「大壺が・・?」と記載されています。亀裂は、窯焚き後に開けてみると塞がっている事もあるのです。横方向の切腹部分も3日目辺り、一度亀裂が入って、四日目には収まっていて。「まさかこの土が・・・」、という感じではありましたが、蓋を開けてみれば結局。

面白い事に、同じことが第四回の焼成時。何故か隣に配置されている蹲壺が、転びそうな大壺に、肩を貸して支えているというトコロ。今回も同じく。ヒッツキの跡が大壺の左に少し見えています。(画質が落としてあるのでアレですが。)

あとは・・・見ての通り。「焦げとビードロ」両立への進歩あり。明日に茶道の稽古へと持っていきます。

詳しいトコは、個展の後?かな。



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あと陶片の写真を少し。天目片の断面が見えるものを。先日御一緒した天狼星さんとのリンク?です。左上の天目・白釉は萩のもの。左下が猿投で、中央のものは龍泉窯のものです。私が持っているものは、こんなトコくらい。チョコっとしか無いんですよ。本家の建窯の片などは、師匠の水野先生が多く持って居られます。
http://blogs.yahoo.co.jp/cxj01663 「天狼星(日曜陶芸家)のBlog」

何を書こうか・・・。

ネタが思いつかないのですが・・・。

少し早いけれど大掃除をしております。工房の中を全部放り出して配置換えなど。ここ数カ月で色々と乱雑になってしまっているものが多く、少し辟易していたのですよ。継ぎ接ぎで棚を増やしたりしていたので、せっかくだから効率的に仕事が出来るように、色々と。

自宅の方も随分と、品物がゴチャゴチャして。信楽祭りから、まだコンテナが放りっぱなしだったりして。最近は茶道関係の書籍が多く転がっているものだから、あっという間に増設(自分で作る)した本棚が一杯に溢れてしまって。何か書斎というか、本を置いておける場所、それでいて必要時には取りだせる場所が欲しいです。

田舎家の蔵とか、そういうトコは得てして湿度が高くって、あまり置いておけない部屋が多いのが悩み。山の水が常に地下を流れているからですけれど、それは家屋の木柱に対する給水でもありますから、なにくれと巧く出来ている調和に物を加えるのは難しいもので。

とりあえず今日もガス窯を焚く予定。あとは工房の整理をして、乾燥棚を増設ですか。

本日の日誌

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今日はガス窯。先程に焚き終わったのですが、夜は寒いですね。何かと億劫になってしまいます。穴窯も200℃を切っていたので、温度計を引っこ抜いて差し替えて。

中身は尺皿を頼まれていたものに、あと茶碗を3碗程度。久しぶりに黒を焼いてみようかと思って、釉薬を引っ張り出して。結果はさてさてですが、元より穴窯の窯詰め残りの自製土。もちろん長石を噛んでいるのですが、ソイツを溶かすまで焼くような仕事では無いので、まずまず食い足りない結果になるかとは思いつつ。

美濃の勉強をしてきた割に、相変わらず瀬戸黒よりも天目が好きだったりします。優劣じゃなくって好き嫌いの話。陶片も・・・志野は別として、黒はやはり天目が好かった。所謂”瀬戸天目”というヤツです。天目は好物なのですよ。禾目のモノが一番好きですか。

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昨日に載せたものの中間にあるやつ。なかなか、瀬戸天目もやります。

陶片家の方々、イイモノがあったら、是非に。


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あとは自宅。階段を作って。上の山林も敷地内ですが、杉林という事もあり、あまり紅葉する樹木は少ない。冬にほとんど全ての雑木を一度刈り取ったのですが、旺盛なものです。

庭作りは楽しいものの、下手に何でも作ってしまうと装飾過多になりますから、難しいトコです。桜一本、松一本でも、景観の主役になりますが、1つ配置したら、釣り合いでもう一つ配置をせねばならなくなったり。もちろん、「草刈り」などの実用面も大切。階段は実用的に。草刈りで難儀してたのですよ。丁度、防腐剤入りの丸太が手元にあったものですから。

美濃古窯見学会へ

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早速に御出掛けでした。今日は地元の文化祭で出品展示。心ならずも出席ならずでしたか。茶会の方も折角に誘いを頂いたり、朝から職人展の出展依頼があって無念ながら断りを入れたり。色々なものを断りつつ、兼ねてよりの美濃古窯見学会。なんとか都合を付けることが出来てホッとしながらに。

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参加者の方々、それぞれアチコチのブログがあり、つまり、あちこち記事が載るので、「さてどう書いたものか」と悩む所ではありますが。ウチらしく真面目な記事にしましょうか。
ともかくも”陶片1つに熱い視線を注げるという者ども”が一堂に会して、というのはなんとも楽しいものではありませんか。朝九時からの開始にて、岐阜陶磁資料館にて河合さんが直々に展示説明。この方もまた、コレクター各位が尊敬する”陶片家”の御方であるそうで、実物を手に取って、丁寧な説明を色々と頂きました。 

