| 修行録4/28 思索 |
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来週あたりから工房の整備に取り掛かる。広さは十分。では、己は何から手を付けていくのが良いだろうか。ロクロ技術、土の選定、築窯、釉薬研究。溢れんばかりの課題。 目指す作品。特別な技巧や・目新しいデザインなどに拠る”オリジナリティ”と語られるような、知恵で勝負する焼き物は、可能・不可能に関わらず小生の目指すところでは無い。目指すは、作品そのものに力が備わった陶器。名品の多くを見たときに感じる”力強さ”や”繊細さ”、”儚さ”というものはどこから生じるのだろうか。特別な技巧や、目新しさとは別次元のところから生じるもの。多くの大家が云う様に、それが人格から生じるものとすれば、陶器を自分で作り、自分の手で焼いてこその作品。手を入れずに人格が乗り移るとは思えない。勿論、その前に人格も磨かなければならない。作品の持つ”力強さ”や”繊細さ”、”儚さ”、はたまた”侘び寂び”、”素朴さ”などが造形に拠ると云っても、ただ作っていても駄目だろう。その微妙な造形に、人格で影をつくり、陶工の声を響かせねばならない。そんな作り方をする事が前提。 その前提のためには、陶芸に入り込む事。ただそれだけの、単純で、しかし容易でない事だと考える。例えば楽器がそうであるが、手を離れた陶器作品に人柄が滲み出るにはより入り込む事だと勝手に考えている。そしてその先の陶器に備わるものが”力強さ”なのか”繊細さ”なのか、”儚さ”はたまた”侘び寂び”、”素朴さ”なのか、又は”凡庸さ”や”弱弱しさ”なのか。このあたりは自分の磨き方、磨かれ方次第となるのだろう。そしてそれこそ、”陶器の個性”であると思う。狙って付けた独自性では無く、自然発生的に付随する独自性。例えば桃山時代の朝鮮の茶碗が持つ”素朴さ”というものはそういったものだと思う。老いた陶工の作品に枯れた魅力が出る不思議も同様だと思う。小生の見る名陶工の作品も又、それに類する何かしらの力を備えているおり、故に素晴らしいと思う。そしてそれは、誰かから教わるものでも、貰えるものでもなく、自らの会得にしか依らぬものだと思索する。 小生の目指す、人格の影という”力”のある陶器。まず、その段階まで。遥かに遠い段階だが、着実に歩を進めていこうと思う。 |
| 修行録4/25 軽くて価値のあるもの |
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さてさて、暇にしていてもお金は出て行くばかり。収入の当ても考えなければならない。といっても、なかなか思い通りの副業アルバイトも見つかるわけでもない。まとまったお金が必要なら半年間の期間工といったところだろうか。この辺りは年齢が若い分だけ何とでもなるところ。 作ること。まず、これは修行あるのみ。といっても茶道具を作って、はいどうぞと売れる物でもない。何かブランドでもあれば、技術は別にしても簡単に売れたりするようだが左様なものに恵まれている訳ではない。目指す自然釉の茶陶。同じ要領で食器を作れば、ありえないコストで尚且つ使いにくい肌質。つまり、簡便に食器を焼ける訳でもなく、食器を作ろうと思えば自然、灯油及びガス窯となる。この辺りの兼ね合いは、売れるかどうかという事も関係するのでやってみない事にはわからない。 売る事。このところ滋賀県南部を色々と飛び歩いている。思わぬところでは、草津駅すぐの煉瓦屋に陶器のギャラリーが在ったり。こちら奥にあるレストランも手頃。石窯のパン、ランチ、喫茶などが非常に手頃な値段かつ美味しいもの。立地が奥まっているが是非推薦すべきところ。販売物から料理まで全て、”手を掛ける事”を大事にされている様に感じた。気になる方は草津&煉瓦屋で御検索を。以上、勝手に応援。 陶器。自分で売る事も必要。されど、売ってくれるところを探すのも1つの手。といって高価な陶器を買う人が足を運ぶ店など限られているし、どれだけ良い品を手頃な価格で販売しても、買い手にそれを理解する層が無ければ容易にに商売は成立しない。例えば小生の住む大津市は音楽に理解がある町。