ちなみに案内・企画人はマジタさんと英次郎さん。
http://blogs.yahoo.co.jp/nagaratoubou
http://blogs.yahoo.co.jp/eiji392000

突出した実力を持つ”陶片家”さんでありますから・・・

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「あ~、ここ通ると早いんだわ~」 と、誰も知らない様な道を通って・・・

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到着したのは山中の茶室。豊蔵さんの茶碗で一服。瀬戸黒一盌、志野二盌(鉄絵・無地)、黄瀬戸灰釉一盌、色絵一盌。古き陶片から現代の最高峰まで、全てを攫っての猛勉強。手に取ってみる事で判る事も多く、実際の大きさなども面白い。大振りの茶碗は男の茶人に相応しい。女性の方が運びをして下さったのですが、茶碗が大きすぎて、何だか見ては行けない様な感じのする雰囲気でした。大きい手の陶芸家が持てばこそ、それこそシックリくる大きさ。

志野の茶碗では、どうも実際の実用性という部分に各種の欠点を持ち合わせていて、特に茶筅に対して致命的な弱点を含有しているものの、ではその理由?というと、何とも面白いもので、それこそ織部好みという性質を帯びた理由でしたか。昔のものは、目跡にしても山土に含まれる石にしても、「茶筅摺りがツルツル」という様な決まり事はどこ吹く風。そういう茶をやるのは、やはり男性が多かったからという側面があるのでしょうね。

・・・と、どうも最近は、「どう使うか?」「実際に使ってどうか?」という視点に傾いている様なトコがあり、志野も鉄絵があるよりも、むしろ無地のものに興味を抱いたり。抹茶が入った姿となれば、やはり無地。素朴な形に、素朴な削り。「無地の精神性の高さ」などというと、逆に「チープな表現」という感じもありますが、ともあれ以前であれば鉄絵の方に興味津々というトコだったかと思いますから、色々と自分も変わったものだと、ツクヅク思いました。

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などと言っている端から、古窯会の面々はコレです。

「高台のトキンの山が好い!」
「登頂記念に旗を立ててみるとイインじゃないか?」
「OH! わんだほ~!」

・・・という会話ではありませんので、勘違いをしてはいけません。

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豊蔵さんの窯場、イイトコです。北大路魯氏のお孫さんが色々と昔の話をして下さったり。
http://www.kahm-art.co.jp/kitaoji/

穴窯も見学させて頂いて。「窯を見れば焚き方が判る」というような、典型的に特定の目的下・目的の焼成方針の上で設計された窯でした。「志野の窯はこうやって焼くんだ!」と、何だか豊蔵さんと会話する様な、そんな感じでした。窯の大きさも小振りで小生の伊賀窯に近く、窯の可変部分を触れば似たような構造にする事も可能。そんな「ヨコシマな興味」なども感じないわけではありませんが・・・。釉薬調合がキツイなぁ・・・。

豊蔵氏。その家、庭も、侘びの世界、自然の世界です。そういった自然と言っても、「桜など無用の事」と言わんばかりに、山桜とて無い、山中自然の風景。志野や黄瀬戸、織部というのは華やかなる世界でありますが、その華やかな景色で以て侘びに徹するという、非常に難度の高い要求があるものでしょうか。「枯れ果てる紅葉の美しさは、鮮やかなる赤や黄色でありながらに侘びしいものを感じさせる。」伊賀も同じ世界です。今は管理する人とて居ない様で、色々なものが朽ちています。

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あとは再度、美術館へ。美濃陶磁歴史館にて、こちらも色々と解説を頂いて。結局、面白いのは”陶片”に極まるトコですか。”陶芸家”ならぬ”陶片家”が沢山と育つ理由もよく判りました。それにしても皆さんお詳しいこと。最初から勉強するツモリで行ってきたので、得られた所も多く。特に伊賀に適用するには「織部様式を踏み台にする」というのが1つの課題でありますか。伊賀の陶片は殆どが擂り鉢など、まぁ言えば古伊賀とは無関係のものばかり。それにしても古い窯跡の多さには呆れます。当時の隆盛は隔世のものであったでしょう。

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最後に骨董屋さん巡り。陶片置いてます。あれだけ数多くの窯を作っておきながら、美濃モノの完品は結局、当時の茶道具消費地・京都に送られていたわけで、残されているのは陶片ばかり。まぁ、それが面白いのではありますまいか。何か、手に入らないものが遠くにあるのが楽しい。観念的な遊びと言えばそれまでですが、判りやすい言葉で云えば「浪漫」。そういや平安神宮での今日庵席では総釉の瀬戸黒「深山木」でありましたが、そういうものは見掛けなかったり。伝世モノと埋もれたモノ。不思議というものは尽きないもので、あっという間の一日。

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陶片家。面白いもので、自分の足で歩いてこそ面白さが見えてくるというか、危険な入り口に誘い込まれる危うさがあるというか。

ゴッチャリと宿題を抱えつつ、志野の緋色に美濃の古窯の隆盛を偲んで。
(下の皿は以前にマジタさんに頂いた黄瀬戸片。)

各位に感謝。

英次郎さんhttp://blogs.yahoo.co.jp/eiji392000
交田さんhttp://blogs.yahoo.co.jp/nagaratoubou
オサ氏http://ameblo.jp/wonderline036/
天狼星さんhttp://blogs.yahoo.co.jp/cxj01663
古墳日誌さんhttp://blogs.yahoo.co.jp/saburofan

・・・でブログのある方は全部?

また来年を、楽しみにしております。勉強になりました。
皆様どうぞよろしゅうに、ありがとうございました。

第十六回 臥翠窯 穴窯焼成記録

御馴染みの記事です。

今日の朝方に窯焚きを終えて。一息風呂に入って睡眠を摂って、もう少ししたら片付けでしょうか。ともあれ無事に焚き上げることが出来てホッとしています。 初個展へ向けての作陶、そして焼成。茶の世界へと奉じる窯として、随分と本格的なものとなっています。あとは結果が出てくれるかどうか。


ともあれ窯焚きの様子まで。

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初日。今回は五日間の予定を組んで、総焼成時間も最長となる可能性を含めての仕事。大壺に対する焙り仕事。風邪気味という体調の事。色々なことを含めての日程組みでした。

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快晴の中の焙り開始。翌朝まで雑木丸太による焙りを行うという方針。丸太を使った焙りにも手慣れてきたので、炎を切らすことも少なくなりましたか。大きな炭みたいなもので、空気の流入量と熱量の保持という視点で、強すぎない火力を長時間維持させます。

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あとは・・・体調管理。最低気温は1℃という予報。休める場所を増やし、壁にシートを固定して。窯焚きの焚き手はよくとも、待機している方は堪ったものではありません。食事のこと、仮眠のこと。窯焚きの事以外、色々なこと、色々な支援を積み重ねて窯焚きは成立します。

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とはいえ初日は焚き手のみ。長めの睡眠を摂りながら夜明け。2日目となります。

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寒い中、牛が逃げ出してました。子供を抱えていて来月に売りに出される事が決まっていて。丁度、買主が見学に来るトコだったんです。逃げた牛は所構わず走るので、転がしてある器が時々割られているんですよ。

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この日は、実質初日というトコ。天気は好くとも風が強く、好適というには程遠い。 このまま風が続いてくると、前回同様に全く中の読めない窯変となる事も在り得る。吹き返しによって窯の調子は狂い、温度は低下し、炎風の吹き出しで焚き手は体力を奪われ、窯に相対する事が難しいトコ。

しかし、何とか風は収まってくれて、以降は穏やかな気候。秋の窯焚きとして好適という所でしょうか。


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たまには道具紹介。よく写り込んでいる、窯の廻りに転がしてあるもの。左写真:温度計。大沢の親分にイソライトを貰って急ごしらえの差し込み口を作成。しかし意味なし。強還元で穴をこじ開けられて温度狂いも発生。やはり長い温度計を買わないと駄目な様で、今回も温度計は役立たず。右写真は、左が火鋏。火中のものを取るには短いし耐火度も足りず、焙り時に使う程度。あと、秋は栗イガが転がっていることが多いので、放りこみます。中央アルミ角スコ。窯のオキを汲み出そうと思ったら耐火度が低いので、先が溶けて凶器化。窯の掃除で残り灰を掬うくらい。右はステンパイプに十能を叩いて一体化させたもの。窯内で転がったものを直すのに使おうと、いつだったかに急ごしらえしたものであるが、そもそも十能が薄く、耐火度不足によって窯内に入れると数秒でクニャリと曲がって使えない・・・。

と、そういう道具を使って仕事をしていると・・・

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何だか今回は温度の上がりが良好。実質初日でありながら、煙突から大炎が上がります。焙りの抑えに我慢できなかったのか。しかしこれは諸刃でもあって、この段階でここまで温度が上がってしまうと、投入間隔は短く、半端なく薪の消費量が加速され、人間が追い付けなくなって行きます。