市民の音楽団体が多く、かつては小生もその1つに参加していたもの。市民には音楽に厳しい耳を持つ人口が少なからず居ると推定され、コンサートも頻繁にある。 陶器で云えば、瀬戸や多治見では見識を持った市民が比較的多く存在する。ギャラリーなどに訪れる人も多く。このあたりは信楽などと比べると決定的に長じている感じを受ける。工房の見学開放も非常に進んでいて、わざわざ祭りに合わせて焼成を当ててくる窯元も居るくらい開放に熱心である。去年は色んな窯業地を巡ったが、地元顧客の開拓・観光客の誘致に関しては瀬戸・多治見が最も進んでいるのではなかろうか。その成果はまだこれから。その意味で言えば滋賀は陶器に関して無関心。自己努力を一層考えねばなるまい。 |
| 修行録4/22 無為 |
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さて、ここ数日は何かしている様で何もしていない。修行と云うものとは程遠い生活。日曜大工で椅子とか棚とかを作った程度。後は必要な市役所手続きや銀行口座凍結解除他、久しぶりにゲームなどをして過ごしたり、夜に散歩に出掛けたり。頭を使っていると考え事をしなくて良い。小生は小学生の頃からのコーエーの歴史シュミレーションゲームのファンで、よく熱中して徹夜したものだ。最近はゲームからも縁遠くなってきたが、それでも楽しいものだと思う。 何もしない生活。一ヶ月も意識して遊んでいると、何故か活力が戻ってくる自分。何かをするために無為でいる期間。一週間、ぬるい生活をして遊んでいたせいだろうか。早くも活力が戻りつつある感触が在る。 土地。場所は甲南町の親戚を頼る事となった。牧場の空き地を借りて始める。周囲に民家は殆ど無く、居るのは牛と、猫ばかり。建物はあるが、不足は多く、一つ一つ補い、加え、修理していく事となる。五月連休明けくらいからのスタートとなろう。今は無為。それで良いと思えるようになってきた。改めて良い土地が見つかるかもしれない。それでも、今はここを起点とする事とした。 |
| 修行録4/19 新天地 |
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さて、相変わらず土地探し。といっても、さほど精力的に探せている訳でもなく、信楽で懲りたように、一筋縄で出てくるようなものに飛びつくのもよろしく無い。のんびりという感じである。 |
| 修行録4/16 現実との乖離 |
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何とも無しに一人、歩いて琵琶湖へ向かう。瀬田の唐橋を遠望しながら一時間を無為に過ごす。瀬田に移ってから、初めて瀬田の風景を感じる。 湖岸には日曜日の休日を楽しみ、休養に充てる家族の姿が在る。ボートに乗り、花見をする大学生の姿が在る。何だか遠い風景である。 そのまま、橋を渡って対岸を北上。1〜2時間くらい歩いたのだろうか。彷徨った挙句、閉館間際の膳所美術館へ。呈茶ありて、久しぶりに茶道に触れる。再興膳所焼。口惜しきは住宅街という、場所柄に掣肘された焼成方法の制限。昔に使用していた登り窯が保存されている。鋭意頑張っておられる様子が作業場から見て取れる。膳所焼の茶入、これはまた格別のもの。 夕刻、用事ありて京都へ行く。久しぶりに新福菜館(京都で有名なラーメン屋)へ。。学生時代に良く来たものである。京都駅前もちょっと趣きを変えた様で、関西に戻ってきたという事を感じる。多くの人の存在に、次第に現実へと引き戻されてくる。 |
| 修行録4/15 新たな土地を求めて |
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昨日は朝から一度決まった土地の話を断りに行く。80を越す高齢な夫婦の二人暮し。丁度小生の祖父母と同じ年代、近き土地の育ち。親戚の子の様だとまで云って頂いていながら、直前での破談。たった2回、話をしただけの出会いであったが、申し訳の無さには涙を抑える事が出来なかった。祖父母の家にいくと出てくる、古びたコタツと甘いインスタントコーヒーの味は全く同じものだった。新たに土地が決まれば、又挨拶に来いと云って頂いた。しかしそれも、迷惑となろう。 |