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三日目の朝を迎えて・・・。

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夜になっても引き続き。焚き手も辛いトコですが、勢いを緩めるわけにも行かず。窯に引っ張られている感じです。もちろん意図的にブレーキを掛ける事は出来るのですが、所謂「窯ナリに焼く」というのはこういう仕事なのです。窯の行きたい方向を遮ってまで自分の制御下に置いたり、楽な窯設定で楽に焼くというのは、「窯ナリ」という仕事ではありません。窯が動かない時には先導し、動き始めたら従う。何だか犬の散歩みたいな言い回しですが、相手は犬どころではありません。人間なぞ骨も残さずに飲み込める炎を抱えた猛獣なのです。

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夜の窯焚きで灯りを消してしまうと、少し恐ろしいまでの威圧感があります。土で出来たる窯の中。炎を腹いっぱい抱え込んで、炎の中で”土”の作品が”石”の作品となる。一片の灯を窯の中で大炎に育て上げ、その大炎により作品を石へと変化させます。何一つとして科学的な道具は無く、ただ風と、火と、土と、水と、木と。いわゆる五大要素というものですか。それが道具。ちなみに水は湿度であり、空気と土中と薪中と。成形だけでなく、焼成でも作品に重要な役割を果たします。五行で風の代わりとなる金属類も、緋色やビードロの青など。その色彩を帯びるのは土中・薪中の金属類の仕事です。全ては自然のものを扱っており、一種独特の世界があります。

と・・・

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格好の好い事を言ってみても、正直人間、自然の強さにはついて行くのは大変です。炎の強さは1300℃を越えるもの。それを操る能力を持っては居ても、直接触れる事さえ出来ません。

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気合いを入れて、ともかくも出来ることを行って、4日目を経過し・・・

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5日目の朝を迎えて、窯焚き終了です。木守のならぬ窯守。
何故か最後に、杉薪が一本残っていました。

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結局、余備の薪は全て無くなりました。残りは確保が必要な松と雑木。
予定より3時間ほど早い状態でしたが、窯内も十分な状態。

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帰り道。気が付いてみるとアチラコチラで紅葉が。植物もまた、厳しい冬との戦いというか、備えというか。そういった苦労をしている姿であると思うから、余分に美しいと感じるのかもしれませんね。


 
今回は”引出”は行わず。窯に任せ、色見も不要と致しました。あとは結果を待つばかり。

支援してくれた家族に感謝。そして自然に感謝。


以上


・第16回穴窯焼成 平成22年11月9日~11月13日 5日間 93時間焼成。

ありがとうございました。

第16回へ

第16回への窯焚きへ。7月に行った第14回本焼成に続いての、伊賀・本焼成です。

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今回は大壺が5つ。棚板があまり要らないというのは、何だか不思議な感じがするものですが、古き窯では、もちろん棚板というものは無かったわけで、当時の大壺の大きさというものが、穴窯の天井高さを考えるのに、1つの指標となるのではないかと想像します。天井がスカスカであれば焼き難いというのは、焼いていればすぐに気付く話です。

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窯詰め。寸法を測って作ったつもりが、結局窯の口を外す事になったり。僅か5mm程度のトコロで通らない・・・。今回は端正なツクリのものは殆ど無く、どれもこれもが歪みモノです。思うのは、一重口の鬼桶や蹲など、ああいった小さいものばかりとなった時代、窯詰めは難儀したというか、棚板無しでどうやっていたのかという疑問。一重口などはピラミッド状に重ねる事も出来ようか。しかし重ねるにしても限界がある。萩などの様に発達した窯道具があるとも思えないのだが・・・。

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ともかくも準備完了。少し風邪気味なので、窯焚きは昼からとして、焙りにゆっくりと時間を取ります。温度が上がってしまえば、風邪など吹っ飛ぶのでしょうけれど。

さてさて、あとは天気の好い事を。

窯焚き前に、蓋置きのこと。

秋である筈の予定が、すっかりと寒くなって。冬支度に近い準備での窯焚きになりそうです。最近は少し疲れ気味。スポーツ選手などは30歳を前にして引退する事が多い様な気がしますが、そういうものかも?などと気弱なことであります。単にちょっと風邪気味というトコかもしれません。

そうは言いつつ、今回の窯焚きの焼成時間は引き延ばしの予定。大壺があるので焙りを引っ張る分、開始時刻を早めに執ります。

窯詰めは今日で終わり。午後から詰めてしまう予定です。小物の場所が少し空いているので、昨日にフタオキを作っておいて、その乾燥待ちというトコです。

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フタオキ。少し分厚いので重いですが、”男性茶人御用達”という事にでも。
普通の?分厚さは、1つ混じっている薄いヤツ。市販モノはどれも薄作りなものです。
(つまり、今回のフタオキの動機は、自分の楽しみって事です。)

茶道具の中でもフタオキというと、気軽に作れそうな感じがします。非常に単純だから。とはいえ、御茶をやってないと「何に使うの?」という感じの代表格かもしれませんね。同じ大きさであれば、普通はグイノミを作るかと思います。商売的にも、フタオキは安価ですから、グイノミを作っていた方が実入りはいいし、喜ぶ人も多いかと。フタオキは、好く知られた方でも、せいぜい桐箱付きで一万円というトコで、店頭価格でもその2倍以下。特に著名で無ければ、まぁ窯元モノで1,000円くらいから、作家モノでもせいぜい3,000円も出せば買えるかな。欲しければ+桐箱代が1,000円という所で、香合などに近い価格帯です。ともあれ仕事が単純でありますから、グイノミ同様、気軽に用意出来るものです。

とはいえ、気軽に作れると言っても、これが手を抜けないというか。

炉の季節は、フタオキがよ~く目立ちます。

殊に濃茶席となると、一番最初に全員が注視するコトになります。実際は竹が多いですけど、陶器であればまず見逃される事は無いわけで、安いからと言って手を抜いた品物を使うことは出来ないという、何とも厄介な代物。といって、蓋置ってのはこれがなかなか、実際の需要は相当に低いもので、茶陶作家の方も蓋置きにはそれほど手を掛けない場合が多く、安価釉薬で適当にしてあるものが多く、なかなか好いものには出会えない。竹の蓋置きが使えない場面も多いのですよ。

あ・・・。今気付いたのですが・・・。意外と、コレクションするには楽しい代物かもしれませんね・・・。


形は、まずまず、それほど決まったものはありませんけれど、定番は沢山あります。どちらかと言えば細工物に近い性質を帯びている場合が多く、もしくは色絵など綺麗なものが多い。装飾過多。蓋置って言いながら、実際に上に乗る物は蓋じゃなくって柄杓。だから実質は「柄杓台」と書いても好さそうなものですが、最も正式な点前である台子では、蓋置きに柄杓を載せる事が無い。だから、「蓋置き」。最高格は唐銅で、侘びであれば竹。その狭間のものが陶器かな。

「蓋置き」は、元より陶器の場合は必ず柄杓が載るので、白き竹という美しき天然素材の台座として相応しいもの。そういう視点が必要です。茶の花入れは花が主役。同様に、陶器の蓋置には柄杓が載ります。柄杓の素材は竹という侘び。なので、台座は対照的に華やかなものが多い。「仏像と光輪」の関係です。柄杓の仕事は清冽な水・釜湯を扱うことの出来る神官みたいなもので、節より上は触れてはならぬ聖域。

そういうものを載せる事が出来るもの。だから、個人的にはイイモノを是非。

炉の釜湯を掬うものとは言っても、本来的に農家のごった煮を掬う”田舎柄杓”ではなく、神社の入り口で”身を清める柄杓”かと思います。最近の神社では、プラスティックの、とても清潔とは思えない柄杓が多いわけで、よろしく寄進者の名前が書かれている事も多い。「茶道は日本文化の伝承者」というのは、”在るべき核心”を外さない様に、「マニュアル的に縛りつけてでも守ろうとしている点」が1つ。本式の柄杓に対する保護など、本来は神社が受け持つ仕事です。

茶事ではツクバイもありますが、どれもが「清浄を旨として身を清めるもの」という話です。


と、余談はこれくらいにて。

「茶の視点」というのは、こういう考え方・感じ方を”学問的”ではなく、”体感的”に持つという事でしょうか。私も道は始まったばかりですが、決して、門外漢が考えている様な、「定番の形」とか、「寸法の厳密性」などというものを習得する事ではありません。使われる状況や、載せられる物の性質・実際の使われ方などを正確に理解した上で、それに見合ったものを作り上げるという、極めて実用品工芸の範疇に在る仕事です。ただ、その理解が難しいというか、奥が深いというか、失われた日本文化に根の在るものが多いので、なかなか現代人には触れられない側面があります。


伊賀の蓋置ってなると・・・、やはり天明釜の方が合うのかしらん。瀬戸黒あたりの半筒茶碗に・・・少し目出度く赤絵金襴の水指。ここに染付の建水なんてのがあれば楽しいかもしれません。花入は一重切の竹に椿を1輪でしょうか。


無釉の薪窯焼締は黙っていても自然との調和が高いです。素朴な形で作ってみて、さて結果がどうなるか、ちょいと楽しみにしています。フタオキを本格的に、というのは今作が初めて。いつもはグイノミ。そういうトコでも、今回はホントに茶道具の窯です。


ではそろそろ・・昼飯を摂って、窯詰めへ行ってきましょうか。

着々と

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寒くなりました。しかし火鉢にステン鍋ってのは、どうもしっくり来ない。
不自然ってのはこういう事ですか。鍋も火鉢も季節モノであるものを。

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窯詰め。大壺は、まぁ普通は最前列に持ってくるものですが、当然そんな場所は無い。
焼けない公算の後列。まぁ仕方がないが、元より伊賀の温度には耐えられない土だ。