| 修行録4/13 |
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本来なら窯焚き手伝いである所だが、今現在、自宅に居る。色々な事があった。結果だけを云えば、師とした神崎紫峰氏に別れを告げたという事。非常に温情のある方。僅かな期間であったが、非常に目をかけていただいたとも思う。ただ、氏が与えようとしたものと、小生の求めるものには大きな隔たりがあった。最終的に、小生はそれを受け取る事を肯定出来なかった。 |
| 修行録4/11 |
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忙しい日々は続いており、借りる土地も進展できずにいる。窯焚きに関しては、4/8から窯詰め。大体3日かけて行われる窯詰めであるが、その配列が結果を決める。特に自然釉は灰の懸かり方が全てであり、窯詰めは謂わば釉掛けの工程にあたる大事なものである。伊賀・信楽の差、釉薬の厚み差などは窯焚きで行われるので、その結果を制御するには窯の構造=炎の流れ、灰の懸かる方向など色々なものを把握し、かつ制御する事が必要となる。穴窯を焚く作家が、何度も窯を築きなおすのは構造変化によって何かしらの制御変更を試みている事となる。昨日は夜九時まで窯詰めを行った。作業は予定以上に順調という事である。 別件ながら、4/8、車上荒らしに遭う。信楽は田舎(共同体意識が強い)の為、玄関の鍵などもよく開けっ放しである事が多い。そんな田舎での車上荒らし。財布及び携帯を始め、カバン一式を失い、車の窓ガラスも割れる。幸いにもカード類の現金引き出し被害は無かったが、陶芸関係の連絡先、ここ2・3ヶ月使用している陶芸メモ類なども全て失う事となった。誠に残念無念。されど、もはや戻ってくる事は無いだろう。とりあえずは携帯電話を回復。番号・アドレスなどはそのままですが、こちらからは連絡が取れない状況です。 |
| 修行録4/7 |
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三件目を更新。 |
| 信楽の土地 |
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さて、兼ねてより修行の為の土地を探していたのであるが、4月早々、縁ありて好き処を紹介して頂く事となった。場所や経緯の詳細などは又別途明らかにするところだが、紹介して頂いた方々には本当に感謝の一念である。 |
| 陶歴 |
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簡単に筆者たる近江の苔の経歴を記載。本姓は吉村です。 |
| 信楽土 |
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昨日・今日。期間弟子の作業はロクロ。土は信楽のもので、もちろん市販品では無く先生が探し、精製したもの。大量に貯蔵されている事は又云うまでも無い。使う轆轤は動力付きの蹴ロクロ。ペダルアクセル式のものと云えば見た事のある人はピンと来るだろうか。 |
| 修行初日 |
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土練りに終日を費やす。基礎だが、最も重要で難しいもの。程よい硬さに調節する難しさ、大量の粘土を扱う事の労力。土に対する力の加減などなど、基礎修練が多く含まれている。改めて菊練りの難しさを感じた次第。体力もまだまだ。 |
| 序/改め |
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「作品には、その作者自身があらわれてくる。」 私が師とし、敬愛する陶工の言葉を引用したい。 「まず必要なのは礼儀作法である。この礼儀は、即、土に対する礼儀に繋がる。 直接に、初めて話を伺った際に頂いた言葉であり、最も心に残った言葉であった。 |