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ついでにガス窯の仕事も片付けてしまわないと、温度計が無いんですよ。
そういや熱電対を買おうと思ってたのに忘れてました。1本割れてるのです。

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今回は不思議に順調。窯詰めも苦労はしつつ、大壺だけなので仕事が早い。
薪の方も充実。乾燥も万全。今回は松も多く利用する方向です。


ちょいと、何だか疲労が蓄積気味ですが、窯焚き前に一日休養が摂れそうです。着々と準備が進む窯焚きってのは、何だか初めて?の様な気がするのですが、さてさて、どうなる事か。贅沢を云えば、今少し気候が暖かいと好かったのですけれど、窯にはこれくらいが丁度好いかと思いつつ。


準備は着々と。来週は窯焚きです。

伝統文化?

なんだか大層な記事名になっていて恐縮です。

今日は茶道の稽古へ。11月になって炉の季節。色々な行事があり、"茶人正月"とも云われる季節。炉が開かれると暖かい雰囲気となり、点前作法も炉の点前になります。炉開きには善哉が出されて、皆で御餅を頂きながらホッとする気分は、どこか正月のコタツを思い出すような、そんな感じがします。いいものですね。

ちなみに去年はまだ、キョトンとして。

「美味しい。・・・でも、なんで善哉が出るんですか?」

なんていう事を、宗道先生に聞いた覚えがあります。今にして思い返すと、己の教養の無さと厚顔に恥じ入るばかりですが、茶道が日本の伝統行事と共に在ることを感じた日でありました。


今年は・・・「伝統文化とは何か?」


という質問を、逆に頂きました。


仕事柄ですが、「侘び寂びって何?」とか、「信楽の伝統って?」とか、「イイモノって何?」という様な質問を頂く事が、時々に。時に批判的・懐疑的な質問である事も多いのですが、構える程に答える事が出来なくなる、難しい質問です。色々と説明して、最終的に納得頂く事は多いものの、見送った後で、「これでよかったのか?」と、「答えになってなかったんじゃないのか?」と、首を捻っている自分が居たりして、なかなか、思考を深める好い機会であります。


私個人の考えとしては、「日本人の四季・自然を愛する心」を表現したものが文化であり、それを物に込めたものが伝統工芸であると考えているのですが、さすがに宗道先生はもっともっと、深い所を見て居られました。

「日本の伝統文化とは何か?」

この質問に答えるには、

「日本の伝統とは何か?」
「日本の文化とは何か?」

・・・という視点が必要で、

「そも伝統とは何か?」
「そも文化とは何か?」

という事を理解していないと苦しく、

「では伝統工芸とは何か?」
「では伝統行事とは何か?」
「では日本文化とは何か?」

という話に展開出来るだけのもの。


1つの答えが、全ての答えとなるもの。多分、言い方としては様々にあるのでしょうか。何だかちょっとした禅問答というか、それぞれの感じ方によって表現に使う言葉も違ったり。私も追々に、答えとなる言葉を探してみたいなぁ、と思いながら。

ちなみに。

「日本の伝統陶器を代表するものってどんなの?」 「で、何でそれが伝統なの?」

きっと、日本の陶芸作家として海外へ行った際には、方々で問われる質問でしょうか。野望高く、今から答えを考えておかないといけませんね。今の私が個人的に思うに、京絵と焼締。この二つが日本の伝統陶器を代表するものだと思います。京絵はそんなに好きじゃないと言いながら。

さてさて、皆さんの答えや如何に。

読書日記。

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仕事はほとんど最終便です。建水作って無いなぁ、とか、砧花入作って無いなぁ、とか。いつもの事ながら、作りたいものが全て窯詰め出来るわけではないですが、時間制限が来ると、なんとなく名残惜しい感じです。色々と仕事として出来栄えを詰めたいものは多いながら、十全には行かないもので。

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今日の読書。ご存知、裏千家の先代家元。この言葉を掲げて茶道の国際化を中心とした偉業を成し遂げ、現在もご活躍中の御方。利休茶道の継承者が自ら世界を廻り、平和という日本文化。それを象徴する人物として世界に冠たる方ですが、そういう話を書くとキリがないので。御年は87歳でありながら、ピリっとした空気を持った方です。


今日の話題。

・初心の人躰がびぜん物・しがらき物などをもちて、人もゆるさぬたけくらむ事、言語道断也。

「意訳」すると、「お前ら、侘びとか寂びとか、判って言ってんのか?知りもしないのに備前や信楽使って侘び茶人を気取りやがって、まったくオフザケも大概にしやがれってんだい、こんちくしょう!。」ってトコで、個人的な感想を云えば、若い人でも直観的に備前・伊賀信楽に痺れる人は居るんですけれど、そういう話じゃありません。

「超訳」すると「背伸びは見苦しいですよ。」ってトコです。

村田珠光の言葉ですから、桃山以前、利休以前です。唐物全盛の中へ最初に採用されて流行したのが備前・信楽。鬼桶の時代です。それまでは唐物として、天目だって300年前の骨董しか使わなかったわけで、選択肢として初めて国産の備前・信楽が加わったら、それに流れるのは無理もないと思うのですが、先駆者として戒める苦言を呈したわけです。


背伸び。陶芸でもよくあります。奇抜な作家の真似事をして、知らぬ間に盗作が自己作品になって、盗作の連鎖から抜けられなくなる。窯元にしても作家にしても、自分を立派に見せて、それを必死で維持したり。

しかし本来なら、奇抜な仕事は、”生来が奇抜な作家”がするに適した仕事。

自分がどういう作品に向いているのかが判らないで、売れる売れないのドツボに嵌って右往左往する若手作家はゴマンと居て、その多くは最終的に陶芸界を去っていきます。「手先が器用というだけでは生き残れない」と言う人は多いですが、「あと何が必要なのよ?」という問いを返せる人は少ないです。才能のある人が多く去っている事は、もったいない話です。

「今の自分に合った仕事は何か」、というのは大事な視点かもしれません。

そろそろに、訓練校なども進路決定する時期ですか。個人的な感想ですが、基本、どれを選んでも苦行なので、「楽しめる苦行?」を選ばないと苦労します。又、とかく第一義に「儲かるかどうか」を考える場合も多いですが、身の丈に合わないものを狙うと苦労します。若い内は問題無くとも、経験を重ね、淘汰が進めば、いずれ「自分に内在するものを持っている作家」と勝負する事になります。生き残りはみな、生存能力が高いです。10年の修行を積んだ末に挫折というのは辛いことですが、実際にそういう事はあるものです。とかく、金銭勘定を優先して判断すると、後で苦労します。苦労は先にやっておいた方が得策というものです。

結局は器を作る道具は自分自身でありますから、自分に無いものはつくれないと思った方がいいかと愚考します。もちろん成長も加味してのこと。自分に合った仕事というのはそういう事かと。ただ、そうは言っても食べていける選択肢は少ないです。新しいトコだと、最近は素朴な普通の食器。普通のものを、普通の値段で、普通の感性で。そういう作家さんが増えてます。収入も安定して手堅く、弟子入りも要らず。誰にでも出来る範疇の仕事の中に、少しばかりの”個性”を入れてという仕事。「お手軽陶芸家」というやつですが、これも又、厳しい修行が嫌いという方には、背伸びの無い仕事です。需要の関係から女性の方が優位な仕事ですから、茶道みたいに、陶芸も女性ばかりになっていくかもしれませんね。

逆に背伸び仕事は・・・見栄で選んだりした仕事。「茶碗はオブジェ」(超訳:「お願いします、使ってください。」)などという理論を展開したりしてオブジェ作家が茶碗を作ったりしますが、見栄に囚われるのは・・・・男がやる事が多い様な・・・・・。とりあえず茶陶にもオブジェにも迷惑ですから、一語加えて「”俺の”茶碗はオブジェ」(超訳:「使えなくってゴメンナサイ」)にしといて欲しいです。

っと!、余計な事をまた!
(ちなみに。作家さんの中には「茶碗」と書かずに「碗」と書く方が居られると聞きます。飯碗と値段差を付けない方も多いです。「碗」と書きながら「抹茶碗的桐箱」を使っていれば世話はないですが、言う事とやる事の筋を通しているなら、他への配慮も行き届いた、とても尊敬されるべき対応だと感じます。そういう作家さんは、居るものです。井戸茶碗としての作られ、蹴ロクロ。形も技も立派なのに、飯碗の範疇でしか扱わない方。以前に一度載せたこともあります。)

何にせよ、”本物”は、系統に関わらず、陶芸に関わらず、やはり立派な人格者が多いと感じます。まずは器を作る道具作りから、大切にしてみて下さりませ。

大徳寺とは。

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ちゃんと仕事をしております。茶碗も、挽かないと調子が出ないというか。挽かないと技術も低下しますか。家で色々と点て比べをしてみると、結局は大振りな方が点て易いですね。見込みの広いヤツが圧倒的。

まぁ、実際に売れる売れないで考えると、点て易いものより、見栄えが大事な側面もあるので。一番好いのは具合の好い所を探り当てるトコです。中里一門など、井戸形を主軸としている陶家が、変に物足りない形をしていたりすることがありますが、結局は点て易さとの妥協点でしょう。見込みが広く取ってある。井戸形は、ホントの井戸。つまり、見込みを「井戸の如く深き」なんていう風に作ってしまうと、これが点てにくいのですよ。登場した利休在世当時は、比較対象が天目茶碗だったり、茶筅が現代とは違うものであったり、準唐物としての格であったり、また濃茶が主であったりと、内外様々に井戸が珍重される要件が揃っているわけですが、薄茶主体の現代では事情が違うわけです。特に裏千家流にシャカシャカと茶筅を振る場合には。

もちろん、使いこなしてこそ、茶筅の振り方が悪いだけとも言えますが、陶家が降りてしまってますから、現代はそういう御茶という事です。ま、個人的に物足りない井戸は好きでは無いので。井戸は井戸の形をしてほしいものです。

・・・難しいですけどね。

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読書感想文。気付いている人も居るでしょうけれど、写真の背景になってる絨毯は酷い安モノだったりします。

そこはいいか。

立花大亀和尚。陶芸をやっていれば、名前くらいは聞いた事があるかもしれません。大徳寺の和尚さんで、あちこちの陶号など、筆達者な方として、名前を聞いた事があるでしょうか。陶芸だけの世界だと、そんな感じです。東大寺の和尚さんと勘違いしている人も居るくらいで、嘘を吹き込まれて勘違いしていた時期がありました。

大徳寺。畢竟、茶道を学ぶものにとって、避けては通れない門であります。それは同時に、茶陶作家にとっても避けては通れない門という事になります。箱書の最高権威であり、茶の掛物としても最高峰。臨済禅の総本山であり、ここの箱書を頂く事が出来れば、まずまず立派なものとして通用します。もちろん、金銭も必要ですが、相応の作品水準も必要。まぁ、何で大徳寺がって話をすると長くなるので割愛します。基本知識ですから、調べてくださいな。(参考:Webには載って無いと思います)

んで。最近は茶道関係の色々と書籍を読み漁っているのですが。

立花大亀氏。実に105歳の長寿にて、2005年に亡くなられた方。高僧という事で、尊んだ言い方として、遷化(センゲ)という言い回しが使われる事も多く、相当に卓越した人徳を持った方であろう事を窺わせます。陶芸では、杉本貞光氏の師匠として作陶を指導した方として知られているくらいです。

今回、初めてその書籍を読みました。ただ題名に惹かれて、「大徳寺の方が利休について書いているとなれば、まずまず参考にならない筈がないだろう」、と。

読んでみれば一目瞭然。無上の茶客?(という言い方でいいのか?)として知られた数寄者だった様で、特に陶芸には目が無く、中でも伊賀・信楽を無上のものとして賛美されていた様です。大徳寺の方々は、云わば千家の師匠筋に当たる方々ですが、その中でも茶道に造詣が深く、そして茶道を愛した方というわけで、もちろん大徳寺の511世ともなられている方。

茶道では、如何に亭主が心を砕いても、それを汲み取ってくれる御客が必要なわけで、その客として無上の方であったとか。茶懐席・吉兆の創業者・湯木貞一氏は湯木美術館を遺す程の屈指の数寄者だったわけですが、そういう方を差し置いて主客を勤める程の方。と、肩書的ですが、亡くなられた方ですから、そういうトコから推測するしかありません。昔の数寄者と云えば金持ち財閥ばかりが有名ですが、例えば今現代で有名な茶人が知られていない様に、当時に有名な茶人さんも、なかなか知る事は難しいです。茶事はせいぜいが5人やそこらの、非公開で限られた世界ですから。

で、そういう方。方々で講演会をして廻っておられた様ですが、茶道に関する書籍には、もちろん茶道と、そして陶芸の事が書いてあります。これが、なかなか面白いし、勉強になる。内容は昭和の古い時代の話が多いですが、当時の茶道の上流世界を、少しだけ覗き見る事が出来ます。

ま、色々書くと記事が長くなるので。興味のある方は是非、読んで見られることをお勧めします。下手な要約を又聞きするよりは、是非実地で読んでみてください。好き嫌いはあるでしょうけれど、文章を読むだけで、この方が尊敬されるべき方であった事を感じる事が出来ます。私は正直、感銘を受けましたよ。


以上。長々書いて、「面白くって勉強になりました。」という小学生的な感想文。


機会があれば是非、掛けモノを手にしたいかな。偽物も横行してるらしいですから気を付けて。どういう人物かも判らない大徳寺のものより、俄然と興味が湧いてきますし、有難味を感じる事が出来ます。文章の如く、その人生の如く、勢いのある字を書かれてます。追々に、こうやって掛けモノ、書の世界に興味が出てくるのかもしれませんね。
論者:近江の苔

吉村祐


〆真の茶陶を求め、忍びの里にて古伊賀を追う日々。1980年生。
陶工:吉村 祐 (ユウ)
窯場案内:伊賀丸柱から北へ10分、信楽から東へ20分程の山中。かつて古伊賀が焼成された集落に近在。詳細はWeb・交通案内記事など。